> <Cyborg Simulator ver0.83b>
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> 素体のパーソナルデータを入力してください

 ダウンロードしたプログラムを起動する。
 地味なウィンドウが開き、素体の少女の身長・体重などを入力する画面が表示される。これと言って好みがあるわけではなかった。ただ、その時浮かんだのは由美の顔だった。
 身長・体重の項に数値を入力すると、別のウィンドウに体格を現す像が描写される。髪型、目や髪の色などを続けて入力すると、少女の像は素早く変化していった。
 外見に関する数多くの項目を入力し終える頃には20分以上が経過していた。微調整を繰り返したことにより、その姿は由美そっくりだった。

 容姿が確定すると、次は性格などの設定だった。
 かなりの数の選択肢を埋める必要があった。
 とりあえず、由美のデータをそのまま使うことにする。
 最後に、特殊設定という項がある。
 恋人、幼馴染、…様々のものがあり選択式になっていた。
 選んだのは<幼馴染>の項だった。あいつと俺の関係を端的に表すとそうなるだろう。

> 素体の人間時の名前を入力してください

 入力欄に、三石 由美 と入力。
 そのままだ。まあここまでやったんだから今更だ。
> この設定でよろしいですか?

 選択したデータと両手を広げた少女の像が表示され確認を求められた。

> →OK

 もちろんOKだ。

> 改造目的を選択してください

 地下ファイト、軍事兵器などの物騒なものから、ダッチワイフ、メイドロイドなどその手のものまであった。だが、ほとんどがチェック不可になっている。
「β版だから仕方ないか」
 数少ない選択肢の中で目を引いたものがあった。
[正義のサイボーグヒロイン]
 これだ。即座に選択し、OKをクリック。

> 改造後の外見を選択してください

 いくつもの外見パターンと、カラーリング選択用のカラーパターンが表示される。
「やっぱり、メタリックなボディじゃないとサイボーグって感じじゃないよな」
 全身が金属製のパーツで外装された機体を選ぶ。カラーリングは白と青を基調に清潔感を与えるものを選択。
> 改造シチュエーションを選択してください

 自ら志願、先代からの依頼etc、いくつかの選択肢が並び、組み合わせる形になっている。
 そのなかから選んだものはこれだった。
[秘密結社により][本人にも秘密裏に選択され][拉致され][強制的に][改造される]

> 全ての選択肢が終了しました
> シミュレーターを開始します

「あれ?」
 そう表示されてから、全く画面が変化しない。
「どうなってるんだ?」
 いろいろ試すが、それ以降うんともすんとも言わない。
 結局、リセットボタンを押す羽目になった。

 最初に変化が訪れたのは、TVニュースだった。
「正体不明のロボットが暴走、複数の死傷者が出た模様です」
 いままで聞いたことも無いような事件だった。テロ説や事故説など様々な意見が出ていた。
 そして、運命の日が訪れた。

 その日、学校に由美が来る事はなかった。
 いつもは一緒に登校するが、日直のため先に出たはずの由美は学校には着いておらず、放課後まで姿を現すことも無かった。

 夕方のニュース、冒頭から速報として新市街の事件を扱っていた。
「またしても現れた暴走ロボット。そして、それを破壊する別の機体の映像です」
 見覚えのある白と青の機体がロボットを破壊する映像が、粗い画像で映し出される。
「これは視聴者の一人が偶然映像に納めたものです」
 間違いない。あれは由美だ。
 自室に駆け込み、PCを立ち上げる。CyborgSimulator.exeのアイコンをダブルクリックする。いくつものウィンドウが開き、履歴の項目を開く。

> 素体を確定
> [正義のサイボーグヒロイン]モードを開始します
> 素体を確保
> 改造を開始
> 改造完了
> 第一回出撃
> 戦闘に勝利

 さらに、以前は一つしかなかった基本選択肢が増えている。

> 改造データ入力
> 実行中シミュレートデータ
> 完了シミュレートデータ

 実行中シミュレートデータの項を選ぶと、
> 対象データを選択してください。
 と出力される。
 三石 由美を選択すると

> 追加改造
> 命令
> 改造状況
> 素体データ
> 画像

と、選択肢が現れた。
 素体データを選ぶと、以前入力したデータの数倍の量のデータが表示される。生年月日、血液型をはじめ、正確な身長体重、果ては経験の有無まであった。
「どうなってるんだ?」
 こんなデータ入力してないし、知らないようなものまである。
 さらに、フレームワークで出来た3Dデータが、家を出てくる由美の写真に置き換わっている。
 次に、改造状況を選ぶ。
 選択したボディーを半透明にした姿が映し出される。
 身体のほとんどが機械化され、生身の部分など脳幹を除くと全く存在しないといっても過言ではなかった。出力、稼働時間、武装などが脇に表示され、初期設定の改造が100%完了していることが映し出された。
 そして、機体名CyberAngel01と書かれていた。


