ハード路線で新編発進した直後に、突如とんでもない妄想にとり憑かれてしまいました。これを吐き出してしまわないと、帝国憲法改正案の考えが纏まりそうもありません。ということで、突然の寄り道となってしまいました。

(臨時増刊 単発妄想@オプションパーツ時代末期)


−−ボディ・ア−ティスト−−

(経済特区 酉山科学研究所)

美肌:「ごめん下さい。所長さんにアポを取らせていただいていた者ですが」

酉山:「ああ、お待ちしていましたよ。なるほど、大したものですね。最近は人工皮膚にさまざまなプリントを施すというのが流行っていましてね。こういうアート関係は西欧連や北米連が断然強いでしょう。当研究所の主力商品である能動義肢があちらの製品に押される状態になっています。これまで外見を天然外皮に近づけることに注力してきたのが仇になるとはね。性能で負けることはないのでファッション性を兼ね備えて巻き返したいのです。貴女からの売り込みの手紙を見たときは天の助けかと思いましたよ。貴女の入れ墨アートを採用した義肢なら世界中どこでも売れることでしょう」

美肌:「あの、まず所長さんに謝らなければならないことがあります。ここに就職したいというのは、私の本心ではありません。実は、他にお願いしたいことがあって、会っていただくために嘘をついたのです。口実がないと、なかなか先生のような高名な科学者には会っていただけないでしょう」

酉山:「え?、就職希望って嘘だったの?ガクッ_| ̄|○」

美肌:「本当にご免なさい。でも、どうか私の話を聞いて下さい。私の全身を覆う入れ墨は、私が原画を描いて私の一番弟子でもあった夫が仕上げたのです。その夫が仕事で些細なミスをして客であった暴力団幹部に撃ち殺されてしまいました。それで、夫と共同で新たな作品を生むことはもう出来なくなってしまったのです。ただ一つの不幸中の幸いは私の体の入れ墨が全て完成していたことでした。しかし、この貴重な入れ墨もいずれ私が歳を取れば失われてしまいます。どれほどダイエットに気を付けていても皮膚に弛みが出来て台無しになってしまうのです。それはとても耐え難いことなので、いまのうちに全身の皮膚を剥製にして保存したいのです。こちらでなら、入れ墨を傷つけずに全身の皮膚を剥ぐ手段があると思うのですが」

酉山:「そんなことをしたら氏んでしまいます。私はそんな恐ろしいことに手を貸せません」

美肌:「最初は死を賭してもと思い詰めたのですが、帝國の技術なら生きたまま出来ませんか?顔面と首の前面は空いていますので、ここを切り取れば入れ墨を傷つけずに脳摘出が出来ますね。つまり、私は酉山先生のお力を借りて全身サイボーグになりたいんです」

酉山:「なるほど。仰るとおりそれは可能かも知れません。しかし難しい問題が3つあります。
 第一は、私が独力で全身サイボーグを作ることが出来ないと言う問題です。確かに、当研究所は帝國から仕事を受託して特殊目的サイボーグの再改造なども行っています。しかし、それは帝國から生命維持装置を初めとする必須機材の提供を受けてのことです。仮に装置を模倣したとしても、運用に必要な消耗品を供給出来るのは帝國の宇宙産業だけです。そして帝國は宙軍が採用した素体にしか生命維持装置や運用に必須の消耗品を提供しないのです。 ここ経済特区の住民はもちろん、帝國の一般シビリアンですらダメなので外国人は無理です。これをクリアするには、貴女が帝國臣民になった上で素体に採用されるしかありません。
 第二の問題は、外国人が帝國臣民に帰化することが非常に厳しく制限されていることです。帝國は、帝國が苦手とする分野を補うため特別な人材を招聘する以外に帰化を認めません。これまでに招聘された外国人は、たいてい帝國外交官がスカウトした科学者か技術者です。貴女は芸術家ですね。芸術家が招聘された例は極めて少ないそうです。素体訓練のコーチとしてバレエ関係者を招いたという例以外には聞いたことがありません。自推で貴女が招聘されうるのかどうかは皇帝陛下次第ですが、かなり難しいでしょう。
 第三の問題は、帝國の標準サイボーグ製造工程が貴女の希望に合致しないことです。帝國では素体に採用されたものは、所定の訓練後まず四肢を根元から離断されます。次に、開頭手術でBCI用デバイスを取り付けられ感覚の調整後に運動制御訓練を受けます。最後に、この映像のように頭頂から背骨にかけて切り開きます。いわゆる背割り解体をダルマ状態でやって水中で脳と脊髄をまとめて持ち上げるんですね。これに側索インタフェースを付けて一体ケースに収めたのがサイボーグのコアになります。この通りに改造手術を実施したのでは大切な入れ墨が切り刻まれてしまう事になります」

美肌:「脳だけ取り出してサイボーグ化するのは不可能なのですか?」

酉山:「原理的には可能ですが、素体から直接改造した実績は全くありません。特殊目的のため大脳だけを搭載する場合は、サイボーグ化から3年以上経った者を再改造します。このように既存サイボーグコアを分解して小脳を機械に置き換えるのです。BCI訓練や通常型サイボーグでの順応を省くと身体制御の調整が難しく障害を負い易いのです。一旦身体制御障害者になると克服して制御を再確立するのに最悪一生かかるかも知れません。体が不自由になったら入れ墨師を続けることも困難になりますよ」

美肌:「あまりにも困難が多いのですね。諦めた方が良いのかしら」

酉山:「事情はよく解ったので、可能性は少ないですが一応つてを当たってみましょう」

美肌:「本当ですか?。でも望みは薄いのでしょう?」

酉山:「帝國から請け負う再改造の関係で懇意にしていただいている貴族がおられます。その方なら宙軍研究所の幹部ですから人材招聘の推薦をお願いできるかも知れません。それに脳摘出手術法の開発を統括する立場でもあるので技術的検討も頼めるでしょう。前例を幾重にも破るのだから時間はかかるでしょうが絶対無理とは限りませんよ」

美肌:「少しでも可能性があるのでしたら、ぜひお願いします」

酉山:「その代わり、私のお願いを3つ聞き入れて下さい」

美肌:「何をすればよいのですか?」

酉山:「一つ目は、帝國の結論を待つ間ここで働いて欲しいと言うことです。うちの製品のために人工皮膚プリントデザインの仕事をして欲しいのです。口実とはいえ、元々就職面接に来たのだからこれは請けて貰えますよね。二つ目は、もし帝國の素体に採用されても、休暇時はここでアルバイトして下さい。帝國のサイボーグは、たいてい副業をやるのだからこれも問題ないでしょう。三つ目は、貴女の剥製が首尾良くできたら所内に設ける施設で展示させて下さい。これは、貴女が手がけることになる製品の販売促進に必要だと思うのです。当所で貴女の仕事が順調なら、いずれ専用ギャラリーを設けることになります。そこに来訪するバイヤーのための目玉展示が欲しいということですね。これは多数の来訪者に自分の全裸を晒すということだから恥ずかしいかな?しかし、当研究所は帝國の援助を受けているとはいえ、民間企業なんです。できた製品は、1点でも多く売って所員や出資者に還元しなくてはなりません。貴女もプロの芸術家なのだから、ここはビジネスとして割り切って下さい」

美肌:「最後の条件は二番目を担保するための人質ですか?」

酉山:「貴女は頭がいい。そう解釈されても構いません。その代わり、仕事の成果に見合ったギャラはお出ししますよ」

美肌:「承知しました。元々無理なお願いをするのだからこれくらい当然です。お願いの件の成否に関わらず、仕事には全力を尽くします。改造前にバイヤーを迎えたら、このまま裸でギャラリーに立つのも厭いません。そもそも入れ墨師とは人体を素材とする芸術家なのです。好きこのんでその作品素体となった以上は裸を人目にさらすのが道理なんです」

酉山:「気持ちよく請けて貰えると私も口利きのし甲斐がありますね。精一杯、帝國側を説得してみます。では早速明日から出勤して下さい。デザイナー職は裁量労働制ですので、働きやすい時間に来て下さい」


(経済特区の料亭”星雲海”)

漣:「珍しいこともあるわね。酉山先生から誘っていただけるなんて嬉しいわ」

酉山:「申し訳ないが下心あってのことです。漣大佐のお力を借りたいのです。実は、うちで採用した人工皮膚プリントデザイナーの娘がですね、...」

漣:「その娘、年齢は?」

酉山:「まだ25なんですよ。その若さで夫を亡くしたら思い詰めるでしょう。私も事故で妻を亡くした上で娘と長年生き別れだったので身につまされます」

漣:「なるほど、泣ける話じゃないの。できれば希望を叶えてあげたいわ。性別も問題ないし、25なら素体として年齢的な障害は少ないわね。うーん、そうだなぁ。まず招聘外国人の推薦については合理的な理由が肝心ね。それこそ、酉山先生ご自身がこっちに来たいというのなら一発OKなんだけど」

