私たち10名は、宇宙開発事業局に着任した。それはある計画のためである。
  私たちが、この計画の主人公になったのは、昨日、空軍の司令官室での司令官からの命令であった。そして、その命令が、私たちを普通の人間ではないまったく別の存在にするものであった。
「如月はるか、入ります」
「ご苦労さん、みんなと一緒にそこに並び給え。今日は、ある任務についてもらうためにここにきてもらった」
  そこには、私の同期の空軍パイロットが並んでいた。

  司令官は、続けた。
「君たちには、明日から、宇宙開発事業局に行ってもらうことになった。任務に関しては、 向こうで詳しく聞いてもらうことになるが、君たち士官は聞いたことがあると思うが、我が国が進める領土拡大政策の一つとして、地球上の領土を拡張するのではなく、惑星開発として、火星に人間を送って調査する計画が正式にスタートすることとなった。その栄光の候補者として個々にいる10名が選ばれたのだ」

  私も含めて、そこにいたみんなが一様に複雑な表情になった。
  しかし、司令官は続けた。
「これは、我が軍の士官になるときに交わした契約条項上の命令として、断ることの出来ないものである。この任務は、名誉なことである。君たちの成功を祈る」

  私たちの顔が曇ったのには理由がある。
  その理由は、その計画の噂を聞くときに必ず聞くあることによるのである。それは、この計画にアストロノーツとして参加する人間は、惑星開発用に作り替えられるかもしれないと言うことだった。そして、その技術は秘密裏に開発され完成しているというものである。それがただの噂なのか本当のことなのかは、この時点ではわからなかった。

  その夜、自分が、生身の体でなくなるかもしれないという不安感と宇宙飛行士として、火星開発に加われるかもしれないという期待感でなかなか寝付けなかった


  翌朝、宇宙開発事業局に行くため、私たちは、点呼を受けた。
「如月はるか大佐、渥美浩大佐、進藤ルミ中佐、 望月七海中佐、望月未来中佐、高橋美紀中佐、大谷直樹少佐、神保はるみ少佐、橋場望少佐、美々津みさき少佐、 以上10名整列。これから、任地へ移動する。バスに乗るように」
  私たちは、見送りに現れた司令官に激励されて、希望と不安をふくらませながらバスに乗った。 出発してから一時間で隣町にある宇宙開発事業局の敷地内にある本部ビルでバスを降りた。 ビルの建物は、5階建てのかなり大きい建物で、私たちは、最上階の局長室に通された。

 
  局長室で、局長から、この計画の詳しい概要を聞くことになった。
「皆さん、着任、ご苦労様。私が宇宙開発事業局の局長の木村玲子です。これから、あなた達10名の上司となります。よろしくお願いします」
  背の高くて、すらっとした女性の局長が話し始めた。
「あなた達が参加するプロジェクトは、正式には、「火星植民地化プロジェクト」と言います。このプロジェクトは、将来的には、火星を人類が生活できる環境にすることを目的にしています。その先駆けとして、火星の有人探査、開発基地の建設が必要となります。そこで、問題が起こったの。それは、普通の人間を火星に送るには、ものすごく大がかりな機材が必要になってくること、そして、その機材を地球の軌道上で建設したとしても、現在の技術では少し不可能だということ。その問題を解決しない限り、このプロジェクトは成り立たないのです。しかし、我が国の環境悪化や地球規模の環境のことを考えるとなんとしてもこのプロジェクトを早期に開始しなければならなかったの。そこで、発想の転換を行って、火星へ行く機材に乗り組む人間を火星の環境に適応するように改造し、機材を動かすパイロットは、機材と同一化できるように改造することで問題解決を図ったの。そして、そのプロジェクトに必要な空軍パイロットを10名選考することにしました。それが、あなた達というわけです」
  やっぱり、そうだったのか、私たちはサイボーグになるためにここに集められたというわけだったのだ。みんなの顔にある程度覚悟していたことではあるが、驚きの表情が浮かんでいた。
  木村局長は続けた。
「あなた達は、これから、地下20階にあるプロジェクト本部にいってもらいます。そこが正式な配属先になります。そこに、長田部長が待っています。部長の指示に従って下さい。長田部長が直属の上司です。逆らうことは出来ないと思って下さい。それから、付け加えていいますが、あなた方は、我が国の期待を背負っていると同時に大事な実験台でもあることを忘れないで下さい。辛いことをいったかもしれませんが頑張って下さい。私も出来る限りの応援をします。それでは移動して下さい」
  木村局長は、冷静に私たちの置かれた立場を解説してくれた。わかっていることとはいえショックを隠せなかった。
  私たちは、局長室と同じ階のセキュリティーエリアに極秘裏に作られた直通のエレベーターに乗って、プロジェクト本部のある地下20階に降りていった。
  もう、後戻りできないことになっていることを私は痛感していた。


  プロジェクト本部では、長田部長が待っていてくれた。
「おはようございます。私が、長田静香です。このプロジェクトの全体を任されています。あなた達と一緒に任務が遂行できることを嬉しく思っています」
  型どおりの挨拶のあと部長は続けた。
「何を暗い顔をしているの。みんな。あなた達は、士官学校での適性試験に合格して卒業時に特殊任務に将来つくためのエリートとして、周りの同期のエリート士官よりも昇進や待遇で特権を与える代わり、どの様な任務にもつつくという覚悟を示す契約条項にサインしているのを忘れたの?」
  みんなが「はっ」とした表情になる。
「この任務は、我が国の将来の発展につながる重要な任務なのよ。失敗が許されないプロジェクトだから、あなた達が選ばれたのです。それを忘れない様にすると同時に光栄なことと胸を張ってください」
  光栄なんだけど、やっぱり、今まで活きてきた人間としての姿を変更することへの恐怖感が私の心にあることは確かであった。
  突然部長の声が聞こえてきた。
「みんな返事は?」
  みんな驚きながらも「はい」と答えた。
「その気持ちは私たちも同じなの。理由はあとで判るけど」
  部長がくぐもった声で意味深な言葉をはいた。しかし、部長は気を取り直したように続けた。
「さて、あなた達の今後のスケジュールをお話しします。よく聞いておいてください。実際にあなた達が経験することなのですから」
  いよいよ、私たちがどの様な経験をすることになるのか、それをみんな聞き逃すまいという姿勢になる。
「あなた達は、これから少なくとも第一陣が火星に出発するまで、この地下施設で火星に行くための処置や訓練も含めて全ての生活を送ってもらうことになります。あなた達の体は、今日から我が国の財産となると考えて下さい。そして、24時間モニター監視され常に研究材料として管理されると思って下さい」
  私たちは、今日から、自由とはほど遠い生活が始まることを強く認識させられた。
「そして、このプロジェクトでのあなた方のスケジュールですが、まず、あなた達がほかのプロジェクトの人間からの不必要な細菌の感染を防ぐためと宇宙空間の環境へすぐにでも行っての訓練が出来るように永久装着型の宇宙服を着て生活をしてもらいます。そして、宇宙への環境に訓練施設を使い順化してもらいます。サイボーグ手術の第一段階というわけです。また、サイボーグ手術に耐えることの出来るからだと精神を造る訓練も行います。それから、この期間、火星や宇宙の基礎的、専門的教育を受けてもらいます。それからこの期間重要な知識教育と訓練として、サイボーグについての詳細のメカニズムを知ってもらうことがあります。そして、その適正を見極めた上で第1陣として出発するチーム3人と緊急補充用のバックアップの要員のチーム3人を選出し、その6人にサイボーグ手術を施します。そのうちの4人は、火星探査・開発用サイボーグとして、二人はロケットを操縦するためにロケットと一体化するための改造手術となります。そして、残りの4名は、地上でのバックアップ部隊となってもらいます。もちろんバックアップ部隊は、第2陣、第3陣での出発に合わせて改造手術を受けることになります。いずれはサイボーグになると思って下さい」
  やっぱり、いずれにしても私たちは、機械の体になる運命にあるんだ。
  それに、サイボーグにならないと永久に宇宙服すら脱ぐことが出来ないのだった。
  部長の説明は更に続いた。
「打ち上げまでの期間、火星探査・開発用サイボーグの4名は火星環境標準室で訓練を続けてもらい、ロケット操縦用サイボーグの2名は、ロケット操縦シュミレーターに接続されての習熟訓練を行ってもらいます。それが打ち上げまでのスケジュールです」
  進藤ルミ中佐が質問をした。
「ロケットに搭乗する3名は火星で探査を行い帰還するのは解りますが、その他のメンバーは、打ち上げ後はどの様なスケジュールになるのですか?」
「今の質問についての説明をします。一緒に改造手術を受けた残りの3名は、ロケットシミュレーターと火星環境標準室を使い火星探査に向かった3名とほぼ同じ生活を行ってもらいます。理由は、任務に就いている3人に起こりうることを地上である程度把握出来るようにするためです。そして、残りの4名の予備人員は、新に追加される計画参加者と共に次のミッションに参加する準備にはいることになると思って下さい。それから、第一次ミッションのメンバーは帰還後、地球上で、この計画のパイオニアとして取材を受けることになると思います。ただし、元の人間の姿に戻ることはなく、火星探査・開発用サイボーグの姿で、データー収集のサンプルとして最後まで地球上で過ごすことになります。その他のメンバーは、火星に永住するか、地球と火星を定期的に往復することになると思います」
  そこまで、話をして、部長は再度質問を求めた。
  私は、少しおずおずしながら質問した。
「今から、ミッションを終了して、地球に帰還するまでのタイムスケジュールを教えて下さい」
「それを説明していなかったわね。お答えします。まず、サイボーグ手術を受ける前段の基礎訓練期間は1年から2年、サイボーグになってから打ち上げまで、1年から2年。地球から火星まで、7ヶ月ぐらい、火星でのミッションが、3年から4年といったところです。合計で、第一次ミッションの終了までは、6年から9年間といったところです」
  気の遠くなるような時間を過ごすことになるのだ。何か聞いているだけで、ため息が出た。
「ほかに質問がありますか?」部長が切り出した。でも、事態の整理にみんな気が行っているのか、それ以上の質問が出なかった。
「質問がないようでしたら、ミッションの第一段階の準備に入ってもらいます。あなた方それぞれにミッションの間、世話をしてくれるサポートヘルパーがついてくれます。その人達があちらにいます。如月大佐から、サポートヘルパーの指示に従って、予備訓練遂行エリアにそこのエレベーターで向かって下さい。如月大佐のサポートヘルパーは、胸番号1番の服を着た人です」
「解りました」
  そういって、胸番号1番のサポートヘルパーのもとに向かった。


  サポートヘルパーは、体に密着したラバー生地のウェットスーツのようなフルフェースヘルメット付きの白い宇宙服を着ていた。やはり、訓練空間でどの様にもサポート対応できるようにするためなのだろう。何か、ラバーフェチの開設しているホームページに出てくる様な姿をしていた。
  ヘルメット部分のスピーカーから声が聞こえた。
「如月大佐、これからしばらくあなたのお世話をさせていただく高橋まりなといいます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それから、ここでは、私のことをはるかと呼んでください。だって、元々、このミッションに参加することによって2階級、階級が上がったんですもの。私も、あなたのことをまりなさんと呼ぶから」
「解りました。でも、空軍のエースパイロットの選抜チームの皆さんであるのも事実ですし、このミッションの中心になるメンバーですもの。私は、尊敬しています。でも、サポートヘルパーとして、近くでお世話することになるので、信頼をしていただく意味でも「はるかさん」と呼ばせていただきます。それでは、はるかさん、あそこのエレベーターで、あなたの部屋にまずご案内します。そこでしばらく休んでいただいた後、私が着ているような永久装着型宇宙服「ラバーフィットスーツを着るための予備処置を受けてもらいます。それがこのミッションのはじめの一歩になります」
  彼女が着ているのが、これから私がサイボーグ改造手術を受けるまで閉じこめられる宇宙服だった。かなり機能的に出来ているのと、ほとんど体のラインがそのまま見えてしまうのに恥ずかしさを覚えた。それに、2階級特進ということは、人間として死んだということになるのかと考えると自分の立場が、複雑なものであり、特殊なものであるということなのだ。
  そうこう考えているうちに、本部のある階層の一つ下の階層の基礎訓練エリアに着いた。そして、その階にある個室に案内された。個室といっても常に水族館の魚が入っている水槽のような観察することが出来るように透明のアクリルの壁で2面が出来ているし、モニター用のカメラが4台ついている。本当に自由とプライベートのない人生が始まることを感じることが出来た。
  しばらくするとまりなさんが私を呼びに来た。
「まず、処置まで、今の服を脱いで、この服を着て下さい。下着もパンティー以外は脱いでもらいます」
  それは、薄緑色のつなぎのような服だった。言われるとおりに服を着替えると、
「これから、検査室で、検査と採寸を行います。、ついてきてください」
  検査室につくと身体の隅々まで裸にされて検査され、そして、身体全体を本当に細かく採寸された。これらの個人のデータが、これから着用させられるラバーフィットスーツとサイボーグになるときの人工器官の作成に使用されるということだった。全てが一人一人似合わせたオーダーメイドであると説明された。
  検査と採寸が終了するといよいよ、ラバーフィットスーツを着用するための処置が始まった。私たちは、ブリーフィングルームに集められ、これから着用する宇宙服である「ラバーフィットスーツ」と着用に伴う身体の処置の説明を受けることとなった。


