「ヴァルキリー03出撃します」
 足元のブースターが悲鳴をあげ、身体に凄まじいGがかかる。
 空中に投げ出された私は、即座にウイングを調整し背中のブースターを吹かし、飛行姿勢になる。
「目標は人型のユニットβ2が2体。あなたなら楽勝な相手よ」
 女性オペレーターの声が直接頭の中に響き、β2のデータと目標地点の地図データが表示される。
(都市部じゃない…)
 すでに何度も人前で戦闘を行っているが、それでもこんな姿を多くの人に見られるは嫌だ。目標地点の情報と避難状況から人前で戦うことが無いであろうということが予測され、その事実に内心でホッとする。
(いけない、この事もきっとモニターされているんだ。こんなことばかり考えていると後で何をいわれるかわからない…)
 自分にプライバシーなど存在しないことを思い出していると、再度通信が入る。
「余計なことを考えるな! 兵器は敵の破壊のみを考えろ」
 歳のいった野太い男の声がするとともに、軽い痛みが走る。
 自分の立場を思い知らされる。なぜ自分はこんな事をしているんだろう…
 周囲が開け、目標地点が見えてくる。マップには2点のビーコンが映し出されており、目標地点の中学校内に居ることを示していた。
「突入して、殲滅せよ」
 先ほどの男の声が頭の中に響く。
(戦力的にも、正面から行って大丈夫ね)
 私の中の兵器としての部分が、β2と自分自身の能力を比較して判断を下す。
「了解」
 校庭に降り立った私は、バックパックを切り離し校舎内に突入していった。

「はっ!」
 サーベルが一閃し、β2が1体腰の位置で真っ二つになる。
「ターゲットA撃破」
 報告しながら敵ユニットを乗り越え、2階へと上がっていく。ビーコンの反応から、この階に残りのターゲットがいるはず。
(手っ取り早く片付けてしまおう)
 そう思って足を踏み出すと、センサーが有り得ないはずの情報を示す。
「生態反応? もう、ここの生徒をはじめ、半径5キロには一般人はいないはずなのに…」
 そうもらした瞬間、またしても通信が入る。
「ヴァルキリー03、その建物内に逃げ遅れた生徒が一人居る模様です。保護してください」
 オペレーターからの指令に、私は思わず息が詰まる。
(聞いてないわよ!)
 思わず口に出かかったが、それを飲み込んで応答する。
「ヴァルキリー03、了解しました」

 ガタッ!
 男子トイレの一番奥の扉から音がする。センサーにも反応がある。
(あそこね)
 扉の前まで移動する。男子トイレに入るという行為に一瞬躊躇するが、今更自分がその程度のことを気にしても仕方ないと、思い直す。
「遠藤くんね? あなたを助けに来たわ。ここを空けて」
 送られたデータの名前を呼び、扉を開けるように促す。
 ギィ…
 小さな音を上げて、扉が開く。
 中から怯えた表情の少年が顔を出す。しかし、その表情は安堵へとは移らず、目に見えて恐怖が浮かぶ。
(やっぱり…)
 私達の姿を見た人間の約半分がする反応だ。
(でももう慣れたわ…)
 悲しみが心に広がる。しかし、そんな感傷すら許されなかった。
 DANGER
 真っ赤な文字が視界をよぎる。
(まずい!)
 トイレの入り口には腕のライフルを構えたβ2が立っていた。
 弾道予測… この子に当たる!
 一瞬の判断で、回避と言う選択が消える。
(大丈夫、バリアではじける!)
 左手のバリアに集中をする。手のひらを中心に光の膜が広がる。
(間に合った)
 そう思った直後、光が膜を貫いた。
(え?)
 データよりもはるかに強い一撃が、バリアを貫き左腕をもぎ取っていった。
「ギャーー!!」
 脳を焼くような激痛が走り、思わず倒れこむ。
(痛い! 痛い!! 痛い!!!)
 全ての思考が止まる。
 だが次の瞬間、身体が勝手に動きβ2を殴り倒す。
 次の瞬間、痛みが止まる。
 痛覚遮断
 文字が躍る。
(倒さなくちゃ)
 反射的に生み出したサーベルがβ2を狙う。サーベルは袈裟懸けに切り裂き、β2は動かなくなった。
「状況終了。ターゲットを全滅させました」
 通信を入れると、オペレータに繋がる。
「分かりました、これより回収部隊が向かいます」
 その通信が終わる頃には、私の意識は闇に沈んでいった…