酉山:「ははは、それは色々と支障がありましてね」

漣:「冗談ですよ。経営者として部下を放り出すわけに行かないのは当然です。そもそも、あなたみたいな父性愛の強い人は、性転換がNGだから無理無理。で、真面目な話ですが、サイボーグ外装のファッション性向上は重要課題なのよ。サイボーグのメンタルヘルスにかなり有効だから軍の士気高揚に繋がるわけ。だから人工皮膚研究部に工芸官のポストを用意して貰うことは難しくないわね。芸術家の招聘をバレリーナに限定するような規定なんてどこにもないわ。たまたま過去に需要が多くて供給もその分野でしかなかったというだけなのよ。まあ、素体志願者ならバレエができないと後で辛いことになるけど別問題ね。ただ、あくまでも仮に外国から招聘するほど価値のある人材が来ればの話だわ。つまり、その娘の芸術家としての力量次第って事になるわけですよ。その判断は、まず人工皮膚研究部長を同伴して面接し、作品を見ないとね。その上で、我々の所感を陛下に上奏して御聖断を仰ぐことになります」

酉山:「私の感想としては自社で使いたい程なので十分いけると思いますよ」

漣:「うん。そこは酉山先生を信じるとして、次の問題は素体適性かな。特別な能力が認められたとしても、素体失格だとどうにもならないでしょ。これは素体調査官が判断することで、私が口を挟めないの。招聘外国人には緩和基準が適用されるけど無闇に甘くはできないのよ。恣意的に合格させたら、素体失格になった一般シビリアンに不満が出るでしょ。実際、障害者の特例志願ですら宙軍兵として通用しない人は却下されるのよ。あちらは福祉費用削減という経済効果が目に見えるけど、やはり限度があるの。素体適性評価には、最低六ヶ月の観察期間があるから心証を上げるのも大切よ。今からできる対策としてはバレエのレッスン受けさせておくくらいかしらね。酉山研に勤務しているなら、使用者であるあなたのレポートも参照されるわ。その書き方によっては多少弱点をカバーできることもあるかな。酉山研の警備に派遣されている外務省出向工作員にアシストを頼みましょうか」

酉山:「私の努力も関係するのですか。承知しました」

漣:「最後に手術方法だけど、これは私の頑張りどころね。変則的な手術をすること自体は私の権限で、新技術を開発という名目で良いわ。顔は壊しても構わないと言うことなら、その娘の言うとおり脳摘出は可能ね。首も正面が切開できるのなら血管を確保して血流を切り換えることは出来るな。考えどころは、事前のBCI用デバイス設置をどうするかよね。開頭できないとなると口から入るしか無いけど。顔はどうなっても良いのか。そうか、それなら上顎を切除して中から頭蓋骨を少しずつ掘り出せばどうかな。どうにかマイクロボディが通れる穴が後頭部まで掘れれば視聴覚は繋げるかな。上顎がない状態でBCI訓練になるけど、流動食で幾らでも保つからね」

酉山:「四肢はどうするのです?」

漣:「首が開けられるから人工呼吸器を付けて頸椎を麻酔ブロックすればいいわ。切断しなくても動かせなく出来ればBCI訓練には差し支えないのよ。難しいのは眼、鼻、舌の神経を傷つけずに通り道が開けられるかどうかね。 そこの安全性は立体構造シミュレーションで十分検討する必要があるかな。非人で実験してからかかるのが理想的だけど、その娘だけのためそこまでは一寸。シミュレーションでそれなりのマージンが確認できると良いのだけど。まあ、その辺りは私の本業だし、時間も十分あるからやってみるわよ。あとの気がかりは、BCI訓練中の辱創かしらね。皮膚痛めたら元も子もないから。実験のためと言うことで、人手をかけて24時間介護すれば大丈夫なはずだけどね。脳摘出後も生体パーツに必要な各部位を首から入って取り出すから時間がかかるわ。生殖器が劣化しないように冷やしつつ皮膚は絶対痛めずにと言うのが難しいわね」

酉山:「人海戦術になるようなら、うちの手術室でしたら何とかしますが」

漣:「そうして貰った方が良いですね。最後の脳摘出は大脳単体になるでしょ。となると、いきなり人工小脳って事だからそっちでやる方が後の調整が楽だわ」

酉山:「サイボーグ順応無しでいきなり人工小脳と言うのも心配ですが」

漣:「BCIデバイス設置の時ついでに頭蓋底と頸椎にピックアップを置くのよ。その状態で一通り運動時の信号データを収集してあればどうにかなると思うわ。上顎切り取られて流動食の状態で色々な運動を繰り返すのはきつそうだけどね。後の調整も通常の場合よりはしんどいだろうけど障害者での成功例はあるのだし。私ならそんな経験はしたくないけど、あとはその娘の根性次第ね。うーん、色々想像して考えていたら萌えてきたわ。この件やれると良いな。よーし、帝國内の根回しは精一杯やってみるから、吉報を待って下さいな」


(約半年後 酉山科学研究所)

酉山:「皆さん既にお揃いのようですね」

漣:「人工皮膚研究部長と素体調査官2名、これで全員です」

吹雪:「はじめまして、宙軍研究所人工皮膚研究部長の吹雪です。私にとって酉山先生は良きライバルですわ。こちらの人工皮膚のリアルな感触には注目しております」

酉山:「滅相もない。私のところなど地上一般生活用だけですからね。私の娘も宙軍兵です。先日帰ってきたとき白雪姫を着けていました。やはり、そちらの極低温対応人工皮膚はすごいですね。見た目も良いし。地上だけでやっていて極限環境の実績がないうちなんか目じゃないですよ」

マオ:「素体調査官のマオです」

ミキ:「素体調査官のミキです」

酉山:「お二人には見覚えがありますよ。ええ、そちらの耳とか。あと、こちらの口元とか印象的でした。酒の席だったような気がしますが。確か、真理亜侯配下の宇宙艦乗組員の懇親会ではなかったですか?そうだ、あの後、理美に再会したのだった。どうりで印象深いわけだ。あ、そういえばその後理美が何かとお世話になっていたようですね。あらためてお礼申し上げます。艦を降りられたのですか?」

マオ:「人事ローテーションで半年ほど素体調査官をやらされているんです」

ミキ:「結構退屈な仕事ですよ。今日みたいな面白い調査は少ないですからね。まあ、素体確保の仕事が重要なのは解るんですけど。で、本人は?」

酉山:「実は、デザイン義肢のバイヤー対応中でして、ギャラリーに居ます。そこで自分自身を展示している最中でして。如何致しましょう?」

マオ:「それは却って好都合です。本人は私たちの顔を知らないですよね。我々が新たに訪れたバイヤーだと言うことにして、そこに案内して下さい。日常の振る舞いを観察できた方が、より正確な評価が下せますので」

ミキ:「まあ、私らもバイヤーの一種ですから、嘘にはなりませんよね。品定めするのは、作品じゃなくて作者本人の方ですけれど」

吹雪:「いきなり噂の作品を丸出しで拝めるのですね。wktkしてしまいます」

酉山:「目玉展示の効果もあるのでしょうけど、販売実績はなかなかのものです。一層のこと不合格になってくれた方が、うちでフルに働けて有り難いくらいです」

漣:「今さらそんなこと言わないで下さいよ。手術するのが私の生き甲斐なのに」


(所内ギャラリー)

酉山:「美肌さん、こちらのお客様にも作品のご紹介をお願いします」

美肌:「はい所長。いらっしゃいませ。私、アート義肢外装担当の美肌と申します。当所のアート義肢の特徴は、入れ墨の手法を取り入れた装飾外皮にございます。こちらに展示しておりますのは、いずれも不肖わたくしが作画したものになります。私は元々入れ墨師でございまして、この全身を覆う入れ墨もまた自らの作品です。こちらに参る以前に信頼の置けるパートナーを得て手の届かぬ部位まで彫ったのです。こちらの製品は、私の左手を原画として量産用タトゥーマシンで仕上げました。その隣は、無地の人工皮膚に手彫りで彫り込みましたカスタムタイプでございます。当研究所が得意とする天然皮膚に近い感触の人工皮膚を引き立てるよう考慮しました。母材となる無地人工皮膚がこちらです。お時間があれば手彫りの実演もいたします」