  ブリーフィングルームには、長田部長とスーツの技術者が待っていた。
  私たちが席に着くと部長は、ブリーフィングを開始した。
「このラバーフィットスーツについての説明を開発担当者の富田主任より説明してもらいます」
「初めまして富田です。それでは、まず、この服の説明から始めます」
  富田主任もまりなさん同様、白いラバーフィットスーツに包まれていることに気づいた。ただ、まりなさんとは違ってヘルメットは付けていなかった。
「ラバーフィットスーツは、外側がラバーとチタン合金を組み合わせた素材になっていて、伸縮性と強度に優れた素材であり服の内部の圧力保持が可能となっています。グローブも一体化していて、脚のソックスも一体化しています。その為、首から下を完全一体化したことにより、機密性も向上しています。そして、インナー素材も薄素材がアウター素材と一体化していて、インナー素材の機能として体温維持機能の為の温度維持装置、紫外線、赤外線、宇宙線からの防護装置がついています。  それから、半永久的に皮膚と同じ機能を果たすような機能がついていて、どの様な環境下でも活動できるようになっています。その反面、非常に薄い素材で我々が裸でいるのと同じぐらいの運動性能を維持しているのです。宇宙空間版のウェットスーツという表現が正しいかと思います。そして、一体化して取り付けられるバックパックには、減圧、加圧処置を行わなくても通常気圧から、宇宙空間にすぐに出入りできるように中間気圧にセッティングされた呼吸システムのタンクと液体栄養供給タンク、発毛阻止、女性器、男性器の機能抑止、性欲阻止ホルモン等の特殊薬剤のタンク、排尿蓄積タンク、コミュニケーションサポートシステムと体内のデータの送信システムで構成されています。ヘルメットは、気圧変化や衝撃から頭部が守られるように頭部を完全に固定できるようになっています。そして、頭部を動かさなくても360度の視野が得られるような特殊レンズがフェースプレートになっています。
  それから、集音、コミュニケーションサポートシステムの接続端子、口腔部、鼻腔部を埋めるための装置が付いています。この服を着ている限り口と、鼻は、無駄な空間ということになるからです。そして、ブーツは、軟質強化プラスティック製で、熱加工ジッパーにより、脚に固定装着します。ブーツは、拘束性と快適性、安全性を兼ね備えた性能を持たせてあります。
  次にこの服を装着するための身体の処置について説明します。 この処置を皆さんは、明日から受けてもらうとになるのです」
  身体の処置か・・・。どんなものなのだろう。またまた、不安になる。
  富田主任の説明は続く、みんなも不安な顔で聞き入っている。
「この処置を明日から受けてもらうことになるんだけど、まず、気道の上部に恒久的な栓を取り付け、首の付け根に呼吸器につながる管を左右両側に空け、バックパックと接続するためのチューブが接続できるバルブを取り付けます。これは、呼吸液の吸液用と廃液用の管が接続されることになります。
  それから呼吸器官全体を液体呼吸液で満たします。そして、声帯器官を切除し声帯器官につながる神経と電極を接合します。
  それから、食道上部を器官同様閉鎖し、みぞおちのあたりから管を挿入し胃の上部と接続します。みぞおちの開口部も、接続管とつなぐためのバルブを取り付けます。
  そして、下半身の処置ですが、膀胱をカテーテルに接続し、尿道を除去した上で、排尿用カテーテル接続弁を尿道カテーテルの先端に取り付けた上で股の付根の部分に取り付けます。肛門も人工肛門として、もう一方の股の付け根にカテーテル装着用人工肛門弁を取り付けます。液体栄養しかラバーフィットスーツ装着者はとることが出来ないようになっているのですが、ごく少量の老廃物や固形排泄物は肛門から排泄されますので、それらの排泄処理のための処置です。大部分の排泄は、尿として、人工尿道弁からの排泄となります。
  そして、性器の処置ですが、サイボーグ手術を受けるときまで温存します。その為、女性被験者は、性器を人工弁で封鎖します。被験者は薬剤により生理がこないようになっています。男性被験者については、ペニスを切除し、睾丸を下腹部内部に冷却システムと一緒に納めることになります。被験者の男性機能も薬剤で抑えてあります。しかし、男性の場合は、精液を定期的に排出することが必要なので、前立腺に電極を埋め込んでおき、精神カウンセラースタッフが必要と判断したとき微弱電流を前立腺に通すことにより精液を排出できるようにしてあります。
  最後に頭部付近への処置ですが、眼部にはゴーグル型のめがねをつけ、呼吸液を供給し、眼球への酸素供給を行います。言ってみれば、外付け型のコンタクトレンズだとおもってください。
  そして、口腔部に関しては、舌を除去します。これは、したという器官が必要ないと言うこともありますが、皆さんが唯一自殺できるとしたら、舌をかむことだけなので、その可能性を取り除くためと言うこともあります。
  そして、唾液腺を食道中部に移植します。
  頭には、電極を脳に差し込むために開発された頭皮カバーが装着されバックパップのコンピューターと接続します。そして、首の後側にコンピュータと脊椎神経を接続するコネクタが取り付けられます。このシステムは、行動のモニタや制御、脳のサポートのためにコンピュータを神経装置に介在させたり、ヘルメットのディスプレイシステムを円滑に利用できるようにするためのものです。このシステムは、あなた方がサイボーグに生まれ変わったときに機械部分と肉体部分と脳、神経のそれぞれが円滑に協調するようにして、脳へのストレスを軽減させるシステムに応用されるのです。
  以上の処置を皆さんに施した後、皮膚に接合剤を塗布し、ラバーフィットスーツを装着することとなります。皆さんが、正式にこの服を脱ぐことが出来るのは、惑星探査・開発用サイボーグとしての改造手術を受け火星人として生まれ変わったときになります。
  ところで、この服を装着するのは、もう一つ理由があるのです。
  それは、この服に用いられている技術を更に進化させたものが、機械と人間の肉体の複合体であるサイボーグの器官に応用されています。その為、この服の中での1年から2年の月日は、サイボーグの身体に馴化しやすくなるための予備的な処置でもあるのです。サイボーグになったときにこれからの経験がきっと役に立つはずです。
  そして、これが、あなた方の服を着た状態のイメージです」
  主任の後のスクリーンに薄い緑色と薄い青色のラバーフィットスーツを着た人間のイメージ映像が映し出された。
「緑色が女性被験者、青色が男性被験者となっています。そして、職員が白のスーツ、医療スタッフが薄い桃色、技術スタッフが薄い黄色のスーツを着用しています。つまり、このプロジェクトに参加している人間は、全てラバーフィットスーツ装着者であるのです。私たちの装着理由は、あなた方の身体に使用する技術の基礎部分の技術を使用しているこのスーツを着ることによってあなた方がより安全に任務を遂行できる身体に改造されるようにデータをとっているのです。いわば、私たちも人体実験をされているドナーの立場でもあるのです」
  長田部長が座っている席のパソコンのモニターをみて、胸番号7番のサポートヘルパーを席に着いているマイクで呼んだ。
「佐多さん、大谷直樹少佐に精神安定剤を投与するように至急手配してください。男性被験者ですから男性器を失ってしまうことの精神的ショックがでたようです」
「判りました」
  そういうとすぐに部屋に供えてある薬棚からアンプルと注射器を取り出し何か意味不明のことを言っている彼の腕に注射を施した。すると、彼は、すぐに気を失った。
「精神安定処置室に運んで、精神カウンセラーと共にすぐに精神安定処置を行ってください。佐多さん、お願いします」
「はい、部長」
  佐多という名前の7番のサポートヘルパーが 大谷少佐を担いでブリーフィングルームを出て行った。
「渥美大佐、あなたは大丈夫ですか?」
  渥美大佐に向かって部長が問いかけた。
「はい、確かにショックはあります。それに、怪物に作り替えられるかもしれない恐怖と戦ううえに男性器がない股間にその様な趣味者でもないのにされてしまうのですから。でも、国家の将来のためという目的意識でかろうじて平静でいられるというのが、僕も本音です。ここにいるみんなが、そういう気持ちでいるのだと思います」
  彼が、みんなの気持ちを代弁してくれた。
「やはり、あなたは、送られてきた基礎データ通り、強い精神力と分析能力を持っているわね。感心しました。ただ、精神のケアはしていきますから、遠慮無くサポートヘルパーに相談してください。私たちこのプロジェクトに参画している全員が、ラバーフィットスーツを装着することの出来る身体への処置を受けているのですから、そこまでの悩みは、経験済みです。相談に乗れると思います」
「長田部長、質問があります。」
  私が切り出した。
「今、長田部長が全員とおっしゃいましたが、部長もラバーフィットスーツを装着しておられるのですか?」
「そうです。」
  そういって部長は、宇宙開発事業局の制服を脱ぎ始めた。そして、私たちの目の前に現れた長田部長の身体は、白いラバーフィットスーツで身体の横に2本の赤いストライプがついている姿が現れた。身体の線がはっきりと判るというか白い色をした裸体が目の前に現れた。
  最初に本部で部長がつぶやくように言った「その気持ちは私たちも同じなの。理由はあとで判るけど。」という言葉の意味は、これだったのだ。
  部長も、自ら、プロジェクトのために自らの身体を捧げていることが判って、私の気持ちの中に何か熱いものがよぎった気がした。ほかの8人も同じような表情をしていた。
  長田部長が続けた。
「ちなみに、木村局長も自ら、このスーツの着用実験の被験者となっています。今回のプロジェクトは、失敗できないものなのですから、みんなが覚悟を決めているのです。あなた達は、大事なこのプロジェクトの主役です。あなた達だけに辛い思いをさせないつもりでいます。改めてよろしくお願いします」
  長田部長の言葉に思わずわたしは、言葉を発していた。
「一生懸命頑張って、このプロジェクトを成功させます」
「如月大佐、お願いします。そして、みんなも」
  みんなが「ハイと」力強く答えた。
  このとき、私たちの運命が完全に決まってしまった。


  私たちは、プロジェクト本部室に移動した。そこには、木村局長と大谷少佐が待っていた。私は、大谷少佐に声をかけた。
「直樹、大丈夫なの?」
「ありがとう。みんなすまない。さっきは気が動転してしまって。休んだのと、木村局長と話をして気持ちの整理がついて、気分が良くなった」
  木村局長が言葉を継いだ。
「大谷少佐は、もう大丈夫です。私ともいろいろなことを話して覚悟がついたようです。ところで、皆さんを呼んだのは、今日は、何も食べていないのでしょうから、歓迎パーティーをかねて、夕食会をするためです。あちらにどうぞ」
  本部長室には、会食席が用意されていた。そういえば、今日一日いろいろなことが起こったので、時間の感覚がなくなっていた。おなかもすいていることに気がついた。ところで、今何時なのだろう。プロジェクト本部にはいるとき受付で、携行品を預けてしまったので時計を持っていなかった。そういえば、その時「プロジェクト参加者は時計が無意味なものになりますね」といわれた。その言葉は何を意味するのだろう?
  私の心に新たな疑問が浮かんできた。
  私は、促されて、席に着いた。
  みんなが席に着いたところで、木村局長が話し始めた。
「みんな、今日はお疲れ様です。明日から、本格的な処置を受けてもらいます。今日はゆっくり休んでください。晩餐会を楽しんでください。そのあと、自由に過ごしてください。自由をかみしめられる時間を過ごすのは明日の朝までなのですから、それに、今日の晩餐会であなた達が体内に取り込む食事が人生最後の固形栄養になるかもしれません。正に最後の晩餐です。楽しんで食べたり飲んだりしてください。それでは乾杯しましょう。好きな飲み物を頼んでください」
  私たちのグラスに自分たちの頼んだ飲み物が注がれた。しかし、木村局長と長田部長のグラスは、からのままであった。
「それではグラスをとってください。乾杯に移ります」
「木村局長と長田部長のグラスに飲み物がまだ入っていません。誰か飲み物をついであげてください」
  私の隣に座っていた望月七海中佐が叫ぶ。
  木村局長がその声を遮るように制して、
「私たち2名は、明日からあなた達が受ける処置をすでに受けていることを思い出してください。もう、私たちは、口から液体も固形物も摂取できない様になってしまっているのです。ですから、形だけの乾杯になってしまいます」
  その場の雰囲気が水を打ったように静かになった。
「ごめんなさい。かえって水を差してしまったようですね。でも、私たちの様になる前の最後の食事だから、気にせず心おきなく食べて欲しいの。さあ気を取り直して。乾杯しましょう。あなた達の健康と無事とこの壮大なプロジェクトの成功を祈って乾杯!!」
「乾杯!!」
  みんなが声を上げた。そして、最後の晩餐が始まり、私たちは心おきなく飲んで食べて、楽しい会話やこのプロジェクトのことを語った。もちろん、木村局長と長田部長の前に食べ物がでることはなかったが最後までお付き合いをしてくださった。
  楽しいひとときを締めたのも木村局長だった。
「これで、晩餐会はおひらきにします。明日から、本格的な任務が始まります。今日は、このあとも生身の人間を楽しんでください。それでは、サポートヘルパーを呼びますので、ここからは、彼らにサポートしてもらってください。それから、今後は、各部屋に何カ所かついているスピーカーで私たちは会話してきたけどこれからは、コミュニケーションシステムを体験してもらうため、今配っているスーツ着用者との会話用のヘッドセットで会話をしてもらいます。それぞれの使用に合わせセッティングが済ませてあります。それを付けることで今まで通り私や長田部長、それから、サポートヘルパー、その他のスタッフと会話できます。使い方は、ヘッドセットにコードで取り付けられたメインシステムのキーボードで話したい人のコードを打ってください。コードは、胸の部分に書かれた名前、又は、サポートヘルパーは、胸番号でもいいです。何人でも、コードをいれた人間と会話できるようになります。会話に参加している人以外に聞かれたくないときは、その後で「only」と打ち込むこと。ただし、本部のメインシステムには、会話が常にモニターされています。それだけは承知していてください。しつこい様だけれど、あなた達にプライバシーやプライベートは今日、宇宙開発事業局に着任したときから存在していません。それを忘れてはいけません。それではお休みなさい。」


  10人のサポートヘルパーが入ってきた。私は、まりなさんにいろいろと聞きたいこととかいろんな話をしてみたかったので、コミュニケーションシステムを装着した。ちょうどヘッドセットのような感じだった。そして、「1,only」
「まりなさん。部屋で二人で話したいのだけれど」
  ヘッドセットのマイクに向かいしゃべってみた。するとヘッドホンに声が聞こえた。
「いいですよ。それでは部屋にご案内します。」
  部屋について、私たちは、部屋の椅子に座り、しゃべり始めようとした。けれど、その前にトイレに行きたくなったのでトイレに案内してもらおうとその旨をまりなさんに伝えると、
「ごめんなさい。はるかさん、処置が終わった人間だけしかこのプロジェクト本部にはいないので、この施設には、トイレというものがないの。何も口にしなかったからトイレに行く機会がなかったから教えなかったんだけど、明日の処置が始まるまでこれを付けていてもらうことになっています」
  そして、彼女が持ってきたものは、 なんと「おむつ」!!!!!。
「さあ、下着を脱いでください。通常サポートにおける指示には、必ず従うことが義務とされていますよね。恥ずかしいでしょうが、我慢してください。ほかの人たちも今頃装着していますよ」
  周りを見回して、透明の壁越しに隣の部屋を見ると美々津みさき少佐が下半身のパンティーをおろしごわごわのおむつをはいていた。私も渋々、パンティーをおろし、まりなさんからおむつを受け取った。
  おむつは、思ったより分厚かった。説明では、明日の処置開始まで、全ての排泄物を吸着できるようになっているそうである。
  そして、座りながら、めでたく排尿を完了することが出来た。なんか、赤ん坊に戻ったみたいで恥ずかしかった。みんなもそうなのだろうか?
  排泄が済んでも、おむつはさらさらの肌触りのままだった。すごい給水力だ。
  彼女についでに聞いてみた。
「ねえ、大の排泄の方は、おむつでするの?」
「今日もし便意を催したらそうなりますが、はるかさんの排便状況を二日前からモニターしていますが、次の便意は、明日の起床時間以降でしょうから、処置を受ける前の予備処置のときに洗腸システムで固形排泄物を体外に出す処置を行うことになります」
  つまり、浣腸をして、処置の前に消化器の中を完全に空にするというのであった。
それにしても、空軍にいるときから、監視されていたなんて、本当に自由とプライベートが無くなっていることをまたまた感じさせられてしまう。
  そんな感傷に浸っているとまりなさんの声がヘッドホンに聞こえた。
「このプロジェクトに参加した瞬間からプライベートはなくなるというのは、本当に私もとまどいました。でも、私たちが着ているスーツも他国に先駆けて開発されているものなので、装着されている人間も含め、国家機密に相当するので仕方ないです。まして、はるかさん達10名は、それ以上の機密事項に関わる被験者ですから、完全な管理体制下におかれてしまうのです。その心をほぐすため、我々サポートヘルパーが専属で付いているのです」
「まりなさん、本当によろしくね」
「こちらこそです。何でも言って下さい。それから、私も処置を受ける前夜は、そうだったのですが、身体に手を加えられ、今までとは違う身体になってしまうことの不安と恐怖とある意味の期待感で、興奮して眠れなかったことを覚えています。ですから、はるかさんの興奮が冷めて、眠るまでお付き合いします」


  それから、私たちは、自分たちの生い立ちなどを話した。彼女が、軍の医療大学で看護学や人間機械工学、人間機械化理論、外科学など医者以上のことを学んだこと、その為に卒業後、このプロジェクトに私たち、火星探査・開発用サイボーグ候補者のサポートをするために配属されてきたこと、そして、このプロジェクトでサイボーグが訓練をおこなう火星標準環境室と通常気圧エリアとの間を瞬時に行き来できるようにするため、宇宙空間で長期にわたり作業が出来るようにするために開発されていた「ラバーフィットスーツ」をプロジェクトメンバー全員が着用することが決まったこと。そして、この服の呼吸システムやコミュニケーションシステム、栄養供給システムなどの発展系が、火星探査・開発用サイボーグにシステム採用されるため、この服のシステムの信頼性を試験するため、彼女たち、第一次参加メンバーは、もう2年半にも渡ってラバーフィットスーツの中に閉じこめられて生きていることなどを聞くことが出来た。
  また、私が士官学校で何をしてきたか、空軍でどの様なミッションをこなしてきたかなども話した。
「今度は、はるかさんに教えておかないといけないことがあります。それは、このプロジェクト本部の時間についてです。この本部とプロジェクトに関わる人間が使用する時間は、火星と同じ時間を使います。だから、地球時間より37分長い時間でみんなが生活しているの。そして、1年は、670日になっています。つまり、私たちが生活している1年は、この施設の外では、1年10ヶ月と16日なの。つまり、地球時間に戻ったとき、浦島太郎のようになっているということなの。しかも、24時間48分を24に割った時間を1時間相当として、1H単位と呼んでいます。1日のことは、24H単位が集まって1D単位と呼ぶようになっています。そのうち8H単位がレストパート、16H単位がアクティブパートと呼び、レストパートは休息にアクティブパートは任務遂行のために使うように基本的に決まっています。そして1D単位が670集まって1セクションという呼び方をします。ほとんど、地球時間と違わないけど、微妙に違うから最初はとまどうと思うわ」
  へェ、そうなっているんだ。そして、私は、疑問に思ったことを聞いた。
「ところで、スーツを装着されるとヘルメットもブーツも含めて永久的に脱げないんでしょう。局長や部長も富田主任も装着者なのにヘルメットを脱いでいたわよね。それはどういうことなの?」
「部長や局長や富田主任は、外部との接触をしなければいけない立場だから、特別にヘルメットを着脱しても大丈夫な特殊構造に頭部の処置を行っているの。
  まず、眼球部は、眼球表面を完全にコーティングするようなカバーがまぶたと眼球の間に入っているの。そして、カバーと眼球の間に液体呼吸液が流れる構造になっているの。
  口腔部と鼻腔部は処置は私たちと同じだから、3〜4時間に1度湿潤保持剤を塗らないといけないの。それから口腔部の奥に簡易型音声発生器を取り付けられていて、耳の部分に簡易型集音機が取り付けられているの。そして、小型蓄電池が鼻腔部の奥に付けられているの。
  そして、バックパックも取り外さなきゃいけないから、液体呼吸液の貯留カプセルが肺の代わりについていて、直接ガス交換を行うようなシステムを内蔵する処置が施されています。これは、はるかさんたちがサイボーグになったときの人工心肺システムに更に近いものになっているの。
  この貯留カプセルだけで、24時間呼吸することが可能なの。バックパックは、72時間呼吸を可能にするタンク容量があるから、バックパックを背中に装着しているときと比べて3分の1の活動時間となるわけなの。
  そして、カツラや服でスーツを見えないように隠しているのよ。かなり、大変な思いをして、通常の人間のように振る舞っているの。
  あの人達も、サイボーグといえると思うわ。でも、スーツを着るための通常処置自体、サイボーグ手術だとも言えるけどね。局長も部長も富田主任もヘルメットを装着している状態の方が、どんなに楽か判らないんだから」
  局長も部長もそして富田主任もすごく大変な手術を受けてこのプロジェクトを遂行しようとしてるのが判って、何か勇気が湧いたように思えた。
「まりなさん、バックパックは、72時間しか活動時間がないといったけど、生命維持のための呼吸液とか栄養液の補給とか、薬剤の補給、老廃物や呼吸液の排出はどうするの」
「基本的に、生命維持液の交換は、バックパックの横についている2系統のバルブに供給、排出ホースを接続して外部生命維持システムと通常は1D単位に一度接続するの。レストパートが始まるときに接続して睡眠をとるの。その時にシステム駆動用蓄電池への電力供給コードもつなぐようになるの。
  そして、180D単位に一度、バックパックのメンテナンスや排尿管や消化器官、性器の洗浄と言うメンテナンスを行うと同時に服を着脱して皮膚のメンテナンスを行うの。これらの処置は完全麻酔により意識のない状態で行われるから、服を脱がされたことはわからないの。残念なんだけど。
  どうして麻酔をかけるかというと服を装着するときの接合剤をはがすのが大変な苦痛を伴う作業なので苦痛を感じさせないようにするためなんだけど。
  それから、男性は、前立腺に電流を送って刺激し、搾精作業を行うの。
  私たちは、性欲処理といったら許可を受けたときにコンピューターに接続されバーチャルセックスで性欲を処理することしかできないの。でも、それも、性欲抑制剤の影響で性的欲求不満になることなんてわたしは、未だに味わったことがないからコンピューターでの性欲処理はしたこと無いわ。人間の3大欲求は睡眠欲もホルモンと薬剤それにサポートコンピュータで管理されてしまっているから、食欲、性欲も含めて取り去られてしまった存在になるということかな」
「まりなさん、それからこのプロジェクト本部で会う人たちは、女性ばかりのような気がするのだけれど?」
「さすがに、はるかさんの観察力ってただ者ではないわ。参画者の8割以上が女性なの。理由は、
昼間のハプニングでもわかったと思うけど、男性は、股間の修正処置を行うから精神的なダメージが大きいの。参画志願者でかなりの人がスーツ着用のための処置を受ける段階までで精神障害を起こしてリタイヤしているの」
昼間の出来事が頭の中をよぎった。そういえばサイボーグ候補の8割も女性が選出されていたっけ。女性が大半を占める任務なのか。
  まりなさんが続けた。
「私たち女性の性器も実は、性器に人工弁のカバーを取り付けるだけではないの。その時じゃまになってしまう組織があるの」
「それって、もしかして、クリトリス?」
「正解。カバーで隠すことも可能なはずなんだけど、カバーで隠したときカバーによって傷ついてしまうおそれがあるの。そこで、性的な刺激の要因によるストレスを減らすため、クリトリスを切除します。このFGMの処置を受けることで、男女とも性的快感とは無縁の存在になってしまっています」
  男性被験者だけじゃなく、女性被験者にも性器の修正処置は施されているのだった。
「おかげで、私も2年半前から、性的快感を感じることのない身体で生活しているの。でも、男女の関係のない空間で生活しているから、寂しいとか辛いとかということはないわ」
  なんか、こんな辛い話を一杯聞いているのにもかかわらず、うとうとするようになってきた。
  まりなさんが、「導眠剤がやっと効いてきたのね。ただ休む前にあなたに一つ行わなければならない処置があるの、眠いのがまんしてね」
  そういうと、道具箱からバイブを取り出し、おむつをはずし、私の性器とアナルに挿入した。しばらくして、私は、絶頂に達し果てた。そして、眠りに落ちた。
「お休みなさい。如月はるか大佐。これが最後の性的絶頂です。もう、この感覚は一生味わえない感覚です。心のどこかにしまっておいて下さい。それでは明日迎えにまいります」
  子守歌のように彼女の声が響き、私は深い眠りに落ちた。


