(久しぶりにオプションパーツ本編の続きです。本編最終回・屯田兵の予定でしたが、金星の環境を降下可能にするには氷が足りませんでした。難航の結果長くなったので2回に分け、今回は予定外のタイトルにします。)
−−(35)再改造−−
(経済特区 酉山科学研究所)
朝子10世:「酉山博士、冬子からの報告を受けましたが、脊髄の代替はほぼ成功のようね」
酉山:「東宮様、歩行や跳躍については健常者並みと言えますが、性感は不完全です。原型となるサンプルデータが障害のある理美のものしか無かったので元々不十分でした。その点については冬子大尉も承知の上だったし、とりあえず操舵員としての機能は改善しました。しかし、予測された他人の性器を移植されたような違和感という問題だけでは済みませんでした。なんというか、神経の途中に膜でも張られたような間接的な感触がすると言われましてね。冬子大尉の場合、脊髄障害になってから年月が経っていますので脳の対応部位に退化が起きています。これを修復するとなると生体脳の再生は遅すぎるので小脳辺りまでの機械化しか無いでしょう。この状態が長引けば精神面に悪影響が出る心配もあり、放置は好ましくありません。しかし、脳下位機能の機械化技術は未完成なので、すぐに出来る対策はありません」
朝子10世:「あと、どれくらい時間が必要なのですか?あなたは、鳥のサイボーグ化に際して脳改造もやったのだから基本技術はあるのでは?」
酉山:「飛行機能の修復には成功しましたが、鳥は細かいことに文句を言いません。本当に小脳の機械化に成功したという証明はないのです。動物の精神は単純です。人間なら耐え難い違和感でも、本能が勝つことで耐えてしまうのかも知れないのです。まず猿とか象のように感情が明瞭な動物で、5年ほどかけて実験を繰り返す必要があります」
朝子10世:「なるほど。それなら口が利ける実験動物が居れば3年で出来るわね」
酉山:「はあ?」
朝子10世:「特区住民のあなたは知らないけど、帝国には動物の身分になった人間が居ます。帝国本体では死刑が廃止されており、代わりの極刑として人権削除刑が採用されています。強盗殺人犯やスパイなどで捕まり、直接の物証によって冤罪の余地もない時に執行されます。この刑を受けた者は、国家が飼養する動物として扱われ、大半が実験に供用されます。主な用途は、人権のある素体では不可能な脳改造実験や非人間型サイボーグの試作です。宙軍大臣つまり私が要請し、刑部大臣が同意すれば厳重な管理の元で民間供与もできます。厳重な管理といっても、条件は絶対に反抗や逃亡が出来ないような状態に保つことだけです。あなたの脳改造技術なら条件を満たして実験することは容易でしょう」
酉山:「重罪人に同情するわけではありませんが、この実験では人間型ボディが必要です。人権削除囚を人間型ボディに組み込むことは許容されるのですね?」
朝子10世:「反抗や逃亡が出来ないように安全装置を組み込むなら許可できます。装置自体は、全ての身体制御CPUに初めから組み込まれていますが設定が特殊になります」
酉山:「全てのですか?。でもまさか貴女には付いていないのでしょう?」
朝子10世:「万が一、脳に傷害を受けてサイボーグが暴走したら危険ですよね。要人なら、なおさらです。通常のサイボーグでは直属の上官が強制リモート権を有します。私に対しては皇帝陛下が直属の上官ということになります。皇帝陛下も例外ではありません。上官が居ないので、検事総長と元老院議長が同意したときだけ、私に権限が生じます。いずれの場合も、24時間以内に元老院で延長決議を受けないと自動解除されます。また権限を有する者でも、法令で認められた場合以外の乱用は人権犯罪とされます。人権削除囚、別名非人では逆に解除方法のない常時起動でプログラムしないといけません。制御内容も強制リモートではなく強制停止とすることになります。許可された施設内で監視サーバーから許可電波を受けている間のみ自力行動が許されます」
酉山:「なるほど。徹底していますね。管理の仕組みはよくわかりました。監視サーバーさえ供与いただけば、ここでもやれそうですね。あと一つお願いがあります。それが整えば、ご希望通り3年で実用化できそうです」
朝子10世:「あと一つとは何でしょう?」
酉山:「水中手術施設の供与と術者の派遣です。帝国の脳摘出法には必須でしょう。たとえ施設があっても、私が直接実行するのは非常に困難ですし」
朝子10世:「もちろんご用意します。非人供与とはセットで考えていました。術者については、あなたの設計を忠実に再現できる熟練者を選定します。本当は私自身でやりたいくらいですが、時間がとれないのは残念ですよ」
(静止軌道第一工場衛星 宇宙工業本部)
華子:「金属素材部長、爆風受け素材の試験結果はどうなりました?」
金属素材部長:「入手できる元素で1000dも使うとなると選択の余地は限られます。8種類ほどの成分を試したのですが、タングステン系で何とか行けると思います。なにぶん核実験が出来ないので、あくまでもミラーで作れる高熱での実験結果です。1回の核パルスに対し摩耗率は2_ほどになります。厚み5mだと500発が限度です。20%も減る頃には扁摩耗が目立ってきて強度の不足する箇所が出ます」
華子:「いまいちねえ。あとは構造の工夫で摩耗を抑える手を見つけないと。構造設計部長、何か良い案は出てないの?」
構造設計部長:「摩耗の主要因は赤外線吸収による蒸発ですから液冷すれば抑えられます。核の高温ですから、水では追いつきませんが水銀を加圧して小穴から滲出させれば効きます。摩耗抑止の他に、気化した水銀の蒸気圧が推進力に加わるという利点もあります」
華子:「水銀ねえ。資源量は大丈夫かしら?」
構造設計部長:「貴金属としては安いほうですが、百d単位で消耗する用途なんて初めてです。今までは金や白金、銀の副産物で需要が満たされるので真剣に探査されたことが無いのです。情報と言っても東宮様が行かれたトロヤで含有量が多いという報告が残っているだけです。爆風受けなら滲出させる小穴の密度で消費量が調整できるので資源見合いで設計は出来ます。水銀をケチれば摩耗が早くなりますが、今の生産量で1発0.2_程にはできそうです。その条件で総重量20万d程度の試作艦を年間4往復カロンまで飛ばすくらいは可能でしょう。試作艦の運航試験と平行して資源探査を進め、資源量に合わせた最適化を行えば良いのです」
華子:「片道10日という理論値に比べると年に4往復だけとはしょぼいなあ。まあ、理論値は所詮強度抜きで燃料の質量とエネルギーの関係だけで決まるから仕方ないか。とにかく1隻作って動かしてみないと判らないことが多すぎるわね」
構造設計部長:「ところで、乗員確保のめどは立つのですか?想定される推進時の衝撃に耐えられるのは、無籍髄型サイボーグだけですよ。核爆弾の臨界量が決まってるから、1パルス当たりの爆発力を下げるのは限界なんです。船体を重くできればGは下げられるんですが、素材強度による限界もあります。総重量20万dというのが、現在使える素材では精一杯でしょう」
華子:「あ、その前に建造ドックのことなんだけど、火星軌道でって事なのよ。つまり、ドックを作るのに2年かかって、それから艦の建造で2年でしょ。3年先には乗員の再改造が始められるあてもあるから時期は合うのよ」
構造設計部長:「え、火星軌道にドックを置くんですか。なんでまたそんな遠くで。工場作業員の交代だって、大変になりますよ。往復も宇宙滞在時間になるんです。実働期間が減った分は人を増やさないといけないから、かなりコストアップしますが」
華子:「政治的制約よ。地球から遠いところでなら宇宙条約の規制緩和も通ると見込んでね。地球付近だと推進用核爆弾を地上攻撃にも使えるじゃないかって、必ず問題になるからね。工場要員は高速連絡艦の乗員なんかと比べたら、遙かに余裕があるからこの際仕方ないわ。コストだって、しょぼいと言っても今の高速連絡艦50隻分の積載量なら悪くはないわ」
(国連安全保障理事会)
弥生:「我々は、地球温暖化に起因する食糧難解決のため衛星軌道に生産拠点を設けました。また、アリババ大砂漠の縮小による耕地化にも協力を行ってきました。砂漠緑化の効果で、ここ5年ほどは地球温暖化のペースが鈍っているのは周知の通りです。さらに、金星の可住化に着手し局地的低温化と成層圏における生産施設設置に成功しています。しかし、金星地表の大部分は、まだサイボーグも降りられない平均気温340度の地獄です。計画開始以来、60度ほどの温度低下がみられるものの炭酸ガスの減少はごく僅かでした。即ち、隕石投下で生じた塵の遮光効果により一時的な低温化が起きただけで永続性はありません。氷隕石落下地点付近では降水もみられますが硫酸分が濃く炭酸ガスが殆ど吸収されません。炭酸ガスを吸収できる水面を得るには現状の2桁増しのペースで氷を入れないと無理でしょう。それを実行するには、カイパーベルトへの機材輸送能力を大幅に増強する必要があります。しかし、高加速宇宙艦に適合する乗員が少ないので機材を増やしても運行しきれません。これを根本的に解決するには、強力な推進方式で積載量と運行回数を増やす必要があります。すぐに実用化でき、十分な推進力が得られるのは核パルス推進だけです。そこで、宇宙条約を改定し、地球及び月から十分遠い空間では核爆発の利用を容認願いたい」
西欧連国連大使:「確かに地球や月から十分遠い空間で使うなら実害はないでしょう。しかし、地球からそこに運ばれる過程では衛星軌道に核爆弾が配備されたことになります。たとえ、貴国に兵器として使う意図がないとしても事故やテロの懸念は払拭できません」
弥生:「素材の採掘から製造までの全過程を火星やメインベルトで行うことは可能です。機材と乗員は火星まで従来型宇宙艦で移動し、工場衛星で乗り換えるようにします。地球の衛星軌道上に核爆弾を持ち込むつもりはありません」
北米連国連大使:「つまり、国連が許容しようがしまいが強行することも簡単って訳だ。だったら、好き勝手にやって、世界を敵に回したらどうです?」
弥生:「金星を可住化した後は食料生産地として活用するつもりです。世界から孤立して輸出がままならないようでは事業として採算が成り立ちません。したがって、核パルス推進艦の運用については兵器転用の疑いがない透明性を保証します」
北米連国連大使:「ほう?。どうやって」
弥生:「火星に設置する工場衛星は外国の宇宙船も寄港できる仕様で建設します。つまり、地上の経済特区に準じた自由港とするのです。したがって査察も可能です。推進用の核爆弾製造工程は常時視察可能としミサイル搭載用でないことを担保します」
北米連国連大使:「地球軌道上の工場衛星には絶対に入らせなかったではないか。なぜ火星なら良いというのか。矛盾している」
