シャルロットは、大きなあくびをした。いかにも「猫」らしい、ブラシ状の突起が並んだ舌が覗く。銀色の軟金属で作られた、機械仕掛けの舌だけど。
 それから彼女は、「前肢」で目をこする。奇妙に短く丸っこいそれもまた、「猫」に似せて作られた機械仕掛けだ。
 シャルロットはカウチソファの上に、おなかを出して寝そべっている。
 彼女の体の「生身」の部分――お椀みたいにふくらんだ胸や、縦長の可愛らしいおヘソや、その下、割れ目になっている「女の子の部分」が、イヤでも目につく。イヤなら彼女のほうを見なければいいのだけど。
 シャルロットと、目が合った。彼女は、にっこりと笑い、
「ミャーオ」
 ひと声、鳴いてみせた。
 本物の猫が笑うのかどうか、ボクは知らない。でも、ボクの前にいる機械仕掛けの「猫」は、笑うんだ。彼女は元は、人間だったから。
 ゆるやかにウェーブのかかった栗色の髪。色白のきめ細やかな肌。長い睫毛に、表情豊かな大きな目。すっと通った鼻筋に、小ぶりだがぷっくらした唇。
 人間だった頃のシャルロットは、とびきりの美少女だったろう。いまも、美貌はそのままだけど――
 しかし、両腕は肩の少し下で、猫に似せた機械仕掛けの「前肢」に造り替えられ、両脚もまた、つけ根のやや下で、機械の「後肢」に替えられている。おまけに舌まで機械仕掛けにされて、言葉を話すこともできなくなった。
 誰もが憧れるような美少女が、そんな体にされてしまって、彼女自身は、どんな気持ちなのだろう。少なくともボクの前では、いつも「猫」らしく堂々と振舞ってるけど。
 シャルロットは体を起こし、ひょいと音もなく床に飛び降りた。そして「猫」らしく四つんばいで、歩いて来る。お尻から、ぴんと機械の尻尾を立たせて。ボクの膝に「前肢」を載せて、甘えるように鳴いてみせる。
「ミャーオ」
「だめだよ」
 ボクは答えて言った。
 さっきまで彼女のほうを見ていたくせに、わざとらしく机に向き直り、鉛筆を動かし始める。意地悪してるみたいだけど、あしたは高等部への進級テストなんだ。ボクを見上げるシャルロットの視線が、頬に痛い。
「ミャーオ」
 シャルロットは、もうひと声、鳴いてみせた。
「だめだったら」
 ボクは鉛筆を動かしながら答える。でも、意識は完全にシャルロットのほうを向いてしまっている。シャルロットの機械の「前肢」が膝に触れているのが、冷んやりと心地よい。
「ミャー」
 シャルロットは、三たび鳴いた。
「もうっ……」
 やれやれと、ボクは鉛筆を置いて、立ち上がった。本当は計算用紙に無意味な数字を書き並べてただけで、頭なんか働いてなかったけど。
 シャルロットは「お座り」の姿勢で、にこにこ笑顔でボクを見上げている。
 ボクの部屋には大人が使うような大きな机があって、カウチソファがあって、その正面にはプロジェクションテレビがあって、本棚は二つあって一つはマンガとゲームソフトで占められていて、あとはキングサイズのベッドがある。広さは学校の教室と同じくらいで、南向きと東向きに日当たりのいいバルコニーがある。
 贅沢すぎるくらいのこの部屋で、シャルロットとボクは「飼われて」いる。シャルロットは「猫」として。ボクは「息子」として。
 ボクは部屋を横切り、ベッドに向かう。シャルロットは、すたすたとボクを追い越し、ひょいとベッドに飛び乗る。
 キングサイズのベッドに、悩ましげに身を横たえて、
「ミャーオ」
 得意げに鳴いてみせる。
「わかったよ」
 ボクは肩をすくめてみせてから、シャツを脱ぎだした。

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