 いくつかのインターゲージが表示され、左腕部大破の赤文字が流れていく。
 内蔵時計の日付から、4時間程たった午後8時ごろだと分かる。
 目が覚めるとライトが当たっており、どうやら作業台の上に寝かされていたようだ。
「起きたかしら?」
 私の担当の三島技官が声をかけてきた。
 何本ものケーブルがジャックに刺さり、データを吸い出しているのが分かる。
「私…」
「ストレス過剰で、戦闘モード解除とともに意識のブレーカーが働いたみたいね」
 そう言われると、何度か体感した感覚であることが思い出される。
「随分派手にやられたわね。あ、そのまま寝ていなさい」
 身体を起こそうとする私を制して、三島技官が手元のコンソールを叩く。
「戦闘データ収集完了。あ、レベル5まで下がったから事務処理が終わったら戻っていいわよ」

 レベル5と言うことは、国内では24時間以上安全であるということだ。
 このレベルなら守秘義務さえ守れば、自由行動が認められるし、プライバシーもある。ぶっちゃけ、普通の女の子と同じ生活が出来る。
 これが4レベル(24時間以内に襲撃が予想される)になると、行動が大きく制限される。3レベル(1時間以内に襲撃が予想される)になると、強制徴集され、法的扱いが『兵器』になる。全ての発言が記録され、命令に逆らうことは許されない。戦場に出るときは必ず3レベル以上になっている。
 いくつかの書類を提出し、帰宅許可を得て私専用のロッカーに向かう。
 小さな部屋の中にはいすに座った、首無しの人形が1体椅子に座っていた。
「シークレットモード起動」
 声に出して言うと、駆動音がしてバイザーが頭部横に収納され、ボディと同じブルーだった髪がきれいな黒髪に変わる。
 人形の隣の空いている椅子に座り、手元のコンソールを操作するとバイザー状の走査装置が降りてきて、網膜パターン(正確にはセンサーカメラのパターン)を照合する。
 適合、ボディ交換作業に入ります
 そうアナウンスがあると、全身が拘束され首から下の自由が効かなくなる。
 一瞬のノイズの後、コネクタ断絶 の文字が流れ首が離れる。視界が横に流れ、カチッと音がする。
 コネクタ接続 ドライバ確認
 文字が流れ、拘束が外れるとそこには裸の少女が座っていた。
「これが全部作り物だなんて…」
 人工物には見えない今の身体と、椅子に座っている機械仕掛けの身体。本来の自分はどちらなのだろう…
 ロッカーの奥にある下着を身に着け、制服を取り出す。

 私立光陰学園付属、最新設備と最高クラスの講師陣、高い進学実績で有名なこの学園に入学した1年半前が夢のようだった。
 異常なほど詳細な身体測定、その後一人呼び出された管理棟の一室での理事長と名乗った男の言葉が、全てを変えてしまった。
 アザーズと呼ばれる敵それは知っていた。ただ、やつらと戦うのは軍隊の仕事であり、被害が最小限で済んでいる現在では、ちょっとした天災のような物だった。
 それと戦う特務機関、現実の戦況、そして呼び出された理由。サイボーグ兵器の素体として選ばれた事実。
 そして、そのまま改造されてヴァルキリー03として組織に組み込まれた。
 制服を身に着けながら、様々な光景が浮かぶ。そんな思いを振り切って、管理棟の特別室を出て行った。

 寮の部屋に戻ると、備え付けのパソコンでメールをチェックする。
 学内行事についてのお知らせに埋もれて、優太からのメールが来ていた。
「教授の助手大変そうだな、今日も授業外活動か?」
 そんな見出しで始まるメールには、忙しい私に対する労いと、会いたいという思いが詰まっていた。
(優太、私も会いたいよ…)
 私はそんな思いを抱いて、床に就いた。

「1年の御堂さくらです」
「入りたまえ。扉は開いているよ」
 声をかけると、中から返事があった。
 入学してまだ間もない4月のはじめ、急に呼び出された私は管理棟の奥にある理事長室を訪ねていた。
 管理棟は入り口にガードマンが常駐しており、生徒は立ち入り禁止になっている。中に入っても人の気配がほとんど無い。結局、ガードマンに言われた理事長室までの道程では誰一人で会うことが無かった。

