カラオケボックスは四十分待ちだった。
  先輩たちは時間潰しにパチンコ屋へ行ってしまい、俺ひとりが店に残って順番待ちすることになった。先輩といっても、たかだか城郭探訪サークルで上下関係など有って無いようなものだけど、一軒目の居酒屋ではご馳走になったし、いちおう先輩を立てなくちゃならない。きょうは定例コンパではなく、講義のあとたまたま顔を合わせたメンバーで飲みに来ただけで、一年生は俺ひとりということも、少しは気を遣わなきゃならない理由だ。
  俺は待合コーナーの端の喫煙場所で、何人かの友だちに他愛もない雑談メールを打ちながら煙草を吸った。喫煙場所はアクリルか何かの透明な衝立で仕切られていて、真ん中にテーブルみたいな格好の大きな空気清浄機があり、それを挟んでソファが置いてある。座りきれない客は周りで立って煙草を吸うかたちで、俺も最初そうしていたが、すぐに目の前のソファが一人分、空いたので座らせてもらった。
  さらに煙草を二本吸い、メールに飽きてiアプリで遊んでいるうちに、待合コーナーにいる客が減ってきた。
  この様子なら四十分待たなくて済むかもしれない。俺たちの順番が来たら、先輩の携帯に電話して、戻って来てもらうことになっている。
  向かいに座っていたサラリーマンとOL風のカップルも呼ばれて、喫煙場所にいるのは俺ひとりになった。離れたところには、まだ何組か順番待ちの客がいるけど、奴らは煙草を吸わないのだろう。俺もときどきやめようかと思うけど、浪人時代に身についた悪癖は簡単には断ち切れない。本気でやめようと思ってないからだろうけど。
  新しい煙草をくわえたところで、黒い服を着た女が喫煙場所に入って来た。
「ゴスロリ」とか「黒ロリ」とかいうやつか。パンクも少し入っているかも。
  そんな用語を俺が知っているのは、妹もそれ系のファッションにハマっていたからで、俺より偏差値の高い高校に通っていた妹は、大学の推薦入学の話をあっさり断り服飾デザインの専門学校に入ってしまった。こっちは受験で苦労したってのに。
  それはともかく、女は見るからにロリータ風の黒いフリフリのドレス姿だった。ミニのスカートから伸びた脚は、黒い金属質の奇妙なブーツで白い太ももの半ばから下が覆われ
ている。紅い髪に黒いヘッドドレス。色白の人形みたいな小作りな顔。肩に羽織ったケープで、腕は隠れている。
  目が合ってしまい、俺は携帯をいじるふりをして視線をそらした。
  女は不機嫌な表情を見せたようで(視線をそらしたので確かめられなかったが)、向か
いのソファに、どかっと腰を下ろした。
  金属質のブーツを履いた脚を組み、その脚を上げて――
 ――え?
  俺は思わず顔を上げて、女のしていることを見た。
  女は、肩からたすき掛けにした黒い革のポシェットから煙草の箱を出していた。足を使って。
  金属質の奇妙なブーツには、短いながらも器用に動く指が生えていた。
 ――するとブーツというより、靴下みたいなものだったのか? いやいや……
  女は腕を使わないまま、足だけで煙草を一本くわえ、箱をポシェットに戻し、代わりに百円ライターを取り出して、くわえた煙草に火をつけようとした。
  ソファに座ったまま足を顔の前まで上げているから、スカートの中は丸見えだ。と言っても、見えているのはフリフリのパニエとドロワーズだけだけど。
  ライターから火花は散ったが、火はつかなかった。
  女は渋い顔で、百円ライターを天井の明かりにかざした。ガスが切れたのか。はっと気づいて、俺はジッポーの火をつけ、女に差し出した。
「どうぞ」
  女は俺の顔を見て、ニヤリと初めて笑みを見せ、ジッポーの火に顔を近づけてきた。
  煙草に火がつき、女は使い物にならなかった百円ライターを空気清浄機の上に放り出して、ソファに深く座り直し、足で煙草をつまんで口から離し、ふーっと煙を吐く。
「ありがと」
「いや……」
  俺はジッポーをポケットにしまい、相手が美人なので少し気をよくして言ってみた。
「足、器用なんだね」
  すると彼女は、またニヤリと笑い、煙草をくわえ直して足を上げ、
「これだから、ほら」
  と、ケープの前を広げてみせた。
  彼女のドレスはロリータ服には珍しくノースリーブで、ケープに隠されていた肩は――
  腕が無かった。
  腕の付け根であるべき場所が、黒い金属のキャップで覆われていた。
  見えたのは片腕だけだったけど、両腕ともそうであろうことはわかった。
  俺は、たぶんぽかんと口を開けたまま固まっていただろう。彼女は笑って、
「ショーガイとかじゃないから。自分で頼んで切ってもらったの、両手両足。ニチジョーセーカツに不便だから、脚だけ義足をつけたけど」
「…………」
  俺は言葉が出てこなかった。
  両手両足を自分で切ってもらった? 何のつもりで?
『――六人様でお待ちの木下様、木下様、受付までお越しください』
  アナウンスが流れた。俺たちの順番が回ってきたのだ。
「あ、ごめん、呼ばれた……」
  俺は言って、席を立った。彼女に愛想笑いして見せたけど、こわばった笑みにしかならなかったろう。
  彼女は傷ついたふうも無く、「じゃあね」とニヤリと笑ってみせた。

  俺は先輩たちに両腕のないロリータ服の女の話をしたけど、先輩は誰も信じなかった。彼らが店に来たときには、女は待合コーナーから姿を消していたからだ。
  始発まで歌い続けて、下宿に帰って布団に倒れ込み、夕方、妹からの電話で起こされた。
「両腕のない『メタロリ』の人に会ったの? すごいじゃん、お兄ちゃん!」
  俺は酔った勢いで腕無しロリータ女の話を妹にもメールしていたのだった。どうせ妹も信じずにバカにするだろうと思ったら、すっかり兄貴を見直したかのようなリアクション。
  メタロリとは何かと俺がたずねると、体の一部をメタル――金属部品にすることだと妹は教えてくれた。ピアスの延長のような感覚で、ロリータの間で流行しつつあるらしい。
  それでも、普通は小指一本を金属製に交換するくらいで、両腕をばっさり切断して代わりに義足に腕の機能を持たせるなんて、よほど珍しいのだとか。
「すごーい、私も会いたかった。どうして写メ撮って送ってくれなかったの!」
  電話の向こうで盛り上がっている妹に、まさかおまえもメタロリになりたいのかと聞いてみた。
  妹は「え……」としばし絶句し、「ママやパパには絶対言わないでほしいけど……」と、実はすでに左腕は金属製に交換済だと打ち明けてくれた。


風俗 デリヘル SMクラブ