−−−(3)核実験−−−
火星大工場から試験用核融合パルス推進装置製作完了報告があった。試運転のためフォボスに設置するまでにあと1ヶ月かかるという。制憲会議の発議がまだ済んでいないというのに、東宮は高速連絡艦で飛んでいってしまった。もう審議は終わっていて、あとは細部の作文と本会議の儀式だけだから宜しくだと。確かに今さら答弁すべき重要事項なんて残っていないわけで、ダメとは言えない。重箱の隅をつつく話の答弁なら官僚に、儀式なら皇帝に任せたというわけだ。エンジニア属性の娘を東宮に据えた以上、これくらいは我慢するしかないか。
上級皇族SNS・皇帝朝子10世のブログより
(高速連絡艦”うらが”艦橋)
主任操舵員・亜未中尉:「推進剤残量1500dです。そろそろ蒸気噴射止めましょう」
艦長・洋子中佐:「最適軌道にも近いし良いわね」
華子4世:「せっかく有脊髄型の乗員を降ろしてきたんだから、もう一声、加速して頂戴」
洋子:「仰るとおり加速が辛くはありませんが、欲張っても高々3日しか詰まりませんよ」
華子4世:「その3日が大事なの。設置工事の大詰めに立ち会えるかどうかなのよ」
洋子:「知子3世殿下がミスなどなさるとは思えませんが」
華子4世:「もちろん機関そのものや船体への設置なら全幅の信頼を置いています。でも、大叔母上は低出力の隕石移動装置以外は艦載機関しか扱ったことがない筈よ。元々地学に強い方ではないし、フォボスは地質の脆さが特別な星なのよ。成分が完全な岩石質でなく氷隕石にも似ているし、過去に大きな衝撃を受けているわ。有名な大クレーターが出来たとき星全体に亀裂が入った痕跡があるのよ。エンジン設置場所周辺の地盤調査を十分やって土台を補強をしないと危険だわ。指示は送っておいたけど、やり直しがきかないから自分の目で確かめたいのよ」
洋子:「なるほど。承知しました。主任操舵員、加速続行だ」
亜未:「了解です。残量1250dまで使って良いですね」
華子4世:「消費で軽くなる分があるから半分残せば安全性に問題はないわ」
亜未:「こんなときは、核パルス使用が火星以遠に規制されているのが痛いですね」
華子4世:「全くよ。昔、原爆を戦争に使っちゃったバカどもを恨むしかないわ」
(火星静止軌道大工場・ベイ岸壁)
管制官:「”うらが”係留完了。乗降を許可する」
亜未:「口開けますよ」
洋子:「任務完了。総員退艦せよ」
華子4世:「ご苦労さん。亜未が良い腕前だったお陰で工事に間に合ったわ」
亜未:「お役に立ち何よりです。私も恒星間飛行船に志願したいのでよしなに」
華子4世:「技量は十分認めさせて貰ったわ。だけど選考に私情は無しだからね」
(火星静止軌道大工場・ベイ火星降下艇係留場)
華子4世:「大叔母上、設置を見せてもらいに来たわよ」
知子3世:「あらびっくり。随分飛ばしてきたのね。調子悪くなる娘は居なかった?」
華子4世:「有脊髄型の娘を全員降ろして、補助推進器を目一杯吹かしてきたからね」
知子3世:「乗員人事は宙軍大臣権限だったね。やるわね」
華子4世:「大クレーターが出来たときの亀裂が気になったの。土台気を付けないと」
知子3世:「正直そのあたりはいまいち自信がなかったから助かるわ。ところで質問。衛星のフォボスに行くのにどうして有翼の火星降下艇を使えって指示したの?」
華子4世:「フォボスの高度は人工衛星並みでしょ。ちょっと下がれば大気圏よ。昔、大気抵抗を受けて軌道が変化しているいるという誤った説が出たことだってあったわ。初めての実験だし、何か事故があれば地上に降りる可能性もありますよ」
知子3世:「一応、高度6000`といったら地球ならICBMの弾道頂点だわね。 火星だと直径が半分だから実は低軌道と呼ぶほど低くもないわけなんだけどねぇ。いくらなんでも、間違ってフォボスを地上に落とすような失敗はしないと思うけど。まあ、未知の要素には慎重にってのは技術屋の基本だ罠。でわ、行ってみましょうか」
管制員:「降下艇最優先発進指令受領しました。曳き出しを開始します」
(フォボス)
知子3世:「計画中の恒星間航行艦後部船体とほぼ同じものを設置しました。白い巨塔のように見えるのが船体中央シャフトにあたります。爆風受けは判りますよね」