 「はるかさん、起きて下さい」
  まりなさんの声で起こされた。
  昨日いた部屋の雰囲気とは違っていた、やたらと明るい部屋だった。もちろんクリスタルな無機感の漂う部屋であることに変わりはなかった。
  それに、全裸で両足をM字に開いた状態で上半身は、腕を開いた状態で仰向けに処置用寝台に固定されて、どうやっても動けない状態になっていた。そして、私の頭上にモニターがついていた。モニターは寝台と一体になっているようだった。
「ここは、どこなの」
「はるかさん、気がつきましたか、今は0H単位になったところです。昨日言ったアクティブパートに入ったところです。そして、ここは、医療処置室です。はるかさん専用の処置室ではるかさんのための処置を専門に行う部屋です」
  頭部の拘束がはずれ、首を動かすことが可能になった。横を見ると手術設備や高度な医療装置が所狭しと配置された部屋だった。
「おはようございます。私が、あなたのこれからの医療行為を担当するスタッフの前田緑です。
これから、サイボーグになってからもあなたの身体の管理を担当します。よろしくお願いします。
そして、機械部分に関しての管理を私と一緒に担当するのが、佐藤絵里ドクターです」
「おはようございます。人間機械化工学担当の佐藤絵里です。よろしく」
  薄桃色のラバーフィットスーツを装着した前田ドクターが立っていた。
  そして、その隣に薄い黄色のラバーフィットスーツを装着した佐藤ドクターがいて、その隣にまりなさんが立っていた。
  前田ドクターが、
「この3人が、今後、あなたを専門にサポートしていくスタッフです。よろしく。それでは処置を始めましょう。高橋さん。如月大佐の内臓洗浄を行って。それから、利尿剤が効いて膀胱が空になっているかモニタしてくれる?」
「解りました」
  まりなさんは、そういうとベットのスイッチをいじったそうすると頭が動かなくなった。
「 これから自分の身体に施される処置は、自分の新しい身体を知ってもらう意味でも全て頭上のモニターとスピーカーであなたに見ていてもらいます。麻酔で眠っている間の処置は、麻酔が覚めた段階で確認してもらいます。これから数十日間はこの処置用器具から動くことが出来ないと思います。それから、あなたには、9人の仲間が受ける処置も見てもらうこともあると思って下さい。見たくなくても、事態を完全に認識してもらうまで強制的に映像を見てもらいます。事態を飲み込むことを拒否することは出来ません。解りましたね」
  と前田ドクター。
  本当に自由などというものからかけ離れた世界にきてしまったのだ。そう思いながらも、口からは、「ハイ」という言葉が出てしまった。
  でも、他の人の処置を把握しなければならないなんてどうしてなんだろう。
  佐藤ドクターの言葉がその疑問を解いてくれた。
「あなたは、10名の被験者の中でリーダーとしてこのプロジェクトの中心の存在として今回の候補者リストにノミネートされています。ですから、他の人のことも完全に把握していることがあなたの使命なのです。あなたと渥美大佐が今回は、その適正を認められリストアップされたのです。さらに、あなたのリーダーとしての適正は、抜きんでているのです。ですから、今回のプロジェクトのあなたが、最重要被験者ということになります。それを認識して、このプロジェクトの中で任務を全うして下さい」
  私の置かれた状況は、最悪にして、最良のものであったのだ。


  そして、ついに私の処置が始まった。もう、元に戻れない第一幕が開始されるのだ。
  頭上の映像システムの電源が入り、私の姿が映った。
「力を抜いて下さい」とまりなさんにいわれ、力を抜くと、まりなさんは、私のおむつをはずし、持っていたチューブを私の肛門に挿入した。そして、口の中にもチューブが差し込まれた。ちょっとした嘔吐感を覚えたが我慢した。
「おむつが、本当によく濡れているわ。強力利尿剤の効果は抜群ね。膀胱が空になっているのも確認できたし。準備OKです」
  まりなさんの声に、私は、恥ずかしくて恥ずかしくて、顔が赤くなるのを感じた。
  スピーカーから今度は、佐藤ドクターの声が聞こえた。
「あなたは、口のチューブから高速洗浄液を出して、肛門のチューブから高速洗浄液を排泄物と共に回収するシステムにつながれたのです。内臓の中を全て空にするための機械です。苦しいでしょうが2H単位ぐらいで処置が終了します」
  言葉がとぎれるとグィーンという機械音と共に大量の液体が食道の中に流れ込み、肛門から内臓のある空気が抜けていくのが感じられた。しばらくするとおなかにすごいさし込みを感じた。下痢のときの我慢した感触だそれが2H単位の間じゅう続いて、自分の苦しむ姿をモニターで見続ける状態がその間続いた。何か変な気分になる。空っぽの内臓に空気が送り込まれる感覚と共に機械音が途切れ、口と肛門のチューブが抜かれた。
「お疲れ様」とまりなさん。
「これからは、腸管点滴で栄養分の補給をしてもらいます」
  前田ドクターがそういうと、おへその下あたりから小腸にカテーテルが差し込まれ、液体高カロリータイプ栄養のパックがカテーテルの先に取り付けられた。そして、肛門にストッパーが押し込まれた。カテーテルが差し込まれた部分に防水防菌処置が施され、この作業が終了した。
「栄養供給管挿入用システム構築までの期間は、不自由かもしれないけれどこの状態ですごしてもらいます。がまんしてください」
  と前田ドクター。更に続けた。
「それから、排尿は、長期留置型カテーテルを膀胱にさし込み、排尿パックで収集します。あなたの排出した尿はあなたの貴重なデータとなりますので保管の上分析します。消化器の老廃物の管理は、内臓洗浄装置で毎日洗浄します。ただ、排泄物は、今日と違い極端に少ないから、今日ほどの時間はかからないと思います。それに身体の処置が終われば、この処理からも解放されるから辛抱してね」
  前田ドクターの指示で、まりなさんが長期留置型カテーテルを尿道からさし込み、膀胱に達したところで固定した。私のおしっこのたまった袋を付けての生活が始まった。
  排泄の自由さえ奪われてしまう。もう、ドナーという立場は、耐えることしか無いと言うことのようであった。
  佐藤ドクターが、今の暗い気分に追い打ちをかけた。
「今は、舌をかむ自由はあるかもしれないけど、それで、自由を勝ち取れるとは思わないでね。脳だけを生命維持できるシステムの開発も私たちは終わっています。脳だけを兵器の中に移植した「ブレインウェポン」の研究も終わっていて、実用実験のドナーを待っている段階です。脳だけとなってまったく自由のないままの生涯を送りたくなかったら自殺という選択肢を使わないこと。いいわね」
  私たちは、本当に永久にとらわれの身となった。任務の遂行だけが生きていく唯一の手段なのだと改めて感じさせられた。自然に涙が出てきた。
  まりなさんが、それを脱脂綿で拭いてくれた。そして、
「頑張って下さい。きついことを言ったけど、佐藤ドクターも前田ドクターも、そして、私も、あなたを親身になってサポートしていきます。任務のために過酷な境遇にいるはるかさんをみんな、微力ながら守っていく覚悟でいます」
  解っている。そんなこと。でも、涙が止まらない私がそこにいた。
  しかし、そんな中でも私に対する処置は進んだ。再び涙を拭いてくた、まりなさんは、
「これからシャワーを浴びてもらいます。内臓洗浄処置で不快になった身体を洗うこととその水には、脱毛、汗腺閉鎖、毛根閉鎖、皮膚機能停止の為の薬剤を混ぜてあります。体毛の完全除去と皮膚の機能停止の処置を行います。内臓洗浄とこのシャワーでの身体の洗浄は皮膚の機能が完全に無効になるまで続けられます。そして、この処置が終わらないと次の処置には移りません」
  前田ドクターが説明を代わって続けた。
「この液は、目や口に入っても大丈夫なようになっています。ですから、身体の隅々まで、洗ってもらって下さい。ただ、浴びた後、しばらくして皮膚の組織が変化するので、その為の痛みが来るかもしれませんが、その時は、痛み止めを塗布しますから、安心して下さい。この処置は五日間五回程度にわたって続けられます。それでは、シャワー室に高橋さん、大佐を連れて行って下さい」
  何だか、ここにいる3人がザディスティックな女王様に見えて来ちゃった。
  そんなことを思っている私を処置用寝台のまま、シャワー処置室に運んでいった。
  モニターシステムも処置用寝台と一体化されているので私の視覚に常に今の状態の情報を送り続けていた。もちろん、腸管点滴のパックとチューブ、そしてカテーテルにつながった尿パックもついてきた。
  シャワー室では、処置用寝台を回転させながら私の身体の隅々までシャンプーを使用して洗浄処置が行われた。まりなさんは、手慣れているようで、てきぱきと体中を洗ってくれた。そして、そのたびにモニターには、私の体毛が抜けていくのが映し出されていた。髪の毛、陰毛に至るまで全ての体毛が徐々に抜け落ちていった。
「今日は、あらかたの体毛を除去するから少し長めのシャワータイムということになります。我慢してね。それから、使っているシャンプーにも解っていると思うけど、お湯に入っている薬と同じ薬が入っています」
  そうして、2H単位にも及ぶ丁寧なシャワータイムが終わり乾燥用温風を使って、丁寧に水分の除去を行ってもらう。
  そして、処置用寝台は処置室を通って私の居住用水槽部屋に移動した。処置室と私の部屋である水槽のような部屋はつながっていたのだ。
「今日は、必ず、身体が痛み出すと思うから、痛み止めを少し多めに塗布すると共に麻酔剤を投与します。ゆっくり休んで下さいね。」
  そういうと、痛み止めに薬を大量に体中にまんべんなく、まりなさんは塗ってくれ、そして全身の十カ所にモニター用の電極を差し込んでいった。そして最後に麻酔薬を注射してくれた。
「それじゃあ、今日はゆっくり休んでね。私は、この部屋で待機しているから安心していて下さい。少し、痛みが始まった頃に意識が薄れると思うから」
  そういわれているうちに鋭い、焼けるような激痛が始まった。ものの5分ぐらいだろうか、苦しんだ後、意識が遠のいた。


  翌D単位も、翌々D単位もその次のD単位も(ここからは、書く都合で1H単位を1時間、1D単位を1日と書かせてもらいます。この物語の時間は、火星時間で動いていると思って下さい)同じ処置が続き。居住用の水槽と処置室、シャワー処置室の行き来が続いた。
  処置に入って5日目のアクティブパートが、始まり、私が完全に体毛が無くなり、汗をかくことの出来ない身体をモニター越しに見つめているうちにまりなさんによって処置室に運ばれた。
  するといつものように前田ドクターと佐藤ドクターが待っていた。前田ドクターが私に声をかけてきた。
「気分はどうですか、まだ、皮膚に痛みがありますか?」
「昨日のアクティブパートが終わる頃痛みが治まった感覚がありますし、今日は、痛みがありません」
「よかったわ。皮膚が新しい状態への変更が終了した証拠ね。病理検査の結果も立派にラバーフィットスーツを着るにふさわしい状態になったことを確認しています。何か変わったことはほかにない?」
「昨日のアクティブパートの中盤から少し部屋が暑く感じています。部屋の温度を上げたのかなと思ったのですが・・・。それに体毛が完全に除去され、鼻毛すらない身体に対して違和感を感じます」
「そうでしょう。それは、皮膚から汗腺と毛穴が完全に除去されたから皮膚呼吸能力が普通の身体より落ちたからなの。皮膚の新陳代謝の速度も常人に比べると100分の1以上に落ちています。新陳代謝による皮膚のかゆみやうずきといった生理的現象はあまり感じないようになったのです。ただし、皮膚の感覚は、普通の人の感じる痛みや温度感覚の4倍ぐらい敏感になっています。このスーツを着ると皮膚に届く感覚が10分の1程度になってしまうから、そのぐらいがちょうどいい設定ということになっています。それから、見た目の問題については、すぐに見慣れるから大丈夫ですし、スーツを装着してしまったら生身の肌をあなた自身が見ることはもう無いから、関係なくなると思います」
  スーツを着る処置と言っているけど、この処置も立派な人体改造手術だ。これも一種のサイボーグ手術ではないのだろうか?
「この処置をサイボーグ手術と見る考え方もあるけど、このスーツを装着する処置を我々は、サイボーグ手術とは定義しないの。あくまでも人体の一部をスーツの機能を最大限に引き出す為に変更する処置ととらえているの。身体に機械の部品を埋め込み、超人としての身体に創り変えることのみを我々は、サイボーグ手術と定義して、混乱を避けているの」
  佐藤ドクターが私の心を見透かしたように答えてくれた。私がぽかんとしていると、佐藤ドクターが、
「思っていることを当てられて戸惑っているのですね。私たちは、このスーツを着るために自分の力で他人とコミュニケーションをとる能力を失ってしまったことにより、感覚が研ぎ澄まされたの。このスーツに入ったらきっとあなたも理解できるわ」
  へぇ、そうなのか、今までとは違った感覚というのも、ここまで来てしまったら、早く経験したいものだ。いけない、心をまた見透かされてしまう。
  前田ドクターの言葉が、そんな私の感傷を遮った。
「さて、今日から、本格的な身体のスーツ装着適応処置を開始します。それでは、佐藤ドクター、高橋さん、如月大佐に対する処置を開始します。準備はいいですね」
  二人が「ハイ」と答えて、処置が開始された。
「まず、全身麻酔処置を行います。ただ、普通の麻酔処置と違って、あなたは、あなたの身体に起こっていることの一部始終が確認できるように意識は残すようにします。そして、視覚と聴覚から今施されていることが何かを理解する情報を意識化に伝達するようにします。そのつもりでいて下さい。長い長い時間になると思います。でも、事実から目をそらすことはあなたに許されていないことを再度認識して下さい。目をそらしたら、あなたがこの事態を認識するまで強制的に映像を嫌と言うほど繰り返して見せられます。本当に嫌になりますから、一回で終わった方がいいですよ。これは、私の経験談です」
  そういうと、前田ドクターは、にっこりほほえんだ。
「さあ、力を抜いて」
  佐藤ドクターの言葉に合わせ力を抜くと背中に針を刺す痛みを何カ所か感じた。数分後、体中の感覚がなくなった。残った感覚は、視覚、聴覚ぐらいだったが意識は、ものすごくはっきりしていた。
「麻酔処理完了です」佐藤ドクターの声。
「それでは、処置開始。まりなさん、メスを取って下さい」
「ハイ、ドクター」
  前田ドクターの声にまりなさんの声がかぶった。
  私の呼吸器官がまず処置されていった。胸部に人工心肺が接続され、左右の肩の部分に肺に取り付けられたチューブの先端が開閉バルブで取り付けられ。喉の部分に閉鎖用バルブが付けられた。これで気管は、完全に閉鎖され、両肩のバルブからのガス交換しかできないようになった。そして、声帯気管が切除され、声帯気管につながる神経が電極とつながれ首の横にコネクターが取り付けられた。
  高濃度低圧型呼吸液を人工心肺が供給し始める。両肩のバルブから液が漏れることで気管や
肺と言った呼吸器全般が高濃度低圧型呼吸液で満たされた。ここで、私は、空気を呼吸することが不可能となった。そして、この液体は、呼吸器官から排出することが不可能であるため、これから、生身の身体でいる間は、ずっと、液体呼吸をすることになるのであった。
  そして、右肩のバルブに高濃度低圧型呼吸液の供給管が、左肩のバルブに排出管が装着され、人工心肺の機械がはずされた。そして、今日の処置で出来た傷口が接合された。
  接合部分は、生体接着剤という接着剤を使用され、傷口がまったくわからない程に接合された。そして、ドクターは、私の身体に呼吸システムの管を接続してくれた。
  前田ドクターが、
「皆さんお疲れ様です。如月大佐、あなたに施された麻酔処置により、処置全体が終了するまでは、感覚がないけど、話をすることは出来るし、聴くこと、見ることはできるから、疑問が合ったり話をしたかったら高橋さんとお話をして下さい。今日の処置はこれで終わります。また明日、処置が続きます。まだまだ、スーツを着るには、時間がかかります。だだ、一番難しい部分の処置は成功に終わったから、今日はゆっくり休んで下さい。それと、高橋さん、大佐の全身の洗浄処置を忘れずにお願いします。
  まりなさんが、私を洗浄室に運んで、全身を洗浄消毒液の含まれたクロスで丹念に拭いてくれた。そして、排尿容器や栄養液の容器を交換してくれた。
  呼吸システムの管が肩から外されているのに気づいた。
「呼吸システムがはずれていることに気づいたみたいね。メインシステムから切り離されても、呼吸液自体の含んでいる酸素で2時間ぐらいは、大丈夫なの。安心して。さあ、今日の処置が終わったから、部屋に帰ろうか?」
  まりなさんは、そう言うと私を私の「飼育水槽」に運んでいった。