マオ:「製作者から見た入れ墨の魅力について伺いたいのですが、宜しいですか?」

美肌:「入れ墨は絵画の一種でありながら、立体芸術であるという側面があります。また、彫るべき立体曲面は素体ごとに異なる与えられた面であって選択が利きません。そのような制約において、アートとして成り立つよう作画を計画するのは難しいです。また、素体はキャンバスと違って生きて動くものなのです。ですから、動いたときの見栄えを想像し、デザインを最適化する予測力が必要です。難しいが故に入れ墨師のセンスが厳しく問われ、優劣がはっきりと見えてしまいます。それから、彫ったら後戻りが効かないため失敗の絶対ない計画性が求められます。そして、立てた計画を一分の狂いもなく仕上げる集中力も欠かせません。顧客の時間にも制約がありますから、すべてを限られた時間で行うことが必要です。これらを総合した難しさ故に、誰でも手がけられるわけでないところが魅力です」

ミキ:「なるほど、その集大成が貴女の全身を覆う1曲面の絵になるのですか。しかし、髪を剃って頭まで全面に彫るというのは随分思い切ったものですね。元々スキンヘッドだったのですか?」

美肌:「私はスキンヘッドフェチではありません。頭まで彫るか迷いはありました。実は彫り始めるとき、首から下までで止めても良いよう2重に計画を立てました。彫り進めるうちに、何ごとも徹底したくなる性分が勝ってしまい髪が無くなりました。一度頭に彫ってしまうと、職業上作品を披露する機会が多くて剃り続けているのです。日に焼けるとまずいので外出を避けたり、なかなか大変なのですが仕方ないですね」

マオ:「もう一度全体を鑑賞したいので、くるーっと回って頂けますか。ほおほお。済みません、そこで片足を高く上げて下さい。出来る範囲の高さで結構です。体、柔らかいですね。姿勢も綺麗だしバレエのご経験がおありですか?」

美肌:「芸術好きの親が小さいときに習わせたのです。結局今も少し続けています。まあ、作品を守るために体型が変えられないのでやむなく続けているのが実情です。発表会に参加するほどの技量も熱意もありません」

ミキ:「ご謙遜を。相当出来るようですね。職場のロッカーにポアント置いてるでしょ。ちょっと、取ってきて軽く踊って見せて頂けませんか」

美肌:「え、お客様???。所長、宜しいのですか?」

マオ:「もう隠す必要もないでしょう。私たちは作品より貴女を品定めに来たのです。私と、そこのミキは帝國の素体調査官です。抜き打ちになってご免なさい。正確な調査のために、出来るだけ自然な状態で観察する機会を窺うことになっています。バレエの技量は素体適性を見るのに格好の材料なので、あらためてお願いします」

美肌:「解りました。用具を取って参ります」

吹雪:「あの、身につけるのは、なるべくポアントだけにしてくれませんか。私は、まだまだその見事な入れ墨を鑑賞したいのです」

ミキ:「調査の支障にはなりません。むしろ全裸の方がごまかしが利きませんね。本人が踊りやすい方でやっていただくのが良いので、いまの希望は無視でも良いですよ」

美肌:「いえ。全裸の方が慣れていますから、そちらの方のご希望のようにします」

漣:「吹雪はかなりお気に入りのようだけど、調査官の第一印象はどうなの?」

マオ:「基本的にはよさげですね。まあ講評は、後ほど本人を前にしてやりますよ。例え今回却下されても1年経てば再申請が出来ますし、年齢も若いです。今後のために率直なアドバイスを差し上げるのも、私どもの任務なのです」

美肌:「お待たせしました。それではやらせていただきます」

ミキ:「はい、アン・ドゥ...良いわね。うんうん。よし、マオあれやってみようか」

マオ:「禿同。美肌さん、白鳥の湖のパ・ド・キャトルは経験ありますよね?。今からミキと私がポアント履いて、貴女の両側に付くので一緒に踊って下さい。よいしょ。しっかりリボン巻いて準備よしと。では、やりましょうか。はい...」

吹雪:「あら、素体調査官は名手なのね。いいもの見せて貰ったわ」

ミキ:「私たちが確認したかったことは全て済みました。小会議室をお貸し下さい。簡単に講評をさせていただきます」

吹雪:「もうお終いか。名残惜しいわ」

マオ:「また次の機会をお楽しみに。アイスショウも宜しく」


(小会議室)

ミキ:「まず美肌さんのお仕事ぶりですが、かなり良い素質を垣間見ることが出来ます。与えられた多様な曲面に自らのデザインをはめ込む能力は、宇宙の航路設定にも通じます。また、動きを予測した設定の能力や、やり直しがきかない状況での集中力も同様です。限られた時間で限界までこなす能力や目標貫徹への執着ぶりも我々が求めるものです」

マオ:「次に身体能力ですが、バレエをかなりやり込まれているようのなので十分です。帝國では汗くさいタイプの娘は好まれないので、汗一つかかない鍛錬ぶりも好適です。素体には運動神経が必要ですが、本来なら機械化するのだから体力は要りません。ただ、あまり脚力が劣ると素体訓練の際に辛い思いをすることになります。美肌さんの評価は、素体訓練の短縮繰り上げ卒業も可能なレベルだと思います」

ミキ:「以上の評価は素体としての基本条件を満たすという意味です。貴女の場合は、前例のない人工小脳型サイボーグへの直接改造を志願条件にしています。人工小脳型は、本来核パルス推進艦の加速衝撃に耐えるため開発されたものです。改造手術のリスクが高く、使用部品も高価になので初期費用・維持費も高くなります。皇帝は、そのコストと工芸官として貴女がどれ程貢献できるかを秤に掛けて判断されます。したがって、私どもが基本条件につき合格と判断しても結論が却下となる場合もあります」

マオ:「皇帝の判断は、貴女に関わりのない帝國内の事情全てを加味して下されます。したがって、却下されても1年後に再申請したら通るという可能性はいつも残ります。貴女の場合は、基本条件が恵まれていますから却下されても落胆する必要はありません。私どもは今回却下されても次を目指して精進していただくことを希望します」

吹雪:「厳しいのね。私としては採って欲しい人材なんだけどなぁ」

漣:「断然やる気で方法を考えたんだから手術させて欲しいなぁ」

ミキ:「お二方ともよくご存知ですよね。陛下は公的判断に私情を挟みません。例え彼女の作品を個人的に気に入っておられても、ダメならダメと仰せになります」

吹雪:「ダメだったら今年は酉山研に外注する形で仕事頼もうかな」

漣:「あ、今のは私の個人的感想。私だって公務の判断は機械人間らしくやりますよ」

美肌:「好意溢れるご講評ありがとうございました。もう1年頑張る覚悟は出来ました」


(1ヶ月後 酉山科学研究所)

漣:「こんにちは」

酉山:「あ、漣大佐。貴女が見えたと言うことは許可が下りたのですか?。
却下なら手術の打ち合わせが必要ないから、調査官さん辺りが見えますよね。」

漣:「その通りです。素体訓練があるから改造手術は9ヶ月後の予定です。ただ、いきなり人工小脳型となると、やはりここの施設を使うことになります。しかし素体からですと、こちらも今の再改造施設では機能的に不十分です。それで、持ち込まれる機材が入るように手術室の新設か大改装が必要になります。大工事になりますので早々に着工しても完成は直前でしょう。あまり余裕はないですよ。酉山先生にもかなり働いていただかなくてはなりません」

酉山:「科学者としては新しい取り組みに加われて嬉しいけど経営者としては辛いですね。複雑な気分です。しかし9ヶ月という素体訓練期間はずいぶん半端ですね」

漣:「彼女の場合、身体訓練はほぼ不要で卒業審査のみで済むと評価されたのが大きいです。工芸官というポストも決まっているので軍事教練も後日暇なときに研修すれば良いのです。配属先の関係で身体整備実習もOJTで良いという話になって省略と決定されました。あと、経歴や学生時代の成績を裏付け調査した結果、座学が9ヶ月弱必要と認定されました。結果通告をして、事務手続きをする必要があるので小会議室に本人を呼びだして下さい」


(小会議室)

美肌:「失礼します」

漣:「帰化申請及び素体採用志願の審査結果について通告します。貴女は許可されました。条件につきましては、まず、入れ墨を傷つけずに改造手術をすることが認められました。同時に所要生体パーツ摘出後は身体の所有権を特別に返還することも認められています。それから、貴女の能力を審査した結果必要な素体訓練期間は約9ヶ月と認定されました。処遇について、招聘外国人は経歴や能力を考慮して相応の階級とするのが原則です。ただ、貴女の場合、自推であるうえに、高コストの改造手術を特別に求めています。改造後に身体制御障害を負うリスクが高いこともあって特例志願兵相当とされました。したがって、素体訓練時4等兵、改造後初任時3等兵という最低の処遇になります。配属予定は、宙軍研究所人工皮膚研究部の部付き工芸官となります。但し、宙軍の配置最適化や経験の多様化を目的として他の任務を命ぜられる事があります。なお、結果的に身体制御障害が軽度だったり克服されたときは2等兵に自動昇級されます。また、業績によって特に最低在級期間の制限無く昇級も可能となっています。処遇に不服なら辞退も可能ですが、一年間は再申請が出来ず以後の合格も保証されません。条件については承服できますか?」