 画像の部分を選ぶと、捕獲、改造前、改造中、改造後、戦闘、整備中など選択肢が並ぶ。

 捕獲を選ぶと、制服姿の由美が映し出される。
 登校中と思しき彼女に黒服の男が忍び寄り、薬品をかがせ、ぐったりした由美を車に押し込んだ。

 改造前を選ぶと映し出されたのは、手術台に磔にされた由美の姿だった。目を覚ました彼女に、白衣の男が近づいてサイボーグに改造することを伝える。
 「嫌だ」と泣き叫ぶ彼女にマスクを被せ、眠らせて手術に取り掛かった。彼女が最後に叫んだ、「助けて雄二」という声が耳から離れなかった。
 改造中の映像は、由美を切り裂き中身を取り出し、機械を埋め込むのが淡々と続いていた。
 胸が切り裂かれ心臓が取り出され、代わりに動力炉が埋め込まれる。頭部が切り裂かれ、脳の一部をコンピューターに置き換える。そんな画像がダイジェストで映し出された。

 改造後の映像は、由美が目を覚ます所からだった。
 自分の姿を確認して、嫌、嘘と必死に否定する彼女に、白衣の男達が今から君はCyberAngel01と呼ばれるんだ。と言い放つ。
 そして、敵である機械帝国と戦え。と命令した。
 それを拒否する由美に対して、なにかコードを入力すると、彼女は苦しみだし、
「わかりました。貴方たちに従います」と服従を示した。

 戦闘の画像は、ただひたすら戦う由美の姿があった。
 暴力を嫌っていた彼女があんなことをするなんて、俺には信じられなかった。

 整備中の画像は、分解整備されている姿だった。
 眠っているのか全く反応が無い由美を、作業着の男達が分解していく。最早そこにいるのは、人間ではなく、機械の塊だった。
 その日以降、由美が家に帰ってくることは無かった。彼女の母親に、由美の行方を聞かれたが答える事は出来なかった。数日後、彼女の両親は行方不明として警察に届け出た。そして、その間も謎の暴走ロボットと人型のロボットの戦いが繰り返された。
 皮肉なことに、ネットやTVで彼女に付いた愛称はサイバーエンジェルだった。いまや、世間の話題はサイバーエンジェルで持ち切りだった。暴走ロボットを颯爽と破壊する白い機械の天使、その正体をめぐって色々な説が出ていた。

 さらに数日後、PCに巨大な添付ファイルが添えられたメールが届いていた。
 解凍すると、それは画像ファイルだった。

 映し出されたのは、由美=サイバーエンジェルだった。
 マスクを取り、素顔を晒した由美はぎこちない笑顔をこちらに向けて話し出した。
「雄二、驚いたでしょ。話題のサイバーエンジェルの正体は、実は私だったの」
 知っている。そう入力したのは俺自身だ。
「暴走ロボットは機械帝国っていう連中の破壊兵器なの。じつはあれ以外にも様々なタイプがいて、私を所有している組織はそれと戦ってるの。あ、所有っていうのはもう私は人間じゃないの。組織に選ばれて、改造手術を受けてサイボーグになったの。ほら、別にアーマーとか着てるわけじゃないんだよ。金属製の外骨格が私の肌。その下もびっしり機械がつまってるんだ」
 それも知っている。リアルタイムにデータが更新され、由美の状態は誰よりも詳しいんだ。
 ぎこちない笑顔はさらに無理があるものになっていく。
「それでね、この体を維持するには定期的に整備が必要なの。戦闘後にもダメージを受けた部分を修理する必要があるし、そのままにしておくわけにいかないの。だから、整備や修理ができるこの組織のお世話になるしかないの。でも、規則で組織の所有物以外には整備や修理ができないから、私はこの組織の所有物になったの。でも安心して、私が所有物になる書類にサインした後みんな歓迎してくれたの。整備もきちっとしてくれるし。戦闘後も優しく迎えてくれるし、いつも私のことを気にしてくれているの」
 嘘だ。書類は強制されて書かされたし、戦闘後も優しく迎えたりなどしない。効率が悪い詰り、命令拒否があれば容赦なく懲罰コードが打ち込まれる。
「それで本題だけど、私がサイバーエンジェルだって事は、本当は極秘事項だけど、一人だけに教えることが許可されたの。それで選んだのが雄二だったの。本当は許可されないことだけど、私が素体に選ばれて回収された時、誰にも伝えなかったでしょ。だから一人だけでもってお願いしたら、連続戦闘の報酬だって特別に許可が出たの。
 あ、もう時間が無い。
 最後に一つだけ言わせて、雄二… 好きでした。
 でも、もう私は人間じゃないの。組織所有のサイボーグCyberAngel01。機械の身体で、恋愛の自由も無いの。
 だから、私の事は忘れてください。さようなら。大好きでした」
 画像ファイルはそこで終わっていた 」
 しばらくの間、動くことは出来なかった。
 ただ、涙だけが流れた。

