−−(3)艦内通路での立ち話−−
マサ:「特例志願兵ってなんだっけ」
リホ:「またぁ、マサは脳天気ね。あんまり聞くもんじゃないんだけどなあ」
マサ:「知り合いにいないもん」
リホ:「サンプル分析班の冬子って特例だよ。資源探査中はよく会ってたじゃないの」
マサ:「冬子って、休憩時間も分析室にこもってて、3年間ジェットシルバーのセミロングを代えなかった娘だよね。階級からすると私らと同期くらいだと思うけど、素体養成所で会った記憶無いんだよね。で、特例ってなんなの?」
リホ:「私たちみたいに義務教育中の適性観察に基づいて強制徴兵されたんじゃなくて、全身麻痺とかの重い障害者を対象に募集している志願兵らしいんだ。詳しいことは聞いて無いけどね」
マサ:「あっ、冬子だわ。噂をしたせいかな」
リホ:「おはよう。帰りの航路では分析を依頼する機会がなかったから久しぶりね」
冬子:「うん。ボーナス目当てで仮分析の検証急いでたから分析室に入り浸りで。ふふふっ」
リホ:「ボーナス決まったから当たり前かも知れないけど、やけに嬉しそうね」
冬子:「ええ、これでやっと食事が出来る体になれるから」
マサ:「そりゃ、3年ぶりだけど地上で長期休暇の時は普通真っ先に選ぶオプションでしょ。リエみたいな変態は別にしてさぁ。元は自分の体にあった肝臓とか小腸をユニットに詰めただけなのにランニングコストとかいってポイント取られるのはむかつくけど」
冬子:「そういえばマサって特例志願のこと全然知らなかったんだっけ。私って頸椎損傷で息も自前で出来ない状態だったんだ。それで5年目に特別志願の制度出来たんで飛びついたって訳。サイボーグなら自前で動けるようになるって大喜びでね。ところが、普通のサイボーグは脳と脊髄セットで使うのに、私のは脊髄がダメじゃん。今の技術じゃ接続してもまともに動かないんだ。でさ、脊髄は取っちゃって代わりに身体制御CPU増設してくれたんだけど、これのプログラムって個人毎に新規開発でさ、原価で2000万ポイントかかっちゃってるのよ。で、半額は軍の研究予算で面倒見るけど、残りは福祉公社からポイント借りて働いて返すって条件付きで志願が受理されたの。おまけに5年間流動食だったから消化器も使えなくて、遺伝子組み替えブタを新調することになってね。こっちは自腹のオプションだから4000万完済しないと引き渡してくれなくて、今度のボーナスでやっと手に入るんだ」
マサ:「高ぁい!。豪邸建っちゃうじゃん。燃料電池直結でも酒なら飲めるのによくそこまでしたわね。私ならその分で高級ブランデ−飲むなあ」
冬子:「もう一度子供と食事したくてね。もともと私が車で調子こいて自損やって怪我したんだ。幸い後遺症無かったけど子供も巻き添えにしちゃって、それっきり何もしてやれなくて」
マサ:「ごめんね。あんまり聞かない方がよかったみたいね。でも普通は下士官にならないと結婚許可降りないから子持ちってちょっとうらやましいなあ。私も子供産みたかったな」
リホ:「...(そりゃ徴兵されてなくても無理でしょ、が言えない絶句)」
冬子:「私も結婚許可は無いの。仮に許可取れてもシビリアンが相手では無理だから離婚して素体になったんだけど、迷惑かけっぱなしだったのに、彼は絶対再婚しないからいつ帰ってもいいよって言ってくれててね」
マサ:「うるうる。ひっく、ああでも涙がでないよお。泣けるオプションほしい−−」
冬子:「かえってごめんね。重い話で。でもその”ひっく”ってリアクションも羨ましいんだ。脊髄の無い身にはね」
マサ:「うるうる。私そんな大変な人が一緒に乗ってるなんて知らなくて。資源探査だってテキトーに予定消化するだけだったわ」
冬子:「いいのよ。そもそも私だってシビリアンの税金があんなに安いのは軌道工場の製品で外貨稼いでるからだなんて宇宙に出て軌道工場の資材選別やるまで知らなかったの。3年半でも気楽に専業主婦出来たのって徴兵された娘のおかげだから感謝してるわ」
リホ:「工場勤務だったんだ。1等兵で艦隊勤務は初めてって珍しいから、海底基地あたりから転属かと思ってた」
冬子:「運動性能が不完全でも危険が少ないので特例の娘は殆ど工場に回されるみたいなの。コロニーと隕石鉱山の往来もゴンドラだし宇宙遊泳資格が無くても務まるから。ただ宇宙遊泳資格がないと他に特技無しじゃなかなか三等兵から昇進できないし、艦隊のような割り増し支給ポイントもないからつまらなかったわ。工場要員確保のため特例志願が始まったんだから贅沢は言えないけど艦内分析室への異動願いが通ったときは嬉しかったな」