美肌:「はい。それで結構です」

漣:「では、この取り決め書正副2部にサインをして下さい」

美肌:「はい。では...これで良いですね」

漣:「結構です。素体訓練場所となる臨時素体養成所への入所は7日後になります。それまでに現在の住所を引き払い職場を退職するようにして下さい。家財等は宙軍基地の私物保管庫が割り当てられるのでそちらに送って下さい。7日分の一時滞在費をこの場で現金支給するのでホテル代等に充てて下さい。それから、これが経済特区と帝国本体間の越境許可証になります。貴女の場合は、改造手術場所が酉山研の特設手術室になるので往来許可となっています。堅苦しい事務的な話は以上です」

美肌:「難しいお願いを受け入れていただき、ありがとうございました」

漣:「いえいえ、こちらこそ久々に面白い手術が出来るので萌えまくってますわ。くれぐれも素体訓練で落第なんかしないで、必ずここに帰ってきて頂戴ね。それから、座学に偏った変則訓練になるので、体型崩さないように気を付けなさい。一応身体訓練用の用具類一式も用意されるから休み時間に自主トレすると良いわよ。その後の改造手術は一般に比べてかなり辛い方法になるから覚悟しておいてね。 なにしろアクセスが顔面からだけだから顔じゅう壊しまくるようになるのでね」

美肌:「自分で求めた条件のせいで辛くなるのは自業自得ですから」

漣:「よしよし。では、9ヶ月後に手術室で会いましょう」


(そして9ヶ月後、酉山科学研究所 特設手術室)

美肌:「よろしくお願いします」

漣:「この手術台は座位と臥位の転換、水中手術への移行が乗ったまま出来る新型よ。改造工程の中間で行うBCI訓練もこれに乗ったまま可能になっているわ。表面は小さなバルーンのが敷き詰められていて加圧状態を操作できるのよ。支持点を入れ替えたり脈動させてマッサージ効果も得られるようになっていてね。長期戦でも管理さえミスらなければ確実に辱創の発生を防止できる仕組みがあります。貴女の入れ墨の保護に万全を期して開発したものだから、安心して身を任せなさい」

美肌:「作品保存へ幾重もの配慮、ありがとうございます」

漣:「前半の予定を言っておくわね。最初は手伝いの歯科医に歯を全部抜かせます。私が小人になって口からはいるときに痙攣して噛み潰されたらトラウマになるのでね。そこからは全身麻酔で上顎を全部取り除き、さらに中から頭蓋骨を掘って進みます。そして口から脳の左右上部に達する通路を確保してBCIデバイスを設置します。ついでに頭蓋底部と頸椎、声帯に神経信号ピックアップを配置します。後で神経信号と運動のマッピングを採るためと口の利けない貴女と意志疎通する為ね。ここまでの前半手術は各神経の損傷を避けながら慎重に掘るため長時間になります。正確な所要時間は予測が難しい状態です。場合によっては休止・再開もあり得ます。収集する運動マッピングというのは通常なら再改造の準備として行うものです。今回設置できるピックアップではサイボーグの神経システムほどは情報が取れません。したがって、情報量確保のため体を動かしながらの測定に半月前後はかかるでしょう。その間は流動食しか取れず、顔面から口内にかけて保護具が付いたままになります。そんな状態でかなり激しい運動までするというのはかなり辛いと思います。しかし、そこで手を抜くと後で人工小脳の初期化の際に困ることになります。ここが、身体制御障害の有無や程度の分かれ道となるので、頑張って下さい。質問はありますか?」

美肌:「想像通りです。疑問はありません」

漣:「では始めましょうか。葉梨先生取りかかって下さい」

葉梨:「ども。これだけまとまった抜歯なんて開業以来初めてですよ。今どき歯は再生させるもので、抜くって事自体少ないからねぇ。麻酔行きます。以前、マイクロボディでピンチを救ってくれた漣侯の依頼でなきゃやりませんね。効いてきたかな。でわ1本目えいっ、お、久しぶりの割にスカッと抜けたな。よっしゃ。どしどし行きますよ。2本目、.........」

美肌:「ふにゃ、はにゃにゃい。へも、へひいへひい」

漣:「やっと全部歯が抜けたわね。そしたら、下あごに足場着けて頂戴」

葉梨:「こんな位置で良いですか?。2,3_なら高さ調整できますが」

美肌:「はも。うういいえお、へひいへひい」

漣:「うん、この位置で良いわ。ご苦労様でした」

葉梨:「どういたしまして。抜いた歯はご指示通り加工して納品します。でわ、お先に失礼します」

漣:「さて、中に取りかかるかな。吹雪侯、入って頂戴」

吹雪:「どうですか?。調子は」

漣:「今のところ落ち着いているわね。しかし貴女も物好きね。 動員で改造手術は慣れてるにしても、わざわざ助手を買って出るなんて。麻酔番なら宙軍兵の実習生にも出来るし酉山研のスタッフも居るのに」

吹雪:「いくら新開発の機材とはいえ、不注意が有れば辱創が出来ますわ。他人任せにして有望新人を気落ちさせるような事故があったら困ります。手足に一切針が刺せないせいで血液調整管も胃に穴開けて取るんでしょ。経験の浅い奴が途中で行き詰まって針刺すようじゃ苦労が水の泡ですよ」

漣:「なんだかんだといって貴女も変わった手術が好きなのね」

吹雪:「それも否定しませんが。貴女のマイクロボディ技も見物だし。それじゃ、ガス管入れますね」

漣:「足場の下の溝ならどこ通しても邪魔にならないからね」

吹雪:「気道に届きました。足場に固定しますよ。んじゃガス注入」

美肌:「はふにゃ、すかー...」

吹雪:「意識消えたな。呼気成分問題なし。血液調整管降ろしましょう」

漣:「リモートボディリンク接続。マイクロボディ起動...(硬直)」

漣(小人):「吹雪侯、持ち上げて口に入れて頂戴」

吹雪:「はい、ここで良いですね。じゃ、管の先、渡しますよ」

漣:「管の先に掴まったまま下りるからゆっくり送り込んでね」

吹雪:「2本いっぺんに持っていくんですか?」

漣:「大丈夫よ。あまり時間かけたくないし」


(美肌の胃の中)

漣:「吹雪侯、届いたからこの位置保っていてね。さて血管はどっちかな。体内ジャイロで方角を確認...ん、ここらへんか。造影できないからなあ。音だけが頼りか。うん、聞こえた。一気に行くわよ。超音波手刀起動。よし、ここ。よっしゃ、一発で動脈お出ましだわ。これで後始末も楽だな。道具箱から針出して、一寸法師の剣!。入った入った。吹雪侯、管繋ぐわよ」

吹雪から無線:「血、上がってきました」

漣:「静脈は...居た居た。もう一丁一寸法師の剣!。よししっかり入った。吹雪侯、リターン流して頂戴。...来た。気泡無し。接続。固定はどこにしよう。うん、ここにクリップしておけば10日ぐらいかかっても良さそうね。よし終わり。吹雪侯、モニター問題ないかしら?」

吹雪から無線:「大丈夫です」

漣:「サンキュー。じゃあ、口まで這い上がって次にかかるわね」


(美肌の口の中)

漣:「吹雪侯、マイクロチェーンソーと脚立入れて頂戴」

吹雪:「はい、まず脚立です。場所良いですか。じゃ、チェーンソーね」

漣:「さて、まずは天井の取り外しね。チェーンソー始動、チュイーンと。ふん、ふん、お、骨当たったな、じゃ、この深さまでは安全だね。下からだと、だいぶスプラッタシャワーになるかな。まあ仕方ないか。吹雪侯、ドレイン入れて。よし、一旦止血だ。ドワーフビーム発射!」

吹雪:「ありゃ、びしょ濡れですね。ま、血圧は問題ないです」

漣:「血は止まったけどアイビームかなり撃ったから充電しなくちゃ。洗浄プール口元に寄せて頂戴」

吹雪:「どうぞ」

漣:「電源容量の少なさがマイクロボディの泣き所なのよね」

吹雪:「場所柄、原子力や燃料電池は使えないですしね。タオルどうぞ」

漣:「ここまで1時間か。先は長いなぁ。とにかく充電休憩ね。出るわよ。今は安全だからモニターを酉山研のスタッフに代わって貴女も休んでね」


(再び美肌の口の中)

