『スーパーF1第3戦のチェコグランプリで、速水瞳選手がやってくれました!日本女性として、初のポールポジション獲得です。日本選手が男女を通じての初めてのスーパーF1グランプリ制覇の期待が高まってまいりました。まずは、予選の模様をお伝えします』
日本で、熱狂的なコメンテーターのコメントで中継録画の番組が始まろうとしていた時、瞳は誰よりも先にチェッカーを受けようとしていた。
ピットロードを横断して、瞳のチェッカーを誰よりも近くで見ようと争うように、コースのホームストレートの金網にかじり付くチームスタッフの面々。その脇を瞳は、誇らしげにチェッカーを受けてすり抜けていく。誇らしげなウイニングランの始まりである。
瞳の車に続き、ライバルのイギリス人ドライバーのヘンリー=ディクソンとドイツ人ドライバーのマリア=リネカーが、車速を落とした瞳の車に追いつき、両脇につけた。二人が、瞳に祝福の言葉をかける。
「ヒトミ、オメデトウ。いつかこの日が来ると思っていたよ」
「ヒトミ、女性初の名誉を取られちゃったね。今度は負けないからね。オメデトウ」
祝福の言葉が両脇から浴びせられた。
メインスタンド、コース脇のスタンドで、日章旗が至るところで振られ、瞳を祝福する横断幕がそこら中でたなびき、「ヒトミ、ヒトミ」の大合唱に包まれてのウイニングランである。
最終コーナーのピットレーンに車を向け、後は、車検場に車を止めて、瞳は表彰台に運ばれ、表彰式を受けるのを待つばかりだった。
もちろん、その後の厳しくて、人権無視のようなメディカル検査を受けて、初めて優勝確定となるのではあるが、
瞳は、ここまでの自分のことを思い出し、感動に浸っていた。
目から涙が溢れて、止まらなかった。ゴーグルの中が、涙で溢れる程だった。
監督の妻川恵美の声が無線で耳に飛び込んだ。
「おめでとう。瞳。苦労した甲斐があったわね。私も、瞳をドライバーにした判断に間違いなかったことが証明できて、本当に嬉しいわ。我がチームのファーストドライバーに相応しい活躍をしてくれた速水瞳に乾杯!表彰台で待ってるからね。早く勝利のシャンパンが飲みたいわ」
瞳は感動のあまり、さらに涙が溢れ、言葉が出なかった。
スーパーF1グランプリは、自動車レースの最高峰のカテゴリーを誇るサーキットレースである。このカテゴリーは、歴史のあるF1グランプリのカテゴリーの上に5年前に新設された自動車レースである。
スーパーF1グランプリは、平均車速が時速500qを遙かに超え、ストレートでの最速が、時速650qを遙かに超えるスピードで、競技全長が2,000q、レース時間は四時間にも及ぶレースは、自動車とレーサーにとって想像を絶するほどに過酷なレースなのである。
従来のF1が開催されるサーキットでは、レースが出来ないので、専用に新設されたサーキットを各国が提供して、年間20戦で、世界中を転戦し王者を決めるのである。
専用に作られたサーキットは、一周が20q以上で、5qに及ぶ直線や、急激に曲がるヘアピンがあり、変化に富むレイアウトになっていた。コースの設計自体も急加速、急減速の繰り返しが必要なコースがあったり、全開率が80%を超えるコースがあったりと、まさに自動車の性能の限界を超える過酷なグランプリなのである。
このカテゴリーのレースを新に設置し、最高峰のレースとして、位置づけることに、当初は、国際自動車連盟は反対であった。理由は、ドライバーの限界を遙かに超えたレースを開催することに疑問であるというものであった。
しかし、その国際自動車連盟を押し切って、スーパーF1グランプリの開催を決めさせたのは、世界のトップと三位の自動車メーカーであるトミタとカンダだった。
F1時代から最高峰のサーキットレースに参戦してきたこの2社は、国際自動車連盟に対し、その資金的なアドバンテージとレースでの実績を利用して、強大な発言力を持つに到ったのである。
日本の代表的自動車メーカー2社は、新開発の究極のエコエンジンである水素イオンエンジンの爆発的な出力の性能を実験する場を求めていたのである。2社は、他のワークスチームへも、その水素イオンエンジンの技術供与を条件として、参加を呼びかけたのである。出力の出る究極のエコエンジンの技術供与を無条件で受けられるとあって、他のワークスチームは、ヨーロッパの自動車メーカーが中心なために、水素イオンエンジンと引き替えに、トミタとカンダの2社と協調して、スーパーF1グランプリという、新しいカテゴリーのグランプリの開催を国際自動車連盟に要望したのである。
アウトバーンという速度無制限の行動を自地域内に有する欧州の自動車メーカーにとって、エンジン出力と環境問題を両立させる課題の解決として、日本のメーカーが持つ水素イオンエンジンという魔法のエンジンは、どうしても必要な技術だったのである。レースにエンジンを供給している自動車メーカーが、日本の2社に歩調を合わせて、
スーパーF1グランプリのカテゴリーを新設しない限り、エンジン供給を国際自動車連盟の全てのレースに行わないことを宣言するにいたり、国際自動車連盟は、日本の2社の軍門に下ったのである。
国際自動車連盟としては、新興国からのエンジン供給の申し出もあったのであるが、従来のメーカーのエンジンの信頼性に遠く及ばないものを使うわけには、プライドが許さなかったのである。そして、日本の2社をそこまでして敵に回す力も残っていなかったのであった。
そして、ついに、このスーパーF1グランプリというレースが開始されることになった。
国際自動車連盟は、2年後に、最高峰の自動車レースのカテゴリーを開始することを宣言し、各国にグランプリ開催にあたっての専用コースの整備を依頼した。
この依頼に25カ国が名乗りを上げ、審査の結果、現在の20カ国での開催が決定し、各国が2年後のグランプリ開催に向けて、サーキットの建設を開始したのである。
参戦予定の各ワークスチームや自動車メーカーも車両の開発やドライバーとの契約を行い、2年後の開幕戦へ向けての準備を開始した。
チームのドライバーは、F1のカテゴリーのドライバーやその下のカテゴリーで、ジャンプアップを狙うドライバーが、破格の契約金でスカウトされていった。
各チームは、試作車を完成させ最初に完成した日本のサーキットでテストを開始した。このテストで、計画上で考えられたパフォーマンスに車が達しないことが分かった。
その原因究明を各チームが行った結果。各チームとも、共通の原因に行き当たったのである。その原因は、ドライバーの問題なのだ。そう。ドライバーが人間だからなのだ。人間が繰り返される急加減速のGに耐えられないこと、このスピードでは動体視力が追いつかないこと、反応速度が不足し、車を自由に操れないことなど、人間の能力の限界が原因であることに行きあたるのであった。
国際自動車連盟と参加予定の各チームとの協議がなされた。当初は、トレーニングを積んで、このレースに使用する車のパフォーマンスにドライバーを何年か後に持っていけばいいと考えられていたのだが、人間という種の限界であるという医学者からの助言を受け、国際自動車連盟は、開催するために、あるひとつの決断を行うことで、このドライバーの問題の解決を図ることにした。
