−−(10)講師リエ−−

教育委員:「わざわざ済みません。リエ一等兵様」

リエ:「そんな、堅くならなくても。ほら、ぴっかー、人間プラネタリウムですよー」

教育委員:「噂通り明るい方で。あの、お茶で大丈夫でしょうか?」

リエ:「できれば、アルコールが。ところで一体どういうご用件ですの?」

教育委員:「実は、私どもの地区の素体供出率が振るわなくて悩んでいるのです」

リエ:「素体適性って殆ど生まれつきで、あんまり努力の余地がないですよね。こちらで悩むより、厚生省にでも遺伝子管理を強化して貰った方が良いのでは?」

教育委員:「遺伝子の統計調査はやって貰ったのですが、他地区と変わらんのです。それで、やはり深層心理面の問題ではないか、とゆうことになりまして。つまり建前では、帝国本体に於いて、宗教行為等の禁止徹底が奏功している。よって、素体供出に関する抵抗感の問題は解決済みである、となっています。しかし、まだ地区によっては児童心理に改造への恐怖感が潜んでいるのではないかと。それが、本能的に算術応用力や反射神経の発育に悪影響を与えるということで」

リエ:「私は心理学とか全く判りませんが。なんの役に立つというので?」

教育委員:「臨時講師をお願いしたいのです。講義内容は、宇宙でのお仕事でも、日常生活でもサイボーグのことなら何でも良いです。ありのままにお話し頂ければ、まあ子供向けですから性的なことは除いてですが。ぶっちゃけ、リエさんでしたら、外見もサイボーグらしさ満点ですし、明るいですし。他の宇宙兵の方も、明るい方は多いのですが、特区で副業される方が殆どですので、まあ申し訳ないですが、ちょっと外見に非教育的な傾向が強いですから」

リエ:「ふーん。この体の趣味を活用したいというのは嬉しいですね。ただ、この外観過激なんで、子によっては逆効果にならないか、責任もてませんよ」

教育委員:「その点は私どもの責任ですからご心配なく。その供出率の不振といいますのが、特に男児の方が問題でして。やはり、どうしても女児より素体化への心理的負担が重いですから。それで、海外の文献なども色々調べてみたのです。例えば、南亜ユニオンなどでは、貧しい農村家庭の次男三男が、売春婦になるために性転換することが当たり前に行われているそうです。社会全体がそういう風潮なら、身体改造への恐怖心も自然に抑えられるんですけどね」

リエ:「たかが売春のためだけにですか。よくやるよなあ。まあ、私らも副業に熱中するものが多いので似た面はありますが、あくまでも、サイボーグ化の副作用でメタルヘルス上やむを得ず、ですから」

教育委員:「リエさんは、大丈夫なのですか?」

リエ:「特定の愛人が居ますし、この体を人に見られるだけで快感が得られるので」

教育委員:「そうですか。参考になります。で、本題に戻りますが、我が帝国には貧困なんぞありません。よって南亜の真似なんてしようもありません。やはり、正攻法で子供たちにサイボーグの果たす社会的役割を真面目に教えようと。それには現役サイボーグに直接ふれあって、親しんで貰うのが一番ですから。で、リエさんなら男児に人気のある、ダカラのアレに似ておられるので。ああ、どうかお気を悪くなさらないで下さいまし。それで、宙軍の給与に比べ些少で心苦しいのですが、報酬の方も、通常の教員単価でお出ししますので、何とかお願いしたいのですが」