吹雪:「足場宜しいですか?。では、マイクロ削岩機入れますよ」

漣:「良いわよ。さーて、いよいよトンネル工事か。まずこの辺りから掘るか。こんなこと初任時ローテーションで隕石鉱山に入ったとき以来だなぁ。削岩機始動、ガガガガっと、おー気持ちよく掘れるじゃないの。骨の中は出血少ないし、たいして固くないから結構早く進みそうね。あ、切り歯の温度気を付けないと。ここはもう頭皮のすぐ下だったんだ。腫れ上がって頭皮が伸びたらアウトだったわ。冷やさないとだめだわ。吹雪侯、酉山研のスタッフに滅菌した冷やしタオル一山持ってこさせて頂戴。
頭蓋骨の掘削位置に合わせて外から当てて冷やさせるのよ。冷たすぎてしもやけになってもダメだから、ぬるいのをどんどん換えてね。それから、内面にハシゴの付いた保護チューブ入れて頂戴。長い方ね。よし、チューブを...お、重い。なにくそ、ここだわ。う、入った。粘性保護ジェル注入チューブ入れて頂戴。よし来た、ここの隙間に。ふう。吸引機入れて頂戴。足場に溜まった骨のくずを片づけなくちゃ。掃除が済んだら、一旦出るわ。掘った位置を正確に確認しないとね。じゃあ、つまみ出して頂戴。よっと。リモート解除」

漣(本体):「スタッフさん、移動式X線CT用意して」

スタッフ:「お待たせしました。この位置で宜しいですか。」

漣:「トンネルは完全に入りそうね。すぐ撮影始めて」

スタッフ:「映像出始めました。urlはこれです」

漣:「我ながら正確に掘れてるわね。ここからカーブして後5aで視神経末端だわ。これだけの腕前があれば脳手術より土建屋やった方がいいかも。気楽だし儲かるし」


(美肌の頭蓋骨内トンネル先端)

漣:「重い。まるで地雷担いだ兵隊だわ。BCIデバイス担いで上るのがこれ程きついとはね。ああ、やっと着いた。で、そこに彫った窪みに本体置いてリードをここから。よし、硬膜開くぞ。んで、視覚拡大。赤外モード。見えた。軸索誘導剤の蛍光に間違いないわ。視神経末端はここね。まず1束目だ。そーっと。うん、これでよし。次ここかな。スケール。ピッチは合っているわね。じゃ、続けるかな...。ふう、これで視野の右側は出来たはずね。吹雪侯、半覚醒にして」

吹雪:「麻酔濃度下げます。ショック波送信」

美肌:「ふひゃ、もごもご」

漣:「美肌さん、漣です。いま、貴女の頭蓋内、耳のそばにいます。今から視覚のテストです。貴女はいま口が利けないから、吹雪侯の指示に対して右手のグー、パーで答えて下さい」

吹雪:「テストパタン送信します。最初はグーで、文字が見えたらパーにして下さい。見えたようですね。では、この字が”ね”ならグー、”ぬ”ならパーを出して。”ぬ”ですね。では、次、”る”ならグー、”ろ”ならパー、次、”は”ならグー、”ぽ”ならパー。もう一度、最初から確認します、”ぬるぽ”でしたか?。合っていればパー。良いんですね」

漣:「やったわ。視覚片側設置成功だわ」

吹雪:「麻酔戻します。一休みしましょう」


(手術開始から48時間目 美肌の頭蓋底)

漣:「上部ピックアップはここらで良いかな。吹雪侯、半覚醒お願い」

吹雪:「レベルどうします?。最低の運動なら簡単ですが感覚が難しいですよ。あんまり上げると、口回りや両側頭の激痛で錯乱する心配もありますよね。ベルトで拘束しておいても押さえたところの皮膚に傷が付く可能性高いし」

漣:「確かに暴れられたら元も子もなくなるわね。まず最低レベルにしてみて。取りあえず運動が拾えることを確認できればいいから出たらすぐ止めましょう」

吹雪:「それでは、濃度10%ダウンから始めます。行きますよ」

漣:「美肌さん、美肌さん、聞こえる?。BCI音声ラインから呼んでいます。聞こえていたら右手をパーにして」

美肌:「...」

吹雪:「微かに動いたようだけど、浅いですね。あと5%下げましょう」

漣:「美肌さん、聞こえる?。漣よ。聞こえたら右手を開いて」

美肌:「ふもご」

吹雪:「あ、右手開きました。ピックアップ出力も変化しています」

漣:「レベルそのままね。美肌さん、今度は左手開いて」

吹雪:「はっきり波形見えました。もう良いんじゃないですか?」

漣:「そうね。位置決めといってもそう選択の余地はないし。麻酔戻して。次は、頸椎か。鼻腔奥側を切り開くから転落防止ザイル入れて頂戴」

吹雪:「入れます。反対端はどうしますか?」

漣:「万一動いたときに備えて、足場に固定するから全部入れちゃって。よし、ハーネス装着。ロックよし。ここは特にぬるぬるしてるからなぁ。気道に転落して奥の方にはまったらやばいし、用心用心。ん、準備良し。吹雪侯、超音波薙刀入れて頂戴。はいどうも。さて、足を踏ん張って。狙いはここだな。えいっ。もう一息。ふう。超音波止めて先端オープン。あ、見えた見えた。頸骨の頂上部だわ。吹雪侯マニピュレータ入れて」

吹雪:「ピックアップデバイス挟んだままで良いですね」

漣:「そう。足場悪いからこのまま一発で骨に接着させるわ。こっちは付け方に選択の余地がないから感度悪くても仕方ないのよ」

吹雪:「テストはどうしますか」

漣:「どうせ修正困難だし、半覚醒のリスクが大きいから止めておこうよ。じゃ、貼り付けるわ。よしここ。骨セメント注入。よし付いたわ。薙刀先端フラップ閉鎖。縫うのもきついからアイビーム軽く撃っておくか。ドワーフビーム。弱出力、ミシン撃ち...。ん、焼き付いたな。さて、残るは声帯ピックアップだけね。こっちは簡単だからなぁ」

吹雪:「疲れてませんか?。声帯なら切開でやっても良いのでは?」

漣:「切らずに中からの方が、すぐに使えるから後が楽だわ。部品入れて頂戴。このままザイル延ばして下りるわ」

吹雪:「どうぞ。どうにか前半ゴールが見えてきましたね」

漣:「さあ最後いくわよ。するする、行きはよいよい帰りは辛い...。さて、ここだ。このピックアップは小さいし定置針付きだから楽だな。ぐさっと。んで、ロックリング閉じて、これで良し。さあ帰ろう」


(美肌の口元)

漣:「終わったわ。疲れたから上あごの仮蓋やっておいて下さいな」

吹雪:「いいですよ。この後どれくらい寝かしておきますか?」

漣:「72時間経ってからなら激痛も耐えられるレベルでしょう。あんまり急いで暴れられたら、おじゃんだからね」

吹雪:「そうですね。その予定で辱創防止体制の手配をしておきます」


(72時間後)

漣:「さて、起こそうか。ゆっくり麻酔落としてね」

吹雪:「毎分5%で抜いていきます。始めます...」

美肌:「...ふもご」

漣:「醒めてきたようね。美肌さん聞こえる?」

美肌:「ぼそ、くもご...いひゃい」

漣:「声帯ピックアップをスピーカーに繋ぐから口動かさずに喋って」

美肌:「ぼそ、あ、あーあー、さすがに、やっぱり痛いです」

漣:「手術から72時間経ったから、これでもましなのよ。真に辛いのはこれから始まる測定と訓練だから、早く痛みに慣れなさい」

美肌:「わかります。でも痛いです。口の辺りがずきずきという感じで」

漣:「日が経てば退いてくるけど、その頃には次の手術だからね」

吹雪:「麻酔完全に抜けました。気道とモニタの管外して良いですか?」

漣:「抜いたら口元の保護具で止めて、血液はループさせておいて。次に手術に要るし、状況によっては点滴入れるのに使うからね。美肌さん、今から配管を切り離すと、取りあえず動けるようになります。ただし、長時間寝た後だからよろけると危険です。まだ起きないように」

美肌:「わかりました。空腹とだるさも酷いので、まだ寝ておきます」

漣:「いいわよ。少し流動食を入れてみましょうか。それで力が出るわ」


(小一時間後)

美肌:「いくらか手足に力が戻った気がします。起きてみて良いですか」

漣:「転ぶと危ないから、今日は動くとき必ず介助を受けるように。貴女は体型を守らないといけないので、明日からはなるべく動いてね。支え無しで歩けるようになったら、すぐ運動信号測定にかかります。但し、今は頭蓋骨の強度が落ちているから転んで頭打ったら簡単に死ぬわ。非常に危険なので、対策が用意できるまでバレエはバーレッスンにして下さい。勘が戻ったらすぐにバレエを主体に各種運動時の信号を入念に測定します」