 理事長室に入ると、中には50ほどの厳つい男性が待っていた。
「私が理事長の醍醐だ。よく来たね」
 椅子を勧められ、腰掛けると理事長は数枚の写真をテーブルの上に出した。
「これが何か分かるかい?」
 そこに写っていたのは、人型をした真っ白な物体だった。
「知ってます。アザーズ…ですよね」
 この数年、地球に飛来する様になった謎の存在だ。人間を襲うらしく、被害者や行方不明者がかなりの数が出ている。
 しかし、この2〜3年は防衛軍の善戦にたいした被害が出ていないはずだ。
「奴等は防衛軍が倒してくれる、だから大丈夫だ。そう思っているだろう」
 理事長はこちらの瞳を覗き込むように続ける。
「だが、それは真実ではない。こちらの情報操作の結果だ」
 そう言うと、デスクのパソコンを操作する。
「見たまえ」
 部屋の明かりが消え、壁のプロジェクターが画像を映し出す。
 アザーズが映し出されると、激しい銃弾が雨霰と降り注ぐ。画面を覆い尽くした砂煙が止むと、一部へこんだり装甲が砕けている白い機体が現れる。
「嘘!」
「これが現実だ」
 キーボードを叩くと画像が止まる。
「奴等に通常の銃弾はほぼ効かない。残念ながら防衛軍では大した成果を上げることが出来ない」
「じゃあ、どうやって…」
「その答えはこれだ」
 続けてキーボードの音がすると、画像が切り替わる。
 淡いグリーンの機体が同じ色の髪を振り乱しながらハンドガンを両手に持ち、白い機体を打ち倒していく。
 画像がまた切り替わる。
 真紅の機体が巨大なライフルを片手で操り、いくつもの白い機体を射抜いていく。
 圧倒的だった。防衛軍が苦戦していた奴等をいとも簡単に屠っていく。
 しかし、何よりも目をひいたのは、2体が女性だと言うことだ。
 身体は、鋭角的なデザインで人型をしているが、人では無い事が分かる。明らかに機械仕掛けのロボットだ。むしろ先ほどのアザーズの方が人に近い。
 しかし、頭部が違うのだ。アザーズは頭部ものっぺりとした球体があるだけだが、彼女達は、色こそアレだが髪をなびかせ、顔は肌色で口鼻があり、バイザーの下に瞳の輝きを感じる。
「これが、我々オーディーンの切り札『サイボーグ兵器』ヴァルキリー01と02だ」
 画面に首っ丈だった私は、その言葉に思わず驚く。
「サイボーグ? それじゃあ、この人たちって…」
「ああ、人間を改造して作り上げた兵器だよ」
 その言葉に、私は凍りつく。
「そんな、人間を…」

「ところで、なぜ君がここに呼び出されたか分かるかね?」
 立ち上がり、両手を広げた理事長が明日の天気を聞くような気軽さで問いかけてくる。
「こんなことを部外者に教えるわけが無い。それなら君に何の用があるか、君なら分かるだろう?」
 その答えに思い至り、椅子を転がり落ち、扉にしがみつく。
「無駄だよ。逃がしはしない。君にはヴァルキリー03の素体に選ばれたんだ」
「嫌、そんなの嫌よ」
 下半身に冷たいものは感じながら、ドアノブをガチャガチャと音を立てて動かすが、ドアはいっこうに動かない。
「さあ、次に目が覚めたら君は立派な素体だよ」
 優しい声が聞こえると共に、圧縮空気がたてるプシュという音が最後に聞こえた…
 目を覚ますと、そこは手術台のような所だった。
 制服は脱がされており、裸のまま横たわっていた。
「ここは…」
「目が覚めたようだな。ノルン03」
 声のしたほうを見ると、白衣を着た初老の男性が近寄ってきた。
「ノルン03? 私はそんな名前じゃ…」
「今の君の名前はノルン03。ヴァルキリー03の素体だ。法的な裏付けもある」
 そう言われて、理事長室の出来事を思い出す。
「嫌!」
 叫んで逃げ出そうとして、首から下の自由が全く効かないことに気付く。さらに金属製の首輪のようなものがされている。
「逃げることは出来んよ。その首輪は直接脳神経に接続してあり、思考や行動をモニターしていると同時に、首から下の制御や、君に擬似的な感覚を与えることが出来る」
 そういうと、手元のコンソールを叩く。
 その瞬間、激しい快感が身体を貫く。
 触られていないのに、秘部を刺激されているような感覚が断続的に続く。
 めまいがする様な快楽が脳を揺さぶる。しかし、何時まで経っても絶頂を迎えることが出来ない。
「どうだね? 素晴らしい快感だろう。ただし、君がどんなに感じても絶頂を迎えられないようにブロックしている」
「そんな… このままじゃおかしくなっちゃう。」
「このままでは君が狂うまでイクことはできない。だが、君が自分が何者かをしっかり理解して、我々に永遠に従うと誓えばイカせてやろう」
 気が狂うような快楽の中、私は何も考えられなくなっていた。
「誓います。御堂さくらは永遠に貴方達に従います」
「違うだろう。おまえはもう御堂さくらではない。ノルン03だ。いいか?こう言うんだ『私ノルン03は未来永劫、永遠にオーディーンの所有物として、組織と小林賢蔵博士に忠誠を誓います』だ」
「わっ、私ノルン03は、みっ、未来永劫、永遠にオーディーンのしょっ、所有物として組織と小林賢蔵博士に忠誠を、ちっ、誓います」
 そう言った瞬間、私は一気に上りつめ、意識が途切れた。

