それはある夕方の出来事だった。家族三人が乗った車が大型トラックに激突するという事故がおきてしまった。三人は私が勤務している病院に運ばれたが、車に乗っていた両親は即死状態、後部座席に乗っていた少女も両足と左腕を失い、内臓も破裂した状態だ。

 「このままでは、この子も死んでしまう。今すぐ手術をしなければ間に合わない。特殊手術室へ運ぶぞ」

 私たちはこの子を特殊手術室に運んだ。特殊手術室とは、義体専用の手術室で、義体のストックや専用の手術台、医療器械などが常備されている。普通なら家族の許可が必要だが、このような緊急のときには特別に許可なしで義体化手術を行うことができる。しかし、彼女は義体化してまで生きたいと思うだろうか。両親も死んで、身寄りもいない、たった一人になってまで生きたいと思うのだろうか。

 そのときだった。彼女の残された右手が私の袖を引っ張ったのだ。もう意識がないというのに。

 (そうか、この子は生きたがっているんだ。一生懸命生きたいと思っているんだ)

 私は決心した。この子を救おうと。この子を生かしてあげたいと。私たちは特殊手術室に入った。義体化手術は難航し、のべ12時間にも及んだ。なんとか手術は成功した。彼女は集中治療室へと運ばれていった。私は近くのソファーに座り込んだ。やるだけのことはやった。あとは術後の様子を見るだけだ。私はそのまま眠りについてしまった。



 それから三週間後。彼女はようやく起き上がれるようになった。リハビリのおかげで手もある程度動くようになった。昨日から歩く練習も始めた。私は彼女を診察するために病室へと向かった。

 「301号室、ここだな」

 札には、和多田かなと書かれてあった。彼女の病室は義体専用の個室となっている。私は病室に入り、かなちゃんにやさしく声をかけた。

 「かなちゃん、調子はどうかな?」

 「うん、けっこういいよ。くまさんも持てるようになったし。このままなら早く退院できるかも」

 彼女は診察のときも、お気に入りのくまのぬいぐるみを手放さなかった。かなちゃんが私と会うのは二度目だ。最初に会ったときは身動きできない状態だった。動けなくて退屈だったかなちゃんに、くまのぬいぐるみをプレゼントしたことがきっかけで仲良くなったのだ。

 「それはよかった」

 「おにいちゃん、ありがとう。かな、おにいちゃんたちのおかげで、またかけっこしたり、遊んだりできるもの」

 かなちゃんはうれしそうだ。でも、かなちゃんの体はもう普通ではなくなってしまった。交通事故によって、身体の70%以上を義体化したからだ。つまり、かなちゃんはこれから一生、機械なしでは生きられない体になってしまったのだ。それでもかなちゃんは、生きる道を選んだ。たとえ機械の体になっても、一生懸命生きることを選んだのだ。このままいけば、かなちゃんは元気になるだろう。だが、不安もあった。両親のことだ。彼女は両親が死んだことをまだ知らない。それに、退院しても身寄りがいない彼女を引き取ってくれる人が現れるという保証もない。どうすればいいだろうか。

 「ねえ、おにいちゃん、どうしたの?気分でもわるいの?」

 悩んでいる私を見て、かなちゃんは心配そうだ。

 「い、いや、だいじょうぶ。それよりかなちゃん、ちゃんと看護士さんの言うことを聞くんだよ。じゃ、またね」



 私はかなちゃんの病室を後にした。不安ばかりが頭に募ってくる。なんかいい方法はないだろうか。そうだ。引き取る人がいないのなら…。私は計画を実行するため、自宅にいる母へ電話をした。

 「はい神無月です」

 「あ、母さん。慶介です」

 「おや、慶介じゃないの。どうしたのよ、こんな時間に」

 「母さん、ひとつお願いがあるんだけど、聞いてくれないかな」

 私はかなちゃんの事をすべて母に話した。交通事故で家族を失って義体になってしまったこと、そして、引き取る人がいないことを…。そのことを聞いた母は、答えを出した。

 「分かったわ。かなちゃんを引き取ることにしましょう。でも慶介、それなりの覚悟があるから決めたのよね?」

 「もちろんそのつもりだよ母さん、かなちゃんの事は私が責任を持つから」

 もう後へは引けない。母から許可をもらった私は、まっすぐ院長室に向かった。



 「和多田かなを引き取るだと?」

 私は反対されるのを覚悟して院長にそのことを話した。

 「神無月、おまえ本気で言ってるのか?」

 「彼女は両親も何もかも失ってしまったんです。このまま引き取り先がいないのなら、私が引き取りたいのです。たしかに義体を維持するのにはお金がかかるかもしれません。でも、彼女が一人ぼっちになるくらいなら、たとえどんな事があっても彼女の面倒を見てあげたいのです。もし院長が私の立場ならどうなりますか。見捨てるわけにはいかないでしょう。もちろん家族とも相談しましたし、申請の手続きだってするつもりです。だから、かなちゃんを引き取らせてください!おねがいします!!」