弥生:「それは、あなた方の月基地だってお互い様でしょう。あなたがたの工作員は我が国や資源国において再三非合法活動を行っています。地球近傍の施設なら工作員をにわか宇宙飛行士に仕立てて投入できますね。遠い火星なら、にわか宇宙飛行士が行ける可能性は少ないだろうと言うことです」
北米連国連大使:「工作員?。我が政府は一切関知しません。民間の情報屋ですよ。仮にその者等が北米人だとしても、民間人の犯罪まで政府は責任が持てないでしょ。工作員なんて口実で、遠すぎて査察に行ける者が居ないと当て込んでいるだけだろ」
満漢人民共和国国連大使:「人民共和国査察官供出可能也。達磨娘遠距離飛行可能」
北米連国連大使:「おたくのダルマ娘は、活動するとき帝国製品に頼ってるじゃないか。公正中立な査察なんか出来るとは思えないですね」
満漢人民共和国国連大使:「達磨娘十分多数確保済。人海戦術対抗圧力不可能。我国食糧難深刻。食料産地増加熱烈歓迎。北米連金星可住化代替案未提示、反対無意味」
北米連国連大使:「何で我々が無闇に人口を増やした国の面倒見無くちゃいかんのだ。文句なら食うものも無いくせに内戦に血道を上げてるような奴らに言って貰いたい」
満漢人民共和国国連大使:「北米連御都合主義、内戦火中注油責任有」
アリババ連盟国連大使:「禿同。我々のところでも散々対立を煽っていたじゃないか。あのころに砂漠の拡大を食い止めていれば、まだ苦労が少なかったんだ」
南亜連国連大使:「うちなんか、昔の内戦に介入してきたとき枯葉剤まかれたんだよ。お陰でジャングルが枯れたあとの荒れ地は、今も汚染が残って耕地にならないんだ。あの地域は奇形児の出生率が高いんだ。遺伝子まで傷物にされて放置じゃないか」
北米連国連大使:「便乗で変な言いがかりはやめてほしいですな。遺伝子とか進化論はインチキだから我が国の教科書ではとっくに削除済です。猿から人間が生まれるわけないでしょ。おたくらは猿なんですか?」
西欧連国連大使:「昔の恨み言は別の機会にして査察の実現性を論じるべきでしょう。満漢人民共和国が出せるというなら、我々も努力しないとね」
スレイブ共和国連邦国連大使:「我が国は人と機材なら何とかなるが金が足りない。西欧連が共同でやるなら乗れるんだけどね。うちのような寒冷地の国は食糧難なんだ。金星の可住化に対しては、まだ半信半疑だが、やれるものならやってもらいたい」
北米連国連大使:「餌に釣られて後悔することになりませんかね」
スレイブ共和国連邦国連大使:「あんたには、餌に事欠く辛さは解らないだろう。そんなに言うなら、もっと魅力的な餌を撒いてくれや」
弥生:「我々は、北米連の暴挙による核被害にも関わらず核武装は控えてきました。今後も、兵器としての核を認めない政策に変更はありません」
(酉山科学研究所 再改造手術室隣の観察室)
漣:「東宮様の命で術者として派遣されました漣大佐です」
酉山:「ん、漣...お名前に記憶があります。脳の耐Gに関する論文を書かれていますね」
漣:「普段は宙軍研究所脳脊髄医学研究部長をやっております。耐G要員選別法が専門です」
酉山:「ああ、やっぱり。そんな要職にある方が私の手伝いなぞやっていて良いのですか?」
漣:「私ども赤の公家の者は手術が大好きでして、この件には是非加わりたかったのです。それで東宮様に強くお願いして、仕事を押しつけられる優秀な副部長を配置して貰いました」
酉山:「帝国当局の意気込みは承知していますが、初めての試みですからどうなりますやら」
漣:「宙軍も良い人材は居ますが、手術とメカ開発が両方とも一流の者はなかなか居ません。あなたの実績は、条件に恵まれた我が帝国のサイボーグ技術者から見ても異能なのですよ。我々は術者もサイボーグと言う事を活かした神経を1本ずつ繋ぐ技術に依存してきました。しかし、生体−機械間インタフェースが大脳−小脳間に移れば本数的に限界を超えます。また、どんなに微細化しても接触型である限り、大加速度で損傷する可能性があります。酉山博士が開発された、高密度フェイズドアレイ微弱電磁界結合方式は実に画期的です。脳内電磁界をアレイアンテナで立体視して意味抽出を行い、また逆に送り込むのですからね。非接触だから耐G性が格段に向上するし、意味を直接交換するので計算量は激減します。Gで少々位置がずれても座標変換で補正できるから、単に生存するだけでなく行動が可能です。生体部分が頭蓋上部に集約されれば2次生命維持装置を頭部に設置できるようにもなります。首の着脱が可能になれば、用途別ボディを着替えのように使い分けられ生活も便利になります。我々が求めていた性能条件を見事に満たしていますよ」
酉山:「実験が成功しないうちからむやみに絶賛されると後で問題が起きたら困りますね。フェイズドアレイアンテナによる立体視は、昔から対空レーダーに使われてきた技術です。帝国の部品生産技術が良いから、脳内の狭い空間で使えるようになっただけのことです。本当は、私のオリジナリティなんてあまり無いし、私だけでは実施すらできないのです。帝国の術者による水中手術でなければ血管が処理しきれないのですから」
漣:「実験がすぐに成功しようがしまいが、技術の方向性に対する評価は変わりませんよ。失敗するとしたら、私の作業ミスが原因になるかも知れないですしね。さて、非人の搬入まで1時間ほどですから、新施設の詳細について打ち合わせましょうか。向こうの手術水槽は、宙軍研究所で使用している物と同一の作業カプセル付き水槽です。帝国では通常改造手術なら脳摘出をサイボーグ術者だけでやっているので施設が簡単です。しかし実験目的の手術ではシビリアンの研究員が作業に加わることもあります。それで、研究施設の手術水槽にはクレーンで吊された作業カプセルが付属します。あなたにはあのカプセルに入って水中に降り、細かい指示を出して貰うことになります。準備室でカプセルに入って丸ごと滅菌槽に浸されてから手術室内に移動して来るのです。カプセル内に設けられた3Dディスプレイには我々の視覚が転送されます。コンソール右のレバーでポインタを出せば我々の視覚に位置を示すことが出来ます。左のレバーはカプセルの移動用です。VoIP端末もあるので我々と音声会話が出来ます。コンソール上のスイッチ類は手術用機器の操作に使う物で、各々用途表示が付いています」
酉山:「個々の機器についてはマニュアルを読みました。全て類似機種の経験があります」
冬子:「漣部長、人柱2柱を運んで参りました。結構通関手続きが手間でしたね」
漣:「仕方ないよ。ある意味これ以上危険な物品は無いのだから。思ったより早かったわ」
酉山:「非人なら制度上必要ないでしょうけど、慣例として本人に説明したいのですが」
漣:「まともに話を聞くとは思えませんが、先生の流儀でやって下さい」
酉山:「手術後の性能評価を円滑に進めるために、納得して手術を受けさせたいのです」
漣:「うーん、難しいところですね。奴らには恩赦を餌に協力させることが許されません。特にこの2体は外国から処刑を受託したので、外交信義上も絶対に恩赦はありえません」
酉山:「非人間型から人間型に換装されるだけでもメリットはあるでしょう」
漣:「なるほど。まあ、非人の行動制限内なら多少人間らしく暮らさせるのは可能です。承知しました。では、奴らを起動させます。起動ボタン...」
桜花:「ぴぽっ、人柱版ITARON起動しました...。うう、ここは?」
梅花:「ぴぽっ、人柱版ITARON起動しました...。畜生、今度は何だよ」
漣:「非人ども、よく聞け。藻舞等は、本日こちらの酉山博士に譲渡された。今後はこの研究所で飼われて、脳改造の実験材料になるのだ」
桜花:「脳改造実験!。とうとう人格を破壊されるか殺して脳標本にされるって訳ね」
梅花:「殺すのなら、じわじわいたぶらずにさっさとやれよ」
漣:「やけを起こすような話でもないぞ。ここの研究課題は小脳の機械化だ。手術が首尾よく行けば、性能試験は人間型ボディで行われることになる。真剣に協力して酉山博士の機嫌を良くすれば、待遇が改善される余地だってあるのだ」
桜花:「ふん。元工作員を舐めるなよ。どうせ騙されて使い捨てにされるのさ」
梅花:「待って。酉山...工作員養成所時代に見覚えがある名前だわ。確か、誘致工作活動の対象になっている外国民間研究機関の主催者だったはずよ」
酉山:「ほお。私の研究所を誘致したがっていたんですか。悪い気はしませんね」
漣:「先手を打って私らが誘致に成功したってわけよ。ここは民間研究機関だ。軍の研究所と違って、酉山博士の一存で藻舞等の待遇を決められるんだよ。無論、帝国の非人管理規則は適用されるから監視サーバーの制御下に置かれる。だが、藻舞等が酉山博士に服従する限り、所内では行動の自由も与えられ。」
酉山:「この二人の元の外観について資料は残っていますか?」
漣:「逮捕された事件の前に特区で行動したときの監視映像があります。その後、B王国から処刑を受託した時点では手足が無い状態になっていました」
酉山:「協力してくれるなら新しいボディは元の外見を再現したものにするよ」
漣:「再改造後は首の着脱が可能になる。反抗したら首だけで暮らす事になる」
桜花:「解ったわ。協力するよ」
酉山:「では、手術内容を説明しよう。このスライドを見なさい。水中手術にて脳容器を分解し、小脳以下を切除、跡に3次元送受信機を置く。2次生命維持装置の血管接続点は大動脈分岐より上部に移設され...」
梅花:「(((( ;゚ρ゚)))いかにも死にそうだわ。ひいい」
漣:「何のために私が術者としてここに派遣されたと思うの?私ならこの程度の脳血管接続替えは1分で出来るわね。大脳の生存はほぼ確実よ。手術の成否は大脳と小脳の境界を素早く見極めて正確に切り取れるかの問題ね。手元が狂ったら、生きていても痴呆状態の大脳が残るだけかも知れないな。私の機嫌が良くて、ノリノリで行ければ手元が狂う確率は激減するわよ」
桜花:「よ、よろしくおねがいします」
漣:「お、素直になったじゃないの。そっちは?」
梅花:「酉山様、漣様のお力で少しでもましなサイボーグにして下さいませ」
漣:「よしよし。やる気が湧いてきたわ。冬子、まず桜花を準備室で滅菌よ」
冬子:「はい。よっこらしょ。人柱ってやっぱり重いわね」
酉山:「私も支度をして準備室に向かいましょうかね」
漣:「人柱を分解して脳容器を水槽に持ち込むのに40分かかります。酉山博士に入って頂くのはそこからになりますので、オフィスにおいで下さい。水中作業中でも体内通信から電話でお呼びすることが出来ますので」
(酉山科学研究所 水中手術室)
漣:「血管の切り替え出来ました。これで小脳の切除にとりかかれます」
酉山:「まず脳内物質交換状況の精密マッピングを行うためPET映像を取ります。切り替え後の血流が行くのは、ほぼ大脳だけですが静的データだけでは不安です。髄液に乗って、小脳領域にもある程度取り込まれるのでどうしても境界がぼやけます。念のため、トレーサーを流しながら半覚醒で刺激を加えて厳密な境界を決めましょう」