「目が覚めたかね?」
 小林博士が覗き込んで声をかけた。
「わたし…」
「さて、これで君は晴れて我々の所有物になったわけだ」
「そんな、取り消します。わたしは…」
『私は御堂さくらです。あなたたちの所有物なんかじゃありません』そう言おうとした瞬間、激しい痛みに声が出なくなる。
「君が寝ている間にいくつかタブーを与えておいた。これ以降、君は自分のことを『御堂さくら』とは呼べない。我々組織の構成員に逆らうことは出来ない。自分を傷つけることは出来ない。許可無く敷地内から出ようとしてはならない。自分の情報を他人に伝えてはならない。とりあえずこの5つだ。これ以上増やすことが無いように」
 小林博士はそう言うと、部屋の隅に置かれていた箱を手に取り中身を放り投げた。
 ゴムのような素材で出来た、ほとんど透明なレオタード状な物だった。
「これがこれからの君のカバーだ。保温保湿は十分にできるはずだ。もう動けるから身に着けたまえ」
 こんなものでは陰部も隠すことが出来ない。もっとマシなものは無いのか?と言おうと思って瞬間、激しい痛みが走る。
「逆らっても苦しい思いをするだけだぞ」
 こちらの表情を見て、小林博士が笑う。
「わかりました…」
 そう答えると同時にぴたりと痛みは止んだ。
 小林博士が見ている前で、そのスーツを身につけた。
 半透明どころか、完全に透明と言っても過言ではないだろう。恥ずかしさで、顔から火が出そうだった。思わず両腕で隠そうとするが、
「隠すんじゃない」
 その一言に、私はこれから全てをさらけ出していかなければならないことを思い知らされた。
「君の保管場所へ案内させよう」
 小林博士はそう言うと、キーボード叩く。

 数分して部屋の扉が開いた。
 そこに立っていたのは、先程の画像にあったサイボーグの少女だった。淡いグリーンの機体(からだ)、同じ色の髪と瞳が印象的だった。だが機体は一目で金属製のそれと分かる。鋭角的なデザインのパーツが全身を覆っている。
「これがヴァルキリー01だ」
 少し年下だろうか、私より小さめな印象を受ける。
「01、これはノルン03だ」
 小林博士の言葉に、柔和な少女の表情が一気に曇る。
「博士、彼女も…」
「もちろんだ。ここに来るのは組織の構成員か素体だけだ。そしてこれは構成員じゃない。後は分かるな?」
「わかりました…」
 少女は泣き出しそうな顔で答えた。
「それでは行きましょう」
 私の手を取り、少女は部屋を出て行った。
「あなた、素体になるってどういうことか分かる?」
 01と呼ばれた少女は私の瞳を真剣な表情で覗き込んで言った。
「あなたみたいにサイボーグにされちゃうってことですか?」
「そうよ。それでも良いの?」
「嫌です。わたしそんな身体に…、いえ別にあなたの身体が悪いわけでは…」
 思わず口に出た言葉に、あわてて否定の言葉を出す。
「いいのよ。私だって好きでこんな機械の塊に…」
 彼女の表情が曇る。だがすぐに思い出したかのように続ける。
「嫌なら逃げなさい。私が途中まで送るわ」
「良いの。私を逃がしたら…」
「私は良いわ。もう手遅れだから… でもあなたはまだ間に合う」
 そう言うと、彼女は手を取り駆け出そうとした。
 その瞬間だった。
「痛い!」
 先程感じた痛みが頭を割るような勢いで始まった。
「言っただろう。『許可無く敷地内から出ようとしてはならない。』と。君達に修正が必要だな」
「待ってください。彼女は悪くない。私が逃げるように言ったの」
 彼女が庇うように私の前に出る。
「まあ良い。今回は見逃してやれ。ただし2度目は無いぞ」
 小林博士の後ろから出てきた軍服姿の男が言う。
「指令。しかし…」
「博士。私の言葉が聞こえなかったのかな?」
「いえ…」
「では行きたまえ」
 その言葉に小林博士は下がって行った。
「さあ、01命令に従え。兵器が余計なことを考えるな。命令に従っていれば良いんだ」
「はい、分かりました…。行きましょう」
 そう言われて、彼女は俯いて私の手を引いて歩き出した。
「これがあなたのポットよ」
 彼女が連れてきたのは、映画に出てくるようなポットが並んでいる部屋だった。
 その中の03とナンバリングされているものを私に指し示す。
「これ… ですか?」
「ええ、中に入って」
「はい、これで良いですか?」
 クッションが効いたポットの中に入ると、手足を拘束される。
「次に呼び出されるときになったら、目が覚めるわ。おやすみなさい」
 その声とともにポットのカバーが降りてきた。