この決断は、当初、世論に疑問の声が多く上がるほどの決断であったが、人間本来の、闘争本能を刺激する人間の限界を超えたスーパーマンによるレースを見たいという本能を満たすため、そして、技術的にこのようなことが身体に行われている分野があるという点で、当初反対していた世論も、認める方向に動き始めて、スーパーF1グランプリが、当初の計画通りに開催されることが決定したのである。
各チームは、新しい基準のドライバーを作るために、巨額の投資をせざるを得なかった。一方、国際自動車連盟は、この新しいカテゴリーで車を運転するドライバーに今までのカテゴリーでは考えられないことをおこなうことを決定した。
それは、ドライバー自体のレギュレーションを決めるというものであった。
国際自動車連盟は、そうしなければ、このカテゴリーでは、ドライバー自体の高性能化への開発競争が激化してしまう事態が必ず起きると容易に予想できたからである。もしも、そんなことを許したら、スーパーF1グランプリ自体が、医学的な人体実験の場と化し、そのことにより、国際自動車連盟自体が、人権問題で再び世論から糾弾される恐れがあったからである。
各チームは、国際自動車連盟が、医学者の見解を参考にして作ったドライバーのレギュレーションに従ったドライバーを作り出す作業に入ったのである。
ドライバーを作り出す作業とは、すなわち、ドライバーを車のパフォーマンスを引き出すために必要な肉体を得るための手術を受けるということであった。
この様な経緯を経て、第一回のスーパーF1グランプリの第一戦が、オーストラリアのパースで開幕したのである。
観客は、今までに経験したことのない速さと水素イオンエンジンのメカニカルサウンドに魅了され、この新しいカテゴリーの自動車の素晴らしさに酔いしれることとなり、スーパーF1グランプリは、瞬時にして、自動車界最高峰のレースとしての地位を確固としたものにしたのである。
速水瞳は、小さいときから、自動車レースを見るのが好きだった。いつかはレーサーになりたい、そう思って、少女時代を過ごした。少女時代は、カートレースにも頻繁に参加して、才能の片鱗を見せていた。
しかし、現実的に、女性レーサーの現役レーサーは、男性に比べて圧倒的に少ないという事実を知る頃の年齢になると、レーサーへの道を進むよりも、少しでも自動車の近くにいられれば、レースに関わりがあればいいと思うようになり、持ち前のルックスとプロポーションの後押しを受けて、レースクイーンというレースへの関わり方を高校生活を送りながら始めることとなる。
レースのある日は、素肌に近い水着姿になって、サーキット上で、チームの手伝いをする週末が続くのであった。その中で、メカニックや、レーサー、チーム監督とも親しくなり、会話をしたり、メカニックには、車をいじらせてもらったり、実際に車を操ることもさせてもらえるようになり、瞳のレーサーとしての非凡な才能が、日本のレース界の話題になるようになった。
業界では、速水瞳は、『ドライバーとしての才能を秘める、才色兼備のレースクイーン』という評価を受けるまでになっていた。
瞳自身は、そこまでの評価が立ったのであれば、将来は、スポンサーを見付けて、F3ドライバーぐらいまでにはなりたいと思うようになっていた。
その瞳の考えを変えたのは、スーパーF1グランプリの最終戦が、日本で開催されることが決まり、それも、東京の臨海部に一部公道を使用してのサーキットを作っての開催が決まって、その最高峰のグランプリをチームのレースクイーンとして、間近で見ることになったときであった。
瞳は、スーパーF1グランプリの迫力あるレースに圧倒され続けてしまった。しかも、自分が関わったチームであるカンダのワークスチームが、母国グランプリでワンツーフィニッシュを飾るという結果を目の当たりにして、興奮に酔いしれることになったのである。
瞳は、自動車レースにドライバーとして、参戦したい。それも、できることならば、いつかは、スーパーF1グランプリのレースドライバーになりたいと強く思うようになったのだった。瞳は、その時は、たとえ、自分の身体が手術により変更されても構わない。そう思うようになっていた。
そんな瞳の才能を当時はカンダの特殊車両部の技術役員であった妻川恵美とカンダチームの総監督の三上典明は、見逃さなかった。
二人は、瞳を東京の青山のカンダ本社に呼び出した。
当初、カンダ本社に呼び出される理由の分からない瞳は、二人からの呼び出しに不安いっぱいな想いで、カンダ本社に向かった。カンダ本社に着くと、瞳は、本社会議室に通され、そこで待つように言われたのだった。たったの数分が何時間にも感じるほどの緊張の中で、妻川と三上が来るのを瞳は待っていたのを今でも、瞳は鮮明に覚えているほどであった。
緊張で張りつめた瞳の心を切り裂くかのように、会議室の重々しいドアが開く音が会議室の中に響き、妻川と三上、そして、もう一人の人物が入ってきた。3人が、瞳と向き合う形で席に着いたとき、瞳は、その人物が、カンダの社長である溝口直子であることが解り、何が自分に起こっているのか分からずに狼狽えるばかりであった。
溝口は、カンダ創業以来初の女性社長であり、技術畑から社長を輩出するカンダの伝統を正統に継承する技術畑出身の女性経営者であり、その上、経営手腕に優れた経営者であった。さらには、カンダ伝統のレースをこよなく愛する女性であった。
「速水さんですね。こうしてお会いするのは初めてですね。いつもは、サーキットの人混みの中ですれ違っているけれど、こうして、改めてお会いすると本当に綺麗な方ですね。何処のミスコンに出しても優勝するだけの美貌を持っていて羨ましいわ。それに、ドライバーとしてのセンスも非常に非凡な物を持っていると妻川役員から聞いています」
「ありがとうございます。」
「ところで、今日ここに来ていただいたのは、他でもないのですが、うちのモータースポーツの契約ドライバーになってくれないですか?まず、F3に挑戦してもらって、F2、F1、そして、スーパーF1とクラスをあげていって欲しいの。妻川から聴いているけれど、あなたには、男女を通じて初めての日本人ドライバーでスーパーF1の優勝ドライバーになる素質があると聞いています。調べさせてもらったけれど、中学の頃に、世界カート選手権で、総合優勝しているそうね。日本人で、そんな成績を残しているのは、男性ドライバーでもいないもの。どう?考えてくれない?」
「考えてくれといわれても・・・。」
「もちろん。全てのカテゴリーで、当社のワークスチームの正ドライバーの二人のうちの一人として契約してもらうし、渡航費用から、現地の滞在費、生活費に至るまで、全てをカンダが持ちます。もちろん、契約金と年俸は、そのクラスのトップクラスのものを保証します」
瞳は、やっと溝口の言っていることの全てを理解した。溝口は、信じられないようなことをいっているのだ。
「私でいいのでしょうか?」
「もちろんですとも!カンダは、あなたの才能に賭けることにしました。日本人女性ドライバーを最高の舞台で戦わせたいの。その女性は、あなたしかないという結論をくだしています。私は、日本人女性が、各カテゴリーのポデュームの真ん中で、シャンパンファイトをする姿を見てみたいの。日本人女性のあこがれの存在になってほしいのです。
何か条件に不満がありますか?」
「そんなことはありません。でも・・・」
妻川が、会話の中に入ってきた。
「スーパーF1のドライバーになった時に身体を変更されるのが嫌なの?それなら、F1までとして契約してもいいわ」