漣:「確かに機能上の境界を見極めておけば安全ですね。操作はそちらに任せます」
酉山:「麻酔を半覚醒に調整します。脳波動いてきたな。これで良いだろう。トレーサー流しますよ。見ながら録画に適宜チェックポイントを付けておいてください。あとで参照しながら切断面を選びますからね。全身の痛覚に入力加えます」
漣:「ふーん。痛みへの反射と苦しみという意味反応の時間差って、こんなものか。よし、マークしますので一旦止めて5秒後に再開して下さい」
酉山:「反射反応に約0.6秒遅れて現れる応答の波が我慢による抑止運動命令でしょう。ですから、遅い応答波の出現領域は大脳と見なせます。では、止めますよ。はい再開」
漣:「境界面は想定に近いですね。他の感覚に対する反応でも確認しましょう」
酉山:「この形状でうまく切れそうですか?」
漣:「切るのはなんとでもなりますが、硬膜の開創を小さくして髄液漏れを局限したいですね。よーし、マイクロボディを使ってやってみよう。作業用に特殊器具を入れるので待って下さい。冬子、用具箱からマイクロボディを出して水槽に送り込んで頂戴」
冬子:「用具箱、ああリカちゃんハウス型のやつでしたよね。はい、送りました」
酉山:「おお、これは!。貴女にそっくりですね。小さくてかわいい」
漣:「萌えとか言わないで下さいよ。マイクロボディは、1/20スケールのリモート体です。こいつに全神経を接続すると、小人になって手術が出来るというわけですよ。ほら!」
酉山:「あ、ディスプレイの視覚中継が。これなら脳神経をかき分けて入れますね」
漣:「先に延髄を切断して、切り口から進入します。髄液漏れは仮設カバーで抑えます。私は切り口に飛び込んですぐに仮設カバーを固定するよう、体勢を取る必要があります。延髄切断機の操作はそちらでお願いします。では、良いですか?。始めて下さい」
酉山:「延髄切断機、超音波出力良好、刃を降ろします。...よし切れた」
漣:「入ります。仮設カバージップロック。よし、ここをそーっとかき分けて...。境界面の5_手前に到達したと思います。座標表示で確認して下さい」
酉山:「一致しています。そこからですと、右上7_にある活動の強い神経群が目印です」
漣:「視覚を赤外からポジトロン放射検出に切り替えてみます。ああ、間違いない、ここだ。視覚に切断点サンプリング座標を示しますので最終確認をして下さい」
酉山:「いただいたサンプル点はOKです。追加で1カ所、ここは合ってますか?」
漣:「この神経束は判断が微妙ですね。周囲に活性領域が無くて目印が付けにくいなあ」
酉山:「今回は安全側で手前に切断面を設定しましょう。人工小脳のスペースは足りますよ」
漣:「了解。切断始めます。超音波手刀起動、身体制御NCモード、座標データ列投入...」
酉山:「おお、お見事この早さでなんと正確な」
漣:「切断終了、身体制御通常モード復帰よし。保護ジェルチューブを進入口に寄せて下さい」
酉山:「延髄の切り口前まで移動させましたよ」
漣:「仮設カバー中央の蓋を押しのけて差し込んで下さい。そう、ここで良いです。あとは私が引き込みますから。よいしょよいしょ。小人にはこれが辛いのよね。よし、切断面に来たわ。ジェルの加圧を行って下さい」
酉山:「ゆっくり入れますよ。はい」
漣:「さすがに心得ていますね。チューブの先を回して...。よし充填できたわ。これで髄液は抑えられます。摘出部分を裁断して切り口から出すので片づけお願いします。超音波手刀起動、えい、すぱすぱ...よし、出しますよ」
酉山:「回収盆位置ここで良いですね。ああ、出てきた。よしキャッチ。どんどんどうぞ」
漣:「よいしょよいしょ...ふう、全部出ました。硬膜をすぼめながら外に出ますね。はあ、出れたわ。じゃあ切り口を縫合しましょうか。ちょいちょいと。しっかり結んでOK」
酉山:「お疲れさま。脳底にこれだけの空間が空けば人工小脳は余裕で置けます。冬子大尉、人工小脳と新しい脳容器を搬入して下さい」
冬子:「部品一式送りました」
漣:「リモートボディリンク解除。さて、組み立てますかね。といってもこれだけか。楽勝だぁ」
(酉山科学研究所 獄門台室)
桜花:「ぎゃあああ、痛ぁい。死ぬ、死んじゃうよぉ。死ぬ死ぬ詐欺じゃないってば...」
漣:「こら、非人。うわごと言ってないで起きろ」
桜花:「あうう。はっ、い、生きてるの?」
酉山:「目覚めたようだね。安心したまえ、手術は成功した。鏡を見なさい」
桜花:「ひいい、な、生首ぃ」
酉山:「それは君の新しい首だよ。気分はどうかね。どこか痛いところは無いかね?」
桜花:「あ、さっきすごい痛みがあったはずだけど...今は無いわ」
酉山:「小脳と大脳の境界を出すために痛覚を使ったせいだな。もう大丈夫だ」
桜花:「ちょっとお。協力すれば、まともな体を付けてくれるはずじゃないの?」
漣:「それは今後の態度次第だ。反抗したら、一生このまま獄門台生活だぞ」
酉山:「手術後の錯乱もあり得るから、人工小脳の動作が確認出来るまで我慢しなさい。ちゃんと体の部材は発注してあるよ。テストがうまく行ったら付けるからね」
桜花:「は、はい。よろしくお願いします」
酉山:「うむ。ちゃんと喋れるから、言語系は機能しているね。他もたぶん大丈夫だな。せいぜいソフトの調整だけで、再手術は不要だろう。漣大佐、お疲れさまでした」
漣:「どういたしまして。こいつが一通り動いたら、梅花の番ですね」
酉山:「また宜しくお願いします。その先はいよいよ正規の宙軍兵って事になります。私の娘が核パルス推進艦の乗員に志願すると言っているので、失敗は出来ません」
漣:「うちの冬子もそれを目指しています。お互いに、頑張りましょう」
(北米連 G島基地)
担当官:「上からあんたをご指名で任務が入っている。今度は宇宙に行って貰う」
孫:「宇宙だって?。私は政治工作が専門で飛行機の免許もないってのに何で?」
担当官:「小娘帝国が核パルス推進艦を建造するニュースは知っているだろう。兵器転用がないことを検証するため、火星の工場衛星に各国が査察団を送る。我が国は当初絶対反対の姿勢だったが、満漢やス連の賛成で容認されてしまった。無視すれば帝国に友好的な満漢主体でなれ合いの査察だけが行われることになる。それを防ぐために形だけでも査察団を送って満漢に圧力をかける必要がある。だが、遠い火星まで普通の人間を送るには莫大な予算が必要で今は難しい。満漢が査察団を出せるのは代謝量が少ないダルマ娘が使えるからだ。これに対抗するため、我が当局は国内のメタロリ娘を集めて査察団に仕立てる。どうにか4人集めたが、どいつも定職に就いた経験すらない遊び人でな。宇宙飛行の教育をするのが精一杯で政治的駆け引きなんかやらせるのは無理だ。そのため、団長役として満漢に詳しいお前に白羽の矢が立ったというわけだ」
孫:「なるほど。主な任務は政治工作って訳か。どうせ断れないよな。だが、折角送るなら本物の査察官をダルマにした方が効果的だろう?」
担当官:「人権を認めない満漢じゃあるまいし、そんなことは出来ない」
孫:「ぷっ。工作員の人権が無いのは同じだというのにな。民間宇宙保安官とか言うごっついサイボーグ娘は引き受けてくれないのか?圧力目的なら、何もできない員数合わせよりもあいつらの方が良いだろう」
担当官:「民間宇宙保安官は生命維持装置の仕様制限で長居が出来ないんだ。火星往復の護衛を発注することになっているが、査察中の滞在は頼めない」
孫:「せめて行き来で姿を見せて示威に使うって訳か。解ったよ」
担当官:「とりあえず、その手足じゃ宇宙飛行に不便だ。替えに行って来い」
孫:「帝国の経済特区に行けと言うのか。あそこでは、私はお尋ね者扱いだ。それに、人民党の抹殺者が活動している心配だってあるんだ」
担当官:「マークされていると言うだけで違法行為はしていないのだろ。あそこは自由港だからそれだけで逮捕や入国拒否はされない筈だよな。護衛に腕利きを4人付けてやるから安心して行って来い。出発は3時間後だ。手足の交換が済んだら、次はすぐに宇宙局へ行って訓練に入って貰う。時間節約のため移動は専用機で教官パイロットの教習を受けながらになる。宇宙船の操縦は行程の殆どを民間宇宙保安官の戦闘艦がドッキングして行う。しかし、途中で何回か単独飛行が必要だからその時はお前がやるんだ。後の4人は操縦どころかパソコンもろくに使えない娘だから覚悟しておけ」
孫:「厳しい日程だな。こののどかな島が気に入っていたのにお別れか。しかもそんな頼りない奴らと火星往復なんて生きて帰れるのかね」
(帰還中の”なると”艦長室)
マサ:「地球が近くなったからだいぶ通信速度が速くなってきたな。うーんキタキタ、22chも2時間遅れでレス出来るようになってきたぞ。”墾田永代私有令を語るスレ”なんて立ってますよ。なんじゃこりゃ。ここにカキコしてる香具師って貴族らしいのが多いなぁ」
真理亜:「近々に金星プラットフォームの私有が認められることになるのよ。航宙家の青の公家としては、解禁一番乗りを目指すから藻前等も手伝うのよ。間違ってもそんなスレで釣られて大事な話を漏らすんじゃないわよ」
マサ:「荘園に別邸の隠れ家なんて素敵ですね。葡萄畑にワイン倉とか作って」
雀奴:「楽しそうだけど資材輸送はどうするんですか?」
真理亜:「当面は宙軍が建設したプラットフォームを購入する形になるわ。改装用の小資材や休暇に行く者の往来用には小型艇も買わないといけないわね」
マサ:「結構金がかかりそうですね。副業として成り立つ話ではないのかな。でも1基くらい別荘として持つなら良いかしら」
真理亜:「短期的利益を得るのは難しいわ。でも、これにはおまけが憑くのよ。私有プラットフォームは金星地表に対し固定位置が割り当てられるの。そして直下から半径100`の土地が私有地になるのよ。今は使えない土地だけど、いずれ地表温度が下がれば資源を独占できるわ。当然、極地に近い場所の方が有利になるから早い者勝ちって事ね」
マサ:「ふーん。長期的には好条件ですね。国も思い切ったことしますね」
真理亜:「国連で火星軌道以遠での核パルス推進艦導入が容認されたでしょ。これで金星可住化が現実味を帯びた代わりに予算確保が大変になったわけよ。帝国は長年宇宙から入る金属資源を裏付けとした電子マネー経済だったからね。財政規律が徹底した現金主義で国債なんて無責任な制度自体が無いでしょ。これは外国みたいな借金財政によるインフレが絶対に無い優れた仕組みなのよ。その代わり民間に溜まった資金を集めるときは資産売却しか無いって事ね。売るほど保有していて、いずれ価値が出る資産と言えば金星の施設ってわけよ」
雀奴:「休暇で行く者が居ない時期の管理が難しくないですか?」