 私の「モノ」としての生活が、こうして始まった…

「起きろ。ノルン03」
 閉じていたポットの蓋が開くと、そこには軍服の男が立っていた。
「あ、理事長…」
 それは昨日、廊下で私達を許した指令と呼ばれた人物であり、光陰学園理事長、醍醐 光一だった。
「ここでは私は理事長ではなく、指令だ。以後は間違えるな」
 きつい口調で言う指令に私は怯えながら答えた。
「はい、分かりました。指令…」

「今日はお前がどのタイプの機体に適しているか、適性検査を行う。付いて来い」
 指令はそう言うと、踵を返して部屋から出て行く。
 いつの間にか、拘束から開放されていた私はあわててその背中を追いかけた。
「そこに立って動くな」
 真っ白な部屋の真ん中で立たされた私に、白衣の男性がケーブルを持って近づいて来た。
 首輪についたジャックにケーブルを指すと、視界がぶれ、全く違う光景に変化する。
「君の脳に直接データを送り込んで、戦闘をシミュレートしている。
 いくつかのパターンで戦闘を体験して、どのタイプに適正があるか調査する。それでは戦場パターンA、機体パターンMGでいくぞ」
 声が終わると、光景が森林のような所へ変化し、いくつかの気配を感じる。
 さらに、私の身体も変化する。01と呼ばれていた少女のそれに似た感じの硬質な金属製の身体だ。さらに顔の前にバイザーがせり出してきて、周囲の情報が表示される。
「え? なに? どうなってるの?」
「慌てるな。今は君の脳に情報を送り込むことで、誤認させているだけだ。その機体はミドルレンジ向け、主武装はハンドガンだ」
 いつの間にか、両手に少し大型のハンドガンが握られていた。
「弾は考える必要はない。さあ始めるぞ」
 その声と共に、周囲のマークが動き始める。敵は人型のβタイプ。その中でも格闘型のβ1が1体、射撃型のβ2が2体だ。
 β1に狙いを付けて乱射する。あまり命中率が良くないがそれでも撃破する。その瞬間左側から撃たれる。
「きゃー。いっ、痛い!」
 肩口に被弾すると、激痛が走り、思わず悲鳴が上がる。
「痛覚は強めに残してある。上手く戦わないと痛い目にあうぞ」
「よくもやってくれたわね」
 怒りに燃え、乱射。2体目を破壊したが、結局かなりの被弾を許し3体目を破壊した頃には満身創痍といった風体だった。
「初戦闘としては、まずまずの結果だといえるだろう」
 指令が声をかけてくる。
「では、次のケースだ。機体チェンジを」
 その声と共に、また私の身体が変化していく。