  部屋に戻ると部屋にある呼吸システムからのびている管を肩のバルブに接続した。そして、いたずらっぽい表情で、
「これから毎日、メイン生命維持システムと連結される管の数が増えていくの。見ていて、きっと面白いと思うわ」
  そう言ってウインクをした。
「ブラックジョークのつもり?」
  そう言おうとして、はじめて気づいた。声が出ない。
「ごめん、何か話したかったのね。今話せるようにするから」
そう言うと首のコネクターに天上からのびているコードを接続した。
「これは、スーツのバックパックに装備されたコミュニケーションサポートシステムのメインシステムに直結しているコードです。これで、会話できるようになったわ。脳からの自分が今、誰とどの様な会話をしたいのかという信号を受け取り、それをホストコンピューターで解析し、このシステムの利用者と館内一般コミュニケーションサポートシステムの全てのスピーカーシステムから、最適の会話相手を探しだし、会話できるようになっているの。ただし、本部のメインメモリーシステムには、会話の記録が全てモニターされ、データ蓄積されるようになっているの」
「会話まで、管理されるんですね。」
  私がそう言おうとするとそれが言葉として、まりなさんに届いていて、まりなさんが答えた。
「そう言うこと。でも、特別の発言以外は、制限を受けることはないから安心して。それに、はじめてこのシステムを使ったにしては、上手に使えているわ。さすがに肉体、機械複合体であるサイボーグとしての適正を持った人だわ」
「まりなさん。私、今日少し疲れました」
「そうね。今日の処置は長かったからレストパートに3時間ほど食い込んでいるわね。疲れるはずだわ。今、19時だもの。明日も辛い処置があるから休息が必要よ。安定剤を腕の薬液注入器からいれるから、すぐに眠りにつけると思うわ。お休みなさい。」
  そう言って、まりなさんが安定剤を注入するとすぐに深い眠りについてしまった。


  今日も0時にまりなさんに起こされた。覚醒安定剤を入れられたせいかぱっちりと起きた。もう処置に入ってから寝るとか起きるとかと言うことも、自分の意志以外のところで管理されてしまっている。
「さあ、今日の処置のために処置室に移動するわよ」
  そう言うとまりなさんは、私につながれた管やコネクタケーブル、電極のコードをはずし、尿パックと、液体栄養のパックを交換して、処置室に私を処置用寝台ごと移動させた。そして慣れた手つきで管やコード、会話用ケーブルを接続した。そして、消化管洗浄装置に私を接続し、消化管洗浄を行った。その後、身体の隅々まで、殺菌洗浄液のついたクロスで丁寧に拭いてくれた。
  そのいつもの作業が終わった頃、前田ドクター、佐藤ドクターが処置室に入ってきた。
「おはようございます。気分はどう?」
  と前田ドクターの言葉に私は、
「悪い気分ではありません。」と答えた。
  佐藤ドクターが、
「ちゃんとコミュニケーションシステムの発声システムは使いこなせているようね。さすがに機械に対しての順応性は高いわね。処置1日目からほとんど無意識に使えいるなんてさすがだわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
  と私が言うと3人がほほえんだ。
  そして、前田ドクターの
「さあ、処置に入ります」みんなの顔が引き締まり、処置が開始された。


  麻酔剤が新たに投与され、処置が始まった。食道から胃の入り口まで充填剤が隙間無く充填され食道の最上部には閉鎖バルブが取り付けられた。そして、胃に筋肉収縮剤が投与され最小限に収縮したところで形状保持のため生体親和型樹脂によりコーティングされ胃が小さい状態で形状を恒久的に保持された。そして、胃の上部の付け根にカテーテルが接合され、一方の端がみぞおちの下の部分に取り付けた管接続用バルブに固定された。そして、腸管点滴用のカテーテルが抜き取られ、傷跡が接合され見えなくなった。
  肛門の栓がはずされた。そして、直腸部分と肛門が切り離され、左の股の付け根のすぐ上のあたりに間接続用人工肛門が取り付けられ、そこに直腸が接続された。本来あった肛門は、取り外され人工皮膚がその部分かを覆った。肛門のない臀部のできあがりである。
そして、膀胱の付け根で尿道が切り離され、そこの部分に人工尿道用のカテーテルが接合された。
そしてもう一方のカテーテルの端は、右の股の付け根の上部に取り付けられた接続用バルブに接続された。
  そして、開腹した箇所が元通りに接合され、それぞれのバルブ弁に排尿管、排泄管が接続された。また、みぞおちの接続用バルブ弁には、液体栄養供給管が接続された。そして、のど元の大静脈に薬剤供給用カテーテルが接続されのど元にバルブ接続ソケットが創られた。
  ここから、私がラバーフィットスーツを装着されるに当たって必要になってくる発毛阻止、女性器の機能抑止、性欲抑制等の特殊な薬剤やホルモンが投与される仕組みになっている。そして、このバルブに混合薬液注入パイプが接続された。
  今日、ここまでで4本の管が新に身体に接続された。本当に管やコードにくるまれた生活になってしまった。
  それから、口腔部分の処置に入った。歯茎に筋肉弛緩剤を打たれた上で歯を全て抜かれた上私の歯と寸分違わぬように採寸されて造られた軟質シリコン製の新しい歯が埋め込まれ、歯茎に筋肉収縮剤が打たれた。そして、歯が落ち着いて固定されたことが確認されると今度は、舌の切除が始まる。舌の組織は長いので何回かに分けて根本まで切除され、硬質生体親和型樹脂で造られた口腔部のサイズにあったマウスピースで口腔内全てを覆われた。そして、口腔部とマウスピースの空隙部分に硬化型充填剤が詰められた。これで口腔内の舌を切除したことによる形状変化を防ぐのだそうである。
  口の開け閉めは普通に行えるようであった。もっともヘルメットを取り付けられると口腔部には完全に空隙を埋める充填装置が取り付けられるから口を開けることは出来なくなるはずである。
  そしてヘルメットの充填装置と口腔部を接続するため、あごの下に穴を空けられ、そこにバルブが取り付けられた。この装置により、ここから粘着性の充填剤が口腔部一杯に充填され、ちょうどギャグをかまされた様な状態になり、口を開けることが出来ない状態になるはずである。
  その様になっても唇は、動かすこと微かに出来るようであった。その為、口に表情を作ることも僅かながら可能であると言うことである。
  そして、この処置に先立って鼻腔部に充填剤が充填され鼻の穴が存在を失った。
  それから唾液腺が胃の付け根に接続を変更され唾液が胃へ入り消化を助ける人間本来の機能は維持されることになった。口からつばが出ることはなくなってしまった。
「今日の処置はここまでです。皆さんお疲れ様。それから、被験者の如月大佐、よく頑張りましたね。気分はどうですか?と言ってもいいはずないか。なるべく早く今の自分の状況を理解することね。高橋さん、身体と精神のケアをお願いします」
  そう言い残して前田ドクターが処置室から出て行った。
  「お大事に」の言葉を残して、佐藤ドクターが処置室を出て行った。
  まりなさんは、
「少しの間不自由だけど我慢して」
  と言って、身体に接続された管やケーブル類、モニター用コードを取り外し、洗浄室に移動させてくれた。そこで、手術で汚れた身体を綺麗に拭いてくれた後、自分の居住エリアである水槽の部屋に移動させた。その後、管やケーブル類、モニターコードを慣れた手つきで私の身体に接続したいった。
「はるかさん、今日も、お疲れ様。どこか不具合はありませんか」
  まりなさんの問いに、
「体調はすこぶるいいわ。と言っても、全身麻痺と同じ状態だから本当はどう身体が感じているのかはわからないけど。でも、自分が人間と違う存在になる過程を自分で確認し続けなければならないというのは、本当に辛いものね」
「私も、この服を装着されたとき、処置の間中その辛さを感じていました。でも、このプロジェクトを成功させるという信念にすがりついて、何とか精神を維持できたのです」
「私も、その使命感にすがってみることにする。くじけそうになったら、まりなさん、サポートしてね」
「わかっています。それから、このスーツを装着されてよかったことは、どんな空間にも、不快を感じることなく活動できるようになったことです。月での訓練、宇宙遊泳、砂漠でのサバイバル、南極での耐寒訓練、そういった環境下で、普通では味わえない素晴らしい光景を苦労の中でも体験できたことです。そうした期待感にも期待を見いだしてはどうでしょう」
「わかったわ。そんな想像もしてみる」
「それでは、今日のはるかさんのアクティブパートの活動を終えてもらいます。レストパートに移ります」
  はるかさんは、そういうと私が接続されているメイン生命維持、管理システムのコントロールパネルを操作した。すると、突然眠くなり、眠りに落ちていった。やっぱり、生理全般も機械でコントロールされているのが今の私の立場なのだった。


  翌日も0時の起床は、まりなさんがメイン生命維持管理システムのコントロールパネルの操作によって覚醒することになった。私は、身体の処置に入ってから、だんだんと機械に支配される生活になってきている。
  いつものように処置室に連れて行かれ、いつものように予備処置を受け終わり、管やコード類と身体の接続が終わると前田ドクターと佐藤ドクターが入ってきた。
  すぐに処置が始まるのかと思ったら、今日は、佐藤ドクターが話し始めた。
「今日で同じ状態に固定されて六日目となります。だいぶん筋肉がこの状態で硬化しだしたと思います。そこで今日は、硬化した筋肉を一度元に戻すための処置を行います。これは、今後も処置用寝台に固定されている間、定期的に行います。電気的刺激を身体中に電極を付けて行います。麻酔によって麻痺状態でなかったらものすごい辛い処置ですが、如月大佐は感覚を剥奪されているので安心して処置を受けて下さい」
  相変わらず、佐藤ドクターは、人を機械と同じに思っているかのように冷静に、私の身に起こる不幸を説明してくれた。
「それじゃ始めて」
  まりなさんが首から下の身体の数十カ所に電極を貼り付けていった。
「スイッチ。オン」
そういって、まりなさんが私の寝台の傍らの装置のスイッチを入れた。
  すると、私の身体の筋肉が勝手に収縮を繰り返しだした。
「この装置に繋がれて、今日1日いれば、筋肉がもとの状態に戻るから我慢して処置を受けてね。」
  そう、佐藤ドクターが言い残して処置室から隣のモニター室に移動した。
「この機械に繋がれていると筋肉は、収縮を繰り返し全身運動をスポーツ選手のトレーニング並みの過酷さで行ったのと同様の効果があると同時にたまった疲労物質も分解してくれるの。元々、手足を切除され身体を自分から動かすことの出来ない人間のトレーニングに開発された装置なの」
  こんな状態で1日すごすのだ。手足のない人間の苦労を感じるようだ。
  そして、この機械に繋がれての一日が終わった。
「お疲れ様、筋肉の回復は順調に終わりました。身体を洗ってもらって、今日は、早く休んでください。高橋さん、如月大佐の管理、今日は特に厳重にお願いします。明日の処置に響かないようにしてあげてください」
  前田ドクターの言葉通り、まりなさんは、洗浄室で丁寧に久しぶりのシャワーを使用しての洗浄をしてくれた後、居住エリアに私を戻すと私と機械を再び接続して、生命維持管理システムのコントロールパネルをいじった。
「さやかさん、お休み」
  そう言われ、私は眠りに落ちた。


  この日も起床は、生命維持管理システムによって目を開けることとなった。完全に機械の一部のようにチューブやコードが接続された身体をぼんやりと見ながらの起床となった。
  処置室でいつものように予備処置とチューブやコードの接続処置をまりなさんにしてもらった。ただ、前の日の処置により、身体がものすごく軽く感じられた。
  いつものように、前田ドクターと佐藤ドクターの声が聞こえた。
  また、身体を弄ばれる1日が始まると思うと覚悟しているにもかかわらず複雑な思いがこみ上げてくる。
  今日も佐藤ドクターが話しかけてきた。
「今日は、如月大佐にまず見てもらいたいものがあります。高橋さん、運ぶのを手伝ってもらえますか?」
  そう言うと、まりなさんと一緒に大きなカプセルを運び込んできた。
  私の見ているモニターがそのカプセルの中身に近づいた。そして、中がわかるようになるまで近づいた映像には、液体の中に浮かんでいる薄い緑色をしたラバーフィットスーツを見ることが出来た。
「あなたのためのラバーフィットスーツが完成しました。どうです。よくできているでしょう」
  興奮した。液体は、保存液だと思うが、その中にあるスーツの美しさに興奮して、早くこの服を着てみたいという衝動に駆られた。薄緑色でゴムの光沢を持つ服、この処置を全て受け終えれば、あのスーツを着る資格を持つことになるのだ。
「早く、着てみたい」
  そんな言葉が思わず出てしまった。
「そうでしょう。後もう少しだから頑張ってください」
  前田ドクターがいった。
  よし、がんばるぞ!
  何か、相手のペースに載っているかもしれない私が怖かった。


  そうこうしている内に今日の処置が始まった。
  まず、耳の処置が今日のはじめの処置だ。耳の鼓膜を丁寧に除去し、聴覚神経とヘルメットに装備されている外部集音装置との接続用コネクターと聴覚神経が接続され、コミュニケーションサポートシステムと接続するためのコネクターも一緒に接続された。そして、三半規管を宇宙酔い防止と宇宙空間での作業でも平衡感覚が失われることのないようにするための補助装置に繋いで、補助装置を耳の奥に設置し、補助装置駆動用の電源コードのコネクターも含めて、3つのコネクターを中耳道に固定して、空隙部分に生体親和型樹脂の充填剤を充填して外部との隔離を行われた。そして、外耳の部分、つまり、耳を切除された。
  耳が無くなり、耳のあった部分は3つのコネクターが露出している状態となった。つるつるの頭部が更にのっぺりした感じになってきた。そして、耳の左右3つづつのコネクターにコードが取り付けられた。次に頭皮を切除し、頭蓋骨の上に強化プラスチック製の頭皮カバーが取り付けられた。
  そして、このカバーについている電極を頭蓋骨を貫通させて脳に繋ぐ処置が行われる。そして、この頭皮カバーとバックパックの補助コンピューターを繋ぐコネクターを首の後に付けられた。
  更に、脊椎神経と電極を繋ぎ、そこからつながる端子のコネクターをやはり首の後、頭皮カバーからのコネクターの下に取り付けられた。この2つのコネクターにもプロジェクトのホストコンピューターからのコードが接続された。
  そして、両目への処置が始まった、まぶたは、瞬きが必要ないので、起きている間、開閉できないようにまぶたの筋肉を電気的にコントロールできる装置とそれにつながるコネクターが取り付けられ、涙腺が取り外された。まぶたは、通常は、閉じることはもう出来ないようになってしまったのだ。まぶたを閉じれるのは、本当に強い光線をヘルメットにあるセンサーが感知し、それがゴーグルでは防ぎきれないと脳とバックパックのコンピューターが判断したときのみでありそれ以外は、まぶたの開閉コントロール装置が作動することはない。睡眠時は、まぶたを閉じる変わりにゴーグルの遮光調節システムが完全遮光状態になるようになっているのだ。
  そして、両目を覆うようなそのゴーグルが生体接着剤で貼り付けられ、まぶたのコントロール装置のコネクターがゴーグルと接続され、ゴーグルにコードとチューブが取り付けられた。
  チューブからは呼吸液が流れ出しゴーグルの中を呼吸液が満たした。液が入っていないときは、ぼやけたような視界で、目が乾いた感じになっていたが液が満たされたことで鮮明に見えるようになり、目が常に潤っている状態になった。裸眼の時よりはっきりとした視界が得られた。もう、瞬きをすることも出来ないようになってしまったのだ。
  そして、この上から、ヘルメットをかぶるといろいろな情報がヘルメットのフェースプレートにディスプレイされるようになっているのである。この日の処置は、ここまでだった。