妻川は、瞳が身体の変更を恐れていると思い、瞳の不安を和らげようと考えた。
この場は、瞳の首を縦に振らせることが最優先だと考えたのである。
たとえ、瞳と交わす契約が、F1までであっても、スーパーF1にクラスアップを瞳に決意させるための説得を出来る自信妻川にはあった。
しかし、その必要はなかった。それは妻川の杞憂であったのだ。
瞳が意を決して自分の考えを話し始めた。
「身体を変更されても、スーパーF1ドライバーになれるのなら後悔することはないと思っています。私は、逆に、そこまでの待遇をこんな何の実績もない私にしてくれることを溝口社長に後悔させてしまうんじゃないかと思っています」
「そんなこと無いわ。あなたの可能性を買わせてもらうの。いいでしょ」
「わかりました。こんなチャンスはないと思います。よろしくお願いします」
即決だった。瞳はその場で決意したのだった。
瞳は、その後のことを鮮明に覚えている。妻川と三上に家に一緒に来てもらい、瞳の両親を説得してもらった。
両親も最初は反対していたが、世界のカンダが、全面的にバックアップしてくれると言うことが、判断に対しての安心材料となり、瞳の両親も瞳の幼いときからの夢を実現させたいと思い、カンダの申し出を快く受諾してくれたのであった。
そんな両親も、スーパーF1ドライバーになるということを知ったとき、一瞬悲しい声になったのを瞳は覚えていた。今度の優勝で、瞳は、そんな心配をかけた両親を少し安心させることが出来ただろうと思っていた。
瞳は、車検場で、車から出してくれるのを待ちながら、自分のレーサーとしてのスタートとなったあの日のことから今までのことが、走馬燈のように頭の中を駆けめぐっていた。この四年間のことが、フラッシュバックのように瞳の頭の中で、浮かんでは消え浮かんでは消えていった。
「これから、すぐに荷造りをして、イギリスに行ってもらいます。F3のイギリスカンダのワークスチームに合流してほしいの。私も一緒に行くから、身の回りのものを半月分も持っていくこと。後は、カンダが全て用意しておきます。ほとんど身体ひとつで行ってね。後は、レースに専念してもらえればいいような環境を整えてあるから」
「はい・・・」
瞳は契約を終わると妻川に出国を促されるように言われた。
「速水さん。これから、ほとんどの生活を海外、特に、ヨーロッパで過ごしてもらうようになるからね」
川上が、ぼそぼそと呟いた。
「はい・・・」
「速水さん。これがチケット、明後日の11時に成田で待っているわ。」
「はい・・・」
瞳は、何をどう言えばいいのか分からない上に、妻川の話に圧倒され続けてしまった。そして、何がなんだか分からないうちにチケットを受け取ってしまった。
翌々日の11時、成田に瞳が到着すると、レースクイーンを務めていた国内チームのメンバーが、川上から聞いたのか見送りに集まってきてくれていた。
彼らの『がんばれ。』という声を聞いて、妻川に手を引かれるように、飛行機に向かった。
「速水さん。早くしなさい!もう出発時刻が近いから。」
妻川は、あたふたと瞳の先を小走りにボーディングブリッジに向かった。航空会社の職員が、
「妻川様と速水様ですね。お待ちしていました。ご案内します」
そう言って、ボーディングブリッジを飛行機まで先導してくれた。
機内でキャビンアテンダントに案内されて、座ったのは、ファーストクラスだった。
「速水さん。これから、あなたが、ドライバーとして、自力で歩けて、飛行機に乗れる状態にいる間は、全ての移動は、ファーストクラスを使うのよ。ファーストがない飛行機を使うときは、ビジネスクラスでも構わないけれど、絶対に、エコノミークラスに乗ることはやめてね。あなたは、うちのモータースポーツのシンボル的存在になったのだから、立場をわきまえるのよ」
この妻川の言葉を瞳は、今も覚えていた。
瞳は、この時初めて、自分が、常に注目される存在になったのだという自覚と覚悟、そして、プロドライバーとしての心構えが心に芽生えたのであった。
こんな小娘にこんな所に座れるほどの待遇を与えてくれると言うことは、裏を返せば、レースでも、私生活でも、変なことをしてはいけないということの警告なのだ、妻川は、そのことを瞳に理解させるため、このような形で、飛行機に乗せたに違いなかった。もう、レースに出るからには、負けることは許されない、カンダのドライバーの一員になったのだ。
これが、妻川との二人三脚で歩んでいく瞳のレースドライバーとしての人生の始まりであった。
F3カテゴリーでの瞳は、その才能のために、向かうところ敵なしであった。このカテゴリーでは、ライバルがいないほど、瞳は、才能あふれるパフォーマンスを見せつけた。
川上の判断により、わずか半年で、このクラスを卒業し、F2のカテゴリーに進んだ。
F2に進んだのは、シーズンの半分が過ぎ去った時期であるにもかかわらず、瞳は、才能だけで、このクラスでの後半戦の表彰台の中央を独占し続け、総合優勝を飾った。カンダの車自体の性能も良いのだが、それだけで勝つことが難しい四輪のモータースポーツ界で、このように勝ち続けるということは、瞳の才能の高さを物語るものである以外何ものでもないのだ。
イギリスを始め欧州のモータースポーツメディアは、瞳のドライバーとしての資質を絶賛し、
『日本人で、最高峰のポデュームの頂点に居続ける可能性を感じることのできる唯一のドライバーであり、四輪モータースポーツ界に登場したプリンセスである』
と絶賛した。また、欧州の有名なモータージャーナリストは、『瞳は、四輪モータースポーツ界の女王陛下になること間違いなし!』
と言い切るものまでいたのである。
そして、カンダの決断を後押しするかのように、『瞳のF1昇格を期待する』といった報道が大勢を占めた。
翌年、2年目にして早くも、F1のカンダワークスチームの正ドライバーに収まったのであった。
元々、サーキットレースの最高峰として長い間、君臨してきたカテゴリーであり、その、レベルの格段の違いに瞳はシーズン当初、ものすごく苦しんでいたが、その天性の才能と持ち前の努力、そして、川上のアドバイス、更に、人一倍のトレーニングを積むことの自信を足がかりに、その大きな壁を乗り越え、シーズンの中盤、F1サーカスが、ヨーロッパラウンドに戻ったところで、きっかけをつかむと、モナコグランプリを制し、モナコマイスターの称号を手に入れ、完全に、このカテゴリーを自分のものとして、シーズン8勝をあげ、年間王者に輝くのであった。
新人が、それも女性ドライバーの総合優勝は、レース関係者の度肝を抜くようなものだった。
瞳のこのような衝撃デビューの印象から、亡きセナと重ね合わせるファンや、マスコミが、多数現れ、瞳は、いつの間にか、“音速の貴公女”とか、F1界の“皇帝”ミハエル=シューマッハの再来を期待して、“女帝”あるいは、“プリンセス”と呼ばれるようになっていた。
瞳は、周囲から新しい、F1の女王として、連覇を期待されるような存在になっていた。
瞳は、次のシーズンも周囲の熱い期待に見事に応え、年間18勝の最多勝記録樹立のおまけ付きで、ぶっちぎりの王者に輝いたのであった。
ファンやマスコミは、当然のように、新しい“音速のプリンセス”のスーパーF1グランプリ参戦を期待するようになっていった。F1という、従来の自動車レースで、彼女がマシンをドライブすることを周囲は納得しない状況になっていった。