リエ:「気を悪くなんて全然。私もファンなので」

教育委員:「お引き受け願えますか。そうですか。ああよかった。では、こちらの日程で宜しいでしょうか」

リエ:「ずっと家でごろごろしてる気だったので、全部OKですよ。忘れるとまずいので、メールで日程表下さい。体内CPUにセットしますから」

教育委員:「この後すぐ送信しますので。ではよろしくお願いします」

校長:「今日の修身の時間は、外部から講師の先生が見えています。宙軍一等兵のリエ様です。それでは、よろしくお願いします」

級長:「起立、礼、着席」

生徒:「おはようございます」

リエ:「みなさん初めまして。宙軍艦隊第29採鉱小隊のリエ一等兵といいます。今日は、みなさんにサイボーグや宙軍の現実を正しく知って貰うために来ました。みなさんは、宙軍の主な任務を知っていますか?。そこの君、どうかな?」

生徒:「宇宙の資源や惑星の土地を敵に取られないように戦うことです」

リエ:「他には?。はい、そこの君?」

生徒:「敵国が私たちの真上にある静止衛星軌道を使って攻撃しないように見張ることです」

リエ:「2人とも、一応間違ってはいませんね。しかし、それが宙軍の全てではありません。今のところ、宇宙でライバルになりそうな国はありますが、直接攻撃を仕掛けた相手は居ません。では、ライバルになりそうな国を知っていますか?。はい、君」

生徒:「北米連合と満漢人民共和国、スレイブ共和国連邦です」

リエ:「良くできました。特に危険なライバルは北米連合です。北米連は民主主義という多数決を原則とする政治形態をとっています。多数意見に従って物事を決めるのは、一応合理的ですが、危険も伴います。人間は元来わがままなので、身勝手な意見がそのまま政策になってしまうからです。みなさんは北米連の歴史をどう思いますか?」

生徒:「小国の政治に言いがかりをつけて、一方的な条件で資源を収奪してきました」

生徒:「地球温暖化防止条約に反対し、小さな島国の人の生存権を省みませんでした」

リエ:「その通りですね。そして、現在彼らは月のヘリウム資源独占を狙っているのです。したがって、他国が独自に大規模な有人宇宙開発を行うことを嫌っています。もしも、我が帝国が大規模な有人宇宙開発を行っている事が知られたら何をするか判りません。彼らは、民主的決定というお墨付きさえあれば核攻撃も全く躊躇しないでしょう。もし、ここが核攻撃されたらどうなると思いますか?」

生徒:「狭い島国なので、逃げるところがありません」

リエ:「その通りです。このため、帝国は有人宇宙飛行について一切外国に知らせないようにしています。宇宙資源の採集、静止軌道工場衛星は、現場で柔軟な判断を出来ない自働機械による事になっています。この秘密を守るために、宇宙事業を宙軍が独占的に行っているのです。この宇宙資源開発・利用の活動が、はじめに言った”戦いが全てでない”宙軍の要素です。このような制約下で、宇宙開発をするには大きな問題があります。何でしょう?」

生徒:「有人ロケットの打ち上げを隠すのが難しそうです」

リエ:「なるほど。では、どうすれば隠せると思いますか?」

生徒:「貨物ロケットに見せかけた有人ロケットを打ち上げます」

リエ:「そうです。但し、小型貨物ロケットの性能で人を運ぶのは難しいです。そこで安全に貨物ロケットに乗れる人間である全身サイボーグが必要になります。このため、宙軍は幹部だけでなく一般兵士までサイボーグで編成されています。みなさんはサイボーグについてどう思いますか?」

生徒:「年を取っても外見が女子高生みたいで変わらないのは、気持ち悪いです」

生徒:「リエ先生のようならかっこいいと思います」

リエ:「休暇中の外見は、本人の自由な選択が大幅に認められています。また、任務中も宇宙での活動に支障無い範囲で選択が可能です。ただ、選択の自由を使いこなすことは意外と難しいことや、体力の衰えがなく老化を自覚しにくいため、初期改造当時の外見のままで居ることを選ぶ人が多いのです。私のような外見は、個人的には好きなのですが、秘密を守る上の制約が伴うためか少数派です」