 そして、次の日から運命の最後の処置を受ける日になった。
前田ドクターが、
「今日からの処置で最後となります。この処置が終わったら、しばらく、手術で傷ついた身体の回復処置を行ってもらい、それからラバーフィットスーツの装着の処置を受けてもらいます。さあ、頑張りましょう」
「最後の処置の場所って、やはり、あそこしかないですよね」
「そうよ、性器のカバーを取り付けます」
  前田ドクターが続けた。
「如月大佐は、これから、不感症になってしまうわね」
  みんないうことが遠慮なしなのだ。
「今日は、特殊ホルモン調整剤で排卵を促進させ、あなたの卵子を出来る限り保存します。いずれにしても、最終的には、子どもを生めない身体へと改造されるわけですから、今の内に卵子を取り出し冷凍保存するのです。薬剤により一度に複数個の排卵が一時間に一度行われる状態が1日中続くのです。24時間生理が来続けるからものすごい苦痛を伴うし、輸血も必要になるので、すごく危険な処置ですから、私たちも慎重に行います。生理痛は、麻酔で感じない状態ですから怖がらなくても
大丈夫です」
  前田ドクターがそう言うと私の生命維持管理システムのコントロールパネルを操作した。すると、麻酔が効いているにもかかわらず、下半身に生理の鈍痛が走るのがわかり、その日は、生理が一時間に一回という状態でたくさんの排卵があった。
  まりなさんが輸血をすかさずおこなってくれ、貧血にならないようにしてくれた。一日中、レストパートまでもこの状態が続いた。そして、丸一日で、50個もの卵子を採取された。
  そして、次の日には、いよいよ、性器への処置が開始され、クリトリスが切除され、女性器を覆うカバーが接合された。このカバーには、洗浄管挿入用ソケットがついていた。
  これで私に施される予定のラバーフィットスーツを装着されるための処置が完了したのである。
  ここまででももう普通の人間とはかなりかけ離れた存在になっているのに、私たちに施される火星探査・開発用サイボーグ改造手術というのは、どんなものになるのだろうか?
  そして、私は、本当にその過酷な手術に耐え、過酷な訓練に耐え、火星へのミッションを遂行できるのだろうか?
  性器への処置の映像を見ながら、女性としての快楽を味わうことが出来ない身体になってしまったことへの屈辱感がこみ上げてきて哀しくなったが、目に施された処置により、涙腺がないため、実際に涙を流すことすら出来ない私がここにいた。そのことを考えると不安な気持ちが押し寄せてくる。
  そんなことを考えていたら、処置室から居住エリアにいつの間にか運ばれていて、そこに誰かが入ってきたことにも気づかなかった。声をかけられ、はっとした。
  そこには、長田部長がヘルメットを付けた全身ラバーフィットスーツ姿で、まりなさんと一緒に立っていた。
「処置が無事に終了したこと、それも10名が全て無事にラバーフィットスーツを着れる身体になれたことで、私は、ホッとしています。さて、如月さんには、あなたの回復処置の間にほかのメンバーの処置であなたと違う処置を部分的にした人の処置を映像で体験し理解してもらいます。あなた自身も辛い思いをしたと思いますが、このプロジェクトではもっと辛いことがあなたに起こると思います。それでも、自分の身体に起こることをただ受け止めて、生きていくことしかあなたには出来ないのです」
「長田部長、そんなことは、もう覚悟できていますし、死ぬ自由すら奪われてしまった今では、この状態とこれから起こることを受け止め生きることしかできなくなってしまったことも理解しています。それよりも、みんなもラバーフィットスーツを着る前の段階まで事故無く処置を終えたのですね。それを聴いて安心しました。それから、映像で私が体験するというのは、もちろんモニターでただ見るということではないのですね」
「如月大佐らしい分析力ね。その通りです。あなたと渥美大佐の二人には、重要な部分では、ほかのメンバーの体験を共有し、全員のメンバーの心の把握をする処置も行われると思っていてください。これは、リーダーとしての特別な体験です。まあ、今日はゆっくり休養すること」
  長田部長は、そう言って部屋を出て行った。入れ替わるように前田ドクターが入ってきた。
「如月大佐。本当によく頑張ったわね。あなたの処置は大成功でした。これから処置用寝台を安静待機モードにします」
  そう言うと、まりなさんに指示を出した。するとまりなさんが寝台の操作盤を操作すると今までM字に開脚されて固定されていた私の身体が、寝台と共に大の字の形の姿勢に変わった。
「この姿勢で、身体の組織が落ち着くまで安静にしてもらうことになります。身体のメンテナンスは、全て高橋さんに任せてありますから彼女に何でも相談してください。それから全身の麻酔は、30日ぐらい効かせたままにしておきます。そうでもしないとこれだけ身体をいじったから身体の組織の痛みが治まらないの。その間は、意識レベルを低いレベルに保つから半覚醒状態もしくは睡眠状態で過ごしてもらうことになります。そのなかで、あなたは実態感のある夢として、他のメンバーに起こったことを体験してもらうことになります。このシュミレーション体感システムになれてきたら完全覚醒状態でもいろいろなことを自分の感覚として体感することが出来るようになるわ」
「ラバーフィットスーツを装着されるのは、いつになるのですか?」
「全身の麻酔を解いてから、30日間は、起きあがることが出来るようになり、立てるようになり、歩くことが出来るようになって、処置された身体をある程度受け入れられるようになるリハビリをします。なぜなら、あなたは、麻酔が解けるまで処置用寝台に45日間以上拘束されていることになるの。それだけでももとの状態に戻るまでかなりのリハビリが必要なのはわかりますね」
  私は、「はい」と答えた。
「その上、身体の機能を大幅に変更しているからそれになれて普通の生活が送れるようになるまでにもかなりの訓練が必要なのです。そして、普通の状態に近づけておかないと、更に、新しい環境への対応が出来なくなってしまうおそれもあるのです。だから、この位のリハビリ順化期間は最低限必要なのです。30日間というのは、あなた達、適性の高いドナーだから可能な時間なの。高橋さんなどもそうだったけど普通の人間は、この期間が90日間ぐらい必要なの。あなた達は、その為、過酷なリハビリを要求されるけどそれに耐えられるとデータ的にも考えられるの。それに火星に行くための手術までの期間も限られていて次のプログラムも詰まっているしね。あなた達は、耐えて頑張るしかないのよ。その後、リハビリが終わってすぐにスーツを装着する処置が始まります。そして、それから先の時間があなた達にとって、本当の火星への道の始まりになります。だから今は、たっぷり休んでおくこと。いいわね」
「はい。わかりました。」
「でも、あなたと渥美大佐は、その間もいろいろな体験をしてもらうことになるから、ゆっくり休めないかもしれないけどね。とにかく2日間は睡眠状態で休むことね。高橋さん、如月大佐の意識レベルを睡眠安定状態の管理下におく処置を開始してください」
「わかりました。」まりなさんは、そう答えると生命維持管理システムの操作パネルを操作した。
  すると、私の意識がうつろな状態になった。
「今日は、このまま睡眠状態に徐々になっていきます。ゆっくり休んでね。、はるかさん」
  その声から先の意識がなくなった。


  意識が無いようなあるような状態、まるで夢を見ているのではと思う状態に再び戻ったとき、まりなさんの声が聞こえた。
「はるかさん、今の状態が半覚醒状態です。この状態と睡眠状態の繰り返しの中でしばらく過ごしてもらいます。ちなみに、処置の終わった日から二日が経過しています。その間、はるかさんは睡眠状態のままでいました。これからしばらくは、半覚醒状態の中で、ほかのメンバーの受けた処置の体験を意識にすり込むシュミレーターを作動させます。全てのメンバーの記憶感覚を体験していただくことになります。記憶データの最終的な蓄積先は、はるかさんの脳本体ではなくはるかさんに取り付けられるバックパックの補完用バックアップサポートコンピューターのハードディスクに蓄積されます。はるかさんが持っている記憶体験として必要なときは、そこから脳にデータが送信されて自分の記憶体験として使用することが出来るようになります。9人分の記憶体験データを脳にしまうなんてことしたら脳がパンクしちゃいますから。パンクしないような工夫がしてありますからご安心ください。それでは、作動させます。どうぞお楽しみください」
「ちょっと待って!私の心の準備がまだ出来ていないの」
  そう言ったつもりだったが、私からのコミュニケーションは、システムが作動しないようになっているのか、まりなさんは答えてくれなかった。
  後で聴いたのが、コミュニケーションサポートシステムはこのとき、私の思ったとおり、私は言葉を発せない状態で一方的に情報を受ける状態になっていたそうだ。ここから私は、ほかの9人の記憶感覚を体験することになった。 後で知ったことだが、このときほかの9人全員の記憶感覚を体験したのは、私だけだった。渥美大佐は、私の半分の記憶感覚データを体験させられただけだったのである。私がほかの誰よりも重い使命を持つサイボーグ候補にされていたのであったがこのときはそんなことは知るよしもないことであったのだ。
  私の中に飛び込んできた9人の体験の記憶データは、性格により、その時のドクターやサポートヘルパーとの会話や感じ方が違うもののほぼ私と同じ体験をしていたのである。そして、シュミレーターの始まりは、処置当日からであった。ただ、4名の候補者は少し違う体験をしていた。
  4名の内2名のものは、男性被験者のものであり、最後の処置である性器の処置が違っていた。
  大谷少佐の処置の映像が、私の感覚にまず飛び込む。
「大谷大佐、今日から、最後の処置を開始します」
「長井ドクター、それは、私が外見上男ではなくなってしまうのですね」
「そうです。この処置を受けない限り、次の段階に進むことが出来ません。それに拒否する方法が、君にはないのです。そのことはわかっていることと思いますが・・・」
「もちろんです。この任務を説明されたときに覚悟していたことです。処置よろしくお願いします」
「それでは、今日は、精子を保存するため、ホルモンの操作と前立腺への刺激剤、睾丸の活動を短期的に活発にするホルモンを使用し、1日間、射精し続ける状態にします。そして、その精子は、冷凍保存されることになります。もう、子孫を自力では残せない身体になってしまうのですから、これが最後の射精になります。ただ、射精の感覚はないですから、快楽を味わうことはないですが・・・」
  本当に佐多さんが言ったように昨日、佐多さんに手を使って射精してもらったことが最後の快感だったとは・・・。
  彼はそう思った。
  そして、長井ドクターに聞いた。
「でも、睾丸は残るし、搾精処置は出来るわけだから、スーツ装着後も精子の採取は出来るのだと思うのですが・・・」
「実際には、搾精行為は可能なのですが、睾丸が体内に格納されることにより、いくら冷却装置で包まれているとはいえ、精子の鮮度が失われます。鮮度の高い状態の精子を保存するには今しかないのです。それでは、処置を開始します。それでは処置を開始します」
  長井ドクターの言葉で処置が始まった。
サポートヘルパーの佐多さんが大谷少佐のペニスに精子収集機を取り付けた。そして24時間大谷少佐のペニスは、精子を放出し続けた。大谷少佐が疲れても、精子が放出することをペニスはやめなかった。
  そして、冷凍保存用の精子のパックが100個近く出来上がって処置が終了した。
  そして、続けざまに彼への最後の処置が始まった。
「さて、大谷少佐、最後の処置が、これから開始されます。心の準備はいいですね」
「ハイ、はなから、覚悟は出来ています。それに、嫌だという選択は、僕らには与えられていないことも理解しています。処置を開始してください」
  そして、処置が開始され、ペニスを切除され、開腹されて睾丸を冷却装置で包まれ、下腹部に収納され、前立腺に電極が取り付けられ、冷却装置と前立腺刺激用電極に電機を供給するためのコードを接続するコネクターがおしりの肛門のあった場所に取り付けられて皮膚を接合し、ペニスのあった場所の間の部分の先端にカテーテル挿入弁付きカバーを接合し人工皮膚が貼り付けられて処置が終わるのだった。
  その時の男性器を失ってしまった時の失望感はものすごいものであった。つるつるでバルブだけが存在する股間に作り替えられたのだ。
  まったく何もなくなってしまった身体をモニターで見て、大谷大佐は、耐え続けた。佐多さんの薬剤や、気遣いによるサポートもすごいものがあった。
涙を流せず、声も出せない身体をふるわせ、心の痛みを表現し続けた。その精神的な痛みを乗り越えて次のスーツを装着する処置を待つ男性メンバーの二人はものすごい精神力を持っていると思えた。
  私は、自分が受けた性器への処置のときの感情と重ね合わせ、涙を流すことが出来ない身体だけれど、悲しみがこみ上げてきた。
  みんな、もう、自由のない身の上を乗り越えて、ミッションを成功させようね。こう、心の中で叫んだ。


  まったく違っていたのは、橋場望少佐と美々津みさき少佐の体験感覚データだった。
  彼女たち二人は、私たちが処置室で専属のドクターを紹介されていた頃は、部長室にいたのである。 処置用寝台に固定された状態で二人は部長室に連れて行かれた。
  二人の処置用寝台はまだ車椅子のような状態であったが身体が完全に動かないように固定されていることは、私たちと同じ状態だった。ただし、口には、はずすことが出来ない様なストッパ付きのマウスピースをくわえさせられていた。
「おはようございます。橋場少佐、美々津少佐」
  長田部長の声が聞こえた。
  二人は、声が出るもののマウスピースのために言葉にならない。
「舌をかむことが出来ないようにマウスピースで口も拘束してあるからしゃべることが出来ないと思うから、聴いてもらうだけになるわ。ほかのメンバーは、もう、処置室で処置に入っています。
今日ここに来てもらっているのは、ここにいる二人だけなのです」
  長田部長は続けた。
「あなた達を呼んだのは、訳があります。その訳というのは、あなた達二人は、士官学校から、機械構造学に強く、パイロットとしての操縦適正もずば抜けています。私たちは、今回のプロジェクトであなた達二人には、火星探査ロケットを動かす操縦オペレーターとしてのサイボーグになってもらいたいと思っています。機械と一体化された状態でのロケット操縦のミッションにあなた達二人がついてもらうことが最前の選択と考えています。
  そして、我々が考えているロケット操縦オペレータータイプのサイボーグには手足がありません。なぜなら、ロケットと一体化させてオペレーションをおこなわせるため、神経組織とロケットのメインコンピューターと接続して、協調作業をすることになります。その為、今回のプロジェクトでは、手足を使う必要がありません。その為、手足は、余分な重量となるだけなのです。
  そこで、脳と最低限の内蔵とハードシステムと人間の脳神経システムを接続サポートするためのコンピュータシステムを搭載できる身体があればいいのです。
  当初、私たちは、サイボーグ手術をうけてもらうすぐ前に手足の切除手術をすればいいと考えていたのですが、その後の研究の結果、手足のないだるまのような身体になれるまでの馴化の期間が相当必要であるということがわかったの。そこで、第一候補者には、ラバーフィットスーツを装着するための処置と同時に手と足の切除手術も同時に受けてもらい。第2候補者には、ラバーフィットスーツでの訓練期間の中盤で切除手術を受けてもらうようにしたの。
  そこで、まず、処置をおこなう前に事前に候補者二人には、心構えをしてもらう前に事前通告することにしました。
  ちなみに第一候補者は、美々津みさき少佐です。橋場望少佐は、第二候補です。二人とも、その覚悟をしておいてください」
  二人は、獣のような声を上げてしばらく泣いていた。二人が精神的に落ち着いたところで、長田部長が話し始めた。
「二人の気持ちは同情するけど、いずれにしてもこのプロジェクトの被験者になった10人がみんな異形の姿になるのだから、少し早く、その機会が訪れただけだと思ってもらうしかないの。さて、橋場少佐は、これから、処置室に入ってもらい、とりあえず通常のラバーフィットスーツを装着するための処置を受けてもらいます」
 長田部長がそう言うと、橋場さんを担当するサポートヘルパーが処置室に彼女を連れて行った。そして、美々津少佐だけが部屋に残った。
「さて、美々津少佐には、まず手足を切除する処置を受けてもらい、その後、その傷口が落ち着いたら、ラバーフィットスーツを装着するための処置を受けてもらいます。あなたには真っ先に誰よりも辛い思いをしてもらうことになりますが、プロジェクトミッションのためです。耐えて頑張ってください。もちろん、あなた達被験者が自殺という逃げ道が使えないことは理解していると思いますし、万が一舌をかむことに成功したとしても、脳だけの存在でロケットをコントロールすることになると思ってください。脳だけで一生を送るより、少しだけでも身体が存在した方がいいと思いますよ」
  実際その通りだと思って、舌をかむ機会をうかがうことを美々津少佐はあきらめた。
「さて、それでは、処置室に移動してください」
  そう長田部長がいうと、みさきさんが処置室に運ばれていった。