ただし、彼女の美貌と限りなく美しいプロポーションを破壊しなくてはいけないことに対し、世論が賛否に分かれるところもあった。
しかし、瞳が、スーパーF1グランプリに参戦することに誰も異論を唱えるものはいなかった。後は、カンダスーパーF1ワークスの判断と本人の決断に全てが委ねられる状況になっていた。
そんな話になる少し前のシーズン中盤に、妻川が、瞳と会談する機会を持った。
「瞳、来期はどうする?」
「来期の参戦カテゴリーのことですか?」
「そうなの。来期、私は、スーパーF1グランプリにカンダのセカンドチームの総監督を引き受けることになったの」
「本当ですか?でも、本社の役員のイスはどうするんですか?」
「カンダは、私に、役員として、レース監督をしろといってくれているの」
「わぁ、うれしいです。恵美さんに今まで通りに、相談に乗ってもらえるのですね」
「もちろんよ。私は、瞳がカンダを見限らない限り、あなたの相談に乗るわ。私は、どんなことがあっても、カンダの妻川だもの」
「私が、カンダを見限るなんて、絶対にないです。カンダが、私に見切りをつけるのならわかりますが」
「そんなことないわ。速水瞳は、今や、紛れもなく、レース界の女帝なのよ。カンダは、引き留めるために何をあなたに出来るのかを考えなくてはいけない立場なの」
「私は、その当時、亡きセナが、ホンダに対して忠誠を誓ったのと同じく、カンダに対して忠誠を誓うつもりです。なんといっても、このようなチャンスをくれたカンダ、そして、溝口社長や恵美さん。そして、三上さんに一生かかっても返せない恩を受けたと思っています」
「そんな、古風な考えは捨てなさい。もう、速水瞳は、充分にカンダに忠誠を尽くしてくれたもの」
「ありがとうございます。ところで、来期のことなんですが、私、どうしたらいいのか悩んでいます。このまま、もう一年、F1に留まるか、スーパーF1にランクを上げて挑戦しようか、もちろん、カンダのワークスは、スーパーF1の現在の契約ドライバーの契約はまだ残っているので、武者修行の意味で、他のチームでドライブしながら、カンダのシートが空くまで、待つことになると思うんですが・・・」
「瞳としては、どっちの気持ちが強いの?」
「私としては、後者で考えようと思っているんですが・・・」
「それは好かった。説得する手間が半分省けたわ。来期、私のチームで走らない?」
「えっ!だって、恵美さんのチームは、カンダの正式なワークスチームじゃないですか?私のようなこのカテゴリーの経験のないドライバーは、ふさわしくない・・・」
「だから、その古風な日本人的な考え方をやめなさいって言っているでしょ。瞳は、私たちのような新興チームじゃなくて、カンダのファーストチームとか、メクラーレンとか、ヒイラーリとか、ベントなんて言うトップチームのワークスが相応しいのよ。第一、その辺のチームからもオファーが来ているでしょ?私たちカンダにも、瞳を手放す気があるのかという打診が来るくらいなんだから。『ヒトミハヤミを早くカンダのしがらみから解放してくれ。』とか、『ヒトミをフリーにしてやってくれ、ウチと公平にヒトミを獲得競争することが、スーパーF1の発展にとって一番好いことなんだ。』とか、とにかく五月蠅いぐらいなんだから」
「私のところにも確かに、『ウチでやらないか?』みたいなオファーが、10チーム以上来ています」
「10チーム以上!?」
突然、妻川が素っ頓狂な声を上げた。
「恵美さん。突然何なんですか?」
「やっぱりそうか・・・」
「何がやっぱりなんですか?」
「何がって?速水瞳獲得競争には、スーパーF1のチームの半数以上のライバルが、カンダにはいるってこと」
「そういうものなんですか・・・?」
「何かのんびりしてるわね」
「だって、どこのオファーも、私には敷居が高いです。悩むというか困ってしまって・・・」
「瞳・・・。まあ、天才はこんなものか。自分の置かれている状況がわかっていないものね。言っておくけれど、あなたが、スーパーF1のカテゴリーでドライブしたいという意志を持っている以上、あなたが、どのカテゴリーのどのシートに収まるのかを決めない限り、誰も、シートが決まらないのよ」
「そんなことないです。私は、まだまだ発展途上の新人ドライバーだから、他のドライバーの方たちが、シートを決めないと、私までスーパーF1のシートが回ってこないです」
「こらっ!瞳。それは、全く逆だって言うの。発展途上のドライバーをみんなが、『女帝』と呼ぶもんですか。まだシーズンが、残っているのに、オファーがこんなに沢山来るものですか?瞳は、レースに参戦して、総合優勝してない年があるのか?総合優勝を経験していないカテゴリーがあるのか?」
「はあ・・・」
「今や、瞳は、80年代のセナ、90年代のシューマッハ、2000年代のアロンソと並ぶ、サーキット界のドライバーの代名詞なんだよ。あなたが決めないと、スーパーF1のドライバーを受け入れるF1やインディーのカテゴリーのチームが準備に困るんだよ。彼ら専用のシートの開発に時間がかかるんだかからね。スーパーF1のドライバーの体型は、あなたも知っているとおり、特殊なものなんだから、それ用のシートを作成しなくちゃいけないから、そろそろ車の準備が必要なんだよ。瞳、早く決めなさい」
「そういうものなんですか・・・。なんか実感がないんですよ。そんな『女帝』とか『プリンセス』と呼ばれることに・・・」
「慣れることよ。あなたは、もうトップドライバー。それも、超のつくトップドライバーなのよ。それに、あなた自身にとっても、そろそろ、決断の最終リミットだわね。スーパーF1のシートに座るなら、体の変更が必要だから、シートに座る決断が、シーズンオフ以降になると身体の処置の期間を考えると、スーパーF1グランプリの開幕に物理的には間に合うけれど、新しい身体への慣れとか、その体でマシンを扱うのに慣れるためには、少なく考えても、いくらあなたに才能があっても半年以上必要だと思うの。体に慣れて、マシンに慣れて、レースに参戦していると思えるようになるのは、後半戦だと思うわ。普通のトップドライバーだと、その状態になるまでに一年半はかかると思うんだけれど、あなたの場合は特別中の特別だから、かなり早いと思うわ。だから、トップドライバーが、スーパーF1のカテゴリーに参戦を表明してから、一年間の休養をとるのは、新しい身体になれるためなんだけれど、各チーム共に、あなたの場合に限っては、来期開幕参戦してもらって、ドライブしてもらいながら慣れてもらえれば、後半戦には、入賞してもらえる。うまくいけば優勝してもらえると思ってのオファーだと思うわ」
「そう言えば、私、スーパーF1ドライバーの特別な体型になって、慣れてから、シートに座ってくれと言われていないですね。各チームとも、来期のシートを確約するとおっしゃっていただいていますね」
「そうでしょ。それが、あなたの実力であり、才能なの」
「はあ・・・。何か実感がないのですが・・・」
「本人が一番呑気ということか・・・。ところで、まだ座るシートを決めていないなら、私も、速水瞳争奪戦に加わるわ。いいわね?」
「いいですけれど・・・。私じゃ・・・」
妻川が瞳の言葉を遮った。
「さっきも言ったでしょ。この世界に謙譲の美徳はないのよ」
「はぁ・・・。」
「瞳、私の条件提示を聞くの?聞かないの?どっちなの?」
「聞かせていただきます。もちろん」