真理亜:「畑の管理なら遠隔でも出来るけど完全無人で巡回も無しでは無理かも。休暇で予定が空いている宙軍兵からアルバイトを募集する必要もあるわね。大気成分が改善してシビリアンの使用人が居住できるようになれば楽になるけどね。でも、そんな時期を待ったら良い場所は値上がりして買えなくなっているわよ。今のうちなら、事実上貴族かその支配下企業しか買える者が居ないから安いのよ」
マサ:「先行者利益ですか。その代わり、最初は荘園なんて優雅なものじゃないな。屯田兵の苦労が待っているような希ガス」
(火星静止衛星軌道 核パルス艦ドック建設現場)
リホ:「随分沢山のパーツを組んだ割になかなか工場の形が出来ないわね」
エリ:「そりゃそうよ。今までの工場衛星の64倍も容積があるんだもん。外国宇宙船が寄港できるようにするため地上並みの居住環境が必要だからね。おまけに外国船はリモートボディリンク操船が出来ないんでベイが大きいし」
リホ:「ベイが大きいのは核パルス推進艦が巨大だからじゃないの?」
エリ:「核パルス推進艦は強度の関係で重い割に容積は小さいらしいわよ。むしろ外国船が出入りでぶつける心配を無くすために広さが必要なんだって。地球軌道の工場衛星って自転を目一杯早くして重力を作ってるでしょ。おまけにゴンドラタワーが建ってるから出入り口が中心軸に無いよね。
あれではサイボーグでも一部の熟練した操舵員しか入出港が出来ないでしょ。ここのベイはそれじゃ困るのでまず自転を遅くしなくちゃいけないでしょ。遅い自転で重力を1Gにすると工場衛星全体の半径が大きくなるわよね。外国船のドッキングポートなんて仕様がばらばらだから係留場も常時与圧よ。つまり出入り口は中心にあるだけでなく完全なエアロック式ってことになるのよ。大型船が通れるエアロックって耐圧強度確保が大変だから壁も厚くなるでしょう。そんなロスの積み重ねで嵩張っているのよね」
リホ:「サイボーグ専用艦以外も入れる港となるとやっぱりコストかかるわね。そこまでしても当面はここにやってくるのが殆ど全部達磨娘ばっかりなんだよね。どうせだったらみんな満漢式月面作業服の常時着用にでもしてくれればいいのに。ベイの常時与圧をやめれば建設がうんと楽になるのにね」
エリ:「満漢しか査察団が入れないんじゃ、なれ合いって言われるわよ。でも、西欧連・ス連合同査察団は男が来るし、満漢は達磨男も少し混じるらしいの。そいつらを当て込んで、臨港地区には小規模な風俗街が設置されることになったわ」
リホ:「へええ、西欧連とス連は普通の男が来るの?。燃料や酸素は足りるのかしら。いつぞやの北米連探検船みたいな、ばかでかい船だったらベイに入れないだろうし」
エリ:「帰りの燃料と酸素、水、食料はここで買うって事で話が付いたのよ。初めは査察団がこちらに補給を依存すべきでないと言って巨大な船を計画したの。だけど、渋ちんの満漢が、先にここで水素、酸素、水を買うことを決めたでしょ。その取引価格を知ったス連があんまり安いので強硬に現地補給を主張したんだって。初めは嫌がった西欧連も折れたのよ。で、結局は野菜やウォッカまで売れることにね」
リホ:「我々は水を宇宙で調達しているから値段では勝負にならないもんね。メインベルトから火星までは近いから地球軌道より一層原価が下がるし」
エリ:「唯一意地でも買わないのが北米連ってわけよ」
リホ:「あいつらは無視かと思ったら、来ることになったんだ」
エリ:「他国の査察団が我々に買収されるに違いないと疑っているのよ。合体分離方式で例の宇宙保安官が遠距離航行ユニットを使って査察船を送迎するんだって。補給をこっちに頼るのを避けるためにわざわざ面倒な方法を選んだようね」
リホ:「民間宇宙保安官が来るのか。武器振り回しながら難癖憑けてこないと良いけど」
エリ:「政府の受託業務で来る限り、そんな戦争につながる行為はやらないでしょ。幸い、なんらかの都合で滞在できなくて送迎だけのようだし」
(静止軌道第一工場衛星 ベイ)
管制員:「”なると”進入機動良好。3番補給ポールに係留せよ」
理美:「降下します。ヴァギナルハッチ開口、ポール亀頭接触、あひ、はあはあ、入りました」
真理亜:「理美、ご苦労さん。任務完了。部隊解散。総員退艦せよ」
マサ:「これで理美とはお別れか。降りたら核パルス推進艦要員に志願するんだってね」
理美:「お父さんからメールが来て、非人2体で小脳の機械化実験が成功したそうです。我が儘言って済みませんが、お父さんに再改造して貰うのが長年の望みでしたので。真理亜侯、マサ侯これまでのご指導、ありがとうございました」
真理亜:「代わりの操舵員確保が頭痛の種だったけど、みどりのシミュレーションも進んだしね。何とかなるわよ。こちらのことは心配せず自分の目標に邁進なさい」
マサ:「核パルス推進艦の運行が始まれば、どうせ私らの仕事は減るから楽勝ですよ」
真理亜:「藻前は何も知らずに気楽だねえ。核パルス推進艦はGがきつくて豚が乗せられないのよ。あっちは速いから片道なら生命維持物資が保つけど、カロンで補給を受けなくちゃいけないの。そのために、在来艦の運航はむしろ忙しくなりそうね。機関長も行ってしまうし頭が痛いわよ」
マサ:「ゲロゲロ。働けど我が暮らし楽にならずか」
真理亜:「降りたらプラットフォームの入札よ。公家の用務も溜まってるからしっかりしなさい」
(月の裏側 満漢人民共和国ヘリウム3採掘基地)
司令官:「月面苦力隊第一班宛新任務通告。藻舞等宇宙娘々帝国火星軌道工場査察団投入」
達磨娘・月面苦力1号:「我々建設労働者。科学知識欠乏。査察任務無理」
司令官:「火星遠距離。達磨娘動員必須。休息時間訓練強制。落第者処罰。参名迄死亡許容」
達磨娘・月面苦力2号:「其無茶苦茶也」
司令官:「党主席命令絶対也。火星任務落第即死亡。弐者択一也。必死学習」
達磨娘・月面苦力3号:「嗚呼達磨娘残酷物語。火星航路操縦失敗必至。全滅運命」
司令官:「心配無用。操縦員弐名、核技術員壱名、達磨男配属予定。藻舞等員数整合用」
達磨娘・月面苦力4号:「員数整合?。特訓何為?」
司令官:「月面有重力。火星航路無重力。耐長期無重力生活特訓必要」
達磨娘・月面苦力5号:「現状建設作業重労働。特訓追加過酷。労働軽減希望」
司令官:「労働軽減命令無。不平発言禁止。藻前等処罰歓迎?」
達磨娘・月面苦力1−9号:「処罰否!」
(北米宇宙局 訓練施設)
教官:「ドッキングシミュレーター訓練開始。全員配置に就け」
孫:「センターコンソール起動よし。バーニア操作レバー応答よし」
メタラニ:「えーと。赤文字出てなきゃ良いんだっけ。右舷レーダーよし」
メタリカ:「全部良いみたいね。左レーダー桶よん」
メタルナ:「前方レーザー測距儀...あれー出ない。これか。えいこっちかよ。出たわ」
メタレア:「...」
教官:「後方レーザー測距儀はどうした?。メタレア、お前だ!」
メタレア:「わっかんないぃ。何これ、んもう。えいえい。ほら出たわよ」
孫:「遅い!。真面目にやってよ」
メタレア:「何よ。あんた後からやって来て偉そうに」
孫:「お黙り!。団長は私よ。文句があるなら人事に言いなさい」
メタレア:「人事ぃ?。ああ、あのスカウトのオヤジかよ。乗ってりゃいい楽な仕事だなんてさ。大嘘じゃないの!。何で私がこんなめんどっちい画面見なきゃいけないのよ」
メタラニ:「禿同。こんな辛気くさい仕事だって知ってたらやらないって」
孫:「お黙り。私には飛行中に反抗したらその場で処刑する権限もあるのよ」
メタリカ:「あんた基地外?。処刑って、私ら軍人やお巡りじゃないんよ」
メタルナ:「ばっかみたい。処刑だって。やってみれば?。誰がびびるもんか」
教官:「お前らいい加減にしろ。処刑権限のことは本当の話だ。宇宙査察特別時限法によってな。お前らは、ゲーセンでスカウトされたとき、サンプル画面見て楽勝だと言ったそうだな。契約金も受け取っただろ。いまさら出来ないと言うなら、詐欺罪で豚箱行きになるが良いのか?」
メタラニ:「ちぇっ。金は使っちゃったし、しょうがないわね」
孫:「わかったわね。ドッキングで事故ったら、処刑される前に全員お陀仏なのよ。そこまで酷くなくても、民間宇宙保安官の船を傷つけて怒らせたら大変な目に遭うからね」
メタリカ:「ああ、メタル娘の神スージーお姉さま!。それはまずいわ」
教官:「よし。最初からだ。出来るまで飯は食わせないぞ」
孫:「...(聞かされてはいたが、こんなに酷いとは。スージーだけが頼りだな。とほほ)」
(酉山科学研究所)
朝子10世:「今日集まって貰ったのは、手術の優先順位を決めるためです。核パルス推進艦を運用するには、最低限高級士官1名と操舵員2名が必要です。現時点で、条件に適合する候補者がここに集まっている3名ということです。貴女達はいずれ再改造を受けるわけですが、順番は酉山博士に同意して貰わないとね」
酉山:「非人実験の結果、手術と大脳−小脳間インタフェースは技術確認が出来ました。但し、人工小脳で自然な感覚・運動を実現できるようになるまでは時間がかかります。冬子大尉については、現状でも障害があるので再改造によるQOL改善が見込めます。しかし、他の2名については感覚や運動が現状より劣化する可能性があります。つまり、耐G性強化と引き替えにQOL低下をきたすリスクがあるのです。正直なところ、他に脊髄障害のある特例志願兵の希望者があれば優先したいですね。健常者への適用は、実績を積んで人工小脳の調整法を確立してからの方が望ましいです。まあ、理美は性感に難があるので一応健常者でないと見なしても良いですがね」
朝子10世:「冬子が同種障害をもつ特例志願兵のうちでは最も階級が上です。他には操舵員資格者が居ませんし、殆どが工場要員で艦隊勤務経験が少ないのです。当然ながら、高級士官には該当者が居ません。知子3世だって本来なら機関長です。艦長資格者はみな脳血管強度が落ちてくる年齢なので検査合格者がなかったのです。技術的には仰るとおり特例志願兵を優先した方がよいのは承知しています。しかし、新しい機関の試運転のため最低限運行できる要員が早期に必要なのです。その他の乗員は後からで間に合いますが、機関の試験は実弾でしかできないので」
知子3世:「身体機能についてのリスクは承知でしたが、艦長が居ないんですか?後から配置されるものと気楽に考えていたのは甘かったようですね」
朝子10世:「とりあえず貴女が代行していずれそのまま昇格と言うことになるわ。皇族の検査合格者では貴女が最年長だし、上が居ないから選択の余地無しなの」
知子3世:「宙軍史上最大の巨艦をいきなり指揮するなんて気が重いなあ。火星付近で試運転するだけなら良いですが、部隊指揮の経験は無いんですよ」
朝子10世:「大きくても冥王星で片道1ヶ月と航行期間が短いでしょ。どうせ豚がGに耐えられないこともあって、生活物資の生産要員は乗せないのよ。カロンの補給施設を拡張して、生産要員と豚には在来艦で行って貰うことになるわ。つまり、搭乗員数は多くて10名で済むわけで指揮の手間は軽いのよ」
知子3世:「なるほど。ということなので、酉山博士よろしく」