  彼女が処置室につくと消化器洗浄処置や脱毛処置、栄養液補給のためのカテーテルの挿入、尿排出カテーテルの挿入がおこなわれ、完全な脱毛の処理が完了した次の日から、彼女の手足の切除処置を施されることになった。手は、肩口から切除され、脚は、股の付け根部分で切断された。そして、それぞれの切断面にある神経組織に小さな電極接続コネクターが接続され、切断面全体がケーブル接続コネクターとして作り替えられた。そして、コネクターカバーが取り付けられ手術が終了した。
  彼女は、だるまのようになった手足の付け根から無くなった身体を見ることで、ここまでの処置を思い出し、我慢できずに号泣した。手や脚といった行動するための器官が不用なものとして取り外されてしまった身体になった自分の姿に絶望感にも似た感覚が頭の中をよぎったのだと思う。
  そして、傷の回復処置を10日にわたっておこなわれた。その間、手がないので、自分で出来るような作業も、全て、サポートヘルパーに助けてもらわなくてはならない身体になっていた。ものを持つこと、歩くこと、食べること、排泄することはもちろん、痒いところを掻くことさえ自分ですることが出来ないし、涙を拭くことも出来ない身体になってしまったことを頭の中に完璧にたたき込まれた10日間になった。
  10日後、切断した組織が落ち着いてから、ほかのメンバーと同じ処置を受けることとなった。
  彼女は、ほかのメンバーのような処置用寝台ではなくただ、胴体と頭部を支えることが出来る構造になった寝台に固定されていた。 呼吸器官の処置、消化器官の処置、排泄器の処置、頭部の処置を受け、最後に世紀の処置を受けて、みさきさんの処置は完了した。
  しかし、再び、彼女をショックが襲ったのは、オーダーメイドのラバーフィットスーツを見たときだった。そのラバーフィットスーツには手足の無かった。自分の身体がそうなのだから仕方ないが、彼女にとって、再認識をする結果になったようである。
  彼女は、改めて、モニターで、肉のかたまりにチューブやコードの接続された自分の新しい身体をまじまじと見ながら、涙の流せない身体で、しかも、身体を震わせることも出来ないからだになってしまったことを悟った。
  彼女にとって、最初の人間というものを失う処置が終わった。


  他のメンバーになった夢を見ているような事実の映像を見たり、睡眠状態に入ったりといった環境下で私は30日間過ごした。他の9人も、程度の差こそあれ、今までとは違った身体になっていたことを私は認識させられた。
  みんなは何を考えて半覚醒状態の毎日を送っているのだろう?
  30日後のアクティブパートが始まる0時にまりなさんと、前田ドクター、佐藤ドクターが私のところにやってきた。
「如月大佐。起きてください。リハビリを開始しますので、処置室に移動します」
  まりなさんの声、続いて、前田ドクターの声がした。
「如月大佐、これから、30日間かかって、体力を回復するリハビリが始まります」
「そうすると、いよいよ、私が腕によりをかけて作ったあなたの宇宙服をサイボーグになるための準備として、次の手術まで着続けてもらう処置が待っていますよ。お楽しみにね」
  佐藤ドクターの声、何か嬉しそうに聞こえる。私にとっては、哀しい出来事でもあるのに・・・。
  このリハビリ期間中が私にとって本当に最後の生身の膚が地球の待機を感じられる時間になってしまうのだ。
  作り替えられた新しい身体で寝台から起きあがれるようなトレーニングと処置が私に対して開始されようとしていた。
  処置室に移されると、まりなさんに、前田ドクターが指示を与えた。
「高橋さん、如月大佐の身体の麻酔を解きます。麻酔中和剤を如月大佐の身体に投入してください」
「ハイ、わかりました。操作盤で薬液の投入を開始します。大佐、身体にだるさや鈍痛に二日ぐらい悩まされるかもしれないし、大気が重く感じるかもしれないけど、長い期間、麻酔で感じなくしていた痛みだから、そのぐらいの我慢で消えると思いますし、大気が奥感じられるのは、身体にかかる大気の負荷も麻酔によって感じなくなっていたからです。時間が解決してくれるものですから、我慢してもらうしかありません。麻酔が解かれたからと言ってすぐに身体が動くことはありません。長い時間、指一本たりとも動かせない状態でいたのですから、リハビリによってもとの状態にしていきますから
そのつもりでいてください。それでは、薬剤投与を開始します」
  天上から私に喉元に伸びている薬剤供給用チューブが振るえ、薬剤が体内に入ってくるのがわかった。1時間もしないうちに強い鈍痛が身体中を駆けめぐり、同時にものすごいだるさとすごいまわりからの圧迫感を感じた。
「苦しいでしょうが我慢してください。これが今のあなたの身体に本当に起こっていることなの。でも、これは、回復前最後の苦痛だからね」
  前田ドクターに平然といわれてしまう。
  麻酔の効いている間の痛みは、想像を絶するものだったに違いない。前田ドクターは続けた。
「高橋さん。この期間は、わかっていると思うけど、ドナーが覚醒していて、この痛みやだるさ、重苦しさに耐え、順化していくことが大切だから、意識を失いそうになったら、緊急強制覚醒の薬剤を投与してください。ドナーの意識レベルに注意を払うようにしてください」
  それにしても、鈍痛というにはあまりにも辛い痛み、そして、痛みを伴うだるさ、大気を感じることのものすごい負荷の重み、それらに耐え続けなければならない私だった。普通だったら、気を失ってしまえばそれですむのだろうが、この期間は、意識を失うことは許されないことであった。気を失いかけると意識を強制的に覚醒する薬剤により、意識が覚醒し、また、意識を失いかけるという状態が繰り返された。


  二日経った頃、痛みやだるさ身体の重さが嘘のように治まった。
  そして、私は、苦しむだけの自分をモニターでただ見つめるだけの状態から、かなり、余裕が出来て、処置用寝台に横たえられた自分の姿を観察する余裕が出来た。
  そうすると、全裸で寝かされた身体に特殊金属のバルブ弁やコネクターがついている今の状態が観察された。そこから、ケーブルやチューブが接続されている。今までの処置は、現実だったのだ。ラバーフィットスーツに入れられるための処置は全て終わっているのだった。
  そう思って身体を見つめ直すと、今まで、天上から伸びて私の身体に接続されていたケーブルやチューブ類、無数に差し込まれていた身体データ取得用電極コードが無くなり、生命維持管理システムの装置から1本の太いチューブが私の身体めがけて伸びていて、私の身体に届く前にいくつにのケーブル類とチューブに分岐し、私の身体に造られたバルブやコネクターにそれぞれが接続される様になっていた。
  私が、寝台から離れることが出来るようにするために統一チューブに変えられていたのだ。でもいつからなのだろう。
「今システムとの接続方法に変えられたのは、二日間、睡眠状態で眠っていた間です。半覚醒状態での回復処置やこれからのリハビリをしやすくするためにとられた処置です。統一チューブじゃないと操り人形みたいで動きにくいからなの。チューブがついていて行動範囲が制限されるかもしれないけれど、この方がまだマシでしょ」
  佐藤ドクターの声だった。
「それから、身体データ取得様電極コードが無くなったのは、首筋のコネクターが、神経組織と連携して、ラバーフィットスーツ着用者の身体データを全て取得できるようなシステムになっているからなのです。特に、サイボーグ候補の10名のデータは細かく取得できるようになっていて、身体管理のコマンドデータとして活用され、ドナーの身体の制御管理が可能な状態になっています。自分の意志や判断で原則的には、生体活動をおこなってもらうわけですが、禁止動作行為、例えば、脱走を企てようとしたり、自傷行為をおこなおうとした場合に身体抑制行動モードに自動的に入るようになっています。そうすると身体を動かすこと自体が、自分の意志ではなく、本部が出した命令プログラムでおこなわれるようになるのです。もっとも、ラバーフィットスーツは、アーミーナイフや日本刀でも切り裂くのは不可能なほどの強さを持っているので自傷行為などが成功することは不可能なことなのです。私も、高橋さんも、前田ドクターも、この行為で精神不安定状態に陥った経験済みだから、
経験者談としての話だと思ってください」
  佐藤ドクターの口元がフェースプレート越しにいたずらっぽく微笑んだのがわかった。
  佐藤ドクターの口は、ヘルメットからあごの下の部分に空けられたバルブから粘着性の充填剤が詰め込まれ開くことも動かすことも出来ないのであるが、唇に少しの自由があるため、精一杯の表現をしてくれている。みんなそんな辛い経験をしているのだ。
  このスーツのヘルメット部分のフェースプレートは、中の表情が遮光モードが変化するようになっていて、光透過率100%から0%までの可変透過システムが装備されている。今の佐藤ドクターのフェースプレートは彼女の顔が確認できる状態になっている。その下のゴーグルも、フェースプレート同様光透過率が可変するようになっているが、まぶたがラバーフィットスーツ装着者は閉じることが出来ないので、ウインク等という表現は出来ないようになっていた。
  それは、もちろん私も同じだ。ラバーフィットスーツ装着処置を受けることにより表情を創るということが難しい作業になっていたのだ。だから、コミュニケーションが感情表現の大部分を占めることになっているのだ。
  その会話を聞いて高橋さんがクスリと笑うのが聞こえた。
  佐藤ドクターが、
「コミュニケーションサポートシステムもうまく使いこなしているようね。誰としゃべりたいかを意識することなく会話をする対象者を自動的に無意識に選択しているもの。すごい、適応力だわ。周囲の音も無意識に聞けるようになったわね。この要領でラバーフィットスーツを装着されてからもコミュニケーションサポートシステムを使ってね。ラバーフィットスーツを装着した時点では、もっと高度なシステムの使い方を学んでもらうことになりますから」
  そんな、話をしていると、前田ドクターが処置室に入ってきて、指示を出した。
「高橋さん。大佐の身体に筋肉軟化剤と筋肉強化剤、心筋保護剤をを投与して。これは、長い間の完全拘束状態で硬直してしまった筋肉をほぐすことと、弱った筋肉組織を強くするのを補助すること、そして、怠けモードに入った心臓を元に戻すのを助ける処置です。
  ちなみに筋肉強化増強剤は、我々が開発した特殊なもので、ラバーフィットスーツが体型の変化を阻止するほど強く身体をサポートしてしまうので、筋肉を増強するとき、筋繊維を太くすることが出来ないの。その為、この筋肉強化増強剤は、筋繊維の太さを変えずに伸縮性と強度を訓練すればするほど増していくような特性を筋繊維に持たせるような効果を持っているから、体型は変化しないけど、鍛え抜かれた筋力を付けることが出来るというものなのです」
「薬剤投与開始。」
  まりなさんが答えた。
  すると、身体全体が温かく感じられ、今までこわばっていたからだがお湯をかけられて溶けていくように柔らかくなっていくのを感じた。私の身体に投与される薬剤は、血管に直接投与されるのと、即効性がかなり高い特性を持っているために、効き出すのが本当に速いのだった。
「さあ、身体を起こしてみよう」
  まりなさんがそう言うと、処置用寝台が、本当に少しずつ椅子の形に変化していった。
  10時間かかって椅子の形までなるように時間をセッティングされているのだが、そんなゆっくりとしたペースでも、起きあがった状態になるには、休んだり、元に戻したりしないと、めまいを起こしてしまったし自分の筋肉が言うことを聴いてくれずきつい作業になってしまった。たった一ヶ月半なのだが、完全に身体を固定された代償は大きいのだということを痛感させられた。
  火星に生身の人間が行くとなると長い拘束状態と無重量状態により火星に到着後、活動開始まで、リハビリをかなりの期間おこなわなければ活動できないし、地球帰還後にもリハビリをしないと活動できないというデメリットも我が国にこのプロジェクトの実行を決断させた要因の一つでもあるのだ。ほとんどの駆動部分を機械に変えられた人体であるサイボーグにとって筋肉の衰えを心配することはないからである。


  私が、自分の力で椅子に座った姿勢まで身体を起こせるようになったのは、それから4日後のことであった。それから、立てるようになるまで更に、6日、歩けるようになるまで回復したのは、それから更に10日の日数が必要だった。そして、違和感なく、一日のアクティブパートを立ったり、座ったり、歩いたりと自由に行動できるようになるまで、リハビリ訓練を開始してから30日の日数が経っていた。
  自由にと言っても、正確には、生命維持管理システムから私に伸びている太いチューブの長さが行動範囲だったし、そのチューブを引きずりながら行動する不自由さが常に私に付きまとっていた。
「リハビリ訓練は、これで終了です」
  まりなさんがそう私に告げた。そして、
「いよいよ、明日は、運命の日です。あの、薄緑色のラバーフィットスーツを装着する処置を受けるときが来たのです。今日は、これでゆっくり休んで明日に備えてください」
  そして、まりなさんは、私が接続されている生命維持管理システムの操作パネルをいつものように操作した。そうすると急に立っているのもやっとなほどの睡魔が私を襲い、寝台に崩れ落ちるように眠りに入った。
  まりなさんの
「お休みなさい。これで、はるかさんの身体も私と同じようにやっとなるのですね。楽しみです」
と言う言葉を聞くまで意識を保持するのがやっとだった。


  レストパートが終了し、アクティブパートとの切り替わりの時間である0時きっかりに私の意識が戻った。処置用の寝台に乗せられて、処置室に移動されていた。
「おはようございます」
  まりなさんの声に気づいた。
  前田ドクター、佐藤ドクター、まりなさんの3人が私の寝台の傍らに立っていた。私はあいかわらず、太いケーブルに繋がれた状態で寝台に横たわっていた。
  佐藤ドクターが、
「いよいよ、あなたにこのスーツを装着する日が来ました」
  そう言って、佐藤ドクターの傍らにあるラバーフィットスーツの保存カプセルを指さした。その中に保存液が詰められた中を私のために作られたゴム独特の光沢を持つ薄緑色ラバーフィットスーツがゆれていた。
  そしてその傍らに透明の大きな箱の中に梱包された私の命綱とも言うべきバックパックのセットが置かれていた。更にその隣にラバーフィットスーツに付帯するヘルメットとブーツの納められたケースが確認できた。
  いよいよ、火星探査・開発プロジェクトの正式な主役になるファーストステップが始まるのだ。
「ラバーフィットスーツ装着処置を開始します」
  佐藤ドクターの一声で処置が始まる。
「高橋さん、如月大佐の身体にラバーフィットスーツ装着用接合剤を塗布したください」
  まりなさんが指示に従って処置を開始した。
「はるかさん、ラバーフィットスーツ装着用接合剤を全身にくまなく塗布していきますので、処置台に拘束します。我慢してください」
  そういうと、処置台に両手を広げて、少し足を開いた状態にされ固定された。そうすると処置台から私の身体が持ち上げられ、私は宙に浮かんだ状態になった。
  私の身体が、その様な状態になったところでまりなさんが透明なゼリー状のラバーフィットスーツ装着用接合剤をかなりの厚みで塗り始めた。足の指の間、手の指の間など、かなり細かい部分にも充填剤を塗りたくられた。
  そして、首から下の全身くまなく接合剤の塗布が終了した。私への処置が完了するとカプセルの保存液が抜かれ、カプセルが開けられ、薄緑色のラバーフィットスーツが取り出された。
  佐藤ドクターは手慣れた手つきでラバーフィットスーツを裏返し、ハンガーのようなものにかけた。取り出されたスーツは、弾力性に富んだ上に強靱な印象を受けた。そして、視覚的には、ゴム独特のぶよぶよした印象があった。
  まりなさんがスーツの隅々に私に塗ったのと同じぐらい厚めにラバーフィットスーツ装着用接合剤をまんべんなく塗りつけていった。
「さて、いよいよ装着処置に入りますが、このラバーフィットスーツの装着用接合剤は、あなたの身体にラバーフィットスーツを完全に密着させて接合させ、隙間が出来ないようにするためのものです。装着後約5日間で皮膚に完全に吸収されラバーフィットスーツがあなたの身体に完全に密着し皮膚と一体化します。そして、ラバーフィットスーツを脱がす為に開発された剥離剤を使わないとラバーフィットスーツは、皮膚からはがすことが出来ない状態まで密着します。ただ、この剥離剤を使うと皮膚組織が破壊され、かなりの苦痛を伴う処置なので、我々が180日に一度、メンテナンスを受けるときのラバーフィットスーツの脱衣は、完全麻酔状態でおこなわれるし、必要以外は、メンテナンスの際もラバーフィットスーツの脱衣処置はおこなわないというわけなの。かなり、危険を伴う作業だから仕方がないのですが、一度きたら、簡単には脱ぐことが出来ない服なのです。だから、私たちは、まだ装着してから、一度も、脱衣でのメンテナンスを受けていないの。ひょっとしたら、一度も脱がないまま一生を終えるのかもしれないわ。皮膚は、実際の皮膚は機能を停止して、ラバーフィットスーツが皮膚として機能しているから、実際の自分たちの皮膚は、このスーツだし、もちろん本来の皮膚に起こる新陳代謝は、ほぼ停止している状態だし、皮膚で必要な新陳代謝は、ラバーフィットスーツのインナー部分が変わりにおこなってくれているから、シャワーなんて、このスーツの上から浴びても、自分の本来の皮膚がシャワーを浴びているような感覚になるの。本当に皮膚の一部と言うより、皮膚そのものと言うことになるわ。ただ、あなた達、被験者は、本来の皮膚の状態を検査したりする為もあるから、180日に一度は、ラバーフィットスーツを脱がなくてはならないの。大変だけど、仕方ないわね。それから、皮膚から吸収されたラバーフィットスーツ装着用接合剤は、尿となり体外に排出されるから、身体に対する副作用はありません」
  佐藤ドクターがそこまで話して、まりなさんに指示を出した。
「それでは、如月大佐の脚から、ラバーフィットスーツを装着していきます。高橋さんサポートお願いします。前田ドクター、身体データの監視お願いします。高橋さん。大佐の身体のケーブル、チューブ類をはずしてちょうだい」
  まりなさんが私の身体の首から下に接続されたケーブルやチューブをはずしながら、
「呼吸液が劣化するまでには、処置が終わるから安心して。それにコミュニケーションサポートシステムからもはずされてしまうから、少しの間音が聞こえなくなったり、私たちとの会話が出来なくなるから我慢してね。もし異変が起こったら、親指を立てて合図してください。それから、呼吸液がゴーグルにもいかなくなるから少し、視界が悪くなるけど完全に視覚が奪われることはないから」
  そう説明してくれた。
  ケーブルやチューブが私の身体から切り離されると、右足、左足の順でラバーフィットスーツが装着されていった。
  裏返されたラバーフィットスーツがひっくり返されていくと、私の脚が隠されていった、股間の部分に来ると、私の身体についているバルブ類とラバーフィットスーツに付属する中継バルブ弁が慎重に接合され、固定された。身体についている弁とスーツの弁を重ね合わせて接合する作業が生命維持に関わる作業なのでかなり神経を使う作業であることを後で聞いた。
  ラバーフィットスーツを装着する作業は、接合剤が乾かないうちにおこなわなくてはならないので、慎重かつ、手早くおこなわれていった。そして、下腹部、上半身、右腕、左腕と私の身体がスーツの中に包まれていき、首の部分のバルブやコネクターがスーツの接続バルブや接続ケーブルがつなぎ合わされ、首の上部までラバーフィットスーツに包まれた。そして、ラバーフィットスーツの接続バルブや接続コネクターにケーブルやチューブ類が再び接続された。そして、ラバーフィットスーツの背中側についている装着用の特殊ジッパーが閉じられ、アイロンのようなものでジッパーを溶着することにより、永久的に開封することが不可能なようにされた。
  私が、私のために作られた薄緑色のラバーフィットスーツの中に閉じこめられた瞬間だった。