瞳は、妻川の言葉に促されるようにそう言うと、妻川が条件提示を始めた。
「まず、私が総監督を務めるチームのことを、まず、説明するわね」
「はい。是非。」
「私が、カンダ本社から要請されて作るチームは、カンダの第2ワークスチームという位置づけに表向きはなるのだけれど、内情は、全くコンセプトが違うの。純日本のワークスチームを作ると言うことなの」
「どこまでの純国産なんですか?」
「そうね。そこが大事なところなんだけれど、今回の私のチームは、本当に全てなの。ドライバーも、メカニックも、サポートスタッフも、もちろん、マシンの全てに至るまで全て日本製なの」
「全てですか?それじゃ、昔のSAのような形じゃなくて、もっと国産色が高いのですね」
「その通りよ。そして、昔のSAとかのようなプライベートチームじゃなくて、完全な、カンダのワークスチームである点も違うわ。だから、参戦して、すぐにトップチームと肩を並べられるだけの可能性があるチームなの」
「いきなり、トップチームか・・・。さすがカンダのワークスですね」
「そうなの。それに、我がワークスチームには、もう一つのサプライズがあるの」
「どんなサプライズですか?」
「それは、このチームが、女性をメインに構成する、モータースポーツ界にとって異例のチームになるの」
「えっ!?」
「だから、女性だらけのスーパーF1ワークスチームと言うことなの」
「そんなこと出来るのですか?だって、運営のマネージメントスタッフとサポートスタッフはいいとしても、メカニックの女性をそんなに調達できるのですか?それも日本人で・・・?」
「まあ、瞳、ゆっくり聞いて、いい?」
「はい。それではゆっくり恵美さんの話を聞かせてもらいます」
「実は、このワークスチームを作るというプランは、瞳をイギリスに送り出すときには、もうすでに動き出していたの。私が、もちろん、プロジェクトリーダーでね。そして、社内の技術部の女性社員で、モータースポーツに関心のある社員の中から、ピックアップして、スーパーF1のメカニックとしての訓練を積んできたの。そして、スーパーF1のワークスの特徴でもある医療技術スタッフも、人間工学の権威の女性医学者を引き抜いて、スーパーF1の知識を学んでもらった上で、独自の開発研究と訓練に取り組んでもらっているのよ。もちろん、その他のチームスタッフも、カンダの社員から精鋭をピックアップして、チームに加えたの。つまり、参戦に当たって、ドライバー以外は、全て調達済みと言うことになるの」
「凄すぎる。さすがに『世界のカンダ』の『モータースポーツ界の重鎮、妻川恵美』のやることは、違います」
「実は、ドライバーに関しては、一人は、スーパーF1に我がチームが参戦するときに、シートに座ってもらうもくろみで、世界に送り出したんだけれど、私たちが望む実力と格にあわなくなっちゃったの」
「いったい、誰なんですか?」
「瞳のことに決まっているでしょ。当初の私たちの目論見だと、あなたの才能からして、チームを立ち上げるときは、F1で、何度か勝っているくらいかF2で、総合優勝しているぐらいで、トップドライバーといえる程度になっていると思っていたんだけれど、考えが甘かったわね。今は、トップの前に超がつく、モータースポーツ界の代表的ドライバーになってしまったんだもの。今シーズンのストーブリーグの話題の中心になること請け合いだものね。他のワークスに行くことを引き留めることが簡単には出来ない存在になっちゃったもの。頭が痛いわ」
「そんなことないですよ」
「瞳が思っている程度の存在で瞳がいてくれれば、『新チームのシートを確約するから、言うことを聞きなさい。報酬も保証してあげるから』だけでよかったんだけれどね。今の瞳は、どこのチームでも、ファーストドライバーとしてのシートを確約するのは当たり前で、その上にどんな条件を上乗せするかだものね。計算が狂ったわ。まさか、F1参戦の初年度から、年間王者になるなんて思いもよらなかったし、今シーズンだって、他のドライバーが、瞳の連勝を止めるのは、いつなのかが話題になるほどの状態ときてるから、もう、お手上げだわ」
「そんなことないですよ」
「全く、本人は、そんなものだものね。今期、いったい何勝するつもりなのよ。それに、『プリンセス』の称号までかぶせられちゃうんだもんね。カンダ本社も『妻川、金に糸目はつけないから、絶対に、速水をシートに座らせろ』という指示を出しているけれど、溝口社長も頭が痛いと思うわ。瞳をカンダに引き留めるのにいったいいくらかかるんだと考えるとね。いずれにしても、カンダから私が引き出してきた条件を伝えるから、考えてみてね」
「はい。でも、私は、カンダに見いだしていただいた人間ですから、カンダのことを最優先に考えるつもりです」
「判ったわ。瞳、ありがとう。条件なんだけれど、契約金は、145億、年俸は、20億で、ファーストドライバーのシートを確約、5年契約。付帯で、移動は、完全保護ポットで、ファーストクラス並みか、ファーストクラスに特別シートカプセルを使って行うこと、専用のプライベートカーを何台か用意するから、中距離までの移動は、チームとの行動を共にする必要なし。専属のサポートスタッフを365日24時間態勢でつけること、あなたの体で暮らしやすい自宅を日本2カ所、アジア2カ所、ヨーロッパ2カ所、南北アメリカ各3カ所、オセアニア2カ所、アフリカ2カ所は、最低限用意するし、利用施設は、全て最高の設備を利用してもらう。そして、現役引退後は、カンダの終身常務として、神田本社に迎え入れると同時に、評論家や文筆活動、タレント活動は、自由に行ってもらうことも約束するし、そのときのマネージメントは、カンダがいっさい責任を持って行う。それから、現役引退後は、通常人体に限りなく近いような形に戻すと同時に若さを保つための管理も責任を持ってカンダが行う。引退後の報酬は、現役時代の三分の二は、最低限保証する。現役の再契約は、長期契約で行う。この条件でどうかしら。もちろん、細部で、具体的に交わせない部分は、瞳の利益を優先する形で瞳の生涯を
通じて保証します」
「若さを保つというのが、女性のチームらしいかもしれないですね。考えてみますと言いたいのですが・・・」
「言いたいのですが、か・・・。それじゃ、ちょっと厳しいということね。困ったな」
「いいえ、そんなに考えることもないので、即決したいと思うんです」
「えっ!本当に!瞳、そんなに簡単に決めちゃっていいの?」
「私にとってカンダからのオファーが最優先ですから。でも、決断する前に一つだけ聞いてもいいですか?」
「いいわよ」
「私と一緒にシートに座る予定になっているドライバーについてです」
「それを話していなかったわね。瞳と一緒に我がチームのシートに座るのは、鈴木絵馬という、ドライバーよ」
「今年、フォーミュラーニッポンで2勝している女性ドライバーですね。」
「さすがによく知っているわね。そうよ。日本人女性ドライバーとしては、将来性充分の素質の持ち主なの。だから、スーパーF1グランプリに抜擢しようと思ったの。彼女を瞳の側に置いて、瞳の全てを勉強させたいと思っているの。それが、2、3年後に実を結ぶと思っているの。才能は充分だから、充分に瞳のセカンドドライバーの役割もこなせると思うわ」
「私に、レースと彼女を育てることの二つを同時進行でしろと言うことですね」
「まあ、瞳がきてくれるのなら、瞳には、彼女の先生になってもらえるだけでありがたいんだけどね」