理美:「私はパパを信頼してるから、順番はどうでも良いです」
冬子:「私は早くやっていただきたいので、最初で良いですよね」
酉山:「あまり選択の余地はないようですね。承知しました。急所は漣大佐に頑張って貰うとして、小脳調整技術の確立を急ぎましょう」
朝子10世:「非人は使い潰しても構いませんから思い切りよくやって下さい」
酉山:「そこまで酷いことにはなりませんよ。後で使える状態には出来ます」
朝子10世:「そうですか。使えるようなら核パルス艦の荷物番でもさせましょう」
(帝都宮殿 金星プラットフォーム入札会場)
財部省財務官:「それでは、第一回、北緯60度ラインの3基につき開札を始めます。入札者は、下級皇族匿名組合、青の公家金星開発有限会社、赤白ファンド、黄緑ファンド、ビーナスドリームSPC、アイスワールド冷凍機器リース(株)、黒菱管財(株)でした」
マサ:「7社競合か、余所の公家は連合で来てるようだし結構手強いですね」
真理亜:「大丈夫よ。うちは自前の航宙士が多いから維持管理コストの点で有利なの。航宙士が少ないグループは落札しても維持管理の外注費が重いから高額入札はしにくいわ。黒菱なんか、資金力はあるけど外交官主体のグループだから採算ラインが低いはずよ」
財部省財務官:「えー、1番札、アイスワールド冷凍機器リース(株)落札価格...」
マオパパ:「やったー、勝ったぞ。リエさん、成功ですよ」
真理亜:「うっそー!。シビリアン資本が一番手ぇ」
リエ:「えっへっへっへ。私らアイスワールドでバイトしてた宙軍兵が投資してましてね。金星で大量に製氷機を使ってるんでミキの実家が大儲けしていたの知ってたしね。アイスワールドのショーも最近景気がいいんでマオの実家も誘ってみたんですよ。それで、集まった金で傘下のリース会社を10000%増資して参戦したって訳で。私も金星の製氷投下作戦で高額ボーナス入ったんで勝負かけてみたんですよ。手に入れたプラットフォームを拠点に製氷機のメンテ事業をやれますからね」
真理亜:「うーん、製氷機で儲けるというのは想定外だったな」
財部省財務官:「お静かに。2番札、ビーナスドリームSPC落札価格...」
マサ:「ありゃあ。2番も獲られちゃいましたよ。ダメかなこりゃ」
財部省財務官:「3番札、青の公家金星開発有限会社、落札価格...」
真理亜:「ご覧なさい。ちゃんと一番安く落とせたわ。これが最良よ」
マサ:「でも、場所決めは高い順でしょ?」
真理亜:「地表の情報が少ないから大差ないわよ。金星に長く居たリエなら別だけど」
リエ:「ひっひっひ。では容赦なく水銀鉱脈の場所を取らせて貰うわね」
マサ:「え?。金じゃなくて水銀?。趣味に走ってどうするのよ」
リエ:「趣味じゃないわ。核パルス艦が水銀を大量に消費するって情報があるのよ」
真理亜:「それは事実ね。でも、鉱脈の場所を知らなければしょうがないわ」
財部省財務官:「落札企業さんは3時間以内に電子決済を済ませて下さい。決済できなかった場合は、入札保証金没収のうえ、次点入札者が繰り上げとなります。これにて、金星プラットフォームの第1回競争入札を終了します」
(酉山科学研究所 獄門台室)
冬子:「...あ、ブレーキ、しまった、ダメ、春男、つかまって...うわぁ。あれ?」
理美:「冬子大尉、大丈夫ですか?」
冬子:「あ、理美。ああそうか、今の私があれくらいで怪我するわけないのに」
酉山:「小脳除去の刺激で事故の記憶がリアルに呼び出されてしまったようですね。ご安心下さい。再改造手術は成功しています。30分ほど点検させて下さい。問題がなければ、すぐに首をボディに搭載しますののであと少し我慢して下さい」
理美:「私も事故の記憶が呼び出されて苦しむのかしら。ちょっと不安だわ」
酉山:「うむ、同様の現象は想定しないとね。でも、所詮一度は耐え抜いた経験だよ。理美の場合は怪我が酷かったけど、再び経験したって、精神障害に至るおそれは低いだろう。悪いことばかりとは限らない。子供の時のことが思い出せるかも知れないよ」
理美:「そうよね。悪いことばかり心配していてもしょうがないわ。私だって人並みにセックスできるようになりたいし」
酉山:「はは、それは嬉しいようなちょっと心配なような...」
(月周回軌道 満漢人民共和国氷隕石採水場)
達磨娘・月面苦力1号:「寒。氷隕石酷寒地獄。火星出発直前休養無、唯重労働過酷」
達磨娘・月面苦力2号:「禿同。我々消耗品。生存権無視」
達磨娘・月面苦力3号:「火星飛行生存到着期待薄。近々地球見納」
採水場司令部:「呉留亜。無駄口禁止。火星船宛水容器運搬至急。時間無。遅延処罰」
連絡船:「会合地点迄参百秒。火星船操縦員及査察官受入態勢如何」
採水場司令部:「現在水積込中。火星船連結不許可。移乗者船外活動体勢必要」
連絡船:「承知。移乗準備済」
採水場司令部:「水運搬作業大至急完了要求」
(満漢人民共和国 火星査察船蛸部屋)
操縦員:「月面苦力隊、大至急手足取外航行安全鞘収納」
達磨娘・月面苦力1号:「嗚呼、六箇月間全裸達磨狭小鞘磔」
達磨娘・月面苦力2号:「磔状態事故発生時脱出困難」
達磨娘・月面苦力3号:「待遇最低也」
査察官:「藻舞等、表見員数増強要員。不平発言処刑無問題」
達磨娘・月面苦力1号:「諸盆」
査察官:「月面苦力隊収納完了。発進準備良」
操縦員:「良好。主推進器点火壱拾秒前、九、八、七...」
(北米連 火星査察本船)
孫:「スペースシェリフワン接近、司令船・遠距離エンジン分離確認。おい、お前達いよいよドッキングだ。しくじるなよ」
メタレア:「後方レーザー測距儀発振開始。遠距離エンジン応答検出」
メタラニ:「司令船右舷1km通過、前方にて減速中」
孫:「メタルナ、追跡引継だ。確実に司令船の運動を捕捉しなさい」
メタルナ:「はーーい。前方レーザー発振...マンドクセ」
孫:「応答検出はどうした。まじめにやれ」
メタルナ:「フツー来てるわよ。あ、ちょっと速いってば、やめて、ひっ」
スージー:「なにをうろたえているの。ドッキングごときで」
孫:「さすがにサイボーグね。操縦能力高いのは解ったけどあまりおどかさないでよ。メタレアよそ見するな、後方注意怠らないで」
メタレア:「やだー、ちびっちゃったわ。あ、遠距離エンジン距離50m」
リンダ:「どんくさい娘達ね。こっちは時間無いから急いでるっちゅうのに。付き合ってられないわ。こっちで制御引き継ぐからリンク放しなさい」
孫:「はいはい、任せるわ。全員衝撃に備えなさい」
メタリカ:「怖いよお。わあっ。おしっこちびっちゃった」
孫:「ちゃんとおむつしてるでしょ。いちいち気にするな」
スージー:「よし、連結完了。査察隊は耐Gハンガーに行って」
孫:「やれやれ、これで3ヶ月間磔で半睡眠状態か。あんまり飛ばさず安全運行で頼むよ」
スージー:「任せておいて。但し、私らも生命維持限界があるからのんびりできないのよ」
(酉山研究所 獄門台室 )
理美:「熱い、熱いよお。パパ助けてー。ぎゃあああ...」
酉山:「理美、しっかりしろ。もう大丈夫だ」
漣:「酉山先生、大丈夫ですよ。手術は成功したんです」
酉山:「あ、私としたことが、つい」
漣:「さすがの酉山先生も、今回だけは無理ないですね」
理美:「うう、あ、パパ?」
酉山:「もう大丈夫だよ。理美は過去の恐怖を乗り越えたんだ」
理美:「お、思い出したわ。やっぱりパパが助けに来てくれたんだわ」
酉山:「そこだけは違うな。済まない、助けが遅れて。でもこの国の人が助けてくれたんだ」
理美:「でも最後にパパが私の体を完全に治してくれるんだわ」
酉山:「そうだな。よし、さくっとチェックしてボディ搭載してしまおうか」
冬子:「急ぎましょう。今ごろ火星では核砲弾の製造が始まっていますわ」
理美:「冬子大尉は性感の方、どうでしたか?」
冬子:「昨日、事故以来初めてイッたわ。完璧よ」
(青の公家邸)
マサ:「あーあ。短い休みだったなぁ。会社作ったり、入札後の手続きやら忙しかったし」
真理亜:「有栖の前で、ぶつぶつ言うな。みっともない。今度は火星往復だけの短期任務だし」
マサ:「火星ごときに”なると”を使うのは勿体ないですね」
真理亜:「核パルス艦の機関試験は実弾でしかできないけど、3人しか居ない乗員が地上でしょ。速く向こうに送らないと工事が進まないし、既に向かっている各国査察団に飛行を見せたいからね」
マサ:「追い越すんですか?。あ、行きは冬子と理美が同乗だから思い切りとばせるか」
真理亜:「まあね。でも帰りのことを考えるとみどりを慣れさせる必要もあるわ」
マサ:「全開で行くならちと心配ですね」
真理亜:「高速時は代わらせるとしても、出航だけはやらせておきたいわね」
有栖:「お母様方、大丈夫なのですか?。無事帰って下さいよ」
マサ:「大丈夫よ。私ら冥王星往復だって一度もしくじっていないんだから」
真理亜:「重要なことは任せないように私が気を遣っていたお陰でしょ。有栖、藻前もこの怠け者の遺伝子持ってるんだから似ないように気を付けるのよ。留守中はしっかり執事の言うことを聞いて、優良素体を目指しなさい。まだ売春なんかしちゃだめよ」
有栖:「ご心配には及びません。安心して行ってきて下さいませ」
真理亜:「よしよし。じゃ、行くよ」
(静止軌道第一工場衛星 ベイ)
管制員:「口腔ハッチ閉鎖確認。ベイ減圧開始。”なると”出航せよ」
真理亜:「みどり、出して」
みどり:「リモートボディリンク確立。ひっ、あうううう...下部バーニア点火、微力、あう、抜けない」
冬子:「そこで性器の力抜くのよ。慌てちゃダメでしょ」
みどり:「あ、つい。出航はいきなり絶頂から始まるから難しいわ」
冬子:「何回シミュレーターやったのよ?。大丈夫?。帰り、真理亜侯に迷惑かけないでよ」
真理亜:「冬子。そんなに心配してがみがみ言わなくても大丈夫よ。みんな最初は似たようなものだわ」
冬子:「あ、つい、済みません。私もこれから忙しくなるから、子離れしないと」
マサ:「はは、でもみどりは良いなあ、昔、冬子のうちでパーティやったときのこと思い出しちゃった」
みどり:「ええ、まあ、あ、あひあひ、ぬ、抜ける。ぬるぽ。ヴァギナルハッチ閉鎖。速度0.5m/s。
コリオリ力相殺、側面バーニア点火、ベイ出口開口確認。運動同期よし。後進バーニア点火」
真理亜:「工場衛星を出て方位決めまでをみどりが担当しなさい。高加速は理美に頼むわ」
理美:「了解です。操縦引継待機に入ります。プロトコル起動」
みどり:「ハッチくぐりました。後進バーニア全開、工場衛星からの距離...2`、転舵します」
理美:「引継良いですよ。原子炉出力上昇、メインエンジン噴射、過負荷運転開始、補助推進器噴射」
(スペースシェリフワン with 北米連査察本船)
リンダ:「後方高速飛行物体探知。加速度から考えて、鶴っ首こけし船と推測されます」
スージー:「イオンエンジンの電磁ノイズもあるし、間違いないわね。一応警戒よ」