  ラバーフィットスーツを装着された感想は、思った以上にきつく身体が拘束され、苦痛を感じるほどであった。ゴムの質感よりも硬質な感触が伝わってきた。そして、ラバーフィットスーツ装着用接合剤を通じて、ラバーのゴムの感触が膚に伝わってきた。それに驚いたのは密閉感があるにもかかわらず、外部の感触や温度が全裸の時と同じように感じられたことであった。まさに第2の皮膚であり、私の新しい皮膚として機能していた。
「着た感触は、まずものすごくきついと思うわ。本人の身体の90%の大きさで作られているからなの、それだけ伸縮性が大きいので仕方ないんだけど。慣れるまでは、ものすごくいたいと思う。4〜5日は我慢が必要になると思うわ。でも、皮膚の代わりとして機能する新しい皮膚になるのよ。このラバーフィットスーツを着てしまうと本来の皮膚を処置されたこともあるんだけど、本来の皮膚がほとんど機能しなくなってしまうの。もう服を脱いだら、皮膚を真皮まで剥がされたのと同じ状態になってしまうのです。それでも、定期的にはるかさん達、火星探査・開発用サイボーグの候補者達が定期的にラバーフィットスーツを剥がされるのは、火星探査・開発用サイボーグの人工皮膚への表皮の開発の準備とその為の検査があるからなの。危険な作業なのだけれど仕方のない作業なの。これからは、はるかさんにとって、今まで以上の苦難と苦痛の道になると思うわ。私たちも万全を期してサポートするから頑張ってね。それでは、これから、ヘルメットを装着します。外気を膚が感じられる最後のひとときよ。満喫するのよ。次に、外気を感じられるのは、サイボーグになる前のほんの一瞬なのだから」
  そう、まりなさんは言い残して、佐藤ドクターとともに私のラバーフィットスーツのヘルメットをケースから取り出し、私に装着する準備を始めた。
  私の顔は、外気を感じるつかの間のひとときを味わっていた。
  まりなさんがヘルメットにラバーフィットスーツ装着用接合剤を塗っているのがわかった。次にヘルメットの中からカテーテルや接続用コネクターを引き出し、装着に向けての準備を進めているのが見える。
  ヘルメットの準備が終わると肩から上のケーブルやチューブ類が再び外された。そして、私の顔から首、肩の上部にもラバーフィットスーツ装着用接合剤が塗られていった。
  また、音も聞こえない、会話も出来ない時間がやってきた。
  ラバーフィットスーツのヘルメットは、後の部分で左右に割れ、頭部の横の部分を中心に開閉するようになっていた。まず、顔の部分にお面のように位置を合わされ押しつけられた。このヘルメットは、首のすぐ下の肩の部分まで完全に覆うようになっていて、肩の部分を固定始点として、頭部を完全に動かないように固定する仕組みになっている。
  ラバーフィットスーツの肩の部分には、ヘルメットを受け止め固定するジッパーのレールが一周付けられていた。そして、両耳であった部分の3つの左右それぞれのコネクターがヘルメット側の接続コネクターと接続され、ゴーグルの呼吸液を供給するチューブと排出するチューブ、ゴーグルの機能を保持するコード類がそれぞれヘルメットのチューブやコードと接合された。あごの下にあるバルブもヘルメットのチューブと接続された。そして、これらのチューブやコード類は、ヘルメットの後頭部に当たる部分作られた統一接続ソケットでバックパックと接続されるのだ。ただし、あごの下に取り付けられたチューブはヘルメットを装着されると同時に私の口腔部に粘着性口腔用充填剤が口腔内に流れ込み粘り着くような状態で口腔内の全ての空隙を埋めていった。
  喉元のバルブ接続ソケットがヘルメットのバルブに接続された。このバルブから続くチューブはヘルメットの内部を通ってヘルメットの首の付け根にバックパックの接続弁が設営されている。
  ヘルメット前面部の処置が終わるとヘルメットの後半分が左右両側から閉じられ首筋の首の部分の2つの脳神経接続コネクターとヘルメットの内部のコードが慎重に接続され、ヘルメットが完全に頭部から肩までを閉じこめた。脳神経コネクターは、ヘルメットの後部の首の部分に接続コネクターがもうけられていて、バックパックと接続する仕掛けになっていた。
  ヘルメットを装着する最後の仕上げとして、肩の部分のジッパーのレールとヘルメットの下部のジッパーを勘合させ、アイロンのような機械で溶着され、頭部も恒久的に完全密封された。
  ヘルメット装着の作業はこれだけではなかった。肩から上のバルブやコネクター、それに統一接続ソケットにチューブやケーブルなどが再び接続された。その上で、ヘルメットの前の部分の一番下の部分にあるバルブにチューブが接続され、そこから、透明度の高く、流動性のある充填液が注入され、隙間無く作られているヘルメットに僅かに出来ている空隙が埋められていった。空隙に入った充填剤は、ラバーフィットスーツ装着用接合剤と反応し、ゼリー状に硬化するようになっている。少し、表情を作れるような工夫がされているし、ヘルメットのフェースプレートがくもってしまうことがないようになっていた。
  ヘルメットの圧迫感もすごいものがあった。頭全体を常に掴まれているようだった。それに首から上をまったく動かすことが出来ないと言うのも精神的に一層の圧迫感になっていた。
  しかし、眼球の動きだけで360度の視界が自分のものになるのは、今までにない感覚だった。私の視界は、フェースプレートとバックパックのビューシステムの連動により、遠くのものを見ることが出来たり、小さなものを拡大したり、暗闇でもものが見えたりするようになると言うことだった。そして、このシステムを眼球の代わりに人体に埋め込めるようにしたものが、私のごく近い将来の目になると言うことだった。
「どうですか、ラバーフィットスーツを装着した感想は?」
  佐藤ドクターの声が聞こえた。再び、コミュニケーションサポートシステムが接続されたようであった。
「なにか、まだきつくて痛いし、新しい視界にも慣れてないので、戸惑っています」
  私が答えると、
「そうかもしれないわ。私も慣れるまでそうだったから。ところでラバーフィットスーツのアクセサリーを着けて、ラバーフィットスーツの装着は完了よ。その後は、バックパックを接続して永久装着型宇宙服への人体の封入作業は終了というわけ。もう少し、我慢していてね」
  そう言うと、佐藤ドクターは、ラバーフィットスーツ用のブーツを持ってきて、私のラバーフィットスーツで覆われた脚に特殊強化プラスティック製のブーツを履かせた。このブーツは、膝下までのロングブーツでラバーフィットスーツ装着用接合剤でラバーフィットスーツに固定されると熱加工型ジッパーで半永久的に脱げないようにされた。
  このブーツの特徴は、どんな地盤面でも確実に活動できるようなグリップ力を持っていて、宇宙空間では、どんなものにも吸い付くことが出来て、身体をホールドする機能がついていた。しかし、やはり、圧迫感を感じるのと低重力の惑星でも地球と同じように活動できるように重りが入っているため、地球上で履くのには、かなり重いものであった。トレーニング用の鉛入りシューズを履いているかのようであった。
  そして、両腕には、両腕の手首の部分のコネクターに接続され、手首の部分に腕時計のような装置を接続された。
「この装置は、マニュアルでラバーフィットスーツを操作するコントロール装置です。普通は使うことはありません。なぜなら、普段は、装着者の脳が、バックバックのコンピューターと連動、協調しいろいろな機能を自在に操ることが出来るからです。しかし、バックパックのコンピューターとの接続に異常が発生した場合、手動でラバーフィットスーツの機能を動かさなくてはいけない状況が生じることを想定して、この装置が取り付けられています。ですから、通常は、エマージェンシー訓練のとき以外、使用することはありません」
  さすがに、いろいろな状況が想定されて機能が付加されているんだ。やっぱり、永久装着され、脱ぐことが困難なスーツで、着る人間の生命維持が何重にも考えられているようなのだ。
  感心している私を尻目に、佐藤ドクターとまりなさんは、私に取り付けられる最後となるバックパックをケースから取り出し、調整を開始していた。
  調整が終了すると私に取り付けられた全てのケーブルとチューブが取り外され、いよいよ、バックパックとの接続作業が開始された。
  まずバックパックのチューブ類が肩口の呼吸システムのチューブから始まり、液体栄養供給管、排尿管などが次々と接続されていき、次にケーブル類が首から始まって順次接続されていった。最後に脳神経とバックパックコンピューターの接続コネクターと統一接続ソケットがバックパックからのケーブルに接続されバックパックと身体の接続作業が終了した。
  続いて、ラバーフィットスーツにバックパックを取り付け固定する作業が始まった。ラバーフィットスーツの背中についている金具にバックパックを取り付け恒久的に外れないようにラバーフィットスーツの背中に取り付けられた。そして、チューブやケーブル類の長さの微調整をおこなって、私へのラバーフィットスーツ装着処置は完了した。


  佐藤ドクターが私に話しかけてきた。
「これで、ラバーフィットスーツを装着する処置を完了しました。他の9名のドナーもラバーフィットスーツの装着が完了したようです。明日からは、火星探査・開発用サイボーグになるための準備訓練に入ってもらうことになります。毎日過酷な訓練や教育が続けられることになります。頑張ってください。今度は、サイボーグ手術の時、お会いできると思います。それまで、事故の無いように気を付けてください」
  そして、佐藤ドクターは続けた。
「これから、この服で生きていくための注意事項を説明します。これを守らないとバックパックの機能が停止して、重大な事態を招くことがありますから、よく聞いておいてね。
  必ず、バックパックの側面についている補給・メンテ用コネクターソケットに毎日レストパートが始まるときに居室についている補給・メンテ用ケーブルを必ず接続してください。この補給・メンテ用ケーブルを接続することにより、バックパックや体内の装置の駆動用電池への電力供給、そして、バックパックに溜まった老廃物質の除去、液体呼吸液の交換、液体栄養の補給をおこない、毎日の活動を常に最良の状態で始められるようにするために必要なことなのです。万一、この作業を怠っても、72時間から80時間は、生命を維持できるようになっていますが、呼吸液の劣化の問題で、72時間を超えると意識レベルの低下が始まります。最悪でも、補給・メンテ用ケーブルを接続しないで活動できるのは、72時間と言ったところです。くどいようですが、それを超えると非常に危険な状態になりますから、注意してください。
  それから、このラバーフィットスーツは、このような大規模な処置施設でも脱ぐことが非常に困難なものだということを認識してください。このスーツの特性はお話ししたと思いますが、小さな完全密室にいるのと同じ状態であり、どんなことをしてももう自分では脱げないのです。つまり、絶対不可能なことだけれど、如月大佐がこの施設から脱走を企てたとしても、72時間しか逃げ延びることが出来ないと言うことです。だから、そう言った意味でも、脱走して、生き延びるのは不可能なのです。脱走でないにしても、72時間経ったら、補給・メンテ用ケーブルのある施設に戻ってくることです。そうしないと、もがき苦しみながら、生命の危険な状態から死に至ることになってしまいます。私たちは、終身刑の囚人の立場に近いものがあるのです。そのことだけは覚えておいてください。
  いろいろな機能に関しては、明日からの訓練で学んでいき、自分のものにしてください。このスーツの応用が、如月大佐たちがなる予定の火星探査・開発用サイボーグの技術になっているのです。きっとこの服の中で生きた経験が役に立つと思います。明日から、頑張ってくださいね。幸運を祈ります」
  そう言うと、佐藤ドクターと前田ドクターが敬礼して、処置室を出て行った。


「さあ、はるかさん。居住エリアに戻りましょう」
「そうね」
  まりなさんにいわれ、そう答えると、私は立ち上がろうとした。ラバーフィットスーツのバックパックは意外と重く立ち上がるのに苦労した。そして、歩き出すと強化樹脂で作られたブーツの重さで歩くのにも苦労するほどだった。それに、ラバーフィットスーツ装着用接合剤が残っているため、グニョグニョした感覚がある。
「はるかさん、バックパックとブーツの重さとラバーフィットスーツのきつい装着感に慣れるまでちょっと苦労するけど我慢してね。すぐになれるから。それから、グニョグニョした感覚があると思うけどそれの4〜5日の辛抱だから我慢して。それより、ラバーフィットスーツ装着用接合剤が皮膚に完全に吸収されて皮膚とラバーフィットスーツが本当に一体化するときの痛みは、本当に経験できない激痛だから、それに耐える準備をしておいてね」
  そんなに痛いのだろうか?不安が心の中に広がってきた。でも、心づもりだけはしておいてその時を迎えれば大丈夫よ。きっときっと。そう心に決め、意志で解決できるとその時は思っていた。