「判りました。もう一つ聞いていいですか?」
「何?」
「彼女と契約はもうすんだのですか?」
「彼女とは、契約は終わっているわ。もう、身体の処置も済んで、新しい身体に慣れるための訓練をしているわ」
「ずいぶん手回しがいいのですね。まさか、私が、カンダと契約をしなかったときのことを考えて、3人目も用意しているんじゃないですか?」
「さすが、瞳、鋭いわね。その通り。」
「まさか、その人も身体の処置を終えているなんてことはないですよね」
「さすがにそれはないわ。でも、瞳に断られたら、すぐに身体の処置にかかれるように待機させてあるんだけれどね。それに、瞳がうちと契約をしてくれたときには、テストドライバーとして、処置を受けさせることになるんだけどね」
「恵美さんらしいけれど、呆れてしまいます」
「ほめられたのかな・・・」
「ほめてません!!」
「そうだよね」
「そうです。分かりました。私の答えは、来期から、恵美さんのチームでお世話になります」
「瞳、ほんと!!」
「本当です」
「よかった。内心断られたらどうしようかと思っていたの。これで一安心ね。『プリンセスヒトミ』がウチのシートに座ってくれるんだから、来期比較的早い時期から、結構カッコがつきそうね。よろしくお願いします。」
「あっ。恵美さん、聞き忘れていたんですが、チーム名は、セカンドカンダですか?」
「そうね。チーム名を言っていなかったわね。チーム名は、『カンダスーパーガールズ』で登録しようと思っているの。瞳の処置が、終わってからの記者会見で発表しようと思っているの」
瞳が、妻川と再び、二人三脚(実際には二人二脚かもしれないが・・・)のレース挑戦が開始されることになったのである。
瞳の年間18勝という、記録が話題の中心となったこの一年のF1のレースの全日程が終了し、その翌日、瞳は、スーパーF1のドライバーにカテゴリーアップをする準備のために、緊急帰国をしていた。帰国と同時に、妻川のチームのためにカンダが特別に作った、スーパーF1レースの医療サポートの基地である、メディカルセンターの処置準備室に瞳は居た。
「瞳、本当にいいのね」
「何言っているんですか?恵美さん。私は、この手術を受けることも含めて納得したから、スーパーF1のカテゴリーに参戦することを決意して、恵美さんのチームのドライバーになるための契約書を交わしたんですよ。後悔なんかありません」
「でも、手術を受けて、トレーニングをしてからの記者会見で、新しい身体をマスコミに晒すなんて、私ならちょっと嫌だな」
「何を言っているんですか。恵美さんが最初に私に持ちかけた話なんですよ。何を今さら・・・。それに、私の憧れの最高峰のグランプリで、最高の車を操れるんだから、楽しみです」
「そうね。ごめんね。変なこと言って、手術頑張ってね」
瞳の専属のメディカルスタッフの石坂貴美香が、
「そろそろ、時間です。妻川監督。必ず、速水選手の手術は成功させます。待っていてください」
「よろしくね」
妻川が、短く答えると、恵美を乗せたストレッチャーが、処置室に向かって動き出した。妻川は、そのストレッチャーが処置室に入っていくまでその場で見送った。
「瞳、絶対戻ってきてね」
妻川は、そう呟いて、控え室に向かって踵を返した。
瞳は、処置室に運ばれるとストレッチャーから、中央の手術用ベッドに移された。
瞳は、あらかじめ手術の準備のために収容されていたメディカルセンターの病室のベッドで、浣腸と全身弛緩剤の投与を受けているため、身体を動かすことは出来なかったが、視覚や聴覚などの意識だけはある状態にされていた。
「速水選手。これから、処置を開始します。今度、目覚める時は、スーパーF1の専用ドライバーとしての身体になっています。全力を尽くしますので、ゆっくり休んでください」
石坂の言葉を最後まで聞かずに、外置き型神経コントロールシステムにより支配された瞳の感覚システムが全ての機能を停止した。瞳の身体は、全身麻酔を受けた状態と同様になったのだ。
「手術を開始します。四肢切断用器具を用意して。それから、輸血の血液は、最初から、体内循環用フルオロカーボン液を用意して」
石坂が、アシスタントに指示を出す。そして、瞳の手術が開始されたのである。
瞳の感覚を奪うのに使用されたシステムは、麻酔薬を使う従来の方法とは違い、神経に電極を直接繋ぐことにより、人間の神経を直接コントロールするもので、外部からのコントロールシステムにより、人間の感覚、意識などをコントロールできるものである。この新しいシステムを使用して、被術者の身体を自由にコントロールできるようになり、長期間の手術において、全身の感覚を無くして、意識を奪う一方で、呼吸器官を正常にコントロールし、脳の機能を正常に保つような状態を作り出すことが出来、麻酔による中毒症状などの危険な症例から、手術を受ける患者を守ることが出来るようになったのである。その為、長時間に及ぶ、身体の処置が可能になったのである。瞳は、そのシステムにより、全身を管理されることになったのである。
石坂は、まず、栄養点滴を瞳の身体に刺し、そのつぎに、人工血液として開発された体内循環用フルオロカーボン液の輸血を開始した。
この体内循環用フルオロカーボン液は、酸素や栄養分の搬送量が、通常の血液に比べて数倍も高く、二酸化炭素の吸着率も、非常に高いフルオロカーボン液に本来の人間の臓器から、白血球や血小板などの血液の成分が作り出されたものが自然に取り入れられ、通常の人間の血液の数倍の高性能な血液となる究極の人工血液なのである。スーパーF1のドライバーのように、長い時間の体力と集中力を必要とするスポーツ選手にとって通常の血液以上の働きをする体内循環用フルオロカーボン液に体内の血液を置換することは、非常に重要なことなのである。
手術開始の準備が整うと石坂は、四肢切断用の器具を使い、瞳のすらりと伸びた足を股間の付け根の部分から一気に切断した。瞳の下半身は、足がなく、V字型の状態になった。応急の止血をした後、石坂は、瞳の両腕を肩の付け根から、切断し、足の処置と同様に、止血を施した。次に、手足の切断面の神経組織を丁寧に情報ケーブル接続用神経組織専用コネクターとの結合処置を行った。石坂は、アシスタントと一緒に沢山ある切断面から露出した神経にコネクターを根気よく結合させていった。この作業が終わると、手足の切断面に神経=外部ケーブル接続コネクターを取り付けた生体親和性樹脂でできた耐火耐熱人工皮膚製の切断面カバーで覆った。
瞳の体から手足が消え、瞳は、ダルマのような姿になったのである。この瞬間、瞳は自分の力で移動したり、物を持つような動作ができない体になったのであった。瞳は、今後、少なくとも、スーパーF1のドライバーでいる限り、自分一人では、何一つできない体にされてしまったのである。瞳にとっては、身体が痒くても身体をを掻くことも、悲しくてほほを伝う涙を拭くことも、自分の手で好きなように物を食べることも、もちろん歩いたり、パソコンをキーボードで扱うことさえ、他人に介助してもらわなくてはいけない人生が始まったのである。もちろん、瞳は、そのように自身の体が改良されてしまったことをまだ知らないで意識を失っているのであった。それでも、瞳は、意識が戻れば、即座にこの事実を受け入れるであろう。なぜならば、このような身体にされてしまうことを納得して、瞳は手術を受けているからなのだ。