華子4世:「あー、やっぱり。あっち側の地形は古い亀裂の跡が凍結したものだわ。シャフトの真下は地盤補強剤が十分だけど振動が伝わると周囲で不等沈下が起きるわ。このままだと最悪実験施設が傾斜か転倒してフォボスの自転に影響を与えるかも」
知子3世:「地中レーダーで亀裂の少ない地点を選んだんだけどダメか。だけど、あんな遠くまで広げて地盤補強なんてやりようが無いし、困ったわぁ。そもそもフォボスは自転が公転に同期してるから設置可能場所が限られるしぃ。倒れにくくするなら支柱を追加して補強するくらいしか方法がないわね。美佳、まさみ、手っ取り早く使えそうな補強資材の在庫を確認してちょうだい」
造機本部兵・美佳:「火星大工場にある余り物ですと旧式艦の胴体ぐらいです。2本継ぎ足せば、ちょうどフォボスの表面から爆風受けの縁に届きます」
造機本部兵・まさみ:「中空だからショックアブソーバーは組み込みやすいですよ。数は、8本ならすぐに手に入りますね。ベイ隣接の倉庫にあるので出すのも楽です」
知子3世:「それで、周りに補助シャフトを立てて直接爆風受けを支えるしかないわね」
華子4世:「補助シャフトに入れるショックアブソーバのストロークを長くするのよ。不等沈下が起きたら沈んだ側を加圧して傾斜を抑えれば実験中くらい保つわよ」
知子3世:「ショックアブソーバーの内筒に使えそうな資材があるかしら?。」
美佳:「満漢の隕石鉱夫船向けに製造している船体部材なら大量に在庫があります。満漢の達磨娘は操縦の荒い香具師が多いから修理用に外板部材がよく売れるんです。これの完成時外径がちょうど旧式資源収集艦外殻の内径に合うんですよ」
知子3世:「そお。2人で工場に行って資材を押さえ、作業員を集めて加工しなさい。ショックアブソーバーの機構はストロークに融通が利く電磁ブレーキでやっておいて」
まさみ:「液体インシュレーターを入れなくても良いでしょうか?」
知子3世:「入れた方が良いけど満漢向け部材の精度じゃすぐに液漏れしそうね。振動の遮断はイマイチになるけど、時間も無いことだし省略しなさい。それから、補助シャフトの立つ場所の地盤を補強しなくちゃいけないわ。工場で地盤凝固剤の取扱経験者をなるべく大勢集めてこっちへ派遣させなさい」
美佳:「作業員が足りなかったら外国人労働者を使っても宜しいですか?」
知子3世:「ベイ周辺でたむろして居る外国人労働者の殆どは満漢人でしょう。あいつらは監督要員が不十分な現場だとすぐに手抜きをするから危険だわ。地盤補強の手が足りなければ実験を遅らせてもいいから、使うのは止めなさい」
美佳、まさみ:「承知しました。行ってきます」
知子3世:「実際に不等沈下が起きたら以後の実験がやりにくくなるわね」
華子4世:「補助シャフトはその都度地盤に合わせて設置し直すことにすればいいわ」
知子3世:「解ったわ。資材は間に合ったから5日ほどで設置出来ると思うわよ」
(5日後、フォボス付近の火星降下艇)
作業本部から通信:「核融合推進実験施設電源起動完了。リニアカタパルト各機正常。作業員は全て宇宙空間に撤収しました。1分で安全距離に達します」
知子3世:「再度全部隊に通達。これより核パルス実験施設周囲6`以内に接近を禁ず。5分後に推進実験を開始する」
作業本部:「了解。6`以内への進入を禁止します」
知子3世:「さてと。もう一度フォボスの自転をチェックしようか。ぶれは出ていないな。次、カタパルトのプログラムチェック。種原爆点火後、0.1秒間隔で9500発。最後は0.11秒間隔で500発で間違いなしね。始めて良いわね?」
華子4世:「どうぞ。始めて下さい」
知子3世:「でわ起動。ぽちっと...種火点火!おー、明るい明るい!誘爆成功よ」
華子4世:「メインシャフトのジャイロスタビライザーにかかる負荷はどう?」
知子3世:「いまのところねじれ方向の力は小さいわ。最後まで続けられそうね」
華子4世:「予想より爆炎の位置が近い気がするけど温度上昇は?」
知子3世:「どうにか水銀で吸収できているわ。爆風受け裏面で最高200度」
華子4世:「それくらいなら何日でも保ちそうね」
知子3世:「この温度分布なら計算上は恒星間往復でも持ちこたえられるはずだわ。そろそろ間隔が開く頃よ、不発出ないと良いけど。お、爆炎少し遠くなったかな。何とか点火できているか。あ、終わったわ」