リンダ:「査察団の娘達を起こしますか?。どんくさいから役に立つとは思えませんが」
スージー:「うーん。今回は一応あいつらが政府代表で、私らは運送屋って立場だからね。もめ事になったら責任はあいつらにあるからなぁ。団長の孫だけ起こしましょう」
孫:「うう。お、もう着いたの?」
リンダ:「あいにく違うわ。帝國船らしいのが後ろから迫ってきたので念のため起こしたの」
孫:「ただの輸送艦じゃないの?。今さら攻撃してくることは無いでしょ」
リンダ:「まあ一応あんたらが政府代表だからね。もめるなら矢面に立って貰わないと」
孫:「気になるなら軌道を変えて接近を避けたらどうなの?」
リンダ:「せっかく最適軌道に乗っているのに外れたら遅れてしまうわ。時間がないのよ」
孫:「ならば出来ることはないわね。攻撃されたらどうするの?」
スージー:「私ら今回は戦闘を請け負ってきたわけじゃないから、正当防衛しか出来ないわ。つまり、被弾してあんたたちが死んでから反撃ってことになるわね」
孫:「やれやれ。だったら起こされたって意味無いじゃん。耐Gハンガーに戻っているわ」
(”なると”艦橋)
マサ:「前方10万`に大型宇宙船らしきものがありますね。どこかの査察船かな」
真理亜:「この速度と方向なら火星に向かっているのは間違いないわ。大本営から査察通告リストが来てるから照合してみようか。ふむ、北米連か。あれは、スペースシェリフワンよ。ちょっと厭な奴らね」
理美:「超望遠で辛うじて視認できますが、形状がスペースシェリフワンと違います。大きさも遙かに大きいと思いますが」
真理亜:「査察通告書によると査察団の船と合体して送迎を行うとなっているわ。形状が違うのはそのせいね。そもそもあの船は燃費が悪いけど加速は良いはずよ。大きな荷物を抱えていなければ火星までなら追い越すのは難しい筈だしね」
マサ:「向こうも輸送任務か。まあ絡んでこないだろうけど関わりたくないですね。接近は避けましょうよ」
真理亜:「あまり大きく避けて時間と推進剤を無駄にしたくないわね。奴らのミサイル有効射程は200`程度だから500`だけ間隔をとって頂戴」
理美:「承知しました。側面バーニアを30秒間噴射します。これで良いですか?」
真理亜:「良いわよ。追い越したら軌道を元に戻して置いてね」
(スペースシェリフワン with 北米連査察本船)
リンダ:「こけし船が僅かに進路を変えました。このままなら最接近距離は500`です」
スージー:「ほお、射程距離を外して追い越す気か。関わるのを避けてきたようね。北米宇宙局からは国連経由で査察通告が行ってるから、我々のことは判っているはずよ。やっぱり、前の紛争もあって警戒されているってことか。ふっ、お互い様ってわけね」
リンダ:「さらに加速して追い越していきますよ。なんだかむかつく奴らだわ。大荷物抱えてなければこっちの方がずっと速いのに。ちぇっ」
スージー:「そんなにいらつくなって。私らは無事往復できさえすれば成功なんだから」
リンダ:「しっかし、孫たち査察団も役立たずですね。あれで核査察なんか出来るのかしら」
スージー:「できっこないわね。当局は満漢と帝國のなれ合いを警戒しているのよ。だから、火星に行って長居の出来る人間なら誰でも良いから送り込んできたんじゃないかな。政治駆け引きとして、一応野放しにはしないよっていうジェスチャーの意味しかないわね。そもそも地球からあんなに遠いところでの核実験なんて実害がないのは当たり前でしょ」
リンダ:「私らまでそんな茶番にかり出されたってことですか。当局は貴重な戦闘サイボーグをなんだと思っているのかしら」
スージー:「生きていくためには、たまに割り切ったアルバイトも仕方ないわ。送迎だけでも私らが姿を現せば威嚇になるから、帝國も無茶をしなくなるでしょうし」
(火星軌道巨大工場衛星 エアロックポート)
管制官:「管制より”なると”へ、第二ゲート通過後中心軸上に静止。リフトリードに捕捉されるまでその位置を保持せよ」
みどり:「第二ゲート通過確認。後進バーニア微推力。静止確認。待機します。いつものベイとは随分勝手が違いますね。ゲートが大きくて中心にあるから楽だけど」
真理亜:「ここは外国船も入る自由港だから非サイボーグの操縦を想定した設備なのよ。外国船は係留ポールにスポッと填れる技術がないから、中での移動は磁気リードで引っ張るわけ。ゲートが大きいのは外国船対策の他に、核パルス推進艦が巨体だからってこともあるけどね」
管制官:「磁気リード吸着よし。電磁石通電最大。曳航する。動力停止状態で加速圧に注意せよ」
真理亜:「原子炉アイドルにして。後は管制任せで、停まったら口開けるだけよ」
みどり:「了解。原子炉落としまし。」
真理亜:「知子3世、冬子、理美、試運転成功させてね」
知子3世:「イオンエンジンより原理は簡単なので、ただ動かすだけなら楽勝でしょう」
冬子:「船体はともかく、積み荷や装備類が衝撃であちこち壊れる恐れはありますね」
理美:「荷物番が非人2体だけってのが心細いわ」
マサ:「そういえば非人2体もすぐに降ろすんですよね」
理美:「あ、あいつらは酉山研からの借用備品なので管理は私がやりますから」
マサ:「そお。こっちの手が掛からなくて助かるわ」
みどり:「岸壁に着きました。口開けます」
真理亜:「よし解散」
マサ:「岸壁周辺に、外国船狙いの歓楽街が出来て風俗店もやってるんですよね」
真理亜:「藻前は火星に来てまでそんなことばかり考えているのか」
マサ:「だって興味あるんだもん」
真理亜:「まあ、出航まで暫くは暇だから問題はないが、のめり込んで遅刻するな」
(スペースシェリフワン with
北米連査察本船)
スージー:「入港許可が出たわよ。切り離すから、自力操縦体勢とって」
孫:「どうしても入港操作をやって貰うわけには行かないかしらね?我々だけじゃ危ない気がするんだけど」
スージー:「時間がない。それにこれが帝國の謀略で衛星内に抑留されたらどうする」
孫:「どうせ茶番査察だって言うなら、そこまでする意味は無いでしょ」
リンダ:「一応用心しなくちゃ。何かあったら救出は私らしかできないのよ」
孫:「ああ、我々は様子見の為の捨て石って訳か。わかったよ」
メタラニ:「えーーっ、捨て石ってそんなの聞いてないわ」
メタリカ:「抑留って、契約期間過ぎても帰してくれない気なの!。冗談じゃないわ」
メタルナ:「ゲーセンも無いところに一生閉じこめられるなんて絶対イヤー!」
孫:「うるさい。さっさと持ち場に着け。以後反抗したら即刻処刑する」
メタレア:「鬼、悪魔、人でなし」
孫:「文句は帝國の奴らか、帰ってから当局に言って頂戴。それに契約は自己責任よ」
スージー:「仲間割れしていて事故起こすなよ」
リンダ:「まだ抑留されると決まった訳じゃないし、楽しいこともある鴨ね」
スージー:「よし、分離する。3,2,1...遠距離エンジン分離、微速後進。横移動。続けて本船分離、前進、距離300m、横移動...後進...遠距離エンジン連結...距離100,50,よし0。有線制御線オールグリーン、発進。じゃ元気でな」
孫:「やれやれ、すごい加速で行ってしまったわ」
メタラニ:「置いてかれちゃった。心細いわ」
メタリカ:「さすがに機械人間だけあって冷たい娘達だったわね」
メタルナ:「帝國の娘達もサイボーグでしょ。きっと同じよ」
孫:「今まで見た奴らはそうでもないわ。セックス好きの遊び人が多いわよ」
メタレア:「ここでもそうだと良いけど」
孫:「動かすわよ。訓練通り、測距儀から目を離さないこと。バーニア噴射」
メタラニ:「工場衛星ゲートまで500m」
(火星軌道巨大工場衛星 岸壁)
孫:「停まったわ。あんたら4人で様子見てきなさい。無線つけっぱなしでね」
メタリカ:「一人だけ残るの?」
孫:「用心の為よ。一応警戒しないと」
岸壁警備兵:「あれ?。4人ですか。査察通告書では5人となっていますが?」
メタルナ:「警戒のため一人残ってるわ」
岸壁警備兵:「そうですか。では最初に上陸するときに入管手続きをして下さい。ここは自由港区域です。岸壁に併設された歓楽街では自由に行動されて結構です。税関もありませんが、岸壁のスキャナーで危険物の持ち込みは監視されています。査察に必要な機材で引っかかりそうなものを揚陸するときは先に言って下さい。核査察協定により工場区域への自由立入権もありますが事前通告が必要です。安全上、必ず案内者が随行させて貰います。場所によっては防護服も必要です」
メタレア:「歓楽街って、料理屋とかあるわけ?。外貨は使えるの?」
岸壁警備兵:「小規模な飲食店街と風俗街、あとゲーセン、コンビニが1軒ずつです。決済は黒菱カードと提携しているカードならどこのものでも使えるはずです。無ければコンビニ内で新規契約の取り次ぎをやっています。24時間営業です」
達磨娘・月面苦力4号:「嗚呼、満腹満腹。五年鰤之満漢全席感激也」
達磨娘・月面苦力5号:「査察官寛大也。許可感激」
達磨娘・月面苦力6号:「多分毒味目的。謀略警戒也」
達磨娘・月面苦力4号:「帰船至急。七号以下交代催促発信中也」
達磨娘・月面苦力5号:「同時行動参名限定不便也。全体宴会不可能絶望」
孫:「(満漢全席!。飢餓感絶大也。否。我慢我慢。謀略警戒。様子見続行)...」
メタラニ:「あら?。マクロバーガーだわ。ギガマクロも置いているわ」
メタリカ:「ここは空間が限られるから餌に肉骨粉使ってるんじゃない?。大丈夫?」
店員・空き時間バイトの工場兵:「牛肉はすべてカンガルー国から冷凍で輸入してます。今のところ宇宙では豚しか飼っていません。ここも味では隣の豚カツ屋に敵いませんね」
メタルナ:「ふーん。でも北米人としては、マクロバーガーがあると嬉しいわね」
メタレア:「とりあえず買って帰ろうよ。憎たらしいけど孫の機嫌も取らないとね。ギガセットポテトLで5人前テイクアウト、カードはこれも使えるのよね」
店員・空き時間バイトの工場兵:「使えます。では2分お待ち下さい」
孫:「(折角土産購入。満漢総菜煮汁!。唖、否否謀略警戒也)...」
(核パルス推進艦建造ドック)
華子:「...と言うわけで、一応完成はしているのよ。主要構造物には自信があるわ。ただ、機器類とか貨物室の小物艤装まですべて推進の衝撃に耐えるか事前検証は無理ね。それで、長距離航行の前にこの近くで試運転する必要があるわけね」
知子3世:「未検証の機器って、補助推進器のイオンエンジンとか入ってないですね」
華子:「いくら何でも、いざというとき船体動かすのに必要な物については検証済よ。部品単位でなら核爆発を使わずとも火薬で出来るから地球軌道上で衝撃実験したわ。ただ、レーダーや通信機器類は部品数も多いから完全でない可能性もあります」
冬子:「すると無事に航行できていても通信途絶の恐れはあるのですね?」
華子:「そうよ。だから光学観測の可能な範囲で試運転して欲しいのよ」