 いくつかのパターン、機種でシミュレートを繰り返した結果、私に最適なのは剣を持って突撃していく、前衛タイプということになった。全機種の中でももっとも鋭角なフォルムをしており、パワーは弱いがスピードで圧倒するタイプだそうだ。正直、細かいことは分からなかった。ただ、これが私の新しい身体になるということだけは理解できた。
 次の日から行われたのは、アザーズについてとヴァルキリーシリーズ、オーディーンという組織について、これらの知識の習得だった。改造が終われば、システムにアクセスするだけでいつでも情報が得られるが、常にアクセス可能とは限らないため、こうした教育が必要だということだった。
 アザーズについては、正体自体は不明である。ただ、いくつかの情報が明らかになっている。
 敵の主力である非人型のαシリーズ、人型のβシリーズはトルーパー級と分類され、戦闘力は低く数で攻めてきている。
 その上にはγシリーズと呼称され、ジェネラル級に分類されている者がいる。彼らはここの戦闘力が高いが、一度に複数出現したことが無い。
 これらの情報の中で、私を驚かせたのは次のものだ。
 α、β、γ全てのシリーズは人間の脳を使用している。
 行動不能になると自壊する事で、情報を得られなかったアザーズだが、ヴァルキリーシリーズや同系列の機体たちによる情報や、焼け残った残骸の一部から、人間の脳髄が発見された。遺伝子バンクに照会した所、アザースにさらわれたと思われる少女のものであると分かった。
 さらにジェネラル級のγシリーズでは、白いヴァルキリーの様に少女の面影を残し、言葉を発したということだ。
 次に、ヴァルキリーシリーズについてだ。
 もともと、次世代エネルギーと超能力に関して研究しているPSI研という組織が存在し、そこでは物理的影響をほとんど受けない新エネルギーPSIの開発が行われていた。
 対アザーズに苦戦していた、軍部がPSIに目をつけたのがことの始まりだった。
 確かにPSIはアザーズに対して高い戦果を上げた。ただいくつかの問題があった。
 1つ目は取り回しが悪いこと。高出力のPSI兵器は個人で扱うことができなかった。
 2つ目は使用者について。PSIは誰にでもあるとは限らず、使用者が限られる。主に10代の少女に高い適正が見られるものがおり、とても軍人として適しているとは言えなかった。
 この問題を解決するため、いくつかの試みがなされた。軍人の中から適合者を探す。大型のパワードスーツにPSI兵器を搭載する。その全てが不調に終わった。
 この流れの中で一つの狂気のアイデアが生まれる。少女を改造してPSIシステム搭載兵器に作り変えようというものだった。
 暴走した某国の一部の技術者が、PSI研の責任者久我山博士の長女であり、当時最高クラスの適合者だった舞を連れ去り、PSIシステム搭載型サイボーグ兵器フレイアに改造したのだった。
 調教と拷問により戦闘を強要されたフレイアは、今までの兵器の数百倍の戦果を上げた。
 軍部はフレイアを人間とはみなさず、1兵器として扱い、ジェネラル級との戦闘中行方不明になるまで長い間戦いを続けさせた。
 フレイアの戦果が狂気の蔓延へと繋がった。各国はフレイアに続けとばかりにPSI兵器搭載サイボーグの開発を行った。
 PSI検査に反応した少女が誘拐され、改造され、実戦投入される。そんな被害者数百人にのぼるといわれている。

 オーディーンは日本国内のPSIシステム搭載型兵器の運用及び対アザーズの専門組織である。
 適合者に改造を強要することが認められ、ヴァルキリーシリーズは国がこの組織を通して所有する形になっている。

 それからは学習とシミュレーションの連続だった。
「君を改造する準備が整うまでしばらくかかる。それまでに性能アップに勤しめ」
 今まで全く知らなかった知識と様々な環境のシミュレーションで、あっという間に5日間がたった。

「周期的には明日が警戒日だな。警戒レベルを4まで上げろ」
 移動中の私にも聞こえるような声で、指令が叫んでいた。
 そう言えば、もう前回から9日も経っていたんだ。
 アザーズはある程度の周期で活動している。襲撃はそれぞれの地区に順番に来る。以前は徐々に間隔が縮んでいたが、現在は各地区間では1日、各地区毎では10日間周期で固定している。
「明日はシミュレーションは無し。その代わり、他の2体の出撃を見て学習してもらう」
 指令はそう言って、私にポッドへ入る様に促した。

 ポッドから出ると、基地内は緊張感に包まれていた。
「02は到着したか?」
「カタパルト最終点検終了しました」
「武装のチェック怠るな」
 様々な怒号が飛び交う中を移動し、管制室の予備シートに付く。
「警戒レベルを3へ上げろ。01、02は待機状態か?」
「はい、現在装備の最終確認中です」
 モニターに2体のヴァルキリーが装備を確認している光景が映る。
「レーダー、予兆を見逃すなよ」
「はい」
 日本地図が大きなモニターに映し出されている。