 院長はしばらく考えた後、重々しい口調で答えた。

 「わかった、君の所へ引き取らせる手続きを許可しよう。退院後のアフターケアもできるだけサポートするつもりだ。ただし、条件がある。彼女にはすべてのことを話すこと。そして、彼女の許可をもらうこと。その二つのことを守ってほしい」

 自分の口で言わなければならないのか。それを言ってしまったら、かなちゃんはショックを受けてしまうだろう。でも、いつかは言わなければならないことだ。私は決心した。言おう。私の口からすべてを話そう。かなちゃんだって強い子だ、分かってくれるだろう。



 次の日の朝。私は真っ先にかなちゃんのいる病室へと向かった。正直言って本当のことを言うのには抵抗がある。でもここで言わないと彼女は一生後悔するだろう。私は病室のドアをノックした。

 「はい、どうぞ」

 重々しくドアを開ける。そこには、ベッドに寝ているかなちゃんと女性看護士が一人いた。かなちゃんは朝食を食べ終わっていた後だった。「君、ちょっと席をはずしてくれないかな、かなちゃんに大事な話があるから」この事はかなちゃんと二人っきりで話さなければならない。看護士は食べ終わっていたプレートをもって病室を後にした。

 「ど、どうしたの?おにいちゃん、そんな深刻な顔して。やっぱり調子悪いんじゃ」

 「い、いや、だいじょうぶ、それよりかなちゃん、大切なお話があるんだ。実は、かなちゃんのお父さんお母さんは、もう会えない所へいってしまったんだ」

 それを聞いたかなちゃんは今にも泣き出しそうな顔になった。

 「それに、君の体は事故のせいで…」

 「そんなの分かってた。お父さんもお母さんもいくら入院してたって、かなに会うことはできたもの。でも、会いにこなかったから、本当にいなくなっちゃったんだって、もう会えないんだって…頭で分かってても、死んだなんて認めたくなくて…、かな、これからどうすればいいの?こんな体になって生きてても、一生一人ぼっちになるのはいやだよぉ」

 認めたくなかった現実を突きつけられた今のかなちゃんの心境は、とても深い、悲しみのどん底にいるに違いない。

 「大丈夫、かなちゃんは私が面倒を見るよ。その方がかなちゃんにもいいと思うんだ」

 するとかなちゃんは、溢れるばかりの大粒の涙をながし、よろめきながら私の胸の中へ飛び込んできた。

 「うわぁぁぁん、ごめんね、おにいちゃん。ごめんねぇ。」

 そんなこと気にしなくていいんだよ、かなちゃん。大丈夫、これからはずうっといっしょだよ。私はかなちゃんの体を抱きしめた。たとえ機械の体でも、かなちゃんはとても温かい心を持っている。そう、それが人間である証なのだから。



 そのことがあってから、私は一日に一回はかなちゃんの病室へ出入りすることになった。あるときは診察のために、あるときはリハビリのために。そしてあるときはお見舞いも兼ねて。そのたびにかなちゃんは少しずつ元気を取り戻していった。それがよかったのか、かなちゃんは三週間位で歩けるようになったのだ。

 そして、退院の日。私は申請の手続きと、かなちゃんを自分の家まで送るために仕事を休んだ。病院に着いたときには、もうかなちゃんはロビーで看護士達に囲まれていた。

 「よかったね、かなちゃん。神無月さんの家で暮らせるようになって」

 「退院おめでとう、かなちゃん」

 看護士たちがかなちゃんにエールを送る。

 「ありがとう看護士のおにいちゃんおねえちゃん。みんなのおかげで、かな、こんなに元気になったよ」

 かなちゃんもそれに答える。私は少し離れた場所で、院長と話していた。

 「神無月君、これでいいんだね。彼女を育てる自信はあるのかね」院長の問いに私はこう答えた。

 「はい。これからも彼女の世話をするつもりです。うちにいたほうがかなちゃんも安心できますし、私も家族もそうしたいと思っていますから。さびしい思いはさせないつもりです」

 院長はかなちゃんがいる所へ顔を向けた。

 「君はかなちゃんのおかげで、医者としても、人間としても一回り成長したようだな。私も、かなちゃんと共に新しい人生を送ることを心から願っているよ」

 「ありがとうございます!」

 私は院長に向かって頭を下げた。そう、私とかなちゃんの新しい人生は今始まったばかり。これからどんな事があっても絶対にかなちゃんを支えてあげよう。私は心からそう誓うのだった。



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