理美:「サーバーコンピュータは大丈夫でしょうか?。壊れたら操縦不能になりますが?」
華子:「かさばるのを承知でディスクは全部半導体型にし、回路基板もダイヤ基板よ。想定衝撃の3倍でも耐えられるようになっているはずだから大丈夫ね」
知子3世:「それなら明日の試運転は心配ないでしょう」
華子:「頼んだわよ。査察団の目の前で飛ばしてみせれば目的に偽りがないと示せるわ」
(翌日)
管制官:「中心軸、回転速度一致、曳航完了。”まりあな”自力移動を許可します」
知子3世:「後進エンジン全開でも通常艦のバーニア並みにしか動かないからね。4基のイオンエンジンの出力バランスには気を付けて。新品で癖が判らないでしょ。原子炉も別々だから最高出力が揃っていても電圧の上昇曲線はバラバラよ」
理美:「調整しやすいようにゆっくり出力を上げてみます」
知子3世:「それでいいわ。ゲートが中心軸上だからどんなに遅く通っても良いし」
冬子:「出力バランスフォローしています。ん?、3番の立ち上がりが遅いわね」
理美:「了解。1番抑え気味にします。ヨーイング出てますか?」
知子3世:「今のところ大丈夫。ジャイロの効きも悪いから油断はしないでね」
冬子:「速度。秒速0.5mに達しました」
知子3世:「やっと0.5mか。管制、出るまでにかなり掛かるわよ」
管制官:「他の船の出入りや予定針路への接近は、あと2時間禁じています。ごゆっくりどうぞ。」
理美:「後方視界が皆無だから不安ですね」
知子3世:「管制を信じましょ。ぶつかってもこっちが大きいから勝てるわよ」
冬子:「低速ならそうですが、高速からの減速時は障害物が怖いですね」
知子3世:「核パルスを使っている間はたいてい爆風で吹き払えるから良いけどね。その前後の方向転換中が魔の時間帯ね。速く回すってことは絶対無理だし。どうせ前進中だって発見が遅れれば避けようがないんだからリスクは一緒だわ。高速で事故に遭ったら乗員室が中心付近にある配置だけが頼りよ」
冬子:「首と大金庫内の予備ボディだけは助かることに賭けるしかないですね」
知子3世:「でも、今のところ誰も追って来れないから救援手段がないのよ。船には豚が乗っていないから漂流したら1ヶ月強で飢え死にしてしまうわ」
冬子:「水を6万dも積んでいるのに飢え死には情けないですね」
知子3世:「いずれ水と穀物の種から生命維持物資を作れるようになるわよ」
理美:「エアロック外部ゲート抜けました。後進推力最大にします」
知子3世:「10`離れたら加速終了ね。そこからすぐに旋回始めて」
(火星大工場 ベイ側外周観測ドーム)
案内員:「間もなく旋回を終えて針路が合います。核パルスの閃光にご注意を」
孫:「爆心からここまで、何`離れているんです?。放射線は大丈夫なんでしょうね」
案内員:「20`ほどです。このドームは分厚い鉛ガラス貼りですので大丈夫でしょう」
孫:「安全なのは、あんたらサイボーグだけってオチじゃないでしょうね?」
案内員:「ここが危険なら、100万倍の放射線に晒される核パルス艦内は保ちませんよ。私らの体の耐放射性なんて生身に宇宙服と大差ないんですから」
満漢・査察官:「納得。満漢式剛体宇宙服絶対安全優位」
メタラニ:「私たちは心配だからモニター室に引っ込ませて貰うわ」
孫:「勝手にしなさい」
達磨娘・月面苦力1号:「北米連査察団鶏根性娘也。笑止千万」
ス連・査察官:「自分らだけごついドラム缶に収まって、他人をチキン呼ばわりかい」
達磨娘・月面苦力1号:「非装備問題。鶏不可成長鸛。軟弱者不可成長勇者」
メタリカ:「けっ。農村戸籍の野蛮人どもが」
西欧連・査察官:「まあまあ、査察団どうしで挑発は止めましょうや」
満漢・査察官:「失礼陳謝。月面苦力壱号、無用発言禁止。今後処罰。尚、本官都市戸籍也」
(”まりあな”操縦室)
理美:「予定方位を向きました。旋回終了。完全に静止状態です」
冬子:「管制より確認、針路上に障害物無し」
知子3世:「絶対ではないけどね。よし、身体固定再チェックよ。非人の状態もね」
理美:「OKです」
知子3世:「核砲弾初弾装填、電磁カタパルト通路開放。通電点検」
理美:「全て正常です」
知子3世:「間隔1秒、弾数25発。推進始め」
理美:「核砲弾連続自動射出開始」
冬子:「姿勢変動監視系動作中。初弾爆発します。うっ」
知子3世:「うぉぉぉこりゃすごい...」
(火星大工場 ベイ側外周観測ドーム)
孫:「うわあ、眩しい。ん?。消えたぞ」
満漢・査察官:「巨艦消滅?。失敗自爆?」
達磨娘・月面苦力1号:「所詮無謀実験。狂気沙汰也」
達磨娘・月面苦力2号:「乗員運命悲惨也」
達磨娘・月面苦力3号:「我々運命大差無。南無南無」
案内員:「良くご覧下さい。閃光が遠くに点々と続いているでしょう。あ、加速が終わったようです。通信リンクも回復しました」
西欧連・査察官:「ふむ。一応推進技術として使う事は確かですな」
ス連・査察官:「だから兵器転用はないとの立証はありませんがね」
案内員:「それについては、核砲弾の製造工程を確認いただけば良いでしょう。試作艦が戻ったら射出機もお見せすれば流用が難しいことは理解いただけるでしょう」
(”まりあな”操縦室)
理美:「加速終了。姿勢誤差...0.3度南よりですね」
冬子:「一応障害物のない針路のようです」
知子3世:「射出機は異常ないようね。水銀供給系はどうかな。ふん、吹き返しはないな。ありゃあ、思ったより消費が多いな。加速で配管内の水銀に余計な圧がかかったかも。こいつの加減はやってみないと判らない項目の筆頭だったしなあ。今日は足りるから良いけどね。じゃ、180度回頭用意、ジャイロ壊れていないわね?」
冬子:「あのお、貨物室や非人の点検もしませんと」
知子3世:「あ、忘れていたわ。やっぱり私って機関長が本業なのよね。ははは」
冬子:「重量を増やすための水タンクを設置した区画は3箇所で漏れてますね。水圧は大して変わってないので破損と言うほどではありません。岩石を積んだ区画は1/3ほどで後部隔壁の変形警報が出ています。非人は、...脳波があるので生きてはいますね」
知子3世:「隔壁の変形は亀裂が生じるレベルかしら?」
冬子:「亀裂は生じていません」
知子3世:「それなら予定通り引き返せるわね。亀裂でなくて良かったわ。この速度からイオンエンジンで後進かけたんじゃ帰りに10日かかるからね。理美、旋回して頂戴」
冬子:「火星工場との通信リンクは回復しています。音声は無理ですがデータなら送れます」
知子3世:「引き返すとだけ打って置いて。船体の状態は帰れば判ることだからね」
理美:「旋回順調です。あと2分で180度になります」
知子3世:「この時間が厭ね。進行方向が見えず、障害物は吹き払えずだからね」
冬子:「これ以上バーニアを強化するのは難しいのでしょうか?」
知子3世:「この船体形状では梃子の効く位置が取れないからね。イオンエンジンをアームで繰り出せれば良いのだけど強度が問題かな」
理美:「旋回終了。角運動静止しました」
知子3世:「今度は停まってそのまま逆方向に行くから装填は50発よ。推進始め」
理美:「初弾出ます。う、う、う、きつー...終わりました」
知子3世:「火星で止まれるようにすぐ旋回始めて頂戴。点検は旋回中で良いわ」
(火星大工場 核パルス推進艦建造ドック)
華子:「とりあえず予定通り戻れて上々だけど、結構あちこち壊れたな」
知子3世:「手直しは大変そうですか?」
華子:「隔壁の痛みは岩石が破砕されて貨物室内で偏ったせいだからね。本来の貨物ならこんなことは起きないから大幅な補強は要らないわよ」
知子3世:「ショックアブソーバーはもう少し柔らかくできませんか?今回は身体の異常が出ませんでしたが、時間が長くなると心配です」
華子:「最初なので、底打ちをおそれて思い切り堅めの設定だったからね。試験飛行の監視データログを見て考えておくわ。少しは改善できるわよ」
知子3世:「よろしく。ところで、爆風受けの傷みはどうでしたか?」
華子:「報告してくれたとおり、水銀の滲出量が多めだったでしょ。そのため摩耗は少なくて済んだのだけど、水銀搭載量の追加が要るわ。今の容量だと、冥王星まで1ヶ月のペースでは心細いからね。また運行経費が高くなるけど、安全のためには仕方がないわ」
知子3世:「まとまった水銀資源が見つからないときついですね」
華子:「そうね。そして、それが期待できるのもまた金星なのよ」
知子3世:「鶏と卵か。苦しいですね」
華子:「地球で価格が高騰するといっても金を超えることはないでしょう。既にこっそり買い集めているし、帝國の国庫が破産するほどの価格ではないわ。重い物質だから仕入れ価格低減よりも、地上から上げずに済む方が効果的ね。金星も重力は地球並みだから、本当は小惑星から取れるのが良いんだけど」
(ベイ隣接区画 宙軍搭乗員宿舎)
知子3世:「...というわけで艦の整備に15日ほどかかる。その間しばらく仕事がないので歓楽街で遊んでいるしかないな。歓楽街はプルトニウム電池の持ち込みが禁止されている。こういうときのために二人とも地上休養用ボディは持ってきているな?」
冬子:「もちろんですわ。ここの基地に大きな私物庫も貰っていますしね。これから冥王星との往復が始まっても積み卸し待ちの滞在は多いですからね」
知子3世:「よし。お互いに手伝って首のすげ替えをしてしまおうか」
理美:「あの、非人も歓楽街に行かせて宜しいでしょうか?」
知子3世:「非人どもは酉山研の所有物だから理美の一存で扱って良いわよ。でも、あいつらに休養の配慮は要らないから艦に置きっぱなしでも良いのでは?」
理美:「15日も全く使役せずに休ませるのは非人管理規則に抵触します。それで、歓楽街にアルバイトの口を探して使役するようにしたいのです」
知子3世:「なるほど。そんな規則気にしなくても良いのに理美は真面目ねえ」
理美:「満漢料理屋がウエイトレスを求めているのでちょうど良いかと思います。容姿や逮捕された事件の経緯から奴らは満漢人らしいと言われていますので。非人に売春のような上等な仕事をさせるのは憚られますから単純労働を選びました」
知子3世:「売春客になれそうなのがほんの数人じゃあ非人の入る隙などないわね」
理美:「いずれ外国がここを中継基地に小惑星帯を開発し始めれば商機も増えますね」
(歓楽街 ロイヤル飯店火星大工場支店)
支配人:「こういう単純労働をやる娘が少なくて困っていたのよ、助かるわ。何しろここは今のところ宙軍兵のバイトしか労働力が得られないでしょ」
理美:「こちらこそ非人管理規則に基づいて使役できる場所があって良かったわ。でも、バイトしか使えないここで、よく有名店が出店を決断しましたね」
支配人:「うちは皇室出資企業なので本店の料理人を副業にしてる娘が居るのよ。それで火星大工場に歓楽街が計画された時点ですぐに準備を始めていたってわけ」