「レーダーに感あり。M県S市とN県N市です」
「S市はα1が3体、β2が3体です。N市はα2が3体、α3が2体、β2が5体です。」
 アザーズ発見と共に様々な情報が飛び交う。
「S市は市街地、N市は郊外の農地に着地する模様」
「S市避難誘導が遅れています。N市は避難完了しました。」
 飛び交う情報を黙って聞いていた指令が決断を下す。
「01は通常装備でS市へ、02はD型装備でN市へ出動」
 その言葉に部屋中が一瞬静まり、また動き出す。
「01準備完了、いけます」
 モニター上ではレール様な場所の上に01が移動する。背中には翼の様な物が取り付けられている。
「01出動!」
 指令の声と共に、足元の機械が音を上げて動き始め、01の姿がトンネルの中に消える。
 モニターが移り変わると、学院の裏山の中腹から01が飛び出し、機械でできた翼を広げ、背部のブースターが火を噴き、飛び去っていく。
「02準備完了」
 声に反応するかのようにモニターが映り変わる。
 巨大な銃を2門、両手に下げた真紅のい機体が真っ赤な髪をなびかせて入ってくる。髪を分け、背中に翼を接続する。
 足を床の器具に接続すると、モニター横のシグナルがブルーになる。
「02出動!」
 指令の声と共に真っ赤な髪をなびかせ、赤い機体は闇に消えた。
「01到着します」
 オペレーターの声でモニターの画面が変わる。
 グリーンの機体から翼が外れ、高層ビルの狭間の公園に降り立つ。
 詳しい地図と敵のマーカーが表示されると、01は手近のマーカー目指して移動し始める。
 ビルの1階、ブティックの中を動いていた真っ白な四足歩行の敵を発見すると、猛然と接近し、両手のハンドガンを乱射する。後に残ったのは穴だらけの機体だけだった。
 続けざまに敵を打ち倒し、最後の1体の脳天に弾丸が吸い込まれると、そのまま倒れ伏した。
「敵全滅。周囲の索敵をお願いします」
 優しそうだった彼女が発した言葉の冷たさになぜか悲しくなった。

「02到着」
 オペレーターの声にメインモニターが切り替わる。
「α3が降下予定地点に存在。このままでは狙われます」
 画像には近づく地面とミサイルポッドをこちらに向けた蜘蛛型のユニットが見える。
「このまま行くわ」
 その声と共に両手に大型の銃を構える02。
 切り裂くような爆音が響き渡り、発射したミサイルごとα3は蜂の巣になる。
 周囲に建築物が少ないことを生かし、圧倒的な火力でアザーズを制圧していく。
 10体いた敵は10分もしないうちに全滅する。
「終わったわ。この程度私には弱すぎるわ」
 赤い機体は、さも簡単なことのように言い放った。
「状況を終了。01、02の回収を急げ」
 管制室内の空気が緩む。
「お前もあれと同じように働いてもらうぞ」
 席を立った指令が近寄ってきて話しかけてきた。
「私には、あんな凄いのは無理です…」
「無理でもやってもらう。お前の存在意義は奴等を倒すことだ」
「そんな…」
 思わず言葉につまる私に追い討ちをかけるように指令が言い放った。
「明日にお前の改造手術を行う。最期の生身の身体の夜を堪能しておけ」
 そう言い放つと、部屋を出て行った。

 自分のポットに入るが、カバーを閉めずに考え事をしていた。
 両親や入学式で友達になった久美ちゃん、入学以前から付き合っていた優太、様々な顔が浮かぶ。
「やだよ… サイボーグなんてなりたくないよ」
 自然と涙が浮かんできた。これが私が流した人としての最期の涙だった。

 目が覚めると、ポットの前にはマシンガンで武装した兵士を従えた小林博士が立っていた。
「お目覚めかね?ノルン03。さあ、手術台がお待ちかねだ」
 にやにやと笑いながら、こちらを見下ろしている。
「嫌、サイボーグなんてなりたくない」
 私はポットの中で縮こまって、拒絶の意思を示す。
「君の意思など関係ない。」
 博士の言葉と共に激痛が走り、私は意識を失った。

「生命維持装置正常稼動、バイタル安定、素体覚醒します」
 再び目が覚めると、そこは何時かの手術台の上だった。天井にはライトが並んでいるが、私の真上には磔にされている私の全身が映る巨大な鏡があった。
「さて、もう逃げることは出来んぞ。大人しく改造されるんだな」
 博士の言葉に、叫び返そうと思ったが声が出ない。それに首から下を動かすことも出来ない。
「声と首から下の自由は奪わせてもらった。手術中に叫ばれたり、動かれたりすると困るからな」
 博士を中心に手術着の男達が私を中心に集まってくる。
「君にはこれから自分がどんな存在になるかしっかり見てもらう。なに、首から下の痛覚は遮断してあるから安心したまえ。首に繋がった生命維持装置があるからゆっくりやろうか」
 そう言い終わると、手に持ったメスを振りかざし宣言した。
「これより、ヴァルキリー03の製造を開始する」
 切り裂いた腹から内臓を取り出す。保険の授業で習った様々な臓器が切り取られ、その度運び出されていく。
「見たまえ、これが君の心臓だ」
 中身が無くなっていく身体から脈打つ心臓を取り出し、身体に繋がる血管にメスを当てる。
(やめて。そんなことをしたら死んじゃう!)
 その姿に私は文字通り心臓を摘まれたような思いだ。
「はは、脈拍が上がったようだ。だが君にはもう不要なものだ」
 それ以外の臓器と同じようにシャーレ上に放り出され、助手と思われる人が持ち去っていく。