  何とか、重い身体を引きずるようにして居住エリアに戻ってくるとそこには、いろいろな機材とつながった背もたれの部分がバックパックの形にくぼんだリクライニングシートが2つ置かれていた。
「右側の薄緑色のものがはるかさん専用のリクライニングシートです。左のものが私が座るものです。正確な個別体型に合わせて作られたものですから、違うリクライニングシートに座ることは出来ません。自分専用のリクライニングシートでゆっくりくつろいでください」
  まりなさんのシートは、私の身体のデータを監視し、コントロールするための壁のコントロールパネルや私のシートとつながった機材に囲まれていた。私をサポートする任務を常に行えるようになっているのだ。何もかもが、私たちを機械の身体にして、火星に送り込み生きさせるための体制で動いているからなのだ。
「さあ、まりなさん、自分のシートに座って休んでください。このエリアでくつろいだり、睡眠をとるときは、このシートで過ごしてください。ラバーフィットスーツの簡単なチェックやメンテナンスも出来るようになっていますから、このシートが訓練や教育を受けていないときの生活の基本になります」
  まりなさんに促され、シートに座った。シートは、私のラバーフィットスーツの身体を包み込むように完全にフィットしていた。
  私が座ると上部の空間を残して、半透明シールド板がシートのまわりを包んで、開放型カプセルのようになった。落ち着く空間だった。
  そして、まりなさんが補給・メンテ用ケーブルを私のバックパックに繋いでくれた。バックパックと補給・メンテ用ケーブルを繋いだ状態でも座り込むことが出来るようにそこの部分に溝がついていた。
「今日は、私が補給・メンテ用ケーブルを繋ぎましたが、明日から、このエリアに戻ったら自分で補給・メンテ用ケーブルを自分のバックパックに繋ぐ習慣を身につけてください。この作業は、自分の生命を維持するための最も重要な作業なのですから。一人だけでおこなう宇宙飛行ミッションの時にはサポートする人はいないのです。だから、この作業は、自分だけでおこなうのです。いいですね」
「まりなさん。わかりました。明日から頑張るわ」
  私がそう言うとまりなさんが続けた。
「そうです、頑張ってください。これから7日間は、ラバーフィットスーツが装着されたことへの馴化のためこのエリア内で休息していただきます。このラバーフィットスーツの姿ではるかさんがいる期間でとれるまとまった休息の最後となると思います。ひょっとするとサイボーグ手術を受け、火星探査の任務を遂行して、地球に帰還するまでの中でも最後の長期休息になるかもしれません。ゆっくり休んでください」
  そう、まりなさんはいうと自分のリクライニングシートに入り、操作盤に向かって仕事をし始めた。
  私は、座位の状態で、ぼんやりと自分の姿を眺めてみた。私を包むラバーフィットスーツは、ゴム独特の光沢を放った薄緑色をしていた。そして、胸に如月はるかという文字とMARS1という認識番号が書かれていた。MARS1と言う認識番号は、火星用探査・開発用サイボーグ被験者番号1ということを表していた。私のバックパックの背中にもMARS1という認識番号とH.Kと言うイニシャルが入っていて、すぐに火星探査・開発用サイボーグ候補であることがわかるようになっている。もっとも、この薄緑色のラバーフィットスーツ装着者と薄青色ラバーフィットスーツ装着者は、ラバーフィットスーツの色で火星探査・開発用サイボーグ候補であることがわかるのだが。
  つなぎ目のない服、それに付随して脱ぐことを不可能にされたラバーフィットスーツ用のヘルメットとロングブーツ。これが私の新しい身体の皮膚であった。もう脱ぐことが出来ないのだ、そして、後戻りできないのだ。
  フェイスプレートには、ディスプレー化されており、ラバーフィットスーツの外部の情報、現在時刻(火星時間の表示で私たちが任務に就いた日からの積算時間が表示されている。これが、私たちに与えられている唯一のカレンダーと時刻である。身体の情報、その他のいろいろな情報が見ている風景と同時に視界にはいるようになっていた。情報の選択表示も出来るし、消すことも出来る様になっていた。
  表示モードの選択は、自分の意志でそのモードにしたいと思えば、その信号をバックパックのコンピューターがキャッチし希望のモードで表示できるようになるのだそうである。ただし、本部からのモードコントロールが優先する。そして、上位者からの指示命令も視覚情報としてディスプレーに浮かぶ様にもなっているのだった。
  これからの訓練でディスプレーのモードコントロールも出来るようになるのだろう。今はただ、たくさんの数字が浮かんでいるフェースプレート越しの景色を楽しんでいる状態なのだった。
  フェースプレートに浮かんだ時刻が18時になった。私の聴覚に「ピッピッ」という電子音が聞こえた。アクティブパートとレストパートの切り換え時間が着たのだ。特別のことがない限り、ラバーフィットスーツがレストモードに変わる。エマージェンシーモードに切り替えることにより、パートの切りかわりにより身体管理システムが切り替わることが無くなり、任意の時間の間アクティブモードに置かれるようにもなるモードもついているようである。
  アクティブモードからレストモードに切り替わると覚醒状態を続けさせ、体力、精神力保持させるためのホルモンや薬剤に代わって、精神を沈静化し、身体を休め、体力や精神力回復のためホルモンや薬剤がバックパックから体内に流れ出す。自分自身の生活サイクルすら、ラバーフィットスーツに支配されているのだ。本当に装着者を完全に管理する囚人服のようだ。
「レストパートに入ったから、そのうち、はるかさんは、睡眠サイクルに落ちてしまうから、今の内に身体のチェックをおこなっちゃうから我慢して起きていてね」
  そう言っても、バックパックに支配されている身の上で、バックパックの命令にどこまであがなうことが出来るのか心配だったが、何とか我慢できた。
「チェック終了です。本当は、アクティブパートが終了するまでにしなくてはいけなかった日課なのだけど今日はラバーフィットスーツ装着処置が長かったから、時間がおしちゃった。ごめんなさい。それではお休みなさい」
  まりなさんの声を聞きながら睡眠モードに落ちてしまった。まりなさんがリクライニングシートを睡眠用にフラットな状態にしてくれた。身体が優しくサポートされていた。
  ちなみにまりなさんたちサポートヘルパーは、私たち被験者のサポート業務のためレストモードとアクティブモードの時間の割合が変えられているのである。彼女たちのレストモードは、21時から24時までに私たちのサポート業務の間変更され、それでも、活動に支障が出ないような薬剤やホルモンで管理されているそうである。また、私たちに異常が生じたり、緊急指令があったときは、すぐに覚醒モードに切り替わるようになっているそうである。サポートヘルパーも大変過酷な任務なのだ。


  私は、ラバーフィットスーツに馴化するための7日間は、部屋の中を歩き回ったり、まりなさんと話したり、前田ドクターによる身体や精神のチェック、佐藤ドクターによるラバーフィットスーツのチェックで過ぎていった。
  そして、5日目にラバーフィットスーツに馴化するための最後の試練ともいうべき皮膚組織とラバーフィットスーツの一体化の生体変化による激痛が襲ってきた。ものすごい激痛にリクライニングシートの上でのたうち回ろうとして、シートの身体サポートシステムに阻止され続けた。そして丸1日苦しんだ後6日目、激痛が嘘のように治まった。
  前田ドクターとまりなさんがずっと付き添ってくれていた。
「やっぱり、麻酔を入れてもこの激痛には勝てないわね。よく頑張ったわ。もう大丈夫」
  前田ドクターの声に気づいた。
「この激痛の軽減が今後の課題ね」
  そう前田ドクターがつぶやくのが聞こえた。
  これで、ラバーフィットスーツへの身体の馴化が終わった。今まで感じていたグニョグニョ感が無くなり、ラバーフィットスーツを着ているという感覚がなくなり、全裸でいるような感覚に変わっていた。もう、完全なラバーフィットスーツ装着者になったのだ。


  7日目に最後のメディカルチェックが終わり、最後の長期休養期間が終わった。
  次の日の0時に「ピッピッ」というアラーム音が頭の中に響くと同時にアクティブモードに私の身体をバックパックが切り替えた。私の身体の生活パターンは、完全にバックパックという機械部分に支配されていた。
「はるかさん、おはようございます。長田部長がお呼びです。ご案内します」
  私は、リクライニングシートを座位に変え、リクライニングシートからゆっくり立ち上がった。
  ラバーフィットスーツに馴化して、拘束感や違和感は消えたとはいえ、まだ、行動する動きはぎこちなかった。
「まだ、この位にしか動けなくてごめんね。」
  私があやまるとまりなさんは、
「まだ、完全に馴化したわけではないので仕方ないですよ。でも、普通のラバーフィットスーツ装着者に比べると慣れるのがさすがに速いです。さあ、ご案内します」
  私は、まりなさんの後をのそのそと付いていった。
  居住エリアをでて、長い通路歩き、をブリーフィングルームに着くと木村局長と長田部長が待っていた。木村局長も長田部長もラバーフィットスーツをフル装備で装着していた。
「よく頑張ったわね。もうラバーフィットスーツにある程度慣れたという報告を聞いています。さすがにサイボーグ手術適正者ね。私たちは、あなた達にもう隠す必要もないから、楽に居れる状態でお会いすることにしました。私たちのラバーフィットスーツ姿似合うかしら」
  私は、笑った状態を作りながら、答えた。
「木村局長のラバーフィットスーツ姿は初めて拝見しました。長田部長は2度目ですが、お二人ともプロポーション抜群だから、うらやましいほど似合っています。自分とは比べものになりません。私自身は、まだまだ戸惑うことも多いのですが、拘束感にも慣れましたし、装着の違和感もなくなりました」
  長田部長が笑いながらいった。
「ありがとう。お褒めにあずかり光栄です。如月大佐のラバーフィットスーツ姿も素晴らしいプロポーションが強調されてなかなかのものよ。それに、コミュニケーションサポートシステムを使っての会話に表情のある会話が出来ているし、フェースプレート越しの顔に表情も見てとれると言うことは、かなりラバーフィットスーツに馴化した証拠だわ。素晴らしい馴化能力だわ。如月大佐はさすがだわ」
  そんな会話をお二人と交わしていると被験者の他の9人が部屋に入ってきた。
  8名は私と同じ薄い緑色のラバーフィットスーツ、2名は薄い青色のラバーフィットスーツに全身をくるまれていた。みんな、装着処置を無事に終わったのだ。
  薄い青色のスーツを装着した渥美大佐と大谷少佐の股間は、装着処置によってピッタリフィットしたスーツにもかかわらずもっこりしていなかった。その代わりにバルブが取り付けられているのがわかった。性器に手を加えられているのが一目でわかった。
  渥美大佐が、私に向かっていった。
「はるか、あんまり俺たちの股間を見つめないでくれよ。恥ずかしいから。やっと何もない股間におれも、直樹も慣れたところなんだから」
「浩も直樹もごめん。別に凝視するつもりはなかったんだけど・・・。大変だったね」
  渥美大佐が答えた。
「お互いにね。みんな、この10人は辛い思いをしているのはいっしょさ。俺たちより、みさきの方が辛い処置を受けているからね。頑張ったのは、みさきだよ」
  みんなが美々津少佐を振り返った。
  彼女は、キャタピラーが車輪の代わりに付いた台車の上に彼女の下半身の切断形状にフィットするように設計された衝撃吸収材がついたスタンドに固定されていた。彼女の下半身の切断形状は、両足を股の付け根で切断されているため、V字型になっていた。そして、両腕は肩の付け根から切断されていた。そして、彼女の身体をピッタリと包み込むラバーフィットスーツとラバーフィットスーツ用ヘルメットが継ぎ目がわからないような形で装着されていた。私たちと同じように、バックパックとラバーフィットスーツがチューブやケーブルで繋がれていて、背中にはそのバックパックが恒久的に装着されていた。
  手足がない以外で我々と違う処置を受けているのは、手足の切断面に神経組織と機械を繋ぐためのコネクターが作られていて、ラバーフィットスーツのその部分がコネクターカバーで保護されていることだった。そして、台車をサポートヘルパーの清川渚が操縦していた。
「みさき!」
  私が声をかけた。すると彼女の声が聞こえてきた。
「何をみんなそんな声をしているの?私の気持ちはとうに整理がついているのよ。みんな、私は、大丈夫だから」
「美々津少佐、よく頑張りましたね。これからも頑張ってください。さあ、みんな、部屋に入って席についてください。前川さん、美々津少佐を、前から3列目の位置に置いてあげて下さい」
  長田部長の指示で、私たち全員が席に着いた。私たちの座る席は、バックパックが邪魔で座れないことがないような形状になっていた。
  木村局長の訓辞が始まった。
「皆さん、火星探査・開発用サイボーグ候補の10名の皆さんと何事もなく再び会うことが出来てうれしく思います。みんながそれぞれにいろいろなことが80日間で起こって、それぞれに乗り越えてきたと思います。本当によく頑張ってくれました。しかし、ラバーフィットスーツを装着したことで、あなた達の任務が完了したわけではないことは、もちろん認識してくれていることと思います。ここからが、いや、もっと辛いかもしれないサイボーグ手術を受けて初めて任務が本格的に始まるのです。ここまでは、準備段階のほんの一部にしか過ぎません。それを忘れないで、このプロジェクト本部で、訓練を積んで下さい。皆さんに期待しています」
  木村局長の後を受け、長田部長が話し始めた。
「それでは、今日から、基礎訓練と、基礎知識の習得に入ってもらいます。きびしいものになると思いますが、みんな頑張って下さい。これからのラバーフィットスーツで過ごす日々は、チームワークも問われると思います。元々、士官学校の同期を選抜したのも、コミュニケーションを取り合いやすい相手同士ということもあったのです。これからの時間で、これからのことをみんな自身でミーティングして下さい。如月大佐、ミーティングの指揮を執って下さい」
  長田部長に指名され、私は、前に出た。
「それでは、ミーティングを始めます。まず、みさきの身体に起こったことがみんな気になっていると思います。みさきの口から話してくれますか」
  私は、みさきさんに促した。
「わかったわ。みんなに私の口から私がなぜこのような身体になったのか話した方がいいと、私も思います。この処置について皆さんに知っておいてもらいたいの。前川さん、私を前に連れて行って下さい」
  指示を受けて担当のサポートヘルパーの前川さんがみさきさんの台車を操作し、みんなの前に連れ出し、台車を停止させた。
「前川さん、ありがとう。後に下がって下さい」
「了解しました」
  そう言って、前川さんが後に下がるとみさきさんが話を続けた。
「ここにいる10名全員に現実を共有してもらうためにお話しします」
「みさきさん、大丈夫」
  私が言うとみさきさんが、
「みんなに正確に知ってもらう方が自分が楽になると思ったの。はるか、ありがとう」
  そう言うとみさきさんが話し始めた。
「私のラバーフィットスーツ姿を見て。みんなと同じ薄い緑色のラバーフィットスーツですが、違うのは、手と足が完全に切除されていることです。どうしてこのような処置をしたのかというと、私のこのプロジェクトでのサイボーグ候補としての適正は火星探査開発用サイボーグではなく、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとしての適正なのです。その適正の方がはるかに優れていると言うだけなのです。
  ところで、惑星探査宇宙船についてのメインの積載物は、火星探査のための機材もしくは、開発用の資材とそれを使うために火星に送り込む火星探査・開発用サイボーグなのです。それらのものを少しでも多く積載して、宇宙船を火星に送り込むために無駄な重さを少しでも削る必要があるのです。
  一方で、コンピューターと強調して、瞬時に判断を下し、宇宙船を自由に操るオペレーターも長距離探査宇宙船としては、重要になってきます。コンピューターと人間を連動協調させて機械をオペレーションする技術は、究極のブレインウェポンと言う形で研究を完了しています。
  しかし、人間を脳だけの存在にするとその組織維持のための機械設備は現在の技術では、かなり大がかりなものになってしまいます。それでも、脳や神経とコンピューター、機械を接続することが一番理想的な宇宙船の制御システムになることも事実なのです。
  そこで、折衷案として、人間の脳と神経を維持できる最低限の身体と、自己完結で宇宙空間でも脳を生かし続けられるための機械装置の複合体の人体、つまり、サイボーグに改造して宇宙船と接続したらいいのではないかと言う結論に達して、このプロジェクトの宇宙船のオペレーターをサイボーグにすることが計画決定したの。そして、その惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの形状は、手と脚というものが不必要であることがわかったの。なぜなら、宇宙船のオペレーションコントロールシステムに繋がれ動かないように拘束され、宇宙船が自分の手脚と同じという存在になるから、手を使うことも、脚を使って歩くことも不必要になるの。
  そして、手脚を完全に切除すれば人体の個体としての重量も劇的に軽量化できるし、脳の生命維持にも支障がない。手脚の切断したあとの切断面も面積が広いから、神経組織とコンピューターを接続するコネクターとしても、端子がものすごく多くとれるから有利なことがわかったの。
  ただし、手脚のない身体で、宇宙船のオペレーションシートからはずされ、地球上で生活することになったときに歩くことも出来なければ、ものを書くことも掴むことも出来ない。つまり自分だけでは何も出来ない身体にしてしまうことなの。
  しかし、火星に人間を送り込むため、人体を改造するまでして計画を実行しようとしているのだから、宇宙船オペレーターだってその目的のために改造する覚悟を決める必要があったの。そこまでの覚悟を私たちがしたら、帰還後や搭乗前に惑星探査宇宙船操縦用サイボーグは、サポートヘルパーを24時間付けて生きていかせればいい、その様な完全なサポートシステムを享受させることで身体の変化の代償を償ってもらえるという契約を交わせばいいという結論に達したの。
  そして、候補者を選抜する作業に入って、選抜されたのが、私というわけです。
  プロジェクトを開始した時点では、手脚の切断処置はサイボーグ手術の直前に行う予定だったのですが、身体を機械化されるという精神的なショックと手足を失うと言う精神的なショックが同時に来たときの影響を考えたのと手脚のない生活に早くなれてもらうことの理由でラバーフィットスーツ装着処置のときに手脚の切断処置を合わせて行われることになったのです。私は、任務の重要性とその意味を理解し処置を受け入れました」
  私が続けた。
「みさきのバックアップメンバーももうすでに決まっています。その人にも、もうラバーフィットスーツ装着処置を行うときに通告済みです」
「それは、私です」
  望さんが手を挙げた。
「そうです。私は、第2候補として心の準備をしておくように通告されているのです。私から手脚がなくなるのは、第1次火星探査メンバー2名とバックアップメンバー2名が発表されたときになると思います。私も気持ちの整理が出来て、覚悟できています」
  そう答えた。
「望が、たのもしく感じます」
  私がそう言った。そうして、話を続けた。
「なぜ、みさきの処置について話して、なおかつ体型を目の当たりに見てもらったかというと、私たちを火星に運んでくれるのは、みさきか望のどちらかなの。つまり、二人がいなかったら、このミッションを私たちが遂行できないということなの。だから、サイボーグになっての形状は、違うけれど、この10名は、同じチームとして、チームワークを高めていくことが大事だし、お互いが、たりないところを助け合っていく必要があると思っています。サポートヘルパーやドクター、その他スタッフとも良好な関係を作っていくことも必要になってくると思います。このプロジェクトでは、お互いのことを考え、意識を統一して、一丸となって任務を遂行していかないといけないのです。みんなが自分の殻に閉じこもっていてはいけないと思います。これから長い、5セクションにも及ぶミッションですから、お互いの気持ちを一つにしていきましょう。そのことを是非念頭に置いて欲しいと思っています」
  渥美大佐が、言った。
「それでは、今日から、基礎訓練と、基礎知識の習得に入いるけれど、楽しいことも、辛いことも、お互いの存在を感じ合って、頑張っていこう」
  みんなが、「頑張ろう」と声を上げた。
  みんなの気持ちが、より一層一つになったのを感じた。




  そして、私たちの脱ぐことの出来ない宇宙服、ラバーフィットスーツでの生活が始まったのであった。ラバーフィットスーツを脱ぐことを命令されたときが、私たちが、機械の身体を与えられるときなのだ。
  その恐怖の日をまちながらの訓練と学習の日々が続くのであった。

動画 アダルト動画 ライブチャット 1