石坂は、アシスタントに指示をして、毛髪から、下半身の体毛に至るまでのすべての体毛を剃り上げさせた。その上で、消毒液を瞳の体中に掛けるように指示を出した。瞳の体は手足がない上に、体毛の全くないツルツルの異様な姿に変わり果ててしまったのである。
石坂は、指示した処置が終了するのを待って、腹部を切開し、腹部の処置を開始した。まず、呼吸システムの手術を開始する。
石坂は、瞳の呼吸システムを外置き型人工心肺システムにバイパスさせた上で、心臓をロータリーポンプの永久設置型内臓式人工心臓に置き換え、肺の代わりに、高密度酸素圧縮蓄積型体内据え置き型タンクに置き換え、気管との結合部に大気から、酸素だけを吸着し圧縮してタンクに送るシステムを取り付け、タンクと人工心臓の間に、劣化した体内循環用フルオロカーボン液の再生システムを取り付けた。このシステムは、体内から排出された二酸化炭素を吸着し、タンクの酸素を吸着させて、体内に送り返すためのシステムである。吸着された二酸化炭素は、気管を通じて体外に放出されるようになっていた。瞳に与えられたこの高性能の人工ガス交換システムの機能により、瞳は、高地トレーニングを受けた選手の十数倍のガス交換能力を持つことになる。
このような精密機器のシステムによる呼吸システムに呼吸システムが置き換えられても、瞳は外見上、口と鼻を使い呼吸している通常人体と同じように見える生活を維持できるのである。しかし、実際は、この呼吸システムに肺と心臓による生体呼吸システムを置き換えたことにより、宇宙空間のような真空状態でも、3時間程度なら生存できるような能力を持つようになったのであった。
石坂は、次に瞳の消化器官を胃から大腸に至る箇所を切除し、胃と腸に変わる養分摂取器官である人工食物消化システムを食道に直結し、システムと直腸の間に排泄物貯蔵タンクを介して、接続した。このシステムは、通常人体が、胃と小腸、大腸で行う消化と養分吸収を行う人工器官であり、肝臓も、肝細胞から作られた高性能人工肝臓に代えられ、このシステムと、生体膵臓、胆嚢、脾臓と共に結合された。このシステムを取り付けられても、瞳は、口から、今までと変わらずに固形物の食事をとり、水やジュースを飲み、標準人体と同じように排泄行為を行うことが出来るようになっている。もちろん、味覚を楽しむことも可能になっているのである。瞳は、サイボーグとなっても、決して、味覚や排泄という人間の権利を奪われることはないのである。
消化器官の切除は、養分吸収の効率化を図る目的もあるが、主な目的は、体内にハードウエアを内蔵するためのスペースを作ことが主な目的なのである。その目的により、腎臓も高性能で標準人体の二つ分の性能を一つで行うことが出来る人工腎臓に置き換えられ、空いたスペースには、瞳の体内のデーターを収集したり、瞳が見たり、聞いたり感じたりしたものをデジタルデーターで蓄積できるコンピューターシステム、
神経組織の伝達速度を上げるためのシステム、瞳の脳の働きをサポートする補助コンピューター、体の機能を制御するコンピューター、それらのシステムをコントロールするためのシステム、そして、瞳の体に内蔵された機械や電子機器にエネルギーを送るための水素炉、瞳のハードウエアに蓄積されたデーターをチームのメインコンピューターに送り、メインコンピューターから、瞳が、情報を受診するための送受信システムなどのハードウエアが取り付けられたのである。瞳の体内に取り付けられた水素炉に供給する水素イオン燃料は、消化システムにより作り出されて、水素炉に供給されるのである。一方、体内で発生した熱を再びエネルギーに変換するシステムも体内に納められた。このシステムにより、瞳の体内の生体部分と機械部分で発生した熱の55%が処理され、残りの45%は、皮膚を通して体外に放出されるのである。
【技術的捕捉:皮膚での熱放出方法に関しては、人工皮膚を貼り付ける段階で、技術的解説をすることにする。】
これらの処置を行われた上で、瞳の腹部は縫合された。瞳のへそは、緊急時にハード部分への動力エネルギーを供給するためのケーブルを接続するソケットと体内に蓄積されたデーターを直接取得するときに接続するケーブルのコネクターのソケットを取り付けられたのである。そして、瞳の肛門には、接続用カプラーバルブが付いた閉鎖弁を取り付けられ閉鎖された。瞳は、これにより、自力での排便が不可能になったのである。瞳が排便するには、このバルブに、排泄物排出システムのパイプを接続しなくてはならないのである。この排泄システムを一日一度接続し直腸に浣腸液を注入して刺激することにより、排泄を行うことになるのである。瞳から排便の自由を奪ったのは、スーパーF1のレースで、ドライバーが長い時間、シートに縛り付けられるため、急に便意を催した場合に、排便をすることが出来ないので排泄物を消化器官に残さないように、レース前に排泄処理をしておく必要があることと、レース中にお漏らしをしないようにするためにバルブで、肛門を閉鎖する必要からなのである。長時間、シートに据え付けられるスーパーF1のドライバーは、排尿については、スーパーF1のドライバー専用に開発されたおむつにより、レース中の排尿は可能であるが、排便に関しては、衛生上の問題と、レース中に不快感をドライバーに与えないようにするために、コントロールする必要があるためなのである。瞳の下半身で、オリジナルでなくなったのは、肛門だけであり、その他の尿道や性器は、手をつけずに標準人体のままで残されたのである。これらの器官が残される理由としては、あくまでも、スーパーF1マシンをドライブする専用ドライバーとしての人体改造なので、宇宙空間や深海などの過酷な環境での活動を目的としたサイボーグや人間兵器としてのサイボーグの手術とは違うのであり、スーパーF1のドライバーは、スーパーF1マシンの操縦ユニットとして、スーパーF1マシンに取り付けられていないときは、人間としての生活を送る必要があるからなのである。
更に石坂は瞳に対する頭部の処置を開始した。石坂は頭部の最初の処置として、耳の処置に入った。
鼓膜をはじめとする聴覚器官が取り除かれ、三半規管も取り除かれた上、デジタル人工聴覚システムとジャイロ式の人工三半規管に取り替えられた。この人工三半規管は、デジタル式で人間本来の三半規管のように酔ったりすることがなく、繊細な方向性を瞳に情報として与え続けられる物であり、デジタル記録と細かな音まで聞き分けられる人工聴覚とともに瞳の聴覚神経と接合され、瞳にとっての新しい耳となったのである。
次に処置を加えられたのは目である。眼球は引き出され、視神経と切り離された。そして、新たに視神経に取り付けられたのは、高性能ハイビジョン式デジタル人工眼球である。人間の生体視覚では、時速700qに迫る車を操作するのには、動体視力の限界があるのと、ドライバーが見た視覚データーをデジタル的に保存もしくは、電送できるようにするために必要な処置なのである。
瞳の眼窩に人工眼球が戻され、瞳には、人工聴覚に続いて新しい視覚が与えられたのである。