マサ:「素体養成所で見かけなかったのは昇進が遅かったせいだったんだ」
冬子:「それは違うわ。私たちは年齢差や体を動かせないとか、手足が無いとか一人ずつ訓練メニューを調整しなきゃいけないから障害者福祉公団内の臨時素体養成所で訓練されたの。幸い私は元から女だし寝たきりのときにBCIを使っていたので、逆に徴兵の娘より短期で済んだの。サイボーグになっても脊髄のせいで障害者手帳が残っちゃったのはちょっとがっかりだったけどね」
真理亜:「おいゴルァ、マサ、まだこんなとこで油売ってたのか」
マサ:「ああううっま、真理亜侯さま、すみませんです。冬子のこと初めて聞いたもので泣けちゃって」
冬子:「申し訳ございません。」
真理亜:「冬子が制限付きの体なのにがんがってるのは事実なんだからいいのよ。マサはバカっぽ杉。特例の制度なんて誰でもアクセスできる一般軍規集に出てるのに。大体、惑星間航行中は暇だって、ゲームにはまってばかりなんて全然進歩ないんだから」
マサ:「あのぉ−、あれは宙軍公式訓練プログラムですがぁ、スコアポイントもたんまり頂いてますしぃ、重機で微小惑星収集する手際がずいぶん進歩したって仰せだったのでは...」
真理亜:「重機操作だけはね。でも、軍規、輸送計画、惑星開発シミュレーションのスコアが空白じゃ下士官にはなれないわよ。そもそも北米連合に全身サイボーグの技術が漏れない限り重機で射撃戦なんてやる相手が居ないんだからトータルスコアがいくら高くても昇進にはつながらないの。宙軍は人が少ないのに藻前のような頭の軽い娘が混じるなんて徴兵適性基準の見直しを上申しなきゃダメかしら」
マサ:「そんなぁ。素体召集令状には偏差値95ってなってましたよ。尻は軽くても頭はそんなに軽くないですぅ」
真理亜:「あちゃ−、バカの2乗だわ。肝心なことに気づいていないのね」
マサ:「えっ。だって偏差値95って算術応用力や反射神経が抜群ってことでしょ」
真理亜:「あのねえ。徴兵適性基準の生殖組織バンク均衡条項ってどうせ知らないでしょ。要するに、将来の素体供給を安定させるため、徴兵の半分はなるべく男子からできるように性転換リスクの少ない子は加点するってこと。マサは元男でコギャル趣味だから、限度いっぱいに加点されたはずよ。体内CPU使いこなしてないようだから応用力は並み以下かもね」
マサ:「そんな思い出したくない過去のこと...。真理亜様がいじめるよお、一昨日は愛してるって仰せだったのにぃ」
真理亜:「息抜きイベントのVR乱交会でヒットしただけで本気になられちゃ迷惑よ。そもそも貴族と結婚したいなら、まず特務少佐に昇進して1代貴族に列せられなきゃね。私の愛が欲しかったら昇進して監督者ポイントに貢献してちょうだい。ついでに言っておくと貴族は緊急時に脳脊髄ユニット開けられなきゃいけないし、新兵が入る時期に地上にいると改造手術にも動員されるから脳外科限定医師免許も取っておくことね」
マサ:「休暇中、大学に行けと仰せで?。私、中卒なんですが、軍で高卒認定証明をいただけるのでしょうか」
真理亜:「またぁ。サイボーグは体内CPUで知識処理が出来るからダウンロードしてディレクトリ読むだけで座学は高校から大学まで免除よ。体育や芸術、教養理科実験なんかの単位は素体養成所の教練受けてるから、今すぐでも軍務局サーバーから高専相当の証明取れるの。シミュレーション実習は航行中にできる公式訓練プログラムでポイントを上げれば互換単位認定されるのよ。後は現場実習20回で免許が下りるから新兵改造の時期に助手をやっていれば1シーズンで回数を満たせるかもね。次に私が新兵改造に動員されるまでに単位取れてたら助手にしてこき使ってあげるわよ。藻前じゃ、1代貴族までの道は遠い気もするけど、とりあえず次の勤務からは小脳や脊髄だけでなく体内CPUも鍛えなさい」
マサ:「わかりました。では、次の勤務も真理亜様の愛を目指して今の編成で飛ぶんですね」
真理亜:「決まりじゃないけど、他の艦に異動しても藻前を引き取ってくれるような軽いノリの小隊を見つけるのは難しいわね。さあ、判ったら部署に急ぐのよ。売るほど余ってるなら潤滑油の支給は1回パスで良いわね」
マサ:「はっ了解しました。潤滑油は真理亜様の愛で代用できますです。失礼します」
真理亜:「ゴルァ...力が抜けた」

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