華子4世:「最後の500発もちゃんと全部誘爆したのかしら?」
知子3世:「ざっと見た限り爆発したと思うわ。パルス毎に見える訳じゃないけどね。あとで施設内の振動計に残った記録を解析すれば何個パルスが来たか検証できます」
華子4世:「フォボスの公転速度変化はどうなの?」
知子3世:「秒速にして0.01bくらいですね」
華子4世;「加速18分で0.01m/sか。爆炎が近めだったから、結構出たな。これは、あんまりやりすぎるとフォボスが静止軌道に移ってしまいそうね」
知子3世:「西から昇らなくなったら観光関係から文句が出るかしら」
華子4世:「はは冗談ですよ。この程度なら数年で火星がブレーキかけてくれるわよ。天然衛星の軌道を変えるにはまだ力不足ね。でも、宇宙船推進用なら恐るべき推力だわ。フォボスの質量が約10の13乗dだから、100万dの艦なら同じ推力で10Gは出るわね。こんなペースで加速できるなら20.5光年だってじきに手が届かないものかしら」
知子3世:「ショックアブソーバーの効きが十分か振動解析結果を調べないと判りません。それに乗員や船体が耐えられると仮定しても弾切れがあるから連続運転は出来ないんです。融合弾を全て完成品で積むと嵩張りすぎて船体容積が膨らみ強度不足になります。したがって融合弾の大部分は素材を積んで行って艦内で組み立てる必要があるのです。艦内で融合弾を組み立てられるペースは現状でさっきの消費ペースの10分の1なんですよ。単純に生産設備を増やせば反比例で船体重量が大きくなるしコストもかかりすぎます。工程を最適化して生産性を上げる手を尽くしても半年の断続運転で光速の13%が限界ですね。あとは余程軽くて強度がある素材か少量で爆発力が大きい燃料が新たに見つからないと無理。とりあえず今日の実験は成功だから話の続きは帰りがてらにしましょ。じゃあ、出すわね。全部隊に通達。核融合パルス推進実験終了。施設周囲への進入禁止解除。施設点検にかかれ」
作業本部:「了解。施設点検班は作業にかかれ」
華子4世:「とりあえず打ち込み誘爆式の核融合実験成功ご苦労様でした。でも欲を言ったらきりがないけど宙軍行政の責任者としてはあと少し推進力が欲しいわ。水素やヘリウムじゃなくて船体強度に貢献する物質が核融合してくれればいいのに」
知子3世:「確かに炭素でも使えればカーボンファイバーの壁を崩して燃料に出来ますね。でも重い元素が融合する恒星内部のような状態はまだ人工的に作れないですからね。それに、今の計画速度だって障害物回避が難しいのにもっと早くなったら操縦がきついわ」
華子4世:「恒星並みのエネルギーが自在に扱えれば漫画みたいなバリアも出来るかもね」
知子3世:「バリアは無理だけど、今だって重エキシマ砲の強化は頑張っているのよ。ただ、撃つか避けるかは人が判断するしかないでしょ。その応答速度が問題だわ。優秀な操舵員の反応は機械より早いくらいなんだけど、リモートリンクの遅延があるでしょう」
華子4世:「それならアナログで直結すれば改善できることになる訳ね?」
知子3世:「アナログといっても大昔の飛行機みたいなワイヤーじゃ耐Gが無理だわ。運動だけ直結にしたところで視覚の遅延だってあるし」
華子4世:「ワイヤーじゃボディの動作で機械的遅延が出るから結局今と一緒だわ。そうじゃなくて、人工小脳内のアナログ信号を首のソケットから直取りできないかって事よ」
知子3世:「それって、首だけ外して操縦装置に繋げってことよね。獄門台式で?」
華子4世:「その通り。それに薄型の特製獄門台を使えばヘッドフィギュア内で操縦できるわ。ヘッドフィギュア眼球のすぐ後ろに操縦席を置けば視覚の遅延も最小化できるでしょう。こんな配置にしたらどうかしら?」
知子3世:「たしかにこれなら緊急時の射撃や回避運動の応答時間は早くなるわね。だけど、ヘッドフィギュア内は防護壁も薄いし小物体が貫入して当たったらお陀仏ね。これでは、大昔のウィドウメーカーと似たようなものだな」
華子4世:「ウィドウメーカーって何ですか?」