開頭され剥き出しになった脳に何カ所にもわたって電極が差し込まれ、補助神経として機能するように、頭蓋骨づたいに身体に下ろされ、脊髄を伝い、下腹部に取り付けられた補助コンピューターに接続された。この処置のために再び瞳の胴体は開腹され、処置が終わると、また閉じられた。長時間開腹された状態よりも、必要最小限度の時間で度々に開腹された方が、体力的負担が少ないためなのである。もちろん切開した痕は残ってしまうのだが、傷跡に関しては、後から瞳の肌全体に人工皮膚を貼り付けるので傷跡は見えなくなってしまうため関係がないのだ。
最後に開頭された頭部が、頭膜を丁寧に戻された上、耐G用の緩衝剤がまかれた上で、頭蓋骨が生体接着剤を使い、元通りに修復され、頭皮が縫合された。スーパーF1マシンの想像を超える速度での急加速、急減速により発生するGから脳を守るために緩衝剤は必要なのであった。
次に瞳の喉の部分が切開され、発声に関する神経がバイパス分岐され、ケーブルが、首の中を通され、こめかみの部分に作られたコネクターソケットにつながれた。
この処置により、首から上の処置が終了した。
石坂は、瞳の体を横向けにして、脊髄の近くに穴を開けて、ケーブルを脊髄に接続した。このケーブルは、瞳の骨の組織の主成分をカルシウムからもっと硬度があって柔軟性に富んだ物質に形質変換をさせるための信号電流と薬品を脊髄の造骨組織に供給し、被験者の骨そのものに刺激を与えて形質変換を促進するためのものであった。
被験者の骨の主成分を、チタンとケプラー繊維を主成分にした強度と柔軟性、そして、耐熱性の優れた組織に変換していくのである。もしも、瞳に意識があったとしたら、想像もしえないような苦痛が瞳を襲うような処置なのである。この処置は、約10時間の時間を要して、被験者である瞳の骨の組織を完全に変えていくのである。
骨の主成分を変えるのは、ものすごいGにより、骨が砕けたり、体内の組織への影響が出ないようにするため、そして何よりも事故の時の骨折や組織の損傷を防ぐために必要な処置であり、耐熱性に優れている特徴は、事故の時に救出までの生命維持を目的としているのだ。
瞳の骨は10時間以上をかけて標準人体の骨とは全く違う成分を持つ人工骨になっていった。石坂は、この過程を注意深く、処置を行う機械のモニターで観察し続けて、瞳に万が一のことがないように備えていた。
処置が完了したことを機械のモニターが石坂に知らせると、石坂は、次の作業に取りかかった。ケプラー樹脂とチタン、セラミックの複合体で、セミトーランスの色をした半透明な親和性素材の人工皮膚を瞳の体に貼り付けていくことである。身体親和融着促進接着剤を瞳の体に万遍なく塗布することから作業が始まった。この身体親和融着促進接着剤は、被験者の皮膚と人工皮膚をただ接合するだけではなく、親和融着といって、人工皮膚と本来の皮膚が融合し、人工皮膚が本来の皮膚のように、新陳代謝と再生を繰り返すことができる生体皮膚になってしまうことを促進する薬の機能も備えているのである。また、汗腺以外の感覚などの生体皮膚の機能を人工皮膚に引き継ぐことを促進するような神経組織や皮膚機能組織の移設促進用の薬剤の機能も兼ね備えられているのである。
この接着剤の塗布により、生体皮膚から引き継げない皮膚の機能の中には、眉毛とまつげと髪の毛以外の毛根もあった。つまり、人工皮膚を貼り付けられることにより、髪の毛やまつげ、眉毛は再生するが、それ以外の体毛は、すべて失うことを意味していた。胴体には、毛根が無くなり、ツルツルの作り物のような体になるのであった。そして、もう一つ、機能を人工皮膚が引き継げないのが汗腺であった。瞳は、一生、汗をかくことのない身体になったのである。もっとも、汗をかかなくても、瞳の新しい皮膚は、体内で発生する熱を外部に熱交換する機能がものすごく高性能な形で、備えられているために、汗をかくという皮膚の機能は必要なくなっているのである。人工皮膚の色に関しては、生体皮膚の色合いを忠実に再現することができ、被験者本人専用の完全なオーダーメイドなのである。この人工皮膚は、体熱、耐衝撃性、耐圧能力があると同時に、体内の余剰の熱を吸収し、被験者の皮膚温度を忠実に再現できるようになっていた。
それでも余剰になった熱は、この人工皮膚が、放熱システムの役割を果たして、体外に放出されるようになっていた。人工皮膚がいかにも作り物のように皮膚温度が極端に低くなって、被験者がサイボーグになったことによるコンプレックスを軽減する目的があったのである。
石坂は、瞳の体に丁寧に人工皮膚を貼り付けていった。その色は、瞳の色白の皮膚の色を忠実に再現していて、見ている者には、瞳が、瞳自身をかたどった着ぐるみを着させられているような錯覚に陥るほどであった。最後に石坂は、瞳の頭皮と目の部分に発毛促進剤を塗って処置は完了した。 発毛促進剤の働きにより、瞳の髪の毛は、10日ほどで元通りになるはずであった。
男性のスーパーF1ドライバーの髪の毛の再生は、もっと遙かに短い期間で完了するが、女性ドライバーの場合は、元の髪の毛の長さが長いことと、髪の毛が美貌の価値観にとって重要な要素となるために、慎重に再生されるのである。スーパーF1のドライバーにとって、この人工皮膚に包まれるということは、事故の時の安全を意味していた。水素イオンエンジンの事故での最悪の事態がないような十二分な安全対策がとられているとはいえ、もし万が一の時の爆発や補助エンジンの燃料漏れからくる火災や、ギヤボックスや電子機器の火災、オーバーヒートによる水蒸気爆発などの不測の事態の時に、ドライバーは救出されるまでの間、マシンの中で耐えなくてはならない。もちろん、宇宙服を思わせるような耐火、耐衝撃性に優れたレーシングスーツを着せられるのだが、その安全性と、人工皮膚による安全性の二重の安全性により、ドライバーの生命が維持されるのである。スーパーF1グランプリでは、ドライバーを人体改造するということは、スーパーF1マシンの制御装置にドライバーをするとともに、万一の安全性をドライバーに与える意味を持っているのだ。
石坂は、瞳に対する最後の仕上げの処置として、後頭部に一カ所、背中の肩胛骨のすぐ下に二カ所、腹部のへその両脇に二カ所、胸部に一カ所の点検口を作成した。この点検口は、人工皮膚の素材を利用したパッキンで完全に覆われるため、点検口がどこにあるのかは完全にわからないようになっていた。
点検口の下のあばら骨や頭蓋骨も、すぐに呼吸システムや脳と接続ケーブルなどをいじれるように可動式に作り替えられた箇所もあった。スーパーF1のドライバーの体内を点検しやすいように点検口を開けておくのは、彼らが、レースごとに神経伝達速度や神経感度を調節したり、視覚や聴覚を調整したり、事故の時の体内の生命維持システムの点検をしやすいようにするためなのである。しかしながら、ピットでマシンと一緒に点検口を開けられて、神経組織や補助コンピューターや頭部をメカニックに調整されている姿は、もう完全に人間ではなく、スーパーF1マシンの制御ユニットという印象を強く与えるものであった。まさに、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーが作られているのである。
石坂の瞳に対する処置、つまり、瞳をスーパーF1マシンの専用ドライバーという、スーパーF1マシン操縦用の特殊用途サイボーグへの改造手術は完了し、瞳は、スーパーF1マシンを走らせるためのサイボーグドライバーとして人生を送ることになったのである。

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