生徒:「強制的に改造されるのはかわいそうだと思います」

リエ:「改造対象者を強制的に決めることに、抵抗感があるのは無理からぬ事です。ただ、宇宙活動やサイボーグ化に適した人が少なく、それを15歳頃に自覚するのも難しいです。自覚が出るまで待ったのでは、老化が進んで改造後に活躍できる期間が短くなってしまいます。改造には多額のお金がかかるので、最適な人を選んで失敗を避け、少しでも長く活躍してもらう必要があるのです」

生徒:「サイボーグが宇宙での活動に有利だと思ったことは?」

リエ:「良い質問です。最大の利点は、不自由な宇宙服が要らず、宇宙空間の物を直接触れることです。私の部隊は、資源調査のために小惑星を見に行くことが多いです。いちいちサンプルを持ち帰らずに、役に立つ星かおおよその判断をその場で行うには、直接手を触れられると大変有利です。また、酸欠や放射線障害という宇宙で会いやすい危険に強いため、死ぬことが滅多ない安心感も大切です」

生徒:「宇宙で死んだ人はどれくらい居るのですか」

リエ:「航行中の艦に物体が衝突し穴があく事故は幾度かありましたが、死者は出ていません。サイボーグは装備次第で最大76時間真空中に居られるという利点が効いているのです。外国人と接するためサイボーグが殆ど居ない地軍や特区海軍では、海難等で毎年死者を出しています。これに比べ、宙軍兵の任務中死亡例は脳の病気のみで、平均寿命は100歳を超えています」

生徒:「そんなに長く生きるのは大変ですね」

リエ:「宙軍では、勤務期間当たりの休暇が、民間の2倍以上あります。延びた寿命も合わせると一生分の自由時間が一般人の寿命を越えてしまいます。しかも、脳以外の病気に罹らないので自由時間を自分のためだけに使えます。素体選定では、自由時間を有意義に過ごせる性格かどうかも考慮されます」

生徒:「たまには、病気で休みたくなりませんか?」

リエ:「いいえ。私は、薄着が好きなので風邪をひかない体が気に入っています。宇宙に出るときも、規則で決められた安全装備以外殆ど身に着けないですね」

生徒:「その、股のところに着けている帯みたいなのって、宙軍の安全装備ですか?」

リエ:「いいえ、これは個人的趣味で身に着けています。私は、透明素材で出来た体なら、服は邪魔なだけで要らないと思います。でも、形が普通の人と同じだからそれじゃお行儀が悪いという人もいます。それで、あまり邪魔にならず、お行儀の問題もないような服装を選んでいます。この帯のようなのはふんどしという、外国の衣類でとても気に入っています。君たち知らないかな?。昔、海外スポーツ中継でスモレスってやってたじゃない。スモレス界では、試合用コスチューム、また礼儀正しい正装として使われています。これは、そのスモレスの正装を真似て、馴染みのブティックで製作させたものです。私ね。そのころ、活躍したスモレス終身チャンピオンの大ファンだったの。本気でお嫁さんになりたい、なんちゃってね。まあ、それは儚い夢だったけど、コスチュームの真似だけは今も続けています」

生徒:「まるで、普通の女の子みたいですね」

リエ:「その通りです。サイボーグ化のときに、脳はそのまま組み込まれるのです。だから、普通の女の子らしい感情を持ち続けるのは当然です。外国では、”胸に手を当てて”などと、まるで体に心があるような言葉使いが残っています。こんなのは、脳の役割が判らなかった原始時代の名残で、今も影響されるのは野蛮だと思います。これが、今日一番知って欲しかったことです」

校長:「そろそろ時間です。今日はありがとうございました。これで、修身の時間を終わります」

級長:「起立、礼、着席」



学校の道徳(旧・修身)の時間って、無駄かせいぜい受験勉強の合間の息抜きだった気がします。せめて、こんな授業だったら少しは真剣に聞いたかも。一般兵士の休暇は気楽ですが、皇族となるとそうも行きません。

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