知子3世:「操縦席配置の歴史に興味があって調べた古い資料で知ったことなのよ。プロペラ機が主流の時代に大変不評だった爆撃機の席配置についたあだ名よ。別名後家作り。当時は爆撃を目視でやるので見晴らしの良い機首に爆撃手席が配置されることがあったの。ところが戦争中に無理して高性能化したら離着陸速度が速くなって着陸事故が増えたのね。折角機体が生還したのに事故で爆撃手だけがよく死ぬというのが非常に嫌われたのよ。搭乗員の心理なんてプロペラ機でも核パルス推進艦でも大して変わらないでしょう。こんな危険な操縦席に乗りたい操舵員が居るかしら?。今居る志願者も逃げ出すわよ」
華子4世:「首だけなら前面投影面積が小さいから貫入事故での生存率は悪くないわ。より大きな物体が避けきれずに艦ごと難破する確率とどっちを重く見るかだけの差よ」
知子3世:「理屈は解るけど非常時に脱出できないために生じる恐怖心はどうかしら?」
華子4世:「操舵員が脱出するような事故って後部船体の爆発ぐらいでしょ。そう言うケースでなら前部船体だけ切り離せばそのまま操縦して逃げられるわ」
知子3世:「なるほど。今どきの若い娘にはそう言う考え方もあるのかなあ。帰ったら船体各部の設計責任者を集めて検討してみるわ。でもなんか引っかかるなぁ。何となく貴女の首外し趣味に乗せられているような希ガス」
華子4世:「気のせいですよ大叔母上。まあ私はどう思われようと構いません。とにかく可住惑星の獲得に繋がるアイデアなら何でもありですから」
(火星大工場 岸壁併設歓楽街のバー”矮惑星の天然氷”)
3代目店主・かぐや:「いらっしゃいませ」
満漢人隕石鉱夫・停停:「ラオチューハイちょうだい」
かぐや:「お客さん、よく来ますね。隕石の仕事って最近は儲かるんですか?」
停停:「満漢当局の言うとおりになんかやっていたら一生浮かばれないわよ。私らが行ける小惑星なんて帝國が取り残したカスみたいなところばかりなんだし。ここだけの話、水銀の横流しやっているから。帝國の買い入れ価格が引き上げられてね」
かぐや:「水銀は我々の核パルス艦に必須の消耗品ですから、持ちつ持たれつですよ。人手の少ない帝國が取りきれないところを人海戦術で取り尽くしてくれるんですからね。残りかすといってもちりも積もればってことで総量は相当なものになっているはずだわ」
停停:「だけど核パルス艦の運航が増えたからってだけでは説明が付かない買いっぷりよ。ここ数日港の警備兵が増員されているわね。それに、フォボスですごい核実験やったでしょ。いったい何なのよ?。私らの間じゃ帝國が近隣恒星系を侵略するって噂になっているわ」
かぐや:「今回の核実験は発表通りフォボスの軌道維持が目的ですよ。警備強化は実験に立ち会うため皇太子殿下が見えているせいですね。もちろんこの実験のついでに新式の機関をテストしているのでしょう。他恒星の探査は帝國の長期目標として私らの素体教育でも公然と教えられています。だけど、侵略はオーバーですね。そもそも異文明どころか可住惑星も見つかっていないのに」
停停:「本当なの?。どこか近くの系外惑星で豚型宇宙人が見つかったという噂もあるわよ。食用にするためにそいつらを狩りに行くんじゃないの?」
かぐや:「そんなバカな。あんまり噂に尾ひれを付けすぎないで下さいよ」
停停:「違うの?。でも恒星間飛行の計画は本当なんだ。貴女もいずれ行くの?」
かぐや:「行くかと言われたら悩みますね。うちは代々水商売を副業にしています。もしも、そんな長期飛行に参加したら水商売は出来なくなるでしょう。水商売無しで生きていける自信はないですね。でも、私だって宙軍兵です。宇宙艦乗りなら、下っ端だって新天体の一番乗りを夢見るのは当然ですからね」
停停:「ふーん。いいなあ。私みたいな棄民には夢も希望もないわ」
かぐや:「まあそう言わずに根気よく水銀を集めて下さいよ。いつか良いこともあります」
(核実験は無事成功したようです。今回はそれで十分だったはずですが、何故かまた首外しが話題に。これは多分東宮様の趣味なんでしょうね。さすがに鳥かごボディはお持ちでないと思いますが...。ここまで皇太子や貴族の動きを中心にしてきましたが、次はシビリアンの動向を見てみましょう。新天地を目指す計画についていくか、人大杉もめ事大杉の地球に踏みとどまるか。庶民は庶民なりに重い決断を迫られることになるのです。次回予告(4)娘達の決断)

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