美肌:「わかりました」

吹雪:「バレエとなると、流動食だけで持ちますかね」

漣:「痩せすぎても肌に悪いから、様子を見て点滴を加えます」


(3日後 所内特設スタジオ)

マオ:「こんにちわ。調子どうですか」

ミキ:「どうやら、測定できる状態になったみたいですね」

美肌:「あ、調査官、わざわざお見舞いありがとうございます」

マオ:「ただのお見舞いではないわ。貴女の身体運動測定の手伝いよ。それから、調査官の任期はもう終わっていて、今日はアルバイトなんだ」

ミキ:「バーレッスンだけの動きでは十分な運動測定が難しいのよ。それで、測定が済むまで我々が両側から挟んで一緒に踊るのです」

美肌:「なるほど。そうして頂けばバー無しでも安全ですね」

酉山:「早速始めます。マオさん、ミキさんお願いします。演目は毎度なので飽きるかも知れませんが白鳥の湖にして下さい」

マオ:「測定に適切なのは判ってます。それに何度やっても進歩はあるわ」

ミキ:「クラシック・バレエは、まさに人体を鋳型に填める感覚だからね。巧い人ほど動きが標準に近づくから、運動神経信号の個人差丸見えだがや」

酉山:「基本はその通り。但しこの場合はピックアップの誤差も込みです。まあ、巧い人ほど型に填るというのだって群舞に限ってですよね。オデットやオディールなら、それなりのオリジナリティはあるのでしょ?」

マオ:「そうですが、主役をやらせて貰うまでの過程は鋳型一筋ですね。じゃ、始めるわよ。アン、ドゥ...」

酉山:「おおさすがに3人ともやり込んでいるから見事な再現性だ。相応のゆらぎはあるから、誰も動作のディジタイズは使っていないよな。生体脳支配でこれほどの反復再現が出来るとは恐るべき練習量だよ。5分やったら映像の3次元変換をやるので一休みして下さい」

マオ:「了解...はい5分ね。では一旦止めます」

酉山:「結構です。美肌さん、疲れませんか?」

美肌:「足の方は大丈夫ですが、空腹感がきついですね」

酉山:「やはり流動食のエネルギー不足でしょう。補給して下さい。測定自体は順調ですが、相当な量をこなさなくてはなりません。体内に残置された仮設物の耐用安全期間という制約もあります。当分の間、最低一日4時間は正味で運動しないと間に合いません。追いつかないようなら漣大佐に別の手を打って貰いましょうかね」


(半月後 酉山研会議室)

酉山:「...ということで、データ量の推定カバー率は90%です。重視した刺青作業やバレエに必要な動きには漏れが少ないと思います。但し、前例のない仮設ピックアップによる測定には未知要因があり得ます。このまま次の段階に進んだ場合に障害が軽度で済む確率は約62%です。もっとデータを採るには再手術で体内仮設物を更新する必要があります。再手術にも当然リスクはあり、その見積もりは漣大佐が行っています」

漣:「現状で運動を繰り返していると衝撃で仮設物のずれが生じます。頭蓋内トンネルや胃の血管接続部が破損した場合、死亡率は高いです。しかし、再手術にも一定の危険性はあり、成功しても疲労が残ります。再手術の事故率自体は1%以下ですが、疲労は最初の2割増しでしょう。計画している脳摘出方法も負担が大きく、余力を残したいところです」

吹雪:「ぎりぎりで成功したのでは皮膚の劣化が避けがたいのでは?」

漣:「それもあり得ますが、個人差が大きく定量評価ができません。結局、改造後の障害程度と目の前のリスクを本人が選ぶしかないのです」

美肌:「気持ちは決まっています。このまま改造を進めて下さい」

酉山:「元々の動機からすれば仕方ない選択でしょうね。私の立場からすると痛い結論ですが、反対はしません。後は改造後の人工小脳調整に全力を挙げるだけです」

美肌:「酉山先生にしわ寄せして申し訳ありませんが、お願いします」


(特設手術室)

漣:「これから行う頸椎脊髄ブロック処置の説明をします。本来BCI訓練は四肢が無い状態で行いますが、貴女は切断が出来ません。この訓練の目的は、人体に相当する器官が無いものを制御することです。これを効率よく行うため、手足に頼らずリモート機器だけで暮らすのです。切断が出来ないなら、動かなくして生活すればよいのです。このため、首に侵入して内側から麻酔剤を注入しブロックします。首から下が麻痺すると呼吸も止まるので気道を人工呼吸用に処置します。声帯の神経はブロック箇所より上なので無線の会話は可能なはずです。この処置を行うと、首から下が二度と動かないことがかなり多いのです。したがって、注入時の姿勢のまま永久に固まると想定しておくべきでしょう。貴女の体は最終的に展示物となるので、その姿勢で固めなくてはなりません。したがって、人工呼吸器を付けた後、しっかりポーズを取る必要があります。そのポーズは、立った状態で安定するものである必要があります」

美肌:「いわゆるバレエ立ちなら、自然体ですから安定すると思います。展示したときの見栄えの点でも問題ないと思います」

漣:「判りました。ではそのポーズでやりましょう。まず気道を切開するので、一度手術台に寝て下さい」

美肌:「これで良いですか?」

漣:「はいそのまま。首に麻酔打ちます。効いたな。じゃ、ざっくり行くか。気道引き出して...アダプタの位置はここで良いな。固定、漏れもなし。それでは尿道にBCIバルブ付きの排出管を着けます。ん、よし入った。アナルには便漏れ止めのためアナルプラグを差し込んで置きます。ぷにゅっ。これは排便処理装置に行って処理装置側をBCI操作すると着脱できます」

美肌:「ひゅー、ふしゅー...」

漣:「人工呼吸器のホース繋ぐわ。ホースの届くところなら移動できるわよ。ただし、絡まったり踏んだりしないように気を付けること。ではBCI訓練にかかりましょうか。とりあえず私がリフターを呼び寄せるわ。通常の訓練用リフターは達磨ッ子の胴を鷲掴みにするような機構なの。それだと肌に傷が付くことがあるので貴女用にフォーク式のを作りました。持ち上げは脇の下と股間をフォークで支えるようになっています。それでは、両脇と股間がフォークにかかった状態でポーズを決めて頂戴」

美肌:「これでいいてすか。股間は殆ど当たっていませんが」

漣:「股間のフォークは排便のため独立に動かせるの。ほら、これでどお?」

美肌:「両脇と均等に当たりました」

漣:「では今から小人になって貴女の食道に侵入し脊髄をブロックします。吹雪侯、首のブロック始めるから来て頂戴。リモートリンク接続」

吹雪:「持ち上げますよ。口のカバー開けます。ここで良いですね」

漣(小人):「極細針付きチューブを付けた残置注入器を入れて頂戴」

吹雪:「注入器どうぞ」

漣:「では注入器本体はここに固定して、ん、掛かったな、降りるわ。よいしょ、おっと滑るな。吹雪侯、痰吸引お願い。掴まってるから」

吹雪:「吸引やります」

漣:「5_奥の右側も掃除して頂戴。OK。じゃ、降ります。今度は大丈夫ね。そろり、そろり、ここで良いかな。針先を傾けて、ここっ。どれ、この手応えは軟骨、ならこれが硬膜か。よし届いたわ。
美肌さん、今からはしっかりポーズ崩さないように気を付けるのよ。吹雪侯、注入器のスイッチ入れて感覚があるか確かめて。つねっちゃダメよ」

吹雪:「注入開始。美肌さん手足の感覚は消えたかしら?」

美肌:「脇の下の圧迫は感じなくなりました。他は判りません」

吹雪:「つねっちゃダメと言ってもねえ。どうしようか。あ、そうだわ。ちょっとクリトリスをつついてみようか。クリクリ、どう?」

美肌:「なんにも感じません」

漣:「ブロック成功のようね。ポーズ崩れなかったかしら?」

吹雪:「ばっちり、バレエ立ちで固まっています」

漣:「よしよし。じゃあ出るわよ。吹雪侯は3時間ごとに薬液補給お願いね。よいしょ、えと、ここに脚を掛けて。上がったわ。吹雪侯、つまみ出して頂戴。リモートボディリンク解除」