理美:「なるほど。桜花、梅花、判ってると思うけど怠けたらボディ外すわよ。きりきり働きなさい。賃金はこの酉山研名義の口座にお願いします。でわでわ」
支配人:「あ、お客だわ。いらっしゃいませ」
孫:「5人だ。個室満漢全席コースで頼むわ」
メタラニ:「いつも怒ってばかりの団長が飯のおごりなんて珍しいわね」
孫:「公費よ。どうせ茶番の査察だし、他に面白いこともないからね。滞在中の食料費は北米宇宙局の宇宙食単価で支払われることになっているでしょ。あれは地上から打ち上げる前提でバカ高い設定になっているからね。ここの食材は現地生産が多いからものによっては地上より安いと判っていたの。それで月での食料積み込みをこっそり減らして予算を浮かせて置いたのよ。満漢全席でも予算が余るなんて予想外だったけど余っても給与にはならないのよ」
メタリカ:「当局がこんな事に大金使ってるとはね。消費税高いのも道理だ」
メタルナ:「けっ、私らニートだったからろくに税金払っていないじゃんか」
メタレア:「遊んでも消費税はかかるわよ」
桜花:「前菜でございます」
梅花:「食前酒でございます」
孫:「...(驚愕。此奴等生存予想外。何故在帝國。否詮索無用、我同様也)」
桜花:「何か不手際がございましたでしょうか?」
孫:「いや。仕事疲れでぼんやりしていただけだ。さあ宴会だよ」
メタラニ:「疲れ?。見てただけで?。やっぱ、放射線にやられたんじゃ?」
孫:「お前らが使えないから気疲れしたんだ」
メタリカ:「へっ。大した事していないのにかい」
メタルナ:「まあ良いじゃん。この前菜は美味いわ」
メタレア:「うんうん。ここが火星上空だなんて忘れそうね」
(歓楽街 バー”矮惑星の天然氷”)
マサ:「まだ消化ユニットの宇宙持ち出しが出来ないから地上用臓器も簡易構成じゃねぇ。結局、歓楽街に来たって固形物がダメだと酒かセックスしかやることが無いなぁ。しかも肝心の売春客が査察団のごく一部にしかなり手がないから競争率すごいし。とりあえず、今日のところはバーにでも入るしかしょうがないか。ここでいいや」
ハル:「いらっしゃいませ」
マサ:「あっ、何でハルがここで商売してるんだよ」
ハル:「そりゃあ、港に酒場は憑き物ですから。当分ここに来る機会も多いんで。先日の宙軍人事で火星定期便が増強されたでしょ。私も乗り組むことになりましてね。入港すれば船の整備や積み降ろしで1ヶ月ぐらい留まることになりますからね。その間遊んでいても退屈なんで、安いうちにここの権利を買ったんですよ。いずれ核パルス艦の運行が本格化されれば帰りに積んでくる水が余るでしょう。水が余れば酒造業も栄えるし、査察団以外の外国船を呼び込めるようになります。まあ、カロンの水を使う店の一番乗りを目指すって言う拘りもありますけどね。居ない間は工場勤務員のバイトを10人ほど確保していますから休業は無しです」
マサ:「でもここはおしっこバースタイルじゃないんだね」
ハル:「今のところ客は工場勤務員か査察団だけなのでそれは難しいですね。聞いたところではここの工場は外国人のために放射線遮蔽が徹底しているんですよ。だから、いずれ一般シビリアンの労働者を導入する可能性があると予想しています。そうなれば、オサーン客も増えるのでそっちの方が収益が上がるんでしょうけど」
マサ:「いくらここの放射線遮蔽が良くても宙軍艦はサイボーグしか乗れないだろ」
ハル:「満漢がメインベルトに隕石鉱夫を送り込む計画があるらしいんですよ。月面基地の増強が一段落したので新たな労働者の投入先を求めているんでしょう。今以上に月基地を拡張するなら北米連との紛争は避けられないですからね。それで、ここと月の間に貨客船を就航させ、ついでに一般客も乗せるそうです」
マサ:「ふーん。でも元々命の安い満漢の船に生身で乗るなんて危ない鴨ね。満漢当局のことだから隕石鉱夫なんて連中は使い捨ての棄民扱いだろう」
ハル:「まあ、そうでしょうけど宙軍当局は労働者の自己責任まで干渉しませんよ。素体になり損ねた落ち零れの命まで国家が管理する必要性は乏しいですからね。つまり、高給目当てで勝手にやってくるならどうぞって事になるのかと。この工場衛星はベイに合わせて全体が巨大になっているので空き区画が多いでしょ。入荷する隕石の処理をできる内部空間があるから採鉱にもシビリアンを使えます。外国船向けの食料生産とか宙軍兵がやるには易しすぎる仕事も増えるでしょう」
マサ:「随分気の長い投資ねえ。儲かり出す前に借金で潰れたりして」
ハル:「私一人の資金じゃそうなるかも。ここは、母とみどりが共同経営ですから」
マサ:「核パルス艦要員と操舵員か。高給取りサイボーグ一家は良いわね」
ハル:「貴族様が何を仰いますか。もっとスケールの大きい案件を手がけておいででしょ」
マサ:「金星プラットフォームのこと?。会社設立やら雑用の手間ばっかりよ。私は公家の下っ端だから手続きの際はパシリよ。航宙屋の意地で手を出した事業だしね。仮に金星の地上が降下可能になっても後が大変よ。生きてるうちに儲けなんて無い鴨。やっぱ水商売は良いわよ。小資本でスモールスタートが出来るし、楽しいし」
(核砲弾工場)
案内員:「ご覧のように核砲弾の外殻はリニアカタパルト用超電導磁石になっています。外殻の下の空所は前半分が鋳鉄、後半分が水銀で埋められ、その内側が爆縮部です。後半を水銀で埋めるのは核爆発の熱を吸収し水銀蒸気の爆風で推進力を得るためです。兵器なら熱線や放射線を出す方が有効ですが、推進用では艦体に損傷を与えます。また真空中では高熱だけで爆風が生じないので蒸気の元になる水銀を詰めるのです。仮にこの砲弾を地上で使用しても熱線が少ないため威力は気化爆弾より劣ります。外殻が耐熱シールド素材でないため宇宙から大気圏に投下しても地上には届きません。大気圏突入時の摩擦熱で融解してしまうため核爆発を起こすことも出来ないでしょう」
西欧連査察官:「威力が低いのは承知したが、輸送して航空爆弾とすることは可能ですな。気化爆弾より破壊力が低くても放射能と水銀による汚染の恐怖で威嚇効果は十分ですよ。やはり生産個数と搬出状況に関して十分な管理が必要でしょう。テロ対策も確認したい」
案内員:「プルトニウム239の分離からここの核砲弾組立まで全工程が監視可能です。各査察団は、製造ライン全体についてここと同じガラス壁を通して随時監査が出来ます。この監査回廊内に設置された国連のカメラによる24時間監視・録画も行われています。カメラ内のメディアは3カ国以上の査察団が同時にキーデバイスを挿さないと触れません。組み立て工場からベイ奥の核パルス推進艦までの搬送路も同様にガラス張りです。したがって核パルス推進艦への補給以外に核砲弾が持ち出されたら必ず監視にかかります。組み立て後の検査で不良品が出たときも監視カメラの視界内で解体し素材に戻されます」
ス連査察官:「テロリストによる砲弾略取の防止体制も説明願いたい」
案内員:「ライン内は金星軌道付近の宇宙空間並みという強い放射線にさらされています。サイボーグ以外の者が立ち入れば重い放射線傷害を受け、その先長くは生きられないでしょう。ここから核砲弾を奪った者が生きて地球にたどり着くのは殆ど不可能です。ラインへ出入りできるエアロックは一般工場側とベイ側の各1箇所だけです。いずれも20名のサイボーグ兵が24時間警備についています。大国の正規軍でもない限りこれを突破する兵力を火星まで派遣出来ないでしょう」
メタラニ:「ぎょっ。ここは放射線大丈夫なの?」
案内員:「この壁は厚さ2mの鉛ガラスで厚さ1mの飛散防止用樹脂層を挟んであります。この監査回廊内の放射線レベルは地上と変わりません。ご安心下さい」
孫:「満漢式の剛体宇宙服を付けた達磨娘ならライン内の放射線に耐えられるでしょ。それに、エアロックを突破しなくても監査回廊のガラス壁をうち破れば入れるね」
満漢査察官:「我が満漢人民共和国を疑うのか?。我が国は公認された核保有国だよ。核砲弾の略奪だなんて、そんな馬鹿なことをする動機がないだろうが。そもそも歴史上で核を実戦使用した基地外はあんたら北米連だけじゃないか。自分らが先にやったからって、他人をも疑ってばかりいるのは可笑しいぞ」
孫:「あの宇宙服はサイボーグと違って簡単だから、民間でも金さえかければ作れる」
案内員:「ガラス壁は計算上核砲弾が1個誤爆しても耐えられる強度になっています。これをうち破るよりエアロックを襲撃する方が易しいでしょう」
孫:「まさか?。核の爆圧を支えきれるとは思えない」
案内員:「ラインから出る放射性の廃ガスを放出する配管で爆圧も抜ける仕組みです。爆圧を完全に受け止めるのではなく、抜けるまでのピーク圧に耐えればいいのです」
ス連査察官:「その配管からテロリストが侵入する恐れは無いんですか?」
案内員:「減圧事故時の被害軽減のため細い配管を多数配置しています。1本の直径は5aですから人が通れるはずがないです」
ス連査察官:「工場衛星の外壁を破壊して侵入する余地は無いですか?」
案内員:「外壁も核砲弾の爆発で破れない厚さがあります。破壊は難しいでしょう」
西欧連査察官:「テロ対策は十分と思いますな」
案内員:「他に疑問が無ければ監査回廊に沿って一巡ご案内を済ませたいのですが。今後も通告から15分以内に当直案内員が対応できる体制を維持していきます。抜き打ち監査がやりたければ何時でもどうぞ」
(ベイ岸壁 ”なると”口腔ハッチ前)
理美:「早い出航でしたね。お世話になりました」
真理亜:「見送りありがとう。こっちもたまにはカロンに行くから会えるかもね」
マサ:「もうちっと遊んでから出たかったな」
真理亜:「今回は元々急ぎの臨時便だからのんびり出来るわけがないでしょ。地球に着いたら整備で3ヶ月休養があるから向こうで遊べるわよ」
理美:「地球かあ。当分帰れないだろうなあ」
マサ:「核パルス艦要員の数が揃うまでは大変だよね。ずっと飯抜きだし」
理美:「私らは特別に休養用交換ボディに豚の消化器官を積んで貰ってますよ。5分で首すげ替え出来るし、火星大工場に入港中は食べ放題飲み放題なんです」
マサ:「えっ。そんな特権認められていたのか。いいなあ」
真理亜:「なんなら藻前も核パルス艦に志願するか?。すぐ艦長に成れるぞ」
マサ:「再改造失敗で性感がダメになったら悲惨だから遠慮しときます」
真理亜:「そうかい。じゃあ、これからも手元でこき使ってやるよ。よし出航よ。みどり、舌に乗ってるからそのまま引っ込めて口閉めて頂戴」
みどり:「了解。はぐはぐ。閉めました。管制へ、牽引開始して下さい」
(酉山研の再改造技術開発により漸く安定的に金星が冷やせる量の氷を確保するめどが立ちました。次は金星地上を描いて締めたい思っていますが、果たしてどうなるやら。だんだん自信が無くなってきました。一応次回予告 (36)”屯田兵”)

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