「次はここだな」
 そういって指したのは、私の陰部だった。
(いや、止めて!)
 私の思いも空しく、博士は下腹部にメスを走らす。
「おや、処女膜が残っているな。これは可哀想な事をした」
 切り裂かれた部分を見ながら、感情がこもらない声で言う。
「だが、これも兵器に不要だ。しかも移植用にも使えないな」
 そう言うと、足元の箱に投げ捨てた…
 30分もしない間に私の身体は何もない空っぽになっていた。
 すると、部屋の隅から台車に乗った機械のパーツが私の横に運ばれてくる。
「さて、これからが本番だ」
 私の身体に残っていた部分を利用して機械の組み立てが始まる。
 背骨を中心に金属製の内骨格が形成される。
 それを取り巻くように、金属製の様々なパーツを組み込んでいく。
「さて、先程の心臓の代わりにこれをくれてやろう」
 そう言って博士が取り出したのは、丸い球のような形のパーツだった。
「これはお前の動力炉だ」
 数分で組み込み作業は終わり、助手に合図を送ると動力炉が起動し、周囲のパーツが動き始める。
(ああ、これが私の身体なの…)
 自分の身体が機械に置き換わってしまったことを実感する一瞬だった。

 さらに作業は続き、筋肉や表皮は取り去られ、代わりにマッスルパッケージと金属製の外骨格が私の身体を覆った。
「ふう、第一段階は終了だ」
 手術着の男達が下がった後、鏡に映っていたのは、首から下がブルーの金属のボディーに造りかえれた少女の姿だった。
「気分はどうかね?素晴らしいだろう」
 博士が満足げに話し掛けてきた。
「声は出るようにしてある、感想を聞かせてくれないか?」
「嫌… お願い、元に戻して…」
「それは無理だよ。君の身体はバラバラだ。臓器も移植用に使われるんだ」
「そんな… 酷すぎる…」
 私は、博士の絶望的な言葉に打ちのめされる。
「さあ、次は第二段階だ。頭部を兵器相応しいものに改造するぞ。これが終われば君は完成だ」
「嫌よ! もう止めて!」
 思わず悲鳴を上げるが、そのまま意識は闇の中に落ちていった…

 ヴァルキリー03データ確認… 
 OS… OK
 動力炉… OK
 ボディー制御プログラム… OK
 音声入力プログラム… OK
 画像入力プログラム… OK
 機体起動… OK

 闇の中にいくつかの文字が躍る… いや、画像じゃない。意識の中に別の人がしゃべっているようだ。
 程なくして目が開くと、そこは手術台の上だった。
(私は… [私はヴァルキリ−03])
 急に意識の中に割り込む感覚がする。
(そうだ、ヴァルキリー03だ。…ちがう! そんなんじゃない。私は御堂さくら)
 奇妙な感覚だった。直接意識に刷り込んでくるような感じがする。
「無事、起動したな。よし自分の名前を言ってみろ」
「私はヴァルキリー03です」
 博士の言葉に、思わず口にしてしまう。
「よし、制御装置の調子は良好のようだな」
「制御装置?」
 博士の言葉に、恐ろしいものを感じる。
「お前達ヴァルキリーシリーズの脳には制御用のコンピューターが直結されている。こいつはデータの収集と機体制御、そしてお前達を兵器として相応しい様に強制する機能がある」
「そんな…」
「他の部分はどうだ?」
 言われて、いくつかのことに気付く。
 部屋中の音が聞こえるのだ。小さな足音、キーボードを叩く音。しかも明確に聞き分けることが出来る。
 さらに、薄暗いはずの部屋の中が明るく見通せる。データは部屋の中の明度が低いことを示しているのにも関わらずだ。
 そして、髪の色がボディーカラーと一緒のブルーに変わっていたのだ。
「どうやら、十分のようだな」
 手元のPCでデータを見ていた博士は頷きながら言う。
「これからは十分働いてもらうからな、03。」
 言いながら助手に合図を送る博士の言葉を聞きながら、もう一人の私の声を聞いた。
[ヴァルキリー03、シャットダウンします]
 その声に抗うことも出来ず、私は瞳を閉じた。

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