 さらに、時間が経つと不意にCyborgSimulatorを思い出した。
 アイコンをクリックすると、ウィンドウが開く。

> β版では、CyberAngel01のシミュレーションこれ以上続ける事は出来ません
> 製品版をお求めください

 製品版?もともと、このプログラムはアングラサイトのチャットで貰ったものだ。製品版なんてどうやって手に入れればいいんだ?
 俺は、PCのまえで立ち竦むしかなかった。

 それから様々なタイプのロボットが現れたが、俺には由美の応援をする以外に出来る事は無かった。
 あれから1年ほど経ったある日、多摩の山奥の採石場跡地で大規模な爆発事故があった。
 そのころになると、機械帝国の存在やサイバーエンジェルの正体がサイボーグであろうなど、情報が漏れ始めていた。そして件の爆発事件以来、謎のロボットの出現がピタリと止んだことにより、機械化帝国が滅んだのでは?、という憶測が叫ばれていた。
 そんなある日だった。
「宅配便です」
 そう言って、男が持ってきたのは巨大な箱だった。俺宛の書類に判子を押すと、男達は箱を運び込むと言った。
 とりあえず、自室に入れるよう頼むと、見事な技術で部屋の中に入れてくれた。
 包装をはぐと、そこには巨大なカプセルと手紙が1通入っていた。カプセルの中身を気にしながらも、手紙を開く。内容は思いもしないものだった。
「シミュレーション過程が全て終了しました。三井 由美さんは返却します。ただし、契約によりシミュレーション期間中の不可逆な改造は保障しません。また、現在の身体は1ヶ月に1度のメンテナンスが必要です。詳しい事は彼女に尋ねてください」
 驚いてカプセルを開ける。中には由美が眠っていた。
「由美!」
 身体は白と青のメタリックなサイボーグのままだったが、間違いなく由美だ。
「由美!」
 叫びながら身体を揺すると、うっすらと目を開けた。
「CyberAngel01。起動しました」
 機械的な口調でそう言う由美を抱きしめる。
「もういんだよ。由美。君は三井由美に戻ったんだ」
 俺の言葉に呆けた様にしていた由美だったが、目に光が戻る。
「あれ?私… でも、どうして? 皇帝との決戦で大破して廃棄が決まったはずなのに…」
「廃棄なんてされない。君は由美に戻ったんだよ」
「雄二? なんで雄二が? それにここは雄二の部屋?」
「そうだよ。由美は帰ってきたんだよ」
「夢じゃないよね? もう戦わなくてもいいの?」
「そうだ。もう戦わなくてもいいんだ」
 微笑みかけて、由美の身体を抱き起こす。
 由美はその時気付いたように自分の身体を見る。
「あ、でもこの身体のままなんだ…」
 悲しそうに俯く。それでも、ここに由美がいることが俺にとっては大事だった。
「大丈夫。きっとなんとかなるよ」
 そして由美と唇を重ねた。
 由美の唇は暖かかった…

 その後は色々と大変だった。
 由美の両親に由美の姿を見せたら気絶させてしまった。
 サイボーグとして生活するのは様々な困難が付いて回った。
 目立つ外見、定期的なメンテナンスetc、それらもなんとか解決していった。
 外見こそ以前のものと同じだったが、戦闘能力をオミットしてあった代わりに、姿を人間そっくりにカモフラージュする機能があり、それを用いた。
 由美の組織に関するデータはほとんどが消されていたが、メンテナンス用の施設を1箇所だけ記憶していた。そこにはメンテナンス用の道具全て残されており、それを使うことでまかなった。
 ただ、子供を作ることだけは出来なかった。性行為機能自体はあるが、それは楽しむためのものであり、子供を作るためのものではなかった。
 それでも、由美は泣き言を言ったりしなかった。

 最後に、あのシミュレーターについて語ろう。
 あの後、ひと段落付いてPCを調べたら、プログラム自体が消えていた。
 あれが、結局何だったのか分からない。
 もしかしたら、全くの偶然で同時期に、全く関係無い組織が由美を改造したのかもしれない。
 だが、どう考えても関係無いとは思えなかった。
 あなたも同様のプログラムを見つけたら、気をつけて欲しい。

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