漣(本体):「BCI訓練の目標はリフター他の機器を操作して自力で介護する事よ。貴女の場合は人工呼吸器の管のため行動範囲がこの部屋の中に制限されています。そのため食事と排泄に必要な設備が全部この手術室内に設置されています。まず食事は流動食だからリフターでディスペンサーの前に立って起動するだけね。排尿は、座れないのだからあそこに設置してある朝顔の前に立ってバルブ操作よ。排便は、まずあっちの処理装置に背を向けて立ち、股間のフォークを除けること。次に、処理装置を起動してツールを肛門に近づけ、画像を見ながらプラグを抜くこと。抜いたプラグは自動的に回収されて洗浄されるから放って置いて良いわ。次に、浣腸吸引装置のノズルを肛門に差し込んで洗浄してから吸引するのよ。それから、供給装置を操作して洗浄済の新しいアナルプラグを差し込むこと。で、最後に股間のフォークを戻して移動する。良いわね?」

美肌:「手順は解りました。昨日少しカーソルを動かしてみたので出来そうです」

漣:「そう、処置前からカーソルが掴めているのなら早く済みそうね」

美肌:「早くこの危険な状態を脱して、入れ墨を保存してしまいたいですから」

漣:「では次に睡眠だけど、手術台をベット代わりに使うようにしてね。寝るときはBCIで手術台も操作して45度以上に傾けてから体を置くのよ。服は着れないから、寒いときは手術台自体を温度調整すること。辱創防止のため、時々マッサージ機能を働かせることも忘れてはダメよ。完全に寝るときはタイマーを掛けて定期的にマッサージを働かせること。移動の際は、人工呼吸器のホースが捻れないように気を付けなさい。つまり、方向転換のときに同じ向きにばかり回ることは許されないのよ。3日連続して、誰の助けも受けずに過ごせたら合格よ。では頑張ってね」

美肌:「だいぶ髪が伸びてしまったので一度剃りたいのですが」

漣:「頭の入れ墨がまだ無事か確かめたくて、気になるのね」

美肌:「BCIでシェーバーを使えるように出来ませんか?」

漣:「傷を付ける心配もあるから、バリカンだけなら良いわよ。それで良いなら、あの洗面台にマニピュレーターを付けましょう」

美肌:「丁寧に刈ればいいのでそれでお願いします」


(1週間後)

漣:「よく頑張ったわね。これでいよいよ脳摘出にかかれるわ。今からやることは、まず首の血管を確保して外部生命維持装置の繋ぐの。それから、顔面を完全に取り去って水中摘出手術に掛かります。私が小人になってPETで大脳と小脳の境界面を確認しながら切り離します。そして血管が繋がった大脳をそっと持ち上げて浮き上がらせます。で、硬膜を縫い縮めて行って断面を閉じ、人工小脳をはめ込みます。そして脳ケースを閉鎖したら以後脳の世話は酉山先生の仕事ってことになります。体の方は、私が首の穴から入って必要な生体パーツを切り出します。生体パーツが出た後、余った身を適当に除去して保存のための処理をします。その辺りの工程は私に任せておいて頂戴。殆どは全身麻酔でやります。ただ、切り離し面を決める際には麻酔を浅くして苦痛信号を与えます。このときにかなり苦しいけど心配しないように」

美肌:「苦痛には既に十分慣れましたので自信があります」

漣:「よろしい。では始めましょうか。吹雪侯、全身麻酔開始よ」

吹雪:「ガス注入始めます。口の血流管からも入れます」

漣:「首開くわよ。よし開いた、止血、タイタンビーム、よしクリップもだ。血管はこことここか、呼吸バルブ邪魔で余長長すぎか、後で修正だな。分岐管4個頂戴。ピンチコックもよしまず動脈上、せーので押さえて切る。分岐入ったな、次、動脈下、仮に直結、放して、よし通じた。1秒以内だね。漏れ止めジェル押し込んで動脈分岐準備完了」

吹雪:「呼気成分変化無しです」

漣:「よっしゃ、静脈行くわよ、上押さえて下押さえて切ってつっこむ。で、上下連結。ピンチ取る、よし0.95秒か。ジェル詰めて、終わり」

吹雪:「当然異常なしです」

漣:「外部生命維持装置2基とも起動して」

吹雪:「脳側優先で順次やった方が良くないですか?」

漣:「いつもと違うのは脳が出た後の臓器維持時間が極めて長いってこと。何しろ、本来なら素体訓練入りで採っておく生殖器官までまだ入ってるのよ。しかも、全部中で解体して首から出さなきゃならないわけでしょ。ここで鮮度落としたくないわ。冷やすのも皮膚優先で遠慮しながらだしね」

吹雪:「なるほど。いつもの常識が通じないことが多いなあ」

漣:「なんたって、今回の費用は科学研究費から出てるんだし、実験なのよ。そういうことで、2基起動して血流管は4本いっぺんに頂戴」

吹雪:「承知です。では起動します。1号リターンループ流速上昇、成分よし。2号もよし。原液量いずれも満タン。予備電源充電率97%。管渡します」

漣:「よしきた、接続、エア抜き良し、コックせーので切換!。流れたわよ」

吹雪:「成分変化、許容範囲です。追加麻酔流します」

漣:「一安心だわ。じゃあ、顔取っ払いますか。丸鋸頂戴」

吹雪:「はいどうぞ。しかし、切れるところ狭いですね」

漣:「まあね。入れ墨の縁からきっちり8_プラマイ1_にしないとアウトね。遠いと出口が狭くて脳が通らないし、近いと止血クリップが入れ墨に当たるわ。ま、視覚に計画線をオーバーレイすればその程度は精度出るでしょう。じゃ、行くわよ。丸鋸始動。オーバレイデータ投影。で、一気にチュイーン。視線合致、タイタンビーム...どうだ」

吹雪:「お見事。その感じなら、骨もきっちり切れていますよ」

漣:「へへ。じゃ、クリップ掛けながら顔剥がすわよ」

吹雪:「ヘラは私で良いんですか?」

漣:「この場合、クリップのズレの方が怖いからね。よし上から入れて」

吹雪:「お、軽く持ち上がりましたね。骨の切り残しはないな」

漣:「さあて、脳ご対面成功ってとこで水槽に移すわよ」

吹雪:「手術台移動開始します。維持装置追従設定良し」

漣:「酉山先生、水中に移行しました。作業カプセルに入って下さい」

吹雪:「漣侯、このまま行きますか?。それともマイクロボディで?」

漣:「今日は貴女が一緒だから、マイクロで持って貰ってはいるわ」


(手術水槽内)

吹雪:「麻酔レベル下げました。線源投与します」

酉山:「PET映像は出ましたが、どこから刺激を加えるのですか?いつもなら、リモートリンクに繋ぐだけですがこの状態だと不可能です」

漣:「のどの奥を針で突くしか無いですわ。始めますよ。一寸法師の剣!。
電撃かけます」

酉山:「反応出ています。この娘は大脳領域が小脳側に食い込んでますね。絵とかバレエをやり込んでいるので運動と思考の一体化が進んでいるのかな。スポーツ脳ってやつの一種だな。人工小脳のスペースがきつめになりますね。曲面出してみると、うーん、どうにか入るけどクリアランスが少ないな」

漣:「なるほど。切断面の許容誤差が小さいですね。慎重に進めないと。でも一応プラスマージンだから何とか障害の出ない範囲で切れますよ。それでは、頭蓋内トンネルから横穴を開けて小脳に侵入します」

吹雪:「削岩機入れますか?」

漣:「薄くなっているところから入れるから要らないわ。超音波手刀オン!えいっ、きええぇ、よし開いた。硬膜はここからで良いな。さくっと...」

酉山:「位置捉えています。境界面の頂点は3a前方の直上4aです」

漣:「頂点手前につきました。基準点群オーパレイ画像送って下さい」

酉山:「送信しました。現在位置は合っていると思います。ご覧のように境界面と人工小脳の想定位置がほぼ密着しています」

漣:「ええ、でも硬膜を挟んでも最低0.5_はクリアランスが取れます。これなら何とかなります。切断時の運動NCデータを構築してみましょう。超音波手刀の軌跡はこのようになります。どう思いますか?」

酉山:「なるほど。このシーケンスなら周囲の位置ズレを最小化できますね。想定誤差を見積もりましょう。最大で0.47_と出ました。行けますか?」

漣:「数値さえ収まっていれば再現には自信があります。では、切断します。超音波手刀オン、身体制御NCモード、切断プログラムスタート...。終わりました。これで、大脳を引き上げられるはずです。吹雪侯お願い」

吹雪:「吸盤アーム4基降ろします。大脳表面の硬膜に吸着しました。負圧平方aあたり0.7cに維持します」

漣:「まず0.5_だけ極低速で引き上げてみて。うん、この方向で良いわ。生食注入チューブを頭蓋内トンネルに入れて頂戴。私が先端を下に差し込むわ。後頭部の隙間に少しずつ生食を注入して押せば無理なく引き上げられるでしょ」

吹雪:「そうですね。眼球はどうしますか?」

漣:「大脳ごと引き上げて外で切除した方が楽だわ。じゃ私は血管を再処理します。まだ小脳側に行く分岐が繋がっているから切り離して塞がないとね。え−と、あったここだわ。道具箱...クリップこれで良いな。よし、切断。吹雪侯、後5_ゆっくり引き上げてみて。はいOK。うまく行ってるな。では次2a上げてみて。これで後頭部に潜り込めるから分離を確かめます。よいしょ、うん、うまく浮き上がっているわね。じゃまた、2a上げて」

吹雪:「かなり出てきましたね。顔面は引っかかる恐れがありません」

漣:「待って、後ろ側で硬膜の縁を完全に切り離す処理が残っているわ。後で塞ぎやすいようにこの段階で整形もしてしまうから。ライン取りは...これで良し。超音波手刀、やっ...よし。できた。あと2a上げてみて。止めて、これで硬膜がめくりあげられるな。このまま前に回して切り口を閉じてしまうわよ。髄液バルブ入れて頂戴」

吹雪:「はいどうぞ。針と糸も要りますね」

漣:「お願い。バルブの置き場所はここでよし、では硬膜を縫いつけて。ん、ん、ん、ほい塞がった、バルブの脳圧ゲージはどうかな」

吹雪:「モニター繋がりました。じわじわ低圧から正常圧に向かってます」

漣:「一安心ね。じゃあ今度は3a引き上げて」

酉山:「かなり大脳が顔を出してきましたね。摘出成功ですよ」

漣:「一応です。まだ血管の余長が大きいので繋ぎ換えがあります。後の脳容器への収納は私らで済ませますから先に出ていて下さい。人工小脳を仮セットして脳容器に生命維持装置を付けるまで2時間です。その間に獄門台室で人工小脳の調整準備をお願いしますね」

酉山:「承知しました。では一足お先に」


(獄門台室)

酉山:「脳容器が揚がってくるまでの時間は短い、準備を急いでくれ給え。顔面メカと眼球、内耳、嗅覚、舌の個別動作試験は終わったかね」

頭部機構担当者:「感覚器は全てすぐ使えます。顔面はあと少しです。この娘は表情パターンデータが豊富すぎるものですから」

酉山:「ちょっと採りすぎたかな。優先順位付けは出来ているかね」

頭部機構担当者:「喜怒哀楽基礎パターンはアップロード済です」

酉山:「ご苦労様。獄門台の豚臓器DNA照合は済んでいるかな」

獄門台担当者:「全てオーダー通りでした」

酉山:「了解した。さすがに帝國が手配した資材にミスはないようだな。顔面と頭部の外装パーツ検品は良いかね?」

頭部外装担当者:「頭皮パーツについて一つ疑問点があります。素体はスキンヘッドだったのに、ロングで植毛されてきています」

酉山:「ああ、それは手違いではないよ。済まん、事情を伝えてなかったな。実はそれが本来の髪型だったのだが、入れ墨のために剃っていたそうだ。改造手術後は全身無地の人工皮膚から再出発することになるだろ。 また入れ墨を彫るにしても全身を埋めるには相当時間が掛かる。宙軍に入れば当分は研修などもあって忙しくなると言うことだ。それで、頭まで入れ墨を彫る暇が無さそうなので本来の髪型を希望したのだ。それに、無脊髄型サイボーグだと首外しの機構が付くから継ぎ目があるだろ。切り離し時を考えたらデザイン的にも頭まで続けて彫る気はしないだろうね」

頭部外装担当者:「そうでしたか。了解しました」

酉山:「ロングヘアだから獄門台接続時に咬まないよう気を付けてくれよ」

獄門台担当者:「承知しました。注意します」

吹雪:「脳容器収容完了しました。1時間で覚醒する予定ですので宜しく」

酉山:「解りました。1時間あれば組みあがった状態で覚醒できますね。ところで、漣大佐は?」

吹雪:「胴体内の生体パーツ使用部分摘出を続けています。当分掛かりきりです。あと60時間は掛かるかも。私も脳をお渡ししたらすぐ手伝いに戻ります」

酉山:「そうですか。ご苦労様です。だけどそんなに長引いて鮮度は大丈夫かな」

吹雪:「なにぶん、首からしか出入りできないので手間が掛かります。生殖器や肝臓、小腸の鮮度が落ちるとまずいので2台目の維持装置を繋いでいます。大出血で維持装置が効かなくならないよう慎重にアクセストンネルを掘っています。ボディ搭載の一次生命維持装置用に必要な骨髄はあと2時間で採れる予定です」

酉山:「この娘は獄門台での調整に時間が掛かるからそれなら十分早いですよ」

吹雪:「では、無理せずゆっくりやらせて貰いますね」

酉山:「よし、全員頭部パーツの組み付けに掛かるんだ」


(1時間後)

酉山:「うむ、セッティングは良いな。人工小脳管理ブロックをブートさせる」

美肌:「ぴぽっ。ITARON−Nオペレーティングシステム起動しました。人工小脳システム検出、起動中、起動完了、生体脳意味信号検出。覚醒確認。ボディ接続インタフェースにエラー発生、ボディ未検出です。制御を生体脳に継承します。継承手続き中...うっ、あ、やめて、組長。落ち着いて、きゃーーっ、あんた、あんたーーーぁ」

酉山:「美肌さん、落ち着いて。脳摘出手術は成功しましたよ」

美肌:「え、あ、ここは、ああそうだった、今のは一体?」

酉山:「やはり、悪夢にうなされていたようですね。これが人工小脳の欠点でして。手術後の覚醒時に今までで最も怖い目にあった記憶が呼び出されてしまうのです。小脳と大脳を切り離すときに境界面を出すため苦痛信号を加えたのです。多くの場合、その刺激で厭な記憶が呼び出されて悪夢になってしまうのです」

美肌:「お騒がせしました。もう大丈夫です」

酉山:「いま貴女は、首だけが出来上がって獄門台に乗っている状態です。人工小脳調整に時間が掛かるのでしばらくはここで我慢して下さい。それから、ボディのほうも、まだ生体パーツの摘出待ちです」

美肌:「ここで時間が掛かるのは承知していました。漣大佐に宜しくお伝え下さい」


(4日後 特設手術室)

漣:「漸く全て終わるわね。しんどいけど面白い手術だったわ」

吹雪:「さすがの我々も人間の剥製を作るのは初めてですし。だけど顔どうします?。他がこれだけ綺麗に傷一つ無いと、ぽっかり穴の開いた顔が目立ちますよね」

漣:「まもなくそこに付けるものが届くのよ」

葉梨:「どうも。漣侯、仰せの通り加工して持参しました。お確かめを」

吹雪:「げえっ、これはリアルな」

漣:「歯が実物だしね。画龍点靖よ。さて、顔を張り付けて立てるわよ。葉梨先生ご苦労様。お代は例の口座で良いわね」

葉梨:「ありがとうございます。でわ失礼」

吹雪:「おおぴったり。いつの間に型どりしたのですか?」

漣:「型どりじゃなくて私の視覚データから変換したのよ。大したものでしょ」

吹雪:「おみそれです。付いたから立ててみましょうか。おお、安定も良い」

漣:「そりゃそうよ。胸から上はヘリウムバルーンを詰めてあるのだから。逆に脚には重い金属骨格を入れてあるし、地震があっても倒れないわ。早速、ギャラリーに飾りましょうかね」


(ギャラリー)

漣:「この位置で良いわね。それじゃあ美肌を呼び出しましょう」

吹雪:「ちょうど1人で歩けるようになったところのようです」

美肌:「どうもお世話になりました。体の方も順調...ぎゃっ、顔!」

漣:「ちゃんと約束通り入れ墨には一切傷を付けなかったわよ。何か?」

美肌:「ごもっともです。でも、顔は想定外でした。ただの蓋でも付くものと。こんな事なら酉山先生に展示を約束するのでなかったわ。とほほ」

漣;「あら?。どういう想定だったの?」

美肌:「顔が無くて誰だか判らない状態で展示されると思っていました。誰だか判る状態で永久に全裸を人目に晒す事になるとは。どうやって?」

漣:「私の視覚データを使ってNC加工で彫刻したのよ。歯は抜いた本物を使わせて貰ったわ。この程度の徹底精神は当然よ」

美肌:「恐れ入りました」

漣:「貴女は色々わがままを言ったのだから、しっかり働いて貰うわ。工芸官だって宙軍研究所の仕事は甘くないのよ。これがその証ね」

美肌:「はっ。美肌三等兵は以後その気で頑張ります。宜しくお願いします」


(入れ墨は人体改造の第一歩としてポピュラーなものです。しかし、全身を覆う入れ墨を保存しようとすると改造手術は困難を極めます。ところで、どうして突然こんないかれた妄想にとり憑かれたのだろう。ワケワカランorz。以上、長大臨